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100km行軍が教えてくれたもの

 未知の距離100kmの行軍は、数ある政経塾の研修の中でも一番の懸案であった。
「本当に歩くことができるのか?」
私はこれまで30km程度歩いた経験はあるものの、100kmを24時間かけて歩くという荒行はもちろん無かった。
・24時間以内に歩けないならば失格
・チームのうち1人でも歩けないならば失格
という厳しいルール(失格の場合、来年再チャレンジとなる)も不安を増長させた。我々「イ組」チームは5人。私も含め皆健脚とは程遠い仲間たちである。事前に35km、15kmと2度の練習を行ったものの、何とも言えぬ気持ちを拭い去れないままに当日を迎えた。

 今年の10月は体育の日以降、台風のような嵐と雨が関東地方を襲い天候不良が続いていた。うって変わって19日の朝は澄み渡るような快晴であった。風もなく雲もない絶好のコンディション。聞けば100km行軍の日は何故かいつも晴れるという。私はすぐさま塾主のことを想った。塾主松下幸之助翁も、天から我々の出発を祝福してくれているのだと。

 恵まれたコンディションの中、我々は50km地点三浦海岸まで順調にやってきた。時間配分も悪くない。「このまま行けば完歩できるぞ」と誰もが油断した瞬間、一人が足を悪くしてしまった。ここから我々のペースは落ち始めた。5kmごとに1時間で歩くペースがだんだん1時間10分、20分となっていった。序盤で稼いだ時間の貯金がみるみる減っていく。焦りは肉体と精神を徐々に、そして確実に蝕んでいく。どうにかしなければならなかった。

 我々はまず足を悪くした彼の荷物を持ってやり、歩きやすいように杖を用意することに決めた。だが時間は真夜中、杖を販売する店はすべて閉まっている。私は杖になりそうなものを歩きながら探し続けた。70km地点葉山を過ぎてから、ようやく適当な木材を見つけ彼に渡した。これが功を奏した。ペースがようやく元に戻り始めたのだ。皆が限界を感じ始めた85km地点を超えてもなお、そのペースは続いていた。あとはゴールするだけだった。

 全員完歩、22時間45分。これが「イ組」チームの記録である。記録という表面的に見えるものは概して平凡なのかもしれないが、表面には見えない多くのことをこの100km行軍は示唆してくれた。

1、一人で歩くのではなくチームで歩いたこと

 私は入塾する際の願書に「1人が1時間かけて行う仕事を2人で行うと、かかる時間は単純に2で割った30分ではなく20分である」と書いたのを覚えている。それは社会人での経験から、仕事は1人で行うよりも複数人で手分けして行う方が能率的だとの考えを持っていたことに起因している。なぜならそこには目に見えない力が働く。激励しあう、叱咤しあう、時に面白可笑しい話で盛り上がる。ただそれだけで人間は、無限の力を発揮する。

 もしこの100km行軍が一人で歩くというルールであったなら、私を含め何人かは途中で挫折したに違いない。そう信じているからこそ、チームの全員完歩に対して人一倍の喜びを感じずにいられないのである。

2、『感謝協力の事』~我々を支えてくれたサポート体制~

 塾の精神の支柱として塾主松下幸之助翁が定められた五誓(ごせい)の一つ、『感謝協力の事』。塾主曰く、
「いかなる人材が集うとも、和がなければ成果は得られない。常に感謝の心を抱いて互いに協力し合ってこそ、信頼が培われ、真の発展も生まれてくる。」と。

 この行軍は、最初から最後まで感謝協力の100kmであった。

 途中20km以降10km毎に設置されているサポートポイント、そこでは先輩塾生および職員の方々の手厚いサポートが待っていた。お茶やスポーツドリンク、寒くなれば温かいスープ、眠くなればコーヒー、そして栄養補助食品を用意してくれたり、マッサージや毛布をかけてくれたりと、とにかく我々の面倒を見てくれた。それも24時間ずっと手分けしてゴールまで導いてくれたのだ。

 特に印象深かったのは、ゴミひとつ捨てるにあたっても「大丈夫、捨てておくから」の一言だった。行軍も後半戦、たとえ一歩でも歩くことが辛い状況の中で、非常に心を打たれた。「ありがとうございます」「ありがとうございます」と、何度お礼を述べたことだろうか。

 加えて「頑張れ」「頑張れ」の応援も歩く気力を生んだ。サポーターというものは、サッカーでは12人目、野球では10人目の選手であると言われる。今回我々を支えてくれた方々も、同様に6人目のランナーであった。

 この100km行軍の本当の目的は、どうやら自己の精神・肉体の修養とは別のところにあるように思えてならない。100kmという距離も、24時間という時間も、あくまで目的を知るための手段でしかないのである。

 100km行軍を終えてから、同期である27期生全員の雰囲気が変わってきた気がする。それは100km行軍を無事完歩できたという安堵感や達成感だけではないということを、私は心中静かにうれしく思う。

 「万歩計をぶっこわせ!」のスローガンで臨んだ100km。万歩計は136276歩を刻んだものの、ついに壊れることは無かった。そればかりか今も早朝のジョギング・ランニングで活躍中である。振り返れば100kmの道程は長いようで短かった。往時の辛さ、有難さ、そしてゴールの瞬間。今となってはすべて過去のこと。新しい27期生の研修は、すでに始まっている。

以上

2006年10月 執筆

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