松下政経塾 The Matsushita Institute of
Goverment and Management

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国家観
2010年7月

塾生レポート

国家は人なり
大谷明/卒塾生

「松下電器は人をつくっています。合わせて電気機器もつくっています」という松下幸之助塾主の言葉は有名である。政治に経営感覚を求めた塾主だからこそこう言うのではないか。「国家も人なり、やで」。

 

<はじめに>

 「松下電器は人をつくっています。合わせて電気機器もつくっています」という松下幸之助塾主の言葉はあまりにも有名である。塾主は従業員各人がそれぞれの仕事を通じて自分の持ち味なり、能力を最大限発揮してほしい、働きがいをもってほしいと強く願っていた。企業経営においても、国家においても人材はまさに「人財」である。塾主の「事業は人なり」という言葉がそれを表している。

 塾主は9歳のときに大阪に丁稚奉公に出される。商売の基本はもちろん、人間としてのものの考え方、生き方の基本もこの丁稚時代に仕込まれたものだという。昼夜を問わず、共同生活の中から受ける影響、商売を通じての様々な世代の方々から受ける刺激は、幸之助少年にとっては大きいものであったろう。「教育は全人格的にするものだ」という塾主の考え方もこのころの経験が大きいのではないか。

 政治に経営感覚を求めた塾主であるからこそこう言うのではないか。「国家も人なり、やで」。

<福井県越前市と仁愛大学>

 私を含め塾生4人が所属する「自治体経営研究会」なる学年横断の勉強会がある。地域の現場から様々な課題に取り組みながら地域経営を学ぼうという主旨の研究会である。2009年度、私たちは日本海に程近いある街にその研修フィールドを求めた。

 福井県越前市、人口約8万6千人の街である。2005年に旧武生市と旧今立町が合併してできた市だ。ここで地元の仁愛大学と越前市の継続的、実質的な連携強化を図るためのプロジェクト提案とその実現のための取り組みを行っている。その名も、「アクティブ・キャンパス・プログラム(ACP)」プロジェクト。学生にはNPOやボランティアなどで活動する住民の方々と一緒に地域活動を行ってもらい、社会に出て必要な力を身に付けてもらう。行政が両者のコーディネートをバックアップし、活動を大学は単位認定することで地域全体をキャンパスとする取り組みである。また地域にとっては若者の活動によって活気と新しいアイディアが得られる可能性がある。大学の存在意義が問われる昨今、大学と地域、双方にメリットのある取り組みである。

 越前市、仁愛大学をとりまく社会環境は年々厳しくなっている。少子化の波は全国的なものであるが、福井県においても例外ではない。2005年時には120,969人いた子供達(0歳~14歳人口)も年々減少し、2035年時には74,666人となる試算結果がある。実に30年で46,303人、約4割もの減少である。現在、仁愛大学の学生は多くが福井県内からの入学であり、こうした深刻な少子化は今後の大学の経営に大きく影響をあたえるものである。こうした中、入学希望の学生を安定的に確保していくことが大学経営にとって重要となってくる。また人口減少する地域にとっても、大学に通う若者達が積極的に街の活動に参加してもらえる状態をつくることは活性化につながっていくのではないか。

 福井県内には仁愛大学の他、福井県立大学、福井大学、福井工業大学と4つの大学がある。これらの大学は福井県内においての各々のポジションがはっきりしている。上記の大学と福井県内の学生を取り合うのは大学への入学対象年齢人口の減少などから限界があると思われる。仁愛大学としては福井県以外からの学生の確保を積極的に進めることが必要なのではないか。そのためには、全国の仁愛大学と同様のポジションをもつ大学が競争相手であり、仁愛大学独自の明確な差別化を行っていくことが急務であると私たちは考えた。

 こうした考えのもとに提案を行った「ACP」であるが、このプロジェクトは私たち研究会のオリジナルではない。全国に先駆けて大学が学びのフィールドを地域にもとめ、単位認定をしているという先進事例があるのだ。全国に先駆けてこの取組みを始めた茨城県つくば市と筑波学院大学、兵庫県三木市、尼崎市と関西国際大学である。仁愛大学への提案を模索している中、筑波学院大学でこの取組みを進めている社会力コーディネーターの武田直樹氏に出会った。

<筑波学院大学と関西国際大学の取組み>

 筑波学院大学はつくば市をキャンパスに社会力を育成する教育を2006年から取り組んでいる。それがOff Campus Program(OCP)である。同大学では全学部、学科の必修科目としてこのプログラムを行っている。OCPは文部科学省の現代GP現代的教育ニーズ取組み支援プログラム(地域活性化への貢献)にも採用されている。実践科目として、1年生は社会活動の基礎を学ぶ。2年生は実践として地域に出ていき30時間の地域活動、3年生は60時間の中長期で実施するというものだ。これらの活動はカリキュラムとして行われるものであるため、学生の活動は評価され単位認定もされるのだ。

