松下政経塾 The Matsushita Institute of
Goverment and Management

日本語英語


研修レポート 一覧へ戻る
100km行軍
2008年10月

研修レポート

100キロ行軍レポート ~145,767歩の記録~
大谷明/卒塾生

 

 24時間での100キロ行軍完歩を成し遂げて5日が過ぎた。まだ足の裏が痛み、腫れている。あらためて地図を広げ、歩いた道のりを追ってみると、我ながらよくもまあこんなに歩いたものだと呆れる。着けていた万歩計は145,767歩を示していた。靴を履いているとはいえ、これだけ道路に足を打ちつけたら腫れもするだろう。この貴重な体験をドキュメンタリー風に振り返ってみる。

穴の開いた鍋で水をすくうような身体づくり

 思えば私にとって100キロ行軍へのチャレンジは、松下政経塾から内定をもらった時から始まっていた。社会人生活13年間で体はすっかりなまっていた。35歳入塾という年齢的、体力的ハンデは覆すことができるのか。100キロ完歩が入塾後一番の試練と位置づけた。そして入塾前2月のある土曜日、試しに妻と一緒に歩いてみた。朝6時に出発し、夕方18時まで12時間。歩けることは歩いたが、あまりの足の痛みに動けなくなった。妻も相当なダメージを受け、1週間以上、階段の上り降りに苦労していた。本番は倍以上の距離をもっと早いスピードで歩かなくてはならない。私の中で試練というより、脅威となっていった。

 入塾後、身体づくりが研修の最大目標となった。長距離歩くと、体重の重さで腰に負担がかかる。食事もできるだけ節制して、ウェイトコントロールした。7月の製造実習での約1ヶ月間は、工場での研修終了後、黙々と走った。期間中120キロ以上の走り込みをした。また、実際のコースを歩く練習もした。しかし、長期で塾を離れる研修が多く、思うように身体づくりができないことも多かった。年齢的に、一度体力をつけてもちょっと油断すると、すぐもとに戻ってしまう。穴の開いた鍋で水をすくうような身体づくりを半年間続けてきた。

当日、まさかの台風上陸?

 100キロ行軍への挑戦は10月2日(木)、3日(金)。この週は、台風15号の影響で月曜日から雨降りだった。ニュースでは100キロ行軍当日に関東上陸か、という情報もあった。さすがに台風の中では延期だろうが、少々の雨なら決行することになっていた。この半年、自分なりに身体をつくってきたが雨の中での歩行はつらい。身体が冷え体力が奪われるし、靴の中が濡れるとマメもできる。気持ちもブルーだ。祈るような思いで週の前半を過ごした。

 そして当日。ありがとう、塾主!雲一つ無い快晴。そしてほぼ無風。気温は最高23℃、最低18℃と絶好の100キロ行軍日和。睡眠も良くとれて、目覚めもばっちり。武者振るいする気持ちを抑えてスタートを待った。

 今回29期は2組に分かれた。イ組メンバーは大谷、高橋、冨岡。ロ組は北川、西田、津曲。スタート前、皆で円陣を組んで全員の完歩を誓った。そして10時、100キロへの挑戦がスタートした。

 我らイ組の作戦は、
「前半は飛ばさずに1時間5キロのペースを守り、休憩地点ごとに5分~10分程度の休憩をとる。後半はペースも落ちるだろうがそれはそれで良しとしよう。」
「目標は少なくともイ組メンバー全員完歩なので、つらくなったら無理せずすぐに知らせよう。」
「つらい人のペースに合わせていこう。」
「先輩達が効果的だと言っていたアミノ酸を1時間ごとに摂取していこう。」
こんなことをメンバーで確認していた。

活かされる経験?の数々 <スタート~40キロ地点までの道のり>

 入りの15キロ、鎌倉までの道は最高の景色が広がっていた。くっきりとした太陽の光で、空の青さ、海の青さが目にしみる。春から移り住んだ茅ヶ崎、藤沢だが、研修が忙しくゆっくり海を見ることも無かった。こんなに美しい場所で研修ができることに、改めて感謝。足取りも軽く、快調、快調。はやる気持ちを抑えて、計画通りのペースを守る。ロ組は前半のうちに距離を稼ぐ作戦のようで、遥か先を往く。

 10キロごとに先輩、塾スタッフが休憩地点に来てくれており手厚いサポート、励ましを受けた。休憩地点で知っている顔に出会うのは嬉しい。元気が沸いてくる。今回、28期・宇都塾生が自転車で我々をビデオで記録してくれていた。2組のチームを行き来して、カメラを回してくれている。歩く我々以上にハードなのではないか。

