松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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Report
1999年1月

塾報

組織保全より個人保護を
籠山裕二/卒塾生

 日本経済は構造改革なしに立ち直れないと言われている。しかし、その一方で組織温存的な政策が目につく。個人を守るために組織を保全することは本末転倒であり、害も大きい。思い切った組織改革と個人を保護する政策が必要だ。

 
●何が問題なのか

 「何故、日本経済は長い間、不況にあえいでいるのか」。「日本経済の本当の問題点は何なのか」。私は現在、米国のコンサルタント会社で研修しているが、よくこんな質問を受ける。日本経済は明らかに物価下落と景気後退が連鎖するデフレスパイラルに突入している。その原因として、多くの米国のエコノミストは、銀行の不良債権・金融システムの問題を挙げる。しかし、一部の専門家は、確かにそれらも大きな問題ではあるが、本当の問題点は、これまでの日本の方式・経済の構造が時代に適合しなくなってきている、経済を構造改革すべきである、と指摘している。日本通のあるエコノミストは、日本人の特徴として「優柔不断」を挙げる。物事を抜本から改善しようとしない、変革を恐れ現状の既得権益にしがみつこうとする姿勢、それが本当の問題点であると。

●驚異的な財政赤字額

 このエコノミストは、日本人のもう一つの特徴として、「熱しやすく、冷めやすい」ことを指摘する。そう言えば、ひところ日本のマスコミで財政赤字が盛んに取り上げられたが、最近ではあまりみかけない。大蔵省の資料によれば、98年6月末の国債及び国の借入金の残高は400兆1730億円で、対前年37兆6280億円の増加となっている。国債だけでも98年度の発行金額は35兆円を超えるという。国だけでなく地方財政も深刻である。東京都は今年度18年ぶりに赤字に転落しかかっている。財政規模約6兆6000億円に対し、赤字額は4400億円と見込まれ、自治省の管理下に置かれる「財政再建団体」に転落することが懸念される。大阪府、神奈川県、愛知県なども同様の危機に見舞われている。

 国・地方とも財政赤字が膨らむ中で、緊急経済対策の実行など今後もその赤字額は増加が予想される。だから財政支出を削減すべきである、とは言わない。危機脱出のために政府が果たす役割は大きいからだ。しかし、前述の驚異的な赤字額は、将来税金として国民が負担しなければならない。となれば、少しでも赤字額の増加を減らせるよう、無駄な支出や非効率な事業は避けるべきである。全く余裕のない国家財政の中で、デフレ経済から脱出するためには構造改革に結び付く分野に重点配分すべきである。採算性に疑問の多い整備新幹線の建設や利用者の少ない高速道路の建設といった従来型の公共事業は、効果より後遺症の方が大きい。バブル崩壊以降、事業規模で80兆円を超える景気対策が繰り返されて来たが、持続的な効果はなかった。縦割りの行政機構や構造温存的な政策の罪も大きい。かつては有益でも今では不必要な組織を温存させることは、単に無駄な支出であるだけでなく、経済の構造改革のチャンスを逃すことにもなりかねない。