 このカリキュラムとして学生を地域の活動に参加してもらうという取組みが日本で初めての試みなのである。これまで学生を地域活動に取り込んでいく活動は多くの地域で試みている事例がある。しかしそれは単発的なものに終わってしまっていることがほとんどだ。学生が単なる人員確保や安価な労働力としかみられていなく、学生達と地域が信頼関係を築くにいたらないケースが多いのだ。しかし、筑波学院大学ではカリキュラム化することによって単発ではなく、継続的に大学、学生と地域が関わっていくことができる。

 ここで重要なのは学生と地域の間に立ってしっかりお互いの認識を埋める役割を果たす社会力コーディネーターの役割だ。社会力コーディネーターの武田さんはこれまでの試行錯誤を語ってくれた。地域活動に参加した後の学生の報告書を見ると確実に成長の後が見られるという。一方でそこに至るまでの苦労も大変だったようだ。その中で印象的だった話がある。今回の越前市への提案に関して、地域、行政、大学の意識が高まらないうちに性急に事を進めることの危険性を指摘されていた。「大学と地域を結びつける実績をあせって、お互いの意識のすり合わせがないまま進めることは危険だ。実際に学生を地域に出すといろいろな問題が起こるし、双方の認識のずれが顕在化する。それを一つ一つ解決していく大人側の情熱と意欲がないととてもカリキュラムとしてはやっていけない。むしろ大学や学生と地域の溝をいっそう深くして分断してしまう恐れがある」というのだ。こうしたきめ細かいコーディネートをすることで学生にとっては大きな学びを、地域にとってもメリットを理解してもらい良好な関係が可能になるのだ。

 もう一つの先進事例は関西国際大学だ。関西国際大学は三木キャンパス、尼崎キャンパスに拠点をもつ大学である。関西国際大学ではサービスラーニング(Service Learning)という取り組みを行っている。それは本学の「自律できる人間」「社会貢献できる人間」「心豊かな世界市民」という教育理念を具現化した教育プログラムである。具体的にサービスラーニングとは、大学教育と社会貢献とを融合させた活動であり、教室の知と社会実践をリンクさせる教育方法である。学生が地域の要請に対応した社会活動に実際に参加することを通じて、学びの目的をより明確にし、自らの専門知識や社会に対する責任感を養うとともに、問題解決力やコミュニケーションの力なども高めることができる。また、専門分野と関連する社会参加活動を行い、自らの生き方につながる学びを獲得することを目的とした体験学習である。

 この取り組みは2008年度文部科学省の教育GPにも採択されたものである。初年次サービスラーニングは大学1年次(初年次)にサービスラーニングを通じて、問題解決能力を身につけさせるとともに、現実社会の課題と専門知識との関連性を意識させることで、体験と知識を総合化する方法を学ばせることを目的としている。

 この取り組みの目的を達成するために「準備」「参加と気づき」「伝え合いと分かち合い」「ふりかえり」の4つのステージを設定している。「準備」ステージにおいて各プログラムの学習目標を理解させるとともに、「ふりかえり」ステージでは学習目標に準拠したふりかえりをするように学生に意識づける。また、学生の学習意欲を向上させるため、学びに対する評価基準(ルーブリック)をあらかじめ明確に提示する。さらに各ステージでは「What?(何を体験し、何を学んだか?)」「So What?(それにはどんな意味があるのか?)」「Now What?(学んだことをもとに、次に何をすればよいのか?)」といった、細かいPDCAサイクルを意識させることで、学習目標を明確化するとともに、体験と知識の総合化を促進している。

 このプログラムは筑波学院大学同様、カリキュラムとして単位認定をしており、一過性のものでなく継続的なものとして取り組んでいる。2008年のサービスラーニング導入により、徐々にではあるが対外的な評価も変わってきているという。朝日新聞社出版発行の「大学ランキング2010」によると、教育分野 7位(昨年は21位)、総合分野 16位(昨年は30位)、訪問して活気あふれる大学部門39位にランクインとなっている。

<求められる「社会力」>

 学生が地域や社会に学ぶことにどのようなメリットがあるのだろうか。また、筑波学院大学の教育方針となっている「社会力」とはどのようなものなのであろうか。私たちは元筑波学院大学長としてOCPを推進された、筑波大学名誉教授の門脇厚司氏に話を伺ってきた。「社会力」とは門脇先生の著書『子どもの社会力』(岩波書店)の中で提唱されている言葉である。

 「『社会性』と『社会力』というのは違う」と門脇先生は説明する。「社会的動物ないし社会的存在たるに相応しい人間の資質能力を『社会力』と呼ぶことにした。今や心理学の専門用語になっている感のある『社会性』なる用語が既にある社会に個人として適応する側面に重きをおいた概念であるのに対し、『社会力』にはひとつの社会を作り、その社会を維持し運営していく力という意味をこめている。このような用語を作り用いようとしたのは、わが国の若い人々に欠けているのは社会への適応能力というより、自らの意思で社会を作っていく意欲と、その社会を維持し発展させていくのに必要な資質や能力であると考えているからである」と言う。そして今、子供たちも親たちも、この「社会力」が低下していると指摘している。

