Thesis
1.何が問題なのか。
「何故、日本経済は長い間、不況にあえいでいるのか。」
「日本経済の本当の問題点は何なのか。」
私は現在、米国のコンサルタント会社で研修しているが、良くこんな質問を受ける。日本経済は明らかに、物価下落と景気後退が連鎖するデフレスパイラルに突入している。その原因として、多くの米国のエコノミストは、銀行の不良債権・金融システムの問題を挙げる。しかし、一部の専門家は、確かにそれらも大きな問題ではあるが、本当の問題点は、これまでの日本の方式・経済の構造が時代に即応しなくなってきている、経済を構造改革すべきであると指摘している。
日本通のあるエコノミストは、日本人の特徴として「優柔不断」を挙げる。物事を抜本から改善しようとしない、変革することを恐れ現状の既得権益にしがみつこうとする姿勢、それが本当の問題点であると。
2.驚異的な財政赤字額
このエコノミスト氏は、日本人のもう一つの特徴として、「熱しやすく、冷めやすい」ことを指摘する。そう言えば、一年前までは日本で盛んにマスコミに取り上げられた財政赤字について、忘れられたかのように、最近はあまり議論されていない。
大蔵省公表のデータによれば、98年6月末の、国債及び国の借入金の残高は400兆1730億円であり、前年から37兆6280億円も増加している。また、国債だけでも98年度の発行金額は35兆円を超える見込みである。一方、地方財政も深刻である。東京都は今年度18年ぶりに赤字に転落しそうである。財政規模約6兆6000億円に対し、その赤字額は4400億円と見込まれ、自治省の管理下に置かれる「財政再建団体」に転落することが懸念される。大阪府・神奈川県・愛知県なども財政危機に陥っている。
国・地方とも財政赤字がふくらむ中で、緊急経済対策の実行など今後もその赤字額の増加が予想される。だから、財政支出を削減すべきであるとは言わない。危機脱出のために政府が果たす役割は大きいからだ。しかし、前述の驚異的な赤字額は、将来税金として国民が負担しなければならない。となれば、少しでも赤字額の増加を減らせるよう、無駄な支出や非効率な事業は避けるべきである。全く余裕のない国家財政の中で、デフレ経済脱出のため、つまり、構造改革に結び付く分野に重点配分すべきである。採算性に疑問の多い整備新幹線の建設や利用車の少ない高速道路の建設といった従来型の公共事業は、景気刺激効果より後遺症の方が大きい。財政支出が増大した「この気に乗じて」との官庁や族議員の思惑が働いているとすれば、由々しき問題である。バブル崩壊以降、事業規模で80兆円を超える景気対策が繰り返されて来たが、持続的な効果はなかった。縦割りの行政機構や構造温存的な政策の罪も大きい。かつては有益だったが、時代の経過とともに今では不必要になった組織を温存させることは、単に無駄な財政支出であるだけでなく、経済の構造改革のチャンスを逃すことになり兼ねない。
3.農林系統金融機関は必要なのか。
96年に公的資金を投入しその不良債権の処理を進めた住宅金融専門会社(住専)に対する債権額は、母体行3.5兆円、一般行3.8兆円に対して、農林系統金融機関(系統)は5.5兆円であった。ところが、処理策の内訳を見ると、6,850億円の財政支出の他に、母体行3.5兆円の全額放棄、一般行1,7兆円の債権放棄に対し、系統はわずか5300億円を負担したに過ぎない。今ここで、当時問題となった「母体行責任」か「貸し手責任」かを再度議論するつもりはない。ただ、系統が住専に大きく貸し込んだ最大の原因として誰もが認める点は、系統が融資先を見つけるのが困難になって来ていることだ。融資審査能力が銀行に比べ見劣りするとも言われ、そのため自己で個別案件の審査をするよりも銀行の信用力をバックに住専に多額の融資をする道を選んだのかもしれない。
別の例も挙げる。今年9月に会社更正法を申請した日本リースの借入金は約1,9兆円であった。親会社の日本長期信用銀行(長銀)の融資額が2,556億円だったのに対して、系統は3,501億円の融資をしていた。ここでも、長銀という「カンバン」を信用し、独自の与信審査がおろそかになった系統の姿勢が見えて来る。
