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100km行軍
2006年10月

研修レポート

「100km行軍」研修レポート
黄川田仁志/卒塾生

 

1.はじめに

 100kmを歩くことは確かに辛かった。初めて体験する辛さであった。しかし、今まで生きてきて一番辛かったことではない。精神的には、博士論文が書けなかったり、仕事の納期に追われたりしていた時の方がよほど辛かったし、体力的には、部活動で野球をやっていた時の方が大変であった。では「100km行軍」の特徴とは、なんであったかと問われるとそれは、24時間の中に困難や感激が凝縮されてやってくるということであった。そして、その困難と感激の凝縮の中から、普段では味わえない、感ずることができない気づきが得られたのであった。本レポートでは、私が100km行軍の困難と感激の中で体感した「リーダーのあり方」、「人を大切にすること」、「適切な小目標を立てる」という三点について述べたいと思う。

2.二つのリーダーのあり方~「明徳」と「玄徳」

 今回私は「い」組のリーダーをさせていただいた。これは、一番に脱落しそうな私をリーダーにしておけば、その責任感から、なんとか歩くだろうという配慮から選ばれたのであった。地図等の資料作成、下見、練習計画など「100km行軍」の事前準備に関してはリーダーとしての役割は果たせたと思っている。

 本番は40~45km、50~55km、70km過ぎて体に異変が生じ、そこを乗り越える時にそれぞれ違う気づきを得た。40~45kmでの気づきは次章で触れるとする。50~55kmでは、リーダーについて考えた。おかしなもので、班から遅れて、辛くなって初めて色々なことを考えるようになったのであった。

 50kmの休憩ポイントを出ると、足が固まって歩く速度が出なくなってしまった。そこで、私はそれまで先頭を歩いていたが、井桁に先頭を譲った。後ろに付くと、精神的にも、肉体的にも楽になった。歩くのに前と後とではこんなに違うのかと思った。後で歩くと誰も見ていないし、気も張らずに済むので、とても情けない姿勢と顔で歩いていた。後ろはこれも許されるのだ。しかし、十分ぐらい後を歩いていたら、やはりリーダーは前を歩くべきだということになって、また先頭を歩かされる破目になってしまった。後の方が断然に楽であるのにと、泣きたい気分であったが、ここは頑張ってみることにした。丹田に気と力を入れ、背筋を伸ばして歩いた。すると、ペースもとれて前を歩くことができるようになった。ここで、人の前を行くということは、人よりも強い精神と肉体が必要であると痛感したのだ。人を導くためには颯爽と前を歩かなければならないと思った。これが50km過ぎに体験した気づきであったが、70km過ぎてさらなる肉体的困難がやってきて別のリーダー像を考えるようになった。

 70kmまでなんとかたどり着いた。しかし、古傷の左膝をかばって歩いたせいか、右膝も痛くなる始末であったが、不思議とリタイヤするとは思わなかった。それは、他の班員(井桁、菊池、塔村、石田、榎本担当)に励まされ、歩かされてもらっていたからだ。50km過ぎでは、丹田に気合を入れることができたが、70kmではもう力が腹に入らなくなってきてしまった。よって、先頭を歩いてはいたが、そこには私が理想とする颯爽としたリーダー像はなかった。必死に足を引きずりながら歩くボロボロの自分しかいなかった。しかし、班員は絶えず、冗談や憎まれ口を叩きながら背中を押してくれた。また井桁塾生はどこからか杖を探してきてくれた。この時、私は班を引張るリーダーではなく、(徳はないが)担がれているリーダー(のよう)であった。今回は運命共同体で私が完歩しないと、他の班員も来年やらなければならないということで助け合わなければならなかったが、このような条件がなくとも、助けてもらえる人徳を得たいと思った。この資質もリーダーとして必要であると感じた。

 先日の儒学講座において、『大学』の講義を受けた。その『大学』の中で、「明徳」と「玄徳」という概念を習った。「明徳」は外に明らかになる徳で、ちょうど50kmで感じたような颯爽と先頭に立ち人を率いていくための人徳のような気がする。「玄徳」は氷山の水面下の部分のように、日頃隠れている徳で、70kmで感じたような、いざという時にその人を支えなければならないと思ってもらえるような人徳ではないかと思う。