●農林系統金融機関は必要か

 96年に公的資金を投入しその不良債権の処理を進めた住宅金融専門会社(住専)に対する債権額は、母体行3.5兆円、一般行3.8兆円に対して、農林系統金融機関(系統)は5.5兆円であった。ところが、処理策の内訳を見ると、6850億円の財政支出の他に、母体行3.5兆円の全額放棄、一般行1.7兆円の債権放棄に対し、系統はわずか5300億円を負担したに過ぎない。今ここで、当時問題となった「母体行責任」か「貸し手責任」かを再燃させるつもりはない。ただ、系統が住専に大きく貸し込んだ最大の原因として誰もが認めるのは、系統が融資先を見つけるのが困難になっているという点だ。系統は融資審査能力が銀行に比べ劣るともいわれ、そのため自己で個別案件審査をするよりも住専に多額の融資をする道を選んだのかもしれない。別の例も挙げる。昨年9月に会社更正法を申請した日本リースの借入金は約1.19兆円であった。親会社の日本長期信用銀行の融資額が2256億円だったのに対し、系統のそれは3501億円だった。ここでも、長銀という「カンバン」を信用し、独自の与信審査がおろそかになった系統の姿が見えて来る。
 もっとも、今回の日本リースの会社更生法申請を契機として、系統の収益悪化は表面化している。特に都道府県組織の信用農協連合会(信連)は、5~6県が99年3月決算で赤字に転落するといわれている。日本リースに融資した23信連のうち、10信連は無担保である。無担保融資は更正計画で債権をカットされる可能性が高く、そうなれば収益に重大な影響を及ぼす。信連は、バブル期の融資が焦げ付いたりリストラの遅れで体力が弱まっていた。そこに新たな不良債権発生で、自力再生は困難といわれている信連もある。住専処理後に農政審議会が打ち出した農林中央金庫(農中)と信連との統合は系統再編の軸になる。しかし、農中にも信連の不良債権を丸抱えする体力はない。問題は、ここで財政支出(つまり、税金)を使い、組織保全的な動きが出ないようにしなければならないということである。元来、系統は農民に農機具購入などに必要な資金を提供するために発足した。ところが今では他の銀行などから資金調達が可能になっており、農協の金融機関としての存在意義が問われている。その結果が、上述の住専や日本リースへの融資である。系統も政府による資本注入の対象になっているが、融資先を失っている金融機関を存続させれば、同じ失敗を繰り返さないとも限らない。誤解のないように言っておくが、私は農協の存在そのものを否定している訳ではない。ただ、金融機関としての役割は終えたと思っている。

●銀行は淘汰されるべき

 一方、銀行に対しても政府による資本注入は行われる。しかし、資本注入で本当に物事が解決するのか疑問である。破綻前の銀行に資本注入する25兆円枠は、国民のお金であり、いずれ国民に返さなければならない。だとすれば、公的支援は生き残れる銀行に限るべきである。昨年3月に政府が長銀に対し資本注入した優先株1300億円は返済されない公算が大きい。つまり国民の税金がその分消滅することになる。これは長銀だけの問題ではない。政府が資本注入した銀行が破綻し債務超過に陥れば、その資本は全く回収出来ないのである。
 そもそも、日本は主要行が18行もあるなど異常なオーバーバンキングの状態にある。国際的な金融競争に対応する上で銀行の集約化は避けて通れない道である。経済全体を考えれば、金融市場における証券市場の占める割合を積極的に高めるべきである。銀行による資金仲介は、債権・債務が流動化しにくく、市場が合理的な価格を決定していない。中小企業やベンチャービジネスも資金を調達できる直接金融市場を整備すべきである。改革のチャンスを逃してはならない。

●組織保全より個人保護を

 以上、2つの例を挙げたが、これ以外にも、かつては有益だったが今は時代に合わなくなり不要となった組織はたくさんある。既得権益を守ろうと組織保全を図る対症療法的な政策は採るべきでない。市場原理を徹底的に持ち込み、何が必要で何が必要でないか明確にし、市場の力で不要なものは淘汰すべきである。構造改革しなければ、日本経済は立ち直れない。不要な組織の延命策は、改革を遅らせ、日本全体の足を引っ張る。 その際、大切なのは、組織淘汰の影響が国民の個人生活に及ぶのを出来るだけ軽減することである。農協の金融部門をなくしても、その職員が他の部門や組織で働ける機会を与える。銀行が倒産しても預金者・借り手の保護はもちろん、従業員が別の職を得やすいようにする。そのためには、雇用が硬直化しているわが国では、最初は不利益を被った個人を保護しながら、一方では企業年金制度や退職金課税の改革、あるいは職業訓練の充実など雇用の流動化を図る政策を採る必要がある。何かを失っても、別の機会が得られやすい環境を整えれば、日本人の「ものごとにしがみつこうとする姿勢」は変わるかもしれない。

1999年1月 執筆
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