論考

Thesis

「適材適所」から見える人間観~リーダーとしての心構え~

民意は政権交代という選択をし、鳩山由紀夫氏が第93代内閣総理大臣に選出され組閣が行われた。トップリーダーにとって最も重要な権限、それは人事権であろう。そして人事の基本は適材適所である。しかし「言うは易く、行うは難し」。目的を完遂させ、自分も人も活かすために必要な心構えとは何なのか。

<はじめに>

 2009年8月30日、日本の政治史に新たなページが加わった。民意は政権交代という選択をしたのだ。鳩山由紀夫氏が第93代内閣総理大臣に選出され組閣が行われた。閣僚の顔ぶれを見て、マスコミでは「オールスター内閣」との評もあるようだが、はたして今後どうなるだろうか。

 トップリーダーにとって最も重要な権限、それは人事権であろう。この人事権を有効に、効果的に行使することが目的完遂のためには不可欠であり、それは、自らへの求心力を高め、強固な組織を形成することにもつながる。人事の基本は適材適所であることは自明であるが、しかしこの適材適所の人事というものがなかなか思い通りにならないようである。

 塾主、松下幸之助は経営の神様といわれた方だが、その経営の凄みは人使いの妙、すべての人員を活かし、適材適所に起用することにあったのではないか。塾主は「人間というものを、徹底的に理解しなければならない。あたかも、すぐれた羊飼いが羊の性格、特質というものを、こうだとみきわめているように、人間について熟知していなければなりません」という言葉を松下政経塾生に遺している。まずは、人間の本質を知れということである。しかし、人間を知ることは大変難しく、うまく処遇することはもっと難しいことである。

 「言うは易く、行うは難し」の適材適所を完遂し、人を活かすために必要な心構えとは何なのか。

<人と人との組み合わせ>

 昨年1年間、私たち29期生は全員で「2030年の日本の課題を考える」という共同研究を進めてきた。私はこれまでの経歴で、共同で作業を進め、プレゼンテーションをするという経験が多くあった。だから今回も問題あるまいという思いがあったのだが、それは甘かった。これまでの仕事では、それぞれの課題に関連のある専門家が集まり、それぞれの権限と責任の所在ははっきりしていた。だから議論のベースは初めから共有できているし、たとえ議論が紛糾しても、最終的には権限をもっている者がその責任において判断して進めていくことができた。

 しかし、同期生同士の集りではそうはいかない。これまでの経験も、専門も、興味や関心も全く違うので、議論のベースはバラバラになる。権限も責任も皆平等であり、共同研究の課題も最初は漠然としている。そして、我の強いメンバーばかりである。仕事での共同作業のあり方とはまったく違っていたのだ。

 議論は紆余曲折したが、互いに衝突しながらも、それから逃げずに根気よく議論を積み重ねていった。また、授業や現場実習など、さまざまな共通の体験を重ねることで、相手の性格や背景、性癖など、各人の人格がトータルに理解できるようになっていった。こうして半年が過ぎたころからか、お互いの人間理解が深まってくると、議論が噛み合うようになってきた。そして、何かを行うときも、「彼と彼を組み合わせるとどうなるのか」、「この問題ならば彼と彼のコンビで対応してもらうのが良い」、などと仲間同士でマネジメントできるようになってきた。こうして、1年間の集大成を発表する共同研究フォーラムの1週間前には、メンバーの歯車はがっちりと噛み合い、バランスを保ちつつ、さらに良い方向へと力強く進んでいく手ごたえが感じられるようになった。

 人には向き、不向きがありそれぞれの活かし方がある。人と人とは掛け算次第、組み合わせ次第で前に進むことも後ろにも進んでしまうこともある。一見、回り道と思われた議論も、後に考えると無駄ではなかったのだと思われた。共同研究では研究で得た成果もさることながら、それにもまして人間理解の難しさと、人の組み合わせの大切さを実感する貴重な体験を得たのだった。

 塾主は、著書『人生万華鏡―私の人の見方・育て方(PHP研究所)』で人の組み合わせに関して以下のように述べている。「機械であれば、こんなことはない。1たす1は必ず2になる。しかし人間は組み合わせが適切であるならば、1たす1が3にも5にもなり得るが、反面それを誤るとゼロにもマイナスにもなりかねない。だから人を採用するにしても、配置するにしても、ただ単に一人ひとりの成績なり能力ということだけで判断するのではなく、人の組み合わせということも合わせて考えることが必要であろう」。これを「人間の妙味」だと塾主は言っている。

 また、人の組み合わせの妙についてこんなエピソードで紹介している。その会社では3人の幹部が経営の責任者となっていた。社長、副社長、専務だ。3人とも非常に有能で、熱心に仕事に取り組んでいたのにも関わらず、業績が悪いという不思議な状態であったという。これではいけないと、いろいろ検討した結果、思い切って副社長を同系の他の会社へ転出させた。そして社長と専務の2人で経営することにしたのである。するとこの2人のコンビが非常な力を発揮して、わずかの間に大幅な黒字という業績をあげたというのだ。しかも、他の会社に転出した副社長の人も、そこで大いに所を得て経営に励み、目覚しい成果をあげた。結局、すべてがうまくいったということである。

