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関西研修
2006年5月

関西研修報告書
黄川田仁志/卒塾生

 

1.はじめに

 当たり前のことだが、松下政経塾は松下幸之助の私塾である。よって、縁あって松下政経塾の門を叩いたからには、塾生は松下幸之助塾主の思いをまず理解しなければならないと私は考える。塾主の思いや考えを理解した上で、それを守り続けるか、そこから独自のものに発展させるか、離れて自らの道を進むかは、人それぞれであってよいと思うが、いずれにせよ、出発点は塾主を理解することから始めるべきであろう。今回の関西研修の主たる目的は、塾主の縁の地を訪ね、塾主・松下幸之助への理解を深めることであった。

2.松下幸之助塾主研究~松下政経塾設立の「根源」を知る

 塾主・松下幸之助の縁の地であるPHP総合研究所本社、真々庵(松下美術庵)、松下電器産業本社、松下電器歴史館、松下資料館、松下家墓地を巡り、塾主の生立ち、人物像、思想などを学んだ。塾主は、和歌山の裕福な家に生まれたが、父親が相場で失敗し一家離散の憂き目に会った。そして、9才で丁稚奉公に出されるなど、幼少期はとても苦労した。その後、16才で就職し、24才の時に独立開業した。松下電器歴史館では、この独立のきっかけとなった塾主が考案した二股ソケットの実物を見ることができ、塾主の苦労と独立への気概を感じ、恵まれている私はより一層奮闘努力しなければならないとの思いを新たにした。

 松下幸之助はただの経営者ではない。思想家でもあった。事業は軌道に乗り会社は発展したが、天理教信者が無償で喜んで働いている姿をみて、喜んで人間が人間らしく働くにはどのようにすればよいかを考えた。その結果、昭和7年5月5日、38才の時に松下電器産業の真使命を右記のように明示した。『水道の水は加工された価のあるものであるが、道端の水、道水を通行人が飲んでもとがめられることはない。それは、その量が豊富で安価だからである。松下電器の真の使命も、物資を水道の水のごとく安価無尽蔵に供給して、この世に楽土を建設することである』と。人が幸せになるには、喜んで人間が人間らしく働くにはどのようにすればよいか、そのためには社会はどうあるべきか、何を持って社会を良い方向に導けるのか、人間と社会が良好に日々生成発展するための法則はないのかということを、松下電器産業の経営に携わる傍らで、真剣に考え抜いていたのであった。その思考の中で生まれたものが、「根源」であった。

 私の未熟な理解では、「根源」とは、神や仏、サムシング・グレートという絶対的な存在である。その「根源」の正しい意思は、「自然の理法」を素直な心で聞き、観察することで感じる(理解)することができる。その意思に従えば、道に誤らずに、人も社会も平和で幸福に繁栄できるという思想であった。「根源」の意思から導き出された人間の役割というものが、塾主が提唱した「新しい人間観」であった。塾生はまずはこの「新しい人間観」を理解することから始めなければならない。しかし、PHP総合研究所江口社長から、「新しい人間観」を理解するには、塾主の著書である「人間を考える」を一万回読まないといけないといわれ、閉口してしまった。できる限り努力し、一歩でも「新しい人間観」の理解に近づきたいと思う。

 このように塾主は人間社会の繁栄・幸福・平和(PHP)のために何をすればよいか、徹底的に考え努力した。そして、戦後昭和21年にPHP研究所が設立された。それから、34年後、86才という高齢になっても、その思いは衰えず、政治がよくならければ、日本社会がよくならないと考えて、1980年に松下政経塾が開塾されたのであった。このように、人生をかけて人の幸せを考え抜き、人生最後の思いの結晶が松下政経塾なのであった。このことを思うと、塾生は、塾主・松下幸之助の思いに応えなければならないと心から感じたのであった。

3.御伊勢参り~日本の「根源」を訪ねて

 松下電器産業本社、PHP総合研究所本社、真々庵には、伊勢神宮の社を模した「根源の社」があった。なぜ、「根源」の社が、伊勢神宮の社を模したものであるか、質問したが誰からも明確な答えは返ってこなかった。塾主・松下幸之助人身は、神道にも、他のどの宗教にも入信していない。しかし、日本人であることについて深い自負心を持っていたように思われる。

 伊勢神宮を訪れたことは、私にとって今回が初めてであった。私は、この伊勢神宮を見て驚き、聞いて深い感銘を受けた。伊勢神宮に日本人の根源(原点)を感じた。だから、塾主は「根源」の社を、伊勢神宮の社の形にしたのだと思った。日本人は、まず日本人たれと、塾主は私たちに訴えていると、私は考えた。

 伊勢神宮では、1500年前の農法で収穫した米・食物をつかって、1500年前の調理方法で料理を作り、1500年間一日も休まずに、その料理をお供えしてきた。何という長い時間であろうか。1500年前の技術をタイムカプセルのように今に継承している。何と尊いことか。伊勢神宮の活動はこのように伝統を守りながらも、日々新しいのである。社も1300年前の天武天皇の教えを守って、20年毎に新しい社を建て替えている。ただ、古いものをとっておくのではなくて、建築物も伝統を継承しつつ、常に新しい。私はこの事を今まで知らなかった。驚嘆した。ゴルバチョフ元ソ連大統領が、伊勢神宮をお参りした時に、なぜ20年経つと社を建て替えるのかと、神主さんに問うた時、1300年前の皇帝がそのように指示したからそれを守っていると答えたという。1300年前の命令を、お前たちは守って従っているのかと、驚嘆の溜息をついたとのことであった。

 私はこの伊勢神宮に日本人の原点を見た思いがした。また、この伝統を重んじ受け継ぐことを忘れなければ日本は何があっても大丈夫だと確信した。たとえ、化石燃料が枯渇しても、1500年前の稲作法、貯蔵法、調理法などの技術が失われずに私たち日本人は持っている。伝統を大切にする。技術を大切にする。古い教えを大切にする。稲作を大切にする。米を大切にする。これが、日本人の礼法ではないだろうか。これが、日本人が素直に従うべき理法ではないだろうか。

4.まとめ

 以上のように関西研修では、松下幸之助縁の地を訪ねることで、塾主に対する理解を多少なりとも深めることができたと思われる。本研修では、他にも今日庵(京都市)、真々庵(京都市)、紅松庵(和歌山市)、神宮茶室(伊勢市)と松下幸之助に関係の深い茶室を訪れることができた。茶道は日本文化である「和敬静寂」の精神が凝縮しており、その高い精神性と安らぎの時を、松下幸之助は愛し、茶道を嗜んだという。また、日本の文化を育んだ稲作も、一日のみであるが農業実習として体験することができた。このように関西研修を通じて、松下幸之助塾主と日本に対する思いがより一層強くなった。今後も努めて、塾主を研究していきたいと思う。

2006年5月 執筆
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