松下政経塾 The Matsushita Institute of
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地方自治
2009年8月

塾生レポート

素志研修inひたちなか市
大谷明/卒塾生

茨城県ひたちなか市において産業振興の現状と課題を調べるという目的で2週間、様々な人々と交流させていただいた。今回の研修では75人以上の方々と出会い、ひたちなか市、県央地区の現状についてのヒアリングと意見交換をさせていただいた。

 

<はじめに>

 2009年2月2日(月)~13日(金)の2週間、茨城県ひたちなか市において産業振興の現状と課題を調べるという目的で、様々な人々と交流させていただいた。その範囲として商工会議所はもちろん、市役所、工業系ものづくり企業、農業生産法人、食品加工会社、NPO、商店街組合、JA、地域企業支援法人、観光協会と幅広く話しを伺うことができた。また、ひたちなか市、水戸市を中心とする地域の30~40歳代メンバーによる勉強会、アラウンド30、ストロング40の勉強会にも参加。現在、次世代の地域を担う人々との交流もさせてもらった。この勉強会には企業経営者、行政、マスコミ、NPO、その他様々な業種の方々が参加されていた。

 全体を通して感じたことは、この地域にはまだまだ元気で、地域の将来を真剣に憂い、自分が出来ることを精一杯活動する人々が多く存在しているな、という印象である。日本の地方都市がどんどん衰退する中、茨城県も例外ではない。県北地域などはかつての産業が衰退し人口流出、高齢化の波が急速に進んでいる。そんな中、ひたちなか市は県央地区で水戸市、東海村と並びかろうじて人口流出を防いでいる都市だ。また、現在は循環している経済も今後の不安要素は様々ある。今回はそうした現状を踏まえ、次世代がこの地域に住み続けられるための基盤としてどのような街づくり、産業振興を進めていく必要があるのか。その問題の所在を考えてきた。

<ひたちなか市という地域>

 ひたちなか市は平成6年に勝田市、那珂湊市が合併してできた都市である。東京から約110キロ圏で、茨城県の太平洋側中央に位置する。常磐線は勝田を終始発とする電車が多い。また常磐高速道路から分岐する北関東自動車道路はひたちなか市から栃木県までが開通し、将来的には群馬県まで開通する予定だ。海ではひたちなか港が開港し大規模な港湾計画が続行中。来年開港予定の茨城空港までの距離も近く、ひたちなか市をハブとした交通網の整備が進んでいる。

 旧勝田市は日立製作所を中心とした工業地帯で、日製工場の他それを支える中小規模のものづくり企業が存在している。また、那珂湊市は13キロの海岸線を有し、観光資源にも富んだ地域だ。水産資源の豊富な漁港を持ちお魚市場は年間100万人が訪れる。海の近くで風も良く吹き、名産のサツマイモを蒸してスライスし、天日干しする干しいも(乾燥いも)は名産として知られる。全国の干しいも市場は80億円あるそうだが、そのうちの約80%を那珂湊、勝田、東海地域で占める。

 こうした個性の異なる地域特色を有する2つの地域が合併して15年たつが、住民感情のうえでは依然別々である。商工会議所もひたちなか商工会議所として1つの団体になったのもわずか5年前からのことだ。人材の交流もようやく始まってきたような感じである。ものづくりと食がこの地域の有力な資産だということは皆が口をそろえる。この二つの資産をより伸ばし、深く固めていくことがひたちなか市の存在意義にもつながっていくものと考える。

<ものづくり企業をとりまく現状>

 ひたちなか市の工業系中小企業はかつて、ほぼ100%を日立製作所(日製)に納品していたそうだ。バブル崩壊後、日製でもその受注を急激に減らし日製への高依存の中小企業の業績を悪化させた。その教訓を活かし、ここ10年では脱・日製のもと依存比率を下げ、他地域、他業種への取引に活路を見出していく動きが強まった。しかし、もともと中小企業ではそのような販路開拓は経験が無くうまくいかない企業や、どのように行動してよい分からない経営者が多くいたようだ。また自分達が持っている技術が何に活かすことができるのか、何に転用することができるのかがわからない、という悩みも抱えていた。

 こうした中、2004年に自治体と民間企業が出資してこれらの中小企業を支援するための企業を立ち上げた。それが株式会社ひたちなかテクノセンターだ。ここではリタイヤした技術者が産業活性化コーディネーターとしてその専門知識や技術、経験を活かし、産学官連携、技術相談、各種調査支援、人材マッチング、販路開拓支援、各種補助金申請支援などを行っている。またコーディネーターはこの地域周辺の産業振興を目的とする産学官の人的ネットワーク「なかネットワークシステム(NNS)」のメンバーとして地元の産学官の各機関の関係者が参加する研究会や、コーディネーター人材を養成するための講座を取りまとめている。発足以来、中小企業からの相談件数も伸びそれなりに機能しているようである。しかし、現在のコーディネーターは技術者出身の方ということで多様化する中小企業からのニーズに対応できない部分もあるという。またビジネスの広がりも大きくなり、全部をカバーしきれないところがあるようだ。今後、より幅広く違った経験を持つコーディネーターの存在が必要となるだろう。その上でこういった人材に対する金銭的な負担をどのようにしていくのかは大きな問題となっている。