 「これはまことに面白いことだと思う。つまり、有能な人が3人も集まって仕事をするのだから、普通に考えれば非常に成果があがっていいはずだろう。それが実際にはそうはならなかった。むしろ反対の結果になっていた。それを中の1人を転出させたら思いがけないほど業績があがったのである。これがその人が無能だったというなら、話は簡単だがそうではない。現に転出した先の会社では大いに成果をあげているほどの有能な人である。そういう有能な人を1人減らすことによって、全体としてはかえって成果があがったというのだから、人間なり経営というものは、まことに不思議なものだと思う」と塾主は述べている。このエピソードは人の組み合わせに適切さを欠けば成長は得がたいということを物語っているだろう。

<組織の成長に合わせた人材登用>

 適材適所を考える上でもう一つ難しいと感じたことがある。成長していく組織において、どんなタイミングで、どのように人を登用、抜擢していけば良いかということである。

 研修の一環として、ある方の選挙活動に昨年10月から今年の8月まで断続的に関わらせていただいた。「早や解散か!」、と盛り上がった10月、縁あって初めて事務所を訪れた。しかし、解散は先送りになり事務所も縮小し、少数のスタッフとともに仕切り直しのスタートをすることになった。当時、無名の新人であった候補者には助けてくれるボランティアも少なく、必要なことは役割を定めず全員で対応していた。もちろん候補者本人も「御輿に乗る」といった雰囲気ではなく、スタッフと共に細々した作業までこなしながらの政治活動だった。朝から晩までの訴えが少しずつ有権者に沁みてくるにつれて、協力者は1人、2人と増えていった。また、スタッフとして働きたいという人も何人か現れてきた。それまで毎日活動していても通り過ぎる人々の反応はほとんど無かったのだが、少しずつ声をかけてくれる人も現れてきた。そう感じだしたとたんに、大きく状況が変わっていった。流れや勢いが出始めると、あれよあれよと言う間に、多くのボランティアが事務所に来てくれるようになり、スタッフの人数は当初の倍になった。

 それまでは候補者が各々に指令を出し、その意を汲んでそれぞれが動いていた。それで円滑に動く規模の組織だった。しかし、人数がふくれあがり、候補者本人もいよいよ選挙を控えて忙しくなると、全てを自分で取り仕切ることは難しくなる。結果として、人数は多いが機能的に動かないという集まりになってしまったのだ。応援してくれる人達が増えることは嬉しいことであったが、最後まで候補者本人と一人ひとりのスタッフ、ボランティアがつながっているという平たい組織形態から抜け出せないまま選挙に突入したのだが、幸い候補者は多くの有権者の支持を得て勝利することはできた。選挙活動という非常に不確定な要素が大きく、また制約も大きい中での組織づくり、人材登用に関して候補者にこの事の是非を問うのは酷かもしれない。だが今後、政治家として活動していく上での課題とすべきことだと思った。この一連の経験を通じて考えさせられることは多かった。

 成長し、大きくなっていく組織において必要なことは、トップから部下への権限委譲である。トップを中心とした平たい組織から、トップの意を汲んでマネジメントする人間を登用し、縦型の組織へと移行させていく必要がある。このための人材をどのように見出し、育てるかはリーダーに問われる資質だと思う。権限委譲してマネジメントを任せられる人物が古参の部下であれば、スムーズに移行できる。しかし、人には得て不得手、向き不向きがある。組織をマネジメントするよりも、現場で動き回っていたほうが良いという人もいる。特に組織を一から立ち上げる場合は、何でも自分達でやらなければいけないという事情から、マネジメント型の人材よりも現場型の人材が多く必要とされる。道なき道を切り開いていく創業時期には、その方が良いとも言える。しかし、組織が創業期から成長期にあたって拡大してゆくとき、古参者がマネジメントの人材として相応しいケースは少ないのではないか。もちろん一概には言えないことではあろうが。

 このような場合、年功序列や勤務経験の多寡を基準としてマネジメントに相応しい人材は求められまい。場合に応じて、新たにそういった資質をもった人間を求めなくてはならない。あるいは、既存のメンバーにマネジメントについて学ぶ機会を作ることも大切だ。くもりのない目で個人の特性を見極め、登用することが組織の成長には不可欠なのだ。しかしこのことは、理屈ではわかっているが情が邪魔して正しい判断ができなくなることもあろう。「あの人は昔から頑張ってくれていたから、マネジメント職につけてあげよう」と情に流されることが大きな失敗をもたらす。塾主の言葉のように、人材登用には「素直な心」が必要なのである。また、環境と組織が置かれている状況を常に客観的に把握し、前もって今後起こる状況を予測していないと準備と判断が遅れてしまうことになる。

