論考

Thesis

朝鮮半島の平和・安定のために

朝鮮半島をめぐる緊張が高まっている。日米韓3カ国の協調が求められる中、日本は食料支援・KEDOへの資金拠出の停止という対抗措置を考えている。まず日朝の国交正常化交渉の再開を急ぐべきではないか。身近に迫る危機への対処を問う。

■恐怖の中の成功

 米国の首都ワシントンではシンクタンクやNPOによるコンファレンス(会議)がよく催される。安全保障問題に強い関心のある私は、特に朝鮮半島関連をテーマとする会議によく参加する。7月に開かれたコンファレンスの中で一際注目を集めたのが、ゲスト・スピーカーにリチャード・アーミテージ元国防次官補を招いたナショナル・プレスクラブでのものである。同氏はレーガン大統領の下で国際問題担当の国防次官補を務め、ブッシュ時代にはフィリピンとの米軍基地交渉や旧ソ連への援助の統括といった仕事をしてきた。旧ソ連に対する強力な軍拡路線が敷かれたレーガン政権、冷戦の終焉と新世界秩序の模索が始まったブッシュ政権という文字通り激動の時代に米国の国防政策を担ってきた人物である。
 彼のスピーチで私の興味を引いたのは、第2次大戦後の日米関係における3つの成功と北朝鮮の脅威に関する指摘だった。3つの成功とは、まず1981年5月に鈴木善幸首相(当時)が訪米して、レーガン大統領との会談で両国関係を「日米同盟」体制と規定する共同声明を発表したこと。具体的には、両国の防衛関係が極東の平和の基礎であることを確認し、シーレーン防衛構想を発表したことを指す。2番目は、日米二国間で安全保障に転用できる技術移転・交流がソ連の大きな脅威となったこと。3番目に、米国がソ連と欧州中距離核戦略(INF)削減交渉をする際、日本がF16戦闘機2個中隊を青森県の三沢基地に配置したことにより交渉が米国有利に働き、世界規模で軍事バランスが変わり脅威が減ったこと。この事実は長い間あまり注意を払われなかったが、論争を巻き起こすものだとアーミテージ氏は言う。元駐タイ大使の岡崎久彦氏も同様の指摘をしている。この3つが冷戦の期間、特に1970年代末から80年代を通じてアジア地域の安定につながったという。彼はそれを「(冷戦の)恐怖の中の成功」と表現した。さらに冷戦後の課題として北朝鮮の脅威に対する抑止力を形成するために、現在日米韓3カ国の間で図られている関係強化を挙げた。ここで私が述べたいのは、朝鮮半島をめぐる日米韓の関係を4つ目の「恐怖の中の成功」とすることである。

 その前に朝鮮半島をめぐる国際的な枠組みを整理しておこう。まず、日米では日米防衛協力の指針(ガイドライン)関連法案が今年5月末に成立した。改定前は日本での有事を想定していたが、改定後は周辺での有事についても詳細な記述がなされるようになった。これに先立ち96年4月、橋本龍太郎首相(当時)とクリントン大統領が発表した日米安保共同宣言では、冷戦後の日米安全保障関係を「21世紀に向けてアジア太平洋地域において」必要な同盟関係に定義し直し維持していくことが約束されており、朝鮮半島の安定のために日米が韓国と協力していくことにも触れている。
 一方、朝鮮半島の恒久的な平和体制の確立を目指す枠組みに四者協議がある。昨年から始まり、今年の4月にジュネーブで5回目の本会談が行われたが、北朝鮮の強硬な姿勢で思うような成果はあがっていない。

 朝鮮半島をめぐる国際情勢で、もう一つ重要なのが中国である。中国はガイドライン関連法の周辺事態の認定等に懸念を表明している。今年7月に小渕首相が中国を公式訪問した際の朱鎔基首相との会談で、台湾問題では日中共同声明以来の原則を堅持して行くことを表明、中国側も朝鮮半島の平和と安定に努力することが強調された。