 20キロ地点でロ組とは約20分の差、30キロ地点では約30分以上の差がついていた。しかし、我々も作戦通り。3人とも身体の痛みもなく順調。それにしてもロ組は飛ばしている。大丈夫か?と話しながら進む。横須賀駅前を抜け、浦賀に向かう。夕方になり日が落ち始め、少し肌寒くなってきた。海からの風が冷たい。防衛大学校前の海岸線では、将来の自衛官達がジョギングをしている。ビデオを撮ってくれている宇都塾生の母校でもある。

 練習の際、ずっと歩いていると足が固まってくるので、下り坂などを利用して軽く走ると、身体が楽になることを知った。身体もほぐれて気持ちがよい。上り坂はゆっくり、下り坂はトントンと駆け足。ほとんど身体の異常もなく、40キロ地点に到着した。練習でも40キロまでしか歩いておらず、この先は未体験ゾーン。それにしても、練習ではヘトヘトになっていたが今日はさほど疲れていない。これがアミノ酸パワーなのか。初めはそんなに効果あるのかな?と懐疑的だったが、これはすごい。納得の効果だ。これまで快調に飛ばしていたロ組は、30キロ-40キロ区間ではペースダウン。津曲塾生の足に異変があったようだ。その差は約15分に短縮されていた。休憩地点に我々が入る時に、ロ組が出発。でもその顔は、まだ元気そうだったので安心。時間は18時半。この休憩地点で夕食をとった。あまり身体が重くなるも嫌だな、と思い稲荷寿司2個とパイナップル、温かいポタージュスープをいただいた。心の中まで温かくなるスープだった。

未知とのつらい遭遇 <40キロ~60キロ地点までの道のり>

 40キロ地点を出発し、いよいよ未体験ゾーンへ。45キロを過ぎてくると少しずつ足のだるさが感じられるようになってきた。それと、足の裏側の親指の下あたりの骨が痛い。マメもいくつかできつつあるようだ。

 50キロ地点には20時30分頃の到着だった。ようやく半分。さすがにこの頃になると、疲れも溜まってくる。よくストレッチをしておかないと、足が固まってしまう。宮川塾生が背中から腰にかけてマッサージをしてくれた。つかの間の休息。再び歩き出す。後半50キロは練習や前半に歩いた道なので、道に迷う心配もない。体力が消耗していく中で、精神的な重荷は少しでも下ろしたい。

 50キロ地点三浦海岸からは、アップダウンの激しい道が続く。黙々とゆっくり上り、下りは身体をほぐしながら走る。前半は体力温存のため口数を抑えていたが、3人で歌ったり、面白話しをしたり。声を出すことで精神的に前向きになる。同世代男3人というのは良い。青春時代の歌も、漫画も、映画も話が合う。平均年齢34歳。まだまだやれる!

 何度目かの長い坂道を登りきって、60キロ地点到着。ロ組との差は5分程度となっていた。ロ組の3人は敷かれた毛布に横たわり、先輩達にマッサージをしてもらっていた。僕もまた、宮川塾生にマッサージをしてもらう。ずっと水泳をしてきた宮川塾生はマッサージもうまい!「ずいぶん足が張ってきていますね。きちんと足首を返して歩くといいですよ」とアドバイスを受ける。

峠道でこそ浮かぶ言葉達 <60キロ~80キロ地点までの道のり>

 60キロ地点を出発して2キロくらい過ぎたところから、急に足が前に出なくなってきた。予定の歩調速度は守っているものの、明らかに今までとは違う。すぐにチームの2人に知らせて、様子を見ながら歩くようにした。

 65キロ地点で、ロ組は3人とも靴を脱いでマメの治療をしていた。津曲塾生はマメだけでなく足も痛むようで、歩き方がぎこちなくなっていた。宇都塾生や、途中で通りかかったサポート隊も治療を手伝う。イ組はここでロ組をパスして、70キロ地点に向かった。ここには、関理事長、佐野塾長、古山塾頭をはじめ多くの先輩、スタッフが待っていてくれた。イ組3人も疲労の色が濃くなっている。ここでゆっくり休んだら歩けなくなる。足の痛みも増してきており、鎮痛剤を飲む。「残り30キロは休憩よりもゆっくり歩き続けよう」と3人で話し、10分弱の休憩で出発。すでに夜中1時を回っていた。

 ここからの道のりは、精神的にも肉体的にも非常に厳しい自分との闘いだった。葉山の海岸線は風が冷たく、体力を容赦なく奪う。歌声も途絶え、黙々と歩く。「もっとゆっくり歩こう」誰からともなく声があがる。つらい時につらいと言える仲間は良い。これも半年間、喧嘩もしながらぶつかって、お互いの志を磨いてきた仲間だからだ。足の裏の痛みが広がる。80キロまではアップダウンが激しい。歩道の細かいアップダウンや段差も身体に堪えるようになってきていた。