 ひたちなかテクノセンター森常務取締役からは、技術面での支援や販路開拓、産学官連携などに力を入れてきたが、今後は地元企業への人材確保、そのための人材育成が重要だとの指摘があった。人材育成では積極的に工業高校等のインターンシップを各企業で受け入れてもらうように働きかけているそうだ。また、先生と企業、現場との距離が大きいため生徒の指導も不十分との認識も持っており、生徒と合わせて先生のインターンシップも推進していきたいと話していた。すでに県内の高校教師を3ヶ月間程度のインターンシップで受け入れているそうである。しかし、この実習対象となる先生も少なく、受け入れ先にも、学校の職場的にも双方の負担が大きいという問題もある。まるまる3ヶ月間ではなく、毎週1曜日でもよいので企業現場に定期的に通うような形も探れないかということも考えているようだ。人材確保では商工会議所も工業系高校の学生と先生に地元業を知ってもらおうとバスをチャーターして企業見学会を開いている。高度なものつくり技術は一朝一夕には継承することは難しい。優秀な人材を切れ目のなく確保できるかどうかは、企業の今後に大きな影響を及ぼす。

 また、人材育成では商工会議所が中心となって次世代の中小企業の経営者を育てるプログラムを2007年から「ひたち立志塾」という勉強会として開いている。1年間の連続研修で、参加者全員で一つの研究テーマを定め、1年間研究していくというものだ。参加者は30代を中心とした2代目、3代目のこれから会社を担っていく人々だ。皆で定めた研究テーマに沿って講師を呼び、現地調査にも行き、最終的には研究報告書としてまとめるというスタイル。今年2期生を迎えようやく形になってきたようだ。実際、立志塾の生徒として参加された精密機器部品製造業の株式会社エムテック 松木専務、プレス金型・プラスチック金型設計制作の株式会社三和精機 磯前社長にお話を伺った。両者とも、こうした志高い同世代の経営者との交流は良い刺激になると話していた。自ら動き新しいニーズやチャンスを捕まえることへの意欲と、チャレンジ精神が伝わってきた。この不況の中、厳しいことには違いないが日製への依存度も低くコントロールし、これまで先行して蒔いておいた種に芽出ていて、そちらの仕事が今の業績を支えている。しかし、こうした意欲ある経営者は多いとはいえないようだ。意欲ある次世代の経営者を育てるための「ひたち立志塾」の可能性を感じると共に、さらなる活用の仕方を検討していく必要がありそうだ。

<食をとりまく現状>

 前段で紹介したように、ひたちなか市を代表する食は干しいもである。茨城県は農産物生産額、全国3位と日本屈指の農業王国である。しかし、素材をそのまま出荷するものが多いため、付加価値がつきにくく単価が安いという現状がある。そんな中、ひたちなか市はサツマイモを加工することによって付加価値を高める干しいもという商品があり、全国でも競争力がある珍しい地域だ。実際、生のサツマイモはスーパーで100グラム当たり25円~50円くらいで売られている。しかし蒸して皮をむき、スライスし乾燥させるという工程を経ると100グラムあたり100円~200円で取引されるようになる。このような1.5次産業を進めることは茨城県の豊富な農産物の課題でもある。

 そうした干しいもだが近年、農家の高齢化で作り手が減ってきている。また温暖化の影響で、かつては11月初旬から2月一杯まで生産が可能だったのに、現在は12月に入ってやっと生産が開始できるといった具合。そして2月の声を聞くと気温が上がってしまい終了となってしまう。作り手の減少、生産期間の減少で、いつまでこの産業を継続し、競争力を保つことが出来るのかが問題となっている。こうした環境の中、企業として様々な取り組みをしている代表的な2つの企業の社長から話しを伺った。

 株式会社幸田商店の鬼澤社長は、食品卸商社の大手、食品卸の企業に10年間勤務されていた経歴をもつ。その間、海外で多くの経験を積んできたそうだ。本人いわく、「必要な失敗はこのころに経験させてもらった」と。戻ってきて会社を継がれたそうだが、海外での経験を活かし、中国での干しいも生産に着目。青海に広大な生産工場を立て生産を開始ささせた。干しいもの品質にもこだわり、100種類以上のサツマイモを使って味の調査をし、選んだということだ。また、商品開発にも力を入れ、スティック状、初めから焼いているタイプ等のバリエーションを広げている。国内ではより品質に特化した高付加価値干しいもの生産をしており「べっこう干しいも」というアッパー層向けの商品を展開させている。「いままでの干しいも生産は生産者の論理で動いていたのです。作れば多少品質が悪くても売れるし、高くても売れた。でもそれはお客様視点ではないですよね。安くてそこそこうまい、手軽な商品を中国で。また美味しさにこだわった商品を国内で生産しています。中国の技術が上がっても超えられない一線というのが国内にあるんですよ」と話されていた。

