論考

Thesis

憲法改正における基本的考え方の考察

国家観の全体像を貫く基本理念となる「憲法改正における基本的考え方」を考察する国家観レポート第二弾。本論は、主要政党の憲法調査会により提示されている論点を視野に入れつつ、目指すべき国家像・憲法のあり方・憲法の守るべき価値という三つの観点から憲法改正における基本的考え方の考察を深めるものである。

1. はじめに

憲法改正の論点についてテーマを設定し、各自の意見を述べるというこの国家観レポートでは、憲法改正論議において考察すべき重要な論点を順次取り上げていくことを企図している。初回となる前回は、「憲法改正そのものの考察」と題して、憲法とは何かという根本的な問いから改めて考察を深め、日本国憲法制定の歴史的経緯を加味した上で、憲法改正とは何たるかについて考察した。これにより、日本国憲法とは、立憲主義に基づく国家の基本法であり、個人の尊厳を実現するために国家権力を制限して人権を保障するものであることを確認するとともに、その憲法を改正するということの本質は、国家観を再構築する行為に他ならないということを考察したわけである。その総括として、私自身は、個人の尊厳の重要性を再確認した上で、それを引き続き国家観の大前提とすることへの賛同を示した。次に考察すべきは、国家観の全体像を貫く基本理念となる「憲法改正における基本的考え方」である。その考察の重要性は、これが各論を展開する上での拠り所になることを考えれば明らかである。そこで、本論では、主要政党の憲法調査会により提示されている論点を視野に入れつつ、新たなる憲法及び国家像が求められる背景・目指すべき国家像・新たな憲法のあり方という三つの観点から憲法改正における基本的考え方の考察を深めることにより、私自身の考える国家観の輪郭を浮き彫りにしたい。

2. 新たなる憲法及び国家像が求められる背景

昨今の憲法改正論議にあたって、与野党ともに、目指すべき国家像の明文化を進展させつつある。この国家像の構築こそが、憲法改正の肝となることは言うまでもない。それ故、一連の憲法改正論議において着目すべき重大な論点であるといえるだろう。さはさりながら、近年になって憲法改正論議が急速に活発化し、新たなる国家像の構築が求められるようになったのは一体何故だろうか。それは、この現代が時代の大きな転換期にさしかかっていることを意味している。その時代背景を考察すると、民主党憲法調査会の中間報告を参照するに、現代は少なくとも四つの大きな転換点に直面しているといえる。

第一に、近代社会の国家間の暴力・戦争や帝国的な民族支配に代わり、国際テロ・民族浄化・宗教紛争や新型ウィルスの発生、地球温暖化問題などの新しい共通の脅威が地球上を覆い始めており、「国際協調による共同の解決」が主流となりつつある。第二に、社会の中心的動力が「物質的富」から「情報」へとシフトし、人間と人間または人間と社会の間の「コミュニケーション」が人間社会の基本として台頭するに伴い、このコミュニケーションに対する権利の重要性が高まっている。第三に、環境権・自己決定権・子どもの発達の権利・少数民族の権利など、21世紀型の新しい権利の台頭は、人間の尊厳が国家の枠を超えて保障されるべきものであるとの「地球市民的価値」を定着させてきている。第四に、情報化技術の急速な発達によって、地球規模の人的ネットワークの構築に基づいた「連帯革命」が創出され、世界的傾向としての「分権革命」の運動をもたらしている。

ここで着目すべきは、以上のような紛争形態の変化や大きな価値転換・構造変動に伴って、これまで絶対的な存在と見られてきた国家主権や国民概念も着実に変容し始めているということである。実際、EUは「国家主権の移譲」や「主権の共有」への第一歩を踏み出しており、新たなる主権のあり方を具現化しつつある。また、国際人権法体系の整備は、一国の中の人権問題もそれを国際的な「法の支配」の下に置きつつある。かくして、国境の壁はいよいよ低くなり、外国人であっても「地球市民」としてその基本的権利を保護する義務を政府が果たす必要が生まれてきている。このように文明史的な転換期に直面している現代にあって、この変化に即応した新たなる国家像の策定が強く求められていることは言うまでもない。そして、その国家像の構築こそ、新世紀に相応しい憲法を創出する礎となるのである。それでは、主要政党の考える国家像とは如何なるものであろうか。また、私自身の考える国家像とは如何なるものであろうか。

3. 目指すべき国家像

自由民主党は、新憲法が目指すべき国家像として、「国民誰もが自ら誇りにし、国際社会から尊敬される『品格ある国家』」を提唱している。それと同時に、新憲法では、基本的に国というものはどういうものであるかを明記し、国と国民の関係を明らかにすべきであると指摘している。これにより、国民の中に自然と「愛国心」が芽生えてくるという。一方、諸外国の憲法の規定例を参考にして、我が国が目指すべき社会がどういうものであるかについても憲法に明示すべきであるとしている。これらの文脈から読み取れる意図としては、対外的には国際社会から尊敬される品格ある国家、対内的には国民が誇りと愛国心をもつ国家を目指すということであろう。ただ、国家像とはいえ抽象度が高く、国と国民の関係についても未だ審議中とのことにつき、先に考察した時代の転換点に即応するためにも、今後の憲法論議において国家像の骨太な基本方針が提示されることが期待される。