 この一番苦しい時、心の中に浮かんできたのは塾是・塾訓・五誓だった。何度も何度も、心の中で繰り返していた。この言葉達は、自分の精神のもっとも深い部分で支え、励ましてくれていたのだろう。松下政経塾生の強さの源はここなのだ。なんとか3時半過ぎに、80キロ地点に到着。足が痛み、ストレッチするのも大変。ここでも手厚いサポートを受けた。温かい飲み物でほっと息をつく。笑い声がありがたい。ここも10分程度の休憩で出発。「よし!行くぞ!」自分自身に喝を入れる。

35歳のよちよち歩き <80キロ~ゴールまでの道のり>

 最終サポートの90キロ地点に向かう。逗子に入ると残りは来た道。ようやく戻ってきたという感じ。足の痛みがひどく、再び鎮痛剤をもらう。うっすらと夜が明けてきた。明るくなり視界が開けてくると、精神的にも前向きになってくる。毎朝、朝会で静聴する「黎明の鐘」は、こういう希望に満ちた夜明けの空気を音に表したものなのだ、と独りで納得。3人の中から、冗談と笑いも飛び出すようになっていた。鎌倉駅前を過ぎ、5時50分に再び海に出た。今日も良い天気。海が朝日でキラキラしている。3人でしばし見惚れる。この朝日は一生忘れられないだろう。

 6時過ぎに90キロ地点到着。古山塾頭が笑顔で迎えてくれた。思いのほか元気そうな我々の姿に少し残念そう?!「あと10キロ。ここまでくれば惰性でもゴールできる。頑張れ!」とサポートメンバーに励まされる。確かに、今までの道のりを考えれば残り10キロなんて。スタート前は自分も90キロまでくれば、と思っていた。しかし、実際やってみると少しも気が抜けない。身体がボロボロなのだ。足がつる、足をひねる、ちょっとしたトラブルでゴールできなくなってしまうのだ。自分の身体は自分がよく知っている。その可能性は十分ありうるのだ。

 慎重に一歩一歩。道の段差が足に響き、剣山の上を歩いているような痛みがある。今までの5キロではなく、遠く長く感じる。江ノ島が見えているのに一向に着かない。「もう2キロは歩いたかな?」心の中でのカウントダウンが続く。

 95キロ地点あたりで、ロ組と連絡を取り合う。できれば一緒にゴールしたいからだ。どうもロ組とは30分~40分はなれているようだ。ともかく這ってでもゴールできるところまで行ってから連絡すると言って電話を切る。

 残り5キロとなって、よりいっそう遠く長く感じてくる。途中休みを取ってストレッチ。歩いていると、左ひざが時々抜けるような感覚が出てきている。

 残り2キロほどになって、僕と高橋塾生のお腹の雲行きが悪くなってきた。明け方の海風で冷えたのと、栄養補給にゼリーや水分を多く摂っていたせいだろう。ゴールまでもつか。疲れていても気持ち歩調が速くなる。人間必要に迫られれば、どこからか力が湧くものだ。ロ組には申し訳ないが、このまま一気にゴールさせてほしいと電話する。長かった100キロ行軍もクライマックス。残り50メートルから走りだした。正門前で松下政経塾ののぼり旗を手渡され、3人で手をつないでゴール。22時間29分。歴代でも2番目に早い記録だ。皆に囲まれ、祝福を受ける。そしてトイレへ。

 ロ組の到着を正門の外で待ち受ける。そして45分後に無事到着。29期全員無事完歩!ヤッター!全員でがっちり握手。抱擁を交わす。安心したとたんに、足が固まって動かなくなった。よちよち歩き。きっと限界だったのだろう。仲間がいたからやり遂げることができたのだと思う。日に焼けてたくましくなった同期の顔と顔。皆、喜びを爆発させている。このあとのカレーと豚汁は格別だった。

 この体験では、様々な思いを自分の中に見つけることができた。その思いを、今は言葉で表現せず、心の中で育てたい。言葉で限定させてしまうのはもったいない気持ちなのだ。いつか大きく育ち、自分の人間性として現れてくるような気がする。ただ今は、24時間体制で運営、サポートをしていただいた先輩、塾スタッフ、応援していただいた関係者の皆様への感謝の気持ちで一杯だ。ありがとうございました。

100キロ行軍挑戦にあたり、「死を覚悟しろ!」という思いで29期それぞれが「辞世の句」をしたためて臨んだ。

時を得て 盛夏(成果)の舞台想う今
在る苦(歩く)乗り越え 在る幸(歩こう)を知る

 この試練を乗り越え、ひと回り成長できた、であろう自分を褒めてあげたい。

2008年10月 執筆
  1. HOME >
  2. 卒塾生一覧 >
  3. 大谷明 >
  4. 100キロ行軍レポート ~145,767歩の記録~
ページの先頭へ