もっとも、今回の日本リースの会社更生法申請を契機として、系統の収益悪化は表面化している。特に都道府県組織の信用農協連合会(信連)は、5~6県が99年3月決算で赤字に転落するといわれている。日本リースに融資した23信連のうち、10信連は無担保で融資した。無担保融資は更正計画で債権をカットされる可能性が高く、そうなれば、収益に重大な影響を及ぼす。信連は、バブル期の融資が焦げ付いたりリストラの遅れで、体力がもともと弱っている。そこに、新たな不良債権が発生し、自力再生は困難といわれている信連もある。住専処理後に農政審議会が打ち出した農林中央金庫(農中)と信連との統合は系統再編の軸になる。しかし、農中にも信連の不良債権を丸ごと抱えこむ体力はない。問題は、ここで財政支出(つまり、税金)を使うことにより、組織保全的な動きが出ないようにしならない。そもそも、農林系統金融機関は農民に農機具購入などに必要な資金を提供するために発足した。現代では、農民も他の金融機関などから資金調達が出来るようになってきており、金融機関としての農協の存在意義が問われている。その結果が、上述の住専や日本リースへの融資である。農林系統金融機関も政府による資本注入の対象になっているが、融資先を失っている金融機関を存続させれば、同じ失敗を繰り返さないとも限らない。誤解のないように言っておくが、私は農協の存在そのものを否定している訳だはない。ただ、金融機関としての役割は終えたと思っている。金融部門を農協から切り離し、それを無理矢理潰すことも良くないが、マーケットの原理を持ち込み、いたずらな延命策は避けるべきであろう。それは、問題を先送りし、弊害を大きくするだけであるから。
4.銀行は淘汰されるべき
一方、銀行に対しても政府による資本注入は行われる。しかし、資本注入で本当に物事が解決するのか疑問である。破綻前の銀行に資本注入する25兆円枠は、国民のお金であり、いずれ国民に戻って来なければいけない。だとすれば、公的支援は本来生き残れる銀行に限るべきである。長銀に対し政府が今年3月に資本注入した優先株1300億円が返済されない公算が大きいが、国民の税金がその分消滅することになる。これは決して長銀だけの問題ではない。政府が資本注入した銀行が破綻し債務超過に陥れば、その資本は全く回収出来ないのである。
そもそも、日本は主要行が18行もあるなど異常なオーバーバンキングの状態にある。国際的な金融競争に対応する上で銀行の集約化は避けて通れない道である。経済全体を考えれば、金融市場における証券市場の占める割合を積極的に高めるべきである。銀行による資金仲介は、債権・債務が流動化しにくく、市場が合理的な価格を決定していない。中小企業やベンチャービジネスも資金を調達できる直接金融市場を整備すべきである。経営に失敗した銀行までも優遇し温存させれば、金融市場の改革のチャンスを逃してしまうことになり兼ねない。
5.組織保全より個人保護を
今ここで二つの例を挙げた。これ以外にも、かつては有益だったが、時代に合わなくなり不要となった組織はたくさんある。既得権益を守ろうとして、組織保全を図るため、対症療法的な政策は採るべきでない。むしろ、市場原理を徹底的に持ち込むことで、何が必要で、何が必要でないか、明確にし、市場の力で不要なものは淘汰すべきである。構造改革をしなければ、日本経済は立ち直れない。不要な組織の延命策は、改革を遅らせ、日本全体の足を引っ張る。
その際、大切なのは、組織淘汰の影響が国民の個人生活に及ぶのを出来るだけ軽減することである。農協の金融部門をなくしても、その職員が他の部門や組織で働ける機会を与えること、銀行が倒産した場合、預金者・借り手の保護はもちろん、従業員が別の職を得やすいようにすることである。雇用が硬直化しているわが国では、最初は組織淘汰により不利益を被った個人を保護する政策が必要である。その一方で、企業年金制度や退職金課税の改革、あるいは職業訓練の充実など政策として雇用の流動化を図ることが重要である。何かを失っても、別の機会が得られやすい環境を整のえれば、日本人の「ものごとにしがみつこうとする姿勢」は変わるかもしれない。
Thesis
Yuji Kagoyama
第18期
かごやま・ゆうじ