 会社経営の土台をしっかりさせることはもちろんだが、地域貢献も会社の大きな方針だ。耕作放棄地を利用してサツマイモを育てるところからの取り組みも始めた。こうした農業が営めるのは自然環境の恵みでもある。農業環境を守るための活動や、農業、食を通した教育活動、食育にも積極的に関わっている。また、ものづくりの技術を生かして食品加工の機械を開発できないか、という取り組みにも積極的でひたちなか市の資産を有効に活用するアイディアを模索しているようだ。生産期間の減少からも国内での干しいも生産を工場に移し、より高品質に仕上げる技術の開発にも取り組み始めている。

 「農業や食から自然環境の重要性を皆に認識してもらいたい」とサツマイモ畑の土壌改良、無農薬での生産に取り組む活動をしているのは農業生産法人照沼勝一商店の照沼代表取締役。勝一というのはお父様の名前だそう。お父様の後を継ぎ、干しいもを主力商品として商売してきた、しかし、現在の食をとりまく環境に疑問を持ち、勉強を進めるとさらにその危機感が高まったと言う。「今は干しいもの街と言われているが、ここで作れなくなってしまうかもしれない。そしたら存在意味がなくなってしまう」と危機感を語ってくれた。

 こうした中、照沼社長は農業の根本から取り組もうと努力されている。様々な失敗もしているようだ。無農薬有機農法では土壌が完全に再生しなければしっかりした野菜は育たない。数年続けて収獲できなかったこともあるそうだ。しかし「本物の野菜は苦くない、甘いんだよ」という言葉には自信も伺える。干しいもだけでなく、自慢のトマトでつくったトマトジュースの開発も行っている。“本当の食”を目指す農家が茨城には沢山あるという。消費者にとって信頼できる農家がある、その農家が作る安全な食をもっとアピールしていく手法も一方で大切になってくる。

 これまで商売のノウハウを持っている商工会議所と商品を持っているJAとの連携はほとんどなかったようだ。しかし、こうした動きの中、今年からようやく個人的なつながりの中から話し合いが持てるようになってきたという。こうした人の交流を通じて新しい視点での取り組みを増やしていくことも必要である。

<今後の取り組みポイント>

 これだけ干しいもが盛んなひたちなか市であるが、干しいもの歴史や旨さの理由など、知られていないことが沢山あるという。干しいものブランドをもっと強く深いものしていこう、自分達も干しいもをもっと知って、消費者の方々に伝えていこうという動きが出始めている。鬼澤さん、照沼さん、商工会議所の小泉さん、他有志で「干しいもの学校」なる勉強会兼地域ブランドづくりをこれから初めて行くという。私も前職の広告会社時代のネットワークを紹介しながら、この活動に参加していきたいと思っている。干しいもとひたちなか市という非常にリンクしやすいイメージ資産をより強化してブランド力を高め、確立することができれば、他の食にも展開することができる。商品だけに留まらす、教育、環境、歴史と広がりを持たせていくとが大切だ。また食の生産現場からのものづくり企業への投げかけも、今後の可能性を広げていくポイントとなるだろう。技術者は課題を設定してもらえれば解決してくるが、何もアイディアのないところからは発想しづらいということがあるようだ。こうした食工連携も今後の取り組みの方向性である。たとえば、大豆を使った加工食品への展開も考えられる。水戸納豆はすでに強いブランドであるが、大豆を使った商品の横展開はまだなされていない。大豆を使った加工食品と言えば、豆腐、醤油、味噌、きな粉など日本の食文化に密接に関わるものが多い。この文化をひたちなか市地域から再度見直すことは意義があると思う。また、大豆の日本での自給率は4%そこそこであり、国産大豆に取り組む価値は食の自給率へのチャレンジとしても話題を集めるのではないか。食育の一環として、料理研究科の辰巳芳子さんが大豆100粒運動をすでに展開しており、その活動と足並みをそろえながら、商品開発を進めていくのも一つの方法だと思う。干しいもをきっかけに地域ブランド育成のノウハウをしっかり蓄え、他の1.5次産業への展開につながるような広がりを考えたい。

 また、こうした農業への意欲的な取り組みをしたいと思っている人々は多くいる中で、障害になっているものも多くあるようだ。「耕作放棄地を利用しようと思ってもなかなかハードルがあって」という声もある。農地に関する法律なども見直す必要があるかもしれない。そうした枠組みや仕組み自体にも今後目を向けていきたい。

 こうした中、自分は今後どんな面で地域のために活動していくことができるのか。一つとしては、提案型コーディネーターとしての役割があるのではないか。個性的な人と人の力を合わせて大きな力にするには、場の設定だけでは不十分である。そこには提案がなければ一歩を踏み出すことはなかなか難しい。こうした提案型コーディネーターには様々な背景をもつ人の存在が絶対的に必要である。この面での自分の役割があるのではないかと思っている。

 今回の素志研修では75人以上の方々と出会い、ひたちなか市、県央地区の現状についてのヒアリングと意見交換をさせていただいた。それぞれの熱い思いを聞いているうちに「この地域はまだまだ元気な人ががんばっているな」という嬉しい思いになっていった。今後さらに地域理解を深め、より問題の本質に迫る研修を進めていきたい。

2009年8月 執筆
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