■日本はいかに行動すべきか

 北朝鮮の核開発の凍結、ミサイル開発・輸出の抑制と引き換えに経済的援助、経済制裁の緩和等を行うのが、米国の対北朝鮮政策すなわち「包括的アプローチ」である。100万キロワットの軽水炉を2基援助すること、それに加えて米国は軽水炉が稼動するまで年間50万トンの重油を約10年間無償援助すること、これが94年にジュネーブで成立した米朝合意の内容である。しかし、昨年、金倉里の地下核施設疑惑、テポドンミサイルの試射などにより、米国は対北朝鮮政策の見直しを迫られた。そのため北朝鮮政策調整官が新設され、ウイリアム・ペリー前国防長官が任命された。特に核開発疑惑は米朝交渉自体を大きくゆるがした。しかし今年5月に政府調査団による金倉里視察が行われ、疑惑は一応晴れた。その5日後にペリー政策調整官が平壌を訪問した。またそれに先立つ今年3月には、アーミテージ氏を中心とする11人による報告書が提出され、日米韓の国防長官の諮問会議や朝鮮半島再建ファンドの成立などが提唱された。基本的に「包括的アプローチ」は変わらないと言ってよい。韓国の金大中政権も同様の「包容(太陽)」政策をとっている。

 一方、日本は昨年8月末のミサイル発射後、北朝鮮への食料支援を見合わせている。アーミテージ氏は先の講演の中で、日本は食料支援をミサイル再発射の対抗措置とすべきでないと明言した。しかし、日本では朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)への資金拠出を凍結することさえ論議されている。米国は交渉の前提に94年の米朝合意をおき、この合意の対象とならないミサイル発射を理由にした食料支援、資金拠出の停止は考えていない。韓国も同様である。私も、食料支援、KEDOへの資金拠出を、ミサイル再発射に対する対抗措置とすべきではない、それよりも日朝国交正常化交渉を進展させるべきだと考える。
 当然、「テポドンミサイルの発射は、日本の主権に関わることであり、米韓の枠組みとは別に対応すべきだ」という反論があるだろう。米韓と協調すべきところは協調して、日本が主権国家として判断すべきところは判断する、のはもっともである。問題はどこまで協調するか、その範囲である。北朝鮮のミサイル再発射と食料支援、KEDOへの資金拠出を結びつける必然性は、私には見当たらない。むしろ人道上の問題と北朝鮮の内部崩壊により日本に降りかかる可能性のある困難(難民など)を回避し、北朝鮮の核開発再開と核弾頭搭載ミサイルによる日本への脅威を低減させるという利点が考えられる。アーミテージ氏も別の場所で「(日米韓)3カ国の国民の生命と国家の財産がかかっているのだから、一方的な単独行動は許されない」(『日本経済新聞』「経済教室」1999年7月30日)と述べている。もっとも彼の論文をよく読むと、「結局、北朝鮮に対しては包括的に対処して大きな取引を行うか、一切交渉を拒否するかの2つの方法しかない。軍事力を持たない日本が中途半端な選択をするな」という極めてリアリスティックな本音もちらつく。
 また、日朝交渉の再開については、日本人の拉致疑惑とどちらを優先させるのか、という疑問が生じよう。私は拉致疑惑の解明を、日朝交渉より前に解決しようとするのは得策ではないと思う。そうではなく、日朝交渉の過程であってもいい。北朝鮮側が主張する、戦後保障の問題についても同様に扱えるからである。日朝の国交正常化交渉は1992年の11月で途絶えている。ガイドライン関連法の成立で日米間の防衛協力は前進した。日韓間でも安保対話と防衛交流の強化を図ることが昨年10月の日韓首脳会談で約束されている。現在の対話と抑止を目指す日米韓3カ国によるアプローチを補強する意味でも、日朝の国交正常化交渉をまず再開させることである。
 来年は米国は大統領選挙、韓国は国会議員選挙を予定している。選挙を前に米韓がこれまでの北朝鮮政策を変更することはないだろう。北朝鮮の強硬な態度などを考えると当然楽観視はできないが、食料支援を再開し、現在の枠組みの中で国交正常化交渉の目途をつけることが、日本の国益によりかなう選択だろう。(1999年8月16日現在)

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関口博喜の論考

Thesis

Hiroki Sekiguchi

松下政経塾 本館

第17期

関口 博喜

せきぐち・ひろき

Mission

北東アジアの外交安全保障政策 行財政改革

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