民主党は、新たなる国家像として、大きく四つの視点を提示している。第一に、グローバル社会の到来に対する国家のあり方として、国際秩序に協調した形における主権の縮減と主権の抑制・共有化という「主権の相対化」の歴史の流れをさらに確実なものとする。第二に、急速に進展する情報化によって個人と社会のあり方そのものが変化するに伴い、時代の「新しい権利」の要請に応える。第三に、日本の伝統的価値観を活かし、日本が培ってきた「和の文化」と「自然に対する畏怖」の感情を大切にする。第四に、人間と人間の多様な結びつきを重視し、様々なコミュニティの存在に基礎を据えた社会を踏まえた上で、異質な価値観に対しても寛容な「多文化社会」を目指す。以上を総括すると、国際社会における日本という観点から国の主権を捉え、時代の要請に従って新しい人権を保障しつつ、日本の伝統的価値観を活かした多文化社会を目指すといえるであろう。

それでは、私自身は、目指すべき国家像を如何に考えるか。大前提として、私は、「万物は全体として学び成長することを志向している」という宇宙観のもと、「一人一人が天分を発見して活かしていくところに人間の使命があり、繁栄幸福への道がある」という人間観をもっている。すなわち、「学び・成長を志向した活力ある社会」の創造を目指し、それを体現する形として、「天分を発見して活かす社会」の創造を志向するものである。(詳細は他の拙著を参照されたい。)この観点から目指すべき社会像を表現するならば、「一人一人がそれぞれの才能を発揮して、人生を楽しみながら活き活きと学び成長することができるような適材適所の社会環境の下、お互いの価値観を認め尊重し合い、全体としての成長・発展を志向する共生的・協調的・相互扶助的な世界」といえるだろう。私の描く国家像は、そのような理想社会像に基づくものとなることをまずは指摘しなければなるまい。

続いて、国家とは何かについての基本的考え方を示す必要がある。法学・政治学にいう国家とは、一定の土地と人民に対して排他的な支配権を有する集団であるとされる。特に、法学上は「主権・人民・領土」が国家三要素とされるが、国際法上、これらの三要素を有するものが国家として認められる。一方、国家というものを考えるとき、人間生活の基本を考察することが有用であろう。つまり、人間は人間との関わり合いの中で生きており、且つ、誰しも何らかの地域共同体に属して生活している。それらが互いに結合して社会を形成し、その結び付きが世界規模となって国際社会を創出している。かくして、世界規模での人的移動も活発化する現代においては、地球市民的な価値観を踏まえた上で、より広域的な地域共同体の枠組みが構築されていくことも極めて妥当である。その意味において、先にいう国家という概念に執着する必要もない。ただ、人々の生活は何らかの地域共同体に属してなされることに変わりはない。そして、この日本という一つの地域共同体では、日本語という共通言語を話し、日本独自の文化を育んできたという歴史をもつ。このため、たとえ地域共同体の枠組みが広域化しようとも、また、国家という概念の必要性が変容しようとも、日本が一つの地域共同体として機能する意義は極めて大きいと考える。それ故、現行定義の形式的意味に加え、国際社会において基礎単位となり得る有機的な地域共同体としての実質的意味をもって、私自身は国家としての日本というものを捉えたい。

以上のような考察のもと、先述の理想社会像を踏まえた上で、私自身の考える国家像を貫く基本理念となるものは何か。その根源に据えるものは、「全体として学び成長していくことを志向し、それぞれの天分を発見して活かしていくこと」である。そのために、日本という国家においては、第一に、個人の尊厳を尊重する。一人一人の能力が発揮されるためには、個人の自由が確保されなくてはならない。個人の尊厳に最大限の配慮をしつつ、時代の情勢に鑑みながら国家と個人の関係の匙加減を調整する。第二に、国民の安全を確保する。全体として学び成長していくことを目指すといえども、安全に暮らすことができなければその実現は難しい。そのため、国家として、国民の生活を様々な脅威・危険から守る。第三に、日本の伝統精神・伝統文化を尊重する。新たなる成長へと向かうためには、時代を経て受け継がれてきた遺産を活かすことが肝要である。そこで、人間生活の基本としての地域共同体の重要性に着目し、そこで培われた伝統を活かす。第四に、多種多様な人間・文化を尊重する。この理念は、学び・成長への基盤をなす。国内外を問わず、様々な人間や文化が存在することをあるがままに認め、お互いを尊重する精神を目指す。第五に、相互扶助を促進する。全体としての学び・成長という観点から、この理念は必要不可欠となる。人間はあらゆる人間との関わりの中で生きているとの視点に基づき、地球市民という意識をもって国内外の相互扶助に心がける。以上を私自身の考える国家像の主たる基本理念として、新たな憲法観を逐次提示していきたい。