<思い切って人を使う>

 塾主・松下幸之助は「人使いの名人」だったと言われる。思い切った人材登用のエピソードには数に限りはない。著書『人生万華鏡―私の人の見方・育て方(PHP研究所)』の中で、金沢の出張所をある青年に任せたケースについてこう語っている。「わずか二十歳の青年に出張所の開設から一切の経営をまかせるというのは、一面ムチャともいえよう。しかし、そのころの松下電器としては、ほかにやりようもなかったこともあったし、また、やらせればできるだろうということも考えて、そのようにしたが、それで成功したわけである」。「結局人間というのは、それだけの自覚を持ち、責任を感じれば、一見ムリと思えるようなむずかしい仕事でもなしとげる力を持っているものだと思う。もちろん、向き不向きということはあろうし、またそれなりの訓練といったものが必要なことも当然だが、そういうものが適切なら、あとはその場を与えさえすれば十分な力を発揮するものである。そのようなことを基本的に考えて、私はこの例に限らず、比較的思い切って人を登用、抜擢してきた。それで、時には失敗することもあったが、概してうまくいったように思うのである」。

 このように思い切った人材登用において、信じて任せることの大切さを説いている。「人間は万物の王者である」とは塾主の著書『人間を考える―新しい人間観の提唱(PHP研究所)』の中の一節である。この言葉の意味は、“人間はこの世においてあらゆる一切を適切に処遇し、活かしていく能力を与えられている”ということだ。この与えられた使命を果たしていくことが人間の道である。私利私欲やくもりのある心が人間の本質を歪ませるのであって、素直な心、くもりのない目で物事を見渡せば、人間はもともと適材適所に処遇できる能力を持っている。その能力を信じ、任せた人間の能力をも肯定的に信じきるところに塾主の人使いの要諦があったのではないか。

<おわりに>

 人間は一人ひとり皆違っている。人間としての本質は共通であっても持ち味は十人十色である。だから真に人を活かして使おうと思えば、その持ち味にあった使い方をしていかなくてはならない。そのためには、個々人の持ち味をあるがままに素直な心で見つめるところから始める必要がある。そして、その能力を信じなくてはならないのだ。塾主も「人間観、人間道の考えの根本は、およそこの世の中に存在するものは全て本質的には人間の役にたつということである」と話されている。それは他者の中に、それまでその人が気づいていなかった潜在能力を見出すことにもつながっていくと思う。これはリーダーに求められる最も重要な資質でもある。リーダーは、自分の能力に自信が持てない者の力をも試すことができるように、様々な機会を与える環境を作り出すことを怠ってはいけない。

 また、人間の可能性を信じ、それを引き出して使うにはくもりのない素直な心と共に謙虚さと感謝の心を合わせ持たなくてはならない。塾主は著書『指導者の条件―人心の妙味に思う(PHP研究所)』の中で百二カ条にわたって指導者の条件を挙げている。その中で2回重ねて念押しされている要素がある。それが謙虚と感謝だ。自分の実力を知るためには自省が必要だ。自省とは自分を正直に見つめて強さと欠点を認める能力である。何事にも得意な人間などいるわけはなく、それはリーダーとて同様である。謙虚に自分を見つめなおし、常に正しく自己を認識できないリーダーは他者に対しても正しい認識はできないであろうし、必要な人材も探し出せない。権限を部下に委譲し、その部下が能力を十二分に発揮できることを信じることのできるリーダーは、同時に謙虚さと部下への感謝がなければ存在し得ない。

 適材適所を追求していくこと、それは自他ともに共有できる利益を生み出すことになるのだ。適材適所とはもともと伝統的な日本建築現場での木材の使い分けからきた言葉であるが、宮大工の菊池恭二氏は著書『宮大工の人育て(祥伝社)』の中で、このように語っている。「木も人も、癖があるから面白い」「いい面だけでなしに、短所や欠点も活かして初めて、その人の潜在能力は十全に発揮されるのではないでしょうか」。塾主の人使いに通じる言葉である。一流の人間が行き着く境地はまさにここにあるのであろう。

<参考文献>

PHP総合研究所研究本部「松下幸之助発言集」編纂室 『松下幸之助発言集 全45巻』 PHP研究所 1993年
松下幸之助 『君に志はあるか』PHP研究所 1995年
松下幸之助 『人間を考える―新しい人間観の提唱』PHP研究所 1972年
松下幸之助 『人生万華鏡―私の人の見方・育て方』PHP研究所 1977年
松下幸之助 『指導者の条件―人心の妙味に思う』PHP研究所 1975年
D・クイン・ミルズ 『ハーバード流リーダーシップ入門』ファーストプレス 2006年
菊池恭二 『宮大工の人育て』祥伝社 2008年

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大谷明の論考

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Akira Ohtani

大谷明

第29期

大谷 明

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茨城県ひたちなか市長/無所属

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