3.人を大切にする

 前章で言及しなかった40~45kmの気づきとは、「人を大切にする」ことであった。これは、どういう事かというと、人には思いやりと忍耐をもって接し、一側面で人の価値を判断してはならないということである。40kmのサポートポイントである塾生に杖を貸してもらったことが気づきのきっかけであった。

 その塾生の班と私の班はほぼ同じペースで歩き、40kmのサポートポイント(浦賀生協)に同時にたどり着いた。そこで夕食をとるために30分の休憩をした。しかし、この30分休憩で私の足が固まってしまった。歩行に困難を要した。その様子を見てその塾生は自分の持ってきた杖を私に貸してくれたのであった。この杖を55kmサポートポイントまで借りることになったのだが、私の足にとって大変助かった。また、その塾生は自分自身が杖を使いたいにもかかわらず、より状態の悪い私に貸してくれた。私は非常に感動した。優しい人であると思った。

 この体験を通じて、人との出会いや係わりをもっと大切にしなければならないということを実感した。人を大切にすることで、自分もまた大切にされるのだと思う。

4.適切な小目標を立てる

 当たり前のことだが、遠い(難しい)目標を達成するために、達成可能な目の前の目標を立て粛々とそれをこなしていくことの大切さを、身をもって感じることができた。最初の40kmまではよかった。しかし、それを過ぎると、後何キロを歩くかというよりは、次の5kmを歩くことだけに集中するようになった。70kmを過ぎると、5km歩けばまた休めると、ただそれだけを楽しみにして頑張った。

 人は調子がよい時には、大目標に向けて邁進できる。しかし、困難に出会った時は、小目標の重要性が増すのである。人間も遠くだけを見て歩いていては足元の石につまずく。適度に足元を見て確かめながら、最終の目的地に進んでいくがよい。

 私はこの100kmを歩くことにおいて、5kmを1時間で歩くというペースと、5km歩いたら5分(または15分の)休憩を設定した。この適切な目標(距離とペース)と休憩がなかったら、私は潰れていたと思う。この目標設定は経験者の榎本担当の意見を取入れたもので、榎本担当に感謝するとともに、ここで「先達に学ぶ」という謙虚な気持ちで計画が立てられたことは良かった思う。

 このように先達に学び、適切な目標を設定することの重要性を痛感した次第であった。このことは、これから政治を行う私にとって、理想を描きながら、現実的かつ具体的な政策を設定するという認識をもたなけれなならないということを再確認させてくれた。

5.まとめ

 上で述べた「リーダーのあり方」、「人を大切にする」、「適切な小目標を立てる」ということは当たり前なことである。しかし、これらを"体感"するということは100km行軍以外の研修ではなかなか味わえないのではなかろうか。知識としてはどれも知っていることであるが、私はこれらのことを体で覚えることができたのだ。それがこの100km行軍の成果である。特に「玄徳」について体感できたことは、私の中に新しい価値観を生んでくれた。

 今まで私は「三国志」の劉備玄徳が好きではなかった。女々しくて一人では何もできない人であると思っていたからだ。悪役の曹操の方が好きであった。曹操は万能で先頭に立って軍を率いていく「明徳」を表したリーダーであった。劉備玄徳はその名の通り「玄徳」を備えたリーダーで、人に慕われ、助けられる徳を備えていた。今回の行軍で「玄徳」的リーダーというものあり方を知識だけではなく、体感できたことは収穫であった。これは私に「玄徳」があったと言っているのではなく、「玄徳」があった場合このような集団が形成できるのではないかというほんの少しの感触を得たということだ。劉備玄徳が少しでも理解できるようになったということは、私の価値観に大きな変化をもたらしたことを意味する。苦難に出会った時、自分ではどうしようもない時は、この「玄徳」があるかないかで大きく変わってくるのである。私はこのことを体感できたこと感謝している。

 そして、最後に100kmを完歩できたのは、班員の協力と事務局の支援があったからであり、私は心から感動した。また改めて本原稿を書きながら感謝している。このように、色々な思いが凝縮した100km行軍の研修であった。

2006年10月 執筆
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