4. 新たな憲法のあり方

前項までにおいて、新たなる憲法及び国家像が求められる背景を分析した上で、目指すべき国家像について考察した。新たなる憲法は、そのような国家像の再構築のもとに制定されるべきものであることは、これまで論じてきた通りである。一方で、それと同時に、憲法そのもののあり方を再考することも肝要であると考える。すなわち、これからの憲法は如何にあるべきかについて改めて考えるというものである。これは、立憲主義に基づく憲法のあり方を再考することでもある。主要政党は、如何に考えているのだろうか。

自由民主党は、憲法が「国家権力を制限するために国民が突き付けた規範である」という単なる権力制限規範にとどまるものではなく、「国民の利益ひいては国益を守り、増進させるために公私の役割分担を定め、国家と国民とが協力し合いながら共生社会をつくることを定めたルール」としての側面を持つものであることをアピールしていくことが重要であると指摘している。さらに、このような憲法の法的な側面ばかりではなく、憲法という国の基本法が国民の行為規範として機能し、国民の精神(ものの考え方)に与える影響についても考慮に入れながら、今後も議論を続けていく必要があると主張している。

民主党は、国家権力の恣意・暴力の抑制ないしは国家権力からの自由の確保という意味での「べからず集」的な憲法に、新しい人権や新しい国家の姿を国民の規範として指し示すメッセージとしての意味を加えることが必要であると指摘している。すなわち、禁止・抑制・解放のための最高ルールとしての憲法から、希望・実現・創造のための新たなタイプの憲法の形成が必要であるという。そのため、新憲法は、日本国民の「精神」「意志」を謳った部分と、人間の自立を支え、社会の安全を確保する国(中央政府及び地方政府)の活動を律する「枠組み」を謳った部分の二つから構成されるべきであると主張している。

これらを考察すると、新しい時代の憲法は、権力制限規範と国民行動規範の双方の要素から構成されるべきであるという考え方が主流になってきているといえよう。とりわけ、日本国民の意思を表明し、世界に対して国のあり方を示す一種の宣言としての意味合いをもつ憲法にするという点においては、主要政党の見解は一致している。憲法にこのような国民行動規範的要素を加えることにより、憲法が国民と国家の規範として、国民一人一人がどのような価値を基本に行動をとるべきなのかを示すものとなることが期待されているのである。先に考察した国家像をビジョンとして投影するという観点からも、私自身は、憲法に国民行動規範としての要素を盛り込むことに賛同の意を表明したい。

5. 各論への展望

本論では、憲法改正における基本的考え方について、新たなる憲法及び国家像が求められる背景・目指すべき国家像・新たな憲法のあり方という三つの観点から考察した。冒頭に記した通り、これら憲法改正における基本的考え方は、各論を展開する上での拠り所となるという意味において、憲法改正論議に際して極めて重要な位置を占める。とりわけ、本論にて紙幅を割いた国家像の考察は、今後の各論の考察において重大な役割を果たすことになる。なぜなら、私がここで提示した国家像の基本理念は極めて端的でありながら、各論で提起されている各種論点に対して一定の示唆をもたらす基盤となり得るものと考えるからである。また、新たな憲法のあり方の考察を通して、権力制限規範と国民行動規範の双方の要素が憲法に必要であるとの結論に達した議論は、憲法の位置づけや構成を再考するにあたっての基本指針となるであろう。ここに提唱していく私の国家観及び憲法観は、未だ発展途上にあって今後も洗練されるべきは至極当然のことであるが、本質的部分から順次考察して私自身の考えを文言化していくことにより、読者の皆様と共に新たなる日本の国家観を考察していくことができれば幸甚である。次回は、いよいよ憲法前文の考察に迫る。

【参考文献】

『憲法』 芦部信喜(岩波書店)
『憲法入門』 伊藤真(日本評論社)
『憲法概観』 小嶋和司・大石眞(有斐閣双書)
『日本国憲法の問題点』 小室直樹(集英社)
『痛快!憲法学』 小室直樹(集英社)
『論点整理(案)』 自由民主党憲法調査会
『創憲に向けて、憲法提言「中間報告」』 民主党憲法調査会

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谷中修吾の論考

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Shugo Yanaka

谷中修吾

第24期

谷中 修吾

やなか・しゅうご

ビジネスプロデューサー/BBT大学 経営学部 教授/BBT大学大学院 経営学研究科 MBA 教授

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