松下政経塾 The Matsushita Institute of
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Report
2000年3月

塾報

米国の起業家支援策
籠山裕二/卒塾生

 長引く景気低迷の中、経済の構造改革、産業の構造変革が声高に唱えられているが、一向に変わらない日本。片や史上最長の景気の拡大を続ける米国。何が違うのか。起業家育成に力を注ぐ米国の制度について報告する。

 
起業家支援システムの整った米国

 構造改革には新たな商品やサービスを提供する事業や企業が誕生し、雇用を吸収することが望ましいが、既存の日本企業はあまり余裕がない。それどころか、慣習上、従業員をレイオフできないため企業内失業者を多く抱え、雇用・事業内容が硬直化している。また、新事業を担う起業家も育っていない。
 こうした我が国の現状に対し、米国では戦後最長の好景気が続いている。株高に支えられたバブル景気との指摘もあるが、時代に即応できるように産業構造の転換が進んでいるのも事実である。従業員のレイオフが比較的簡単で、M&A(企業の合併・買収)が活発な米国では、企業自体の事業転換がしやすいこともあるが、自分でビジネスを始める起業家たちの存在も大きい。なぜ米国では起業家が頻出されるのか。国民性の違いはひとまず置いて、制度面での日本との違いを探ってみた。

 まず、行政からの支援として、SBA(SMALL BUSINESS ADMINSTRATION)という組織があり、起業家を資金面で支えている。また、ソフト面を支援する組織としてSCORE(SERVICE CORPS OF RETIRED EXECUTVES )というNPO(非営利団体)がある。両者が一体となって起業家支援を行っている。SCOREの活動の中心は起業家に対する経営コンサルティングである。「退職したエグゼグティヴたち」という言葉が示す通り、コンサルティングを行うのは、かつて自分で会社を経営していたり、大企業でスペシャリストとして働いた経験を持ち、今は引退した人々である。年齢は50~70代で、無報酬で活動している。

職種別に、地域別に、内容別に 細かいコンサルティング

 SCOREのボストン支部を訪ね、実際にどのような支援策が採られているのか話を聞いた。私が訪問したのは氷点下20度という寒波到来時で、外を歩いている人はまばらだったが、それにもかからわず、事務所内はコンサルティングを待つ人々で溢れていた。彼らに申し訳ない気がしたが、事前に約束をとりつけていた私は、すぐに3人のコンサルタントに会うことができた。シーフード・レストランを経営し、今は息子に譲って引退しているフィオリ(仮名)さん、大手銀行に勤め、長い間企業融資・企業の財務分析を担当してきたスミス(仮名)さん、自分で経営コンサルタント事務所を開いていたトーマス(仮名)さんである。
 いかにも人の良さそうな感じのフィオリさんが、まず口火を切った。
 「コンサルティングの面談は事前予約が原則です。待っている人たちは予約をしていなかった人たちです。なぜ、予約が必要かわかりますか」。
 私は、「効率よくコンサルティングするためですか」、と愚にもつかないことを答えた。大柄だが、礼儀正しく几帳面なスミスさんが続けて説明してくれた。
 「このボストン支部だけで70数名のコンサルタントがいます。と言っても、全員が毎日勤務している訳ではありません。ほぼ毎日出勤している人もいれば、週に1、2回、あるいは月に2、3回という人もいます。皆、自分の事情に応じて勤務しています。ただ、大事なことは、コンサルタント全員それぞれが専門を持っているということです。だから、事前に予約をすると、相談内容に応じた専門のコンサルタントが対応できるのです」。
 陽気なトーマスさんが後を続けて、
 「例えば、フィオリさんのようなシーフード・レストランをやりたいという人が相談に来た場合、まず、シーフード・レストラン全般についてフィオリさんがコンサルティングします。そして、その次に、その人が出店予定の地区についてその地区専門のコンサルタントが相談に乗ります。なにしろ、我々70数人のコンサルタントの中には、業種別だけではなく、地区別(地区というのはボストン市内の何々地区というようにごく狭い地域のこと)にも専門家がいるのです」。
 トーマスさんが少し自慢気にこう言うと、スミスさんが後を継いだ。
 「さらに、私のような財務専門家が財務面のアドバイスをします。税務の専門家や事業計画のアドバイザーもいますし、製造業を始めるのであれば、マーケティング、工程管理、原価管理の専門家、技術アドバイザーなどもコンサルティングします」。
 まさに到れり尽くせりである。フィオリさんが言った。
 「私のレストランのある地区にシーフード・レストランを開業したいという人が相談に来れば、私一人で全て対応できますよ」。
 私は、少し意地悪な質問をしてみた。
 「しかし、息子さんのレストランの隣りに開業したという人が来た場合、それでも親身にコンサルティング出来ますか」。
 ボストン市内という限られた地域では、相談者が自分や家族の競合相手となることは充分有りうる。フィオリさんの答えは明快だった。
 「むしろ大歓迎ですね。同じ地区に良いシーフード・レストランがたくさん集まれば、『シーフードを食べる時はあの地区へ』というように、かえって集客力増になります」。

 確かに、同一地区に同一業態が集まれば、それでメリットはある。もっとも、米国人は、自分で始めた事業が成功しても、引退するときに、子供にその事業を譲らず、売るケースのほうが圧倒的に多いそうである。子供は自分とは別の人格であるという考え方が身に付いているからであろうか。
 スミスさんが話題を切り替えた。
 「SCOREのもう一つの目玉は、ワーク・ショップです。漠然とこれから自分で事業を始めてみたいと思っている人たちを対象に、月一回の割合で開催しています。午前中は、起業に関する一般情報や事業計画・資金計画の立て方などについての講習、午後は参加者同士で討論やケーススタディーなどに取り組みます。このワーク・ショップで、起業を決断する人もいるようです」。

 最後に私は、あえて愚問を聞いた。
 「これまでのお話で、起業家に大変有意義なコンサルティング活動とわかりました。これなら料金をとっても相談に来たいという人がいそうですね」。
 フィオリさんが代表して答えた。
 「我々は、すでに社会で成功してお金を稼いできたので、これ以上は必要ありありません。それよりも若い人や社会の役に立つことが無上の喜びです」。

より細かな起業家支援策を

 SCOREのボストン支部は、近郊に8つの支局を持ち、それぞれが同様の活動をしている。全米では389の支部があり、それぞれ複数の支局を持っている。コンサルタントの総数は約12,400人に上る。
 一方、SBAは、起業家が会社設立資金を銀行から借りる際、75~80%の範囲内で支払保証をしている。とはいえ、残りは銀行のリスクとなるので、安易な融資は行われない。政府の支援策と民間活力が組み合わさった好例と言える。

 さて、わが国である。わが国でも、中小企業総合事業団を核とし、各種のベンチャー支援活動が行われている。専門家による指導・助言も行われているが、SCOREのコンサルタントほど起業家のニーズに密着したものではないように思う。細かいニーズに対応するためには、数多くの多様なコンサルタントが必要である。わが国の現状では、SCOREのようにボランティアでは集まりにくい。税金で雇うのも一策ではなかろうか。それで、起業家が育ち産業の構造改革につながるなら、旧来型の公共事業を繰り返すより、よほど有意義な税金の使い方である。

2000年3月 執筆
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