 人間は、生まれながらに「社会性」や「社会力」を身につけているのではなく、様々な体験やトレーニングによって身につけていく。人間の赤ちゃんは、他の動物と比べて驚きの能力を持っているのだが、大人がきちんと人間社会の一員として、他者との関係を構築できるようにしてあげなくてはならないのだ。「子供にとって本当に必要なのは、子供ではなく大人なのだ」と門脇先生は力説されていた。

 さらに、大人の存在といっても、母親と子どもという1つの関係ではなく、より複雑な人間関係の存在が必要なのだそうだ。今は核家族化が進み、ご近所づきあいも減り、大人と触れ合う機会そのものが減っている。門脇先生はそのトレーニングの場を地元つくば市と考え、積極的に様々な大人と関われる場を提供したのだ。それがOCPである。

 この事例は、大学生を対象に取り組むものであったが、「社会力」を身に付けさせるには、もっと幼い段階がとても重要ということだ。最近「TV育児」という言葉がある。忙しい母親が、赤ちゃんがおとなしくしているため、TVの前に置きっぱなしにしてしまうという状態だ。これだと、赤ちゃんは人に関心を持たなくなるどころか、あまりにも多い情報の洪水から自分を守るために、思考を停止させてしまい、人だけではなくモノに対しても愛着を持ちにくくなってしまうそうである。また、「密室育児」も問題視されている。お母さんと赤ちゃんだけの関係の中での育児は、人間関係の複雑さを学ぶことができず、「社会性」や「社会力」が身につかないそうなのだ。

 この「社会力」は今の時代こそ必要な能力だと門脇先生は強調していた。「21世紀に入り、人類社会はこれまで私たちが経験してないようなことに遭遇することになります。その時、人類はどう生き延びるのか考えることは相当やっかいなことです。だからこそ生きる力、社会力をきちんと培っておくことが重要なのです。」

<国家を支える人と人との絆>

 一人ひとりの人間がしっかり社会を構成していくためには、勉強ができる子という以前に、人に関心を持ち、人との関係を構築できるということが大前提である。さらに言えば、言われたことを受身でやる子どもではなく、ちょっとやんちゃで、いたずらっこでも、自分で考えて、知恵を絞って、新しいことを発想し行動できる子どもたちを、我々大人が認めながら、育てていかなければならないのではないだろうか。

 そんなことを思いながら、門脇先生に、「社会力を持っている子どもとは、例えばサザエさんのカツオですかね?」と聞いてみると、先生は「ふふっ」っと笑っておられた。カツオといえば、世渡り上手のキャラクターで知られているが、実は相当「社会力」が高い子どもなのではないかと思う。カツオの周辺には家族だけではないご近所や地域社会の大人たちとの様々な人間関係がある。その中でカツオは大人の顔色をうかがいながら、自分を有利な立場にするよう、知恵(悪知恵?)を絞って行動している。カツオはあくまでも、小さな社会の中の話しだが、「経験してないようなことに遭遇」したときに、うまく「生き延びる」方法を考えていて、そんなカツオの姿がたくましく思えたりもする。

 門脇先生は言う。「社会の実態は生きた人間である。何人かの生きた人間が集まっている状態が社会なるものの実態である。とは言っても幾人かの人間が互いに何の関係もなくただ漫然と集まっている状態では社会とは言えない。複数の人間が血縁とか地縁とか契約といった何らかの関係やつながりをもって集まっている状態が社会というものである。何らかの関係やつながりをもって集まって生活し始めた人々はそういう状態を互いに快いものにし、長く持続させようとするのが常である。そこでいくつかの約束事が作られるようになる。そうして作られた約束ごとを一般には総称して文化というが、その文化の中身が言葉や仕組み(制度)やきまり(規範)やおきて(法)などである。こうした文化の数を増やし、改良を加えつつ複雑なものにし、それらを世代から世代に引き継ぎつつ社会の規模を大きくし強固なものにしてきたというのが人間社会の歴史である」。

 こうした歴史の上に国家というものは成り立つ。そして人と人とをつなぐ「社会力」は、より良い国家社会へのエネルギーだと思うのだ。教育は時間がかかるし、根気もいる仕事だ。しかし、急がば回れ。今こそ大人たちが子供とまっとうに向き合い、家庭、地域社会、学校が一体となって「社会力」ある人間を育成していく必要があるのではないだろうか。そのために過去から現在、そして未来につなぐ絆を育てなおすことが大切なのである。

<参考文献>

佐藤悌二郎『松下幸之助成功への軌跡』PHP研究所 1997
門脇厚司『子どもの社会力』岩波書店 1999
筑波学院大学パンフレット
関西学院大学パンフレット

2010年7月 執筆
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