論考

Thesis

韓国の光と陰

松下政経塾では、毎年、新入塾生に必須カリキュラムとして労働体験研修を課しており、 今年は7月に韓国の4大財閥の1つ、大宇グループの工場で実施した。この体験を通して得た、韓国の経済発展の要因と内在する問題点について報告する。

今回お世話になった大宇グループは、金宇中氏が30代で興した繊維会社を元に、重工業 ・自動車・証券・建設・家電・造船・商社など様々な業種によって構成されている一大財閥。グループ全体の年商は、1995年で約480億米ドルにのぼる。

 稲富修二、大串正樹塾生は、釜山から車で1時間半西へ向かった昌原の大宇重工業でフォークリフト用トランスミッションの部品加工及び組立、補助作業にあたった。関口博喜 、尾関健治塾生は同じ昌原の大宇国民車で自動車の溶接、組立、加工などに従事。小林秀則、出戸一臣塾生は、大邱広域市の大宇機電で自動車部品のコンプレッサーの組立作業に、高野靖子、平田麗子塾生は、大邱からソウルへ向かって約1時間の亀尾にあるオリオン電気で、カラーディスプレーの製造工程に就いた。

◆賃金水準の高さとグローバル化

 塾生が一様に驚いたのが、現地労働者の賃金の高さである。25歳、高卒の工員で月収120万ウォン、日本円で約16万円(1ウォン=0.134円)。これにボーナスが6、7カ月分つく。「日本の公務員とほぼ同じ額かそれ以上」とは地方自治体派遣の塾生。二交代制で夜勤 と残業があることを考慮する必要があるが、給与水準は韓国全体でもここ数年、年率10~ 12%の割で上昇している。

 韓国経済は80年代後半、賃金急騰、物価上昇、金利高などで国際競争力を失ったが、1992年から95年までは5.0%、5.6%、9.0%、7.4%と高成長率を続けている。財閥を中心とした大胆なグローバル戦略とリストラ、技術革新、それに大幅な円高が加わって、競争力 が回復している。こうした情勢のなか、大宇グループも積極的にグローバル化を進めている。今世紀の終わりまでに年間200万台の自動車生産計画をたてているが、うち韓国で100万台、残り100万台を日本企業のあまり進出していない東欧(ポーランド)や中央アジア(ウズベキスタン)で生産する予定である。これが達成されれば世界のトップ10入りである。研修先の大宇国民車には、ウズベキスタンから約6カ月の期間で研修生が派遣されていた。その人数は全従業員5000人に対し約600人。工場の食堂にはイスラム教徒であるウズベキスタン人用に、別のメニューが用意されていた。また、この工場では海外研修にも 熱心で、従業員のほとんどは業務提携先であるスズキ自動車での研修経験があった。

◆急成長の陰で

 こうした成長の陰で、賃金の急上昇は同時に物価高も招いている。80年代後半のインフレに比べれば穏やかとはいえ、最近の物価上昇率は年7%である。1人当たりの所得は、日本の3万3000ドルに対し、韓国は約3分の1。ところが日本で110円のミネラルウォーターは 韓国では70円弱と、日本の値段の7割くらいに相当する。名目上は賃金上昇率が物価上昇率を上回っているが、「物価もどんどん上がっていくから、賃金が上昇したという気はしない」というのが人々の実感である。

 また、日本では昨今あまり見かけなくなった労働争議も問題の一つである。日本でいう春闘は韓国では5月~7月にあたり、研修期間中、大宇重工業でも2日間ストライキがあった。ここで研修を受けていた稲富塾生は「一応、全員出勤しますが、組合の指示で働いてはいけないことになっています」とその様子を語っている。別の工場でも、交渉が決裂し 、ストライキ寸前までいったところがある。

 もう一つ、韓国は順調な経済成長を遂げているが、部品の供給や技術面での日本への依存度が依然高いという問題もある。ラインに設置されている工作機械も日本製が約半分と多い。対日貿易赤字も一向に解消していない。好況になればなるほど赤字額は増えているのが実情である。94年1月~11月で、対日貿易赤字額は104億1000万ドルにのぼる。また、ブランド名は韓国でも、技術提携先は日本や欧米企業というケースも多い。入塾前はエンジニアであった大串塾生によれば、「板金加工のプレス機械の速度は、日本が断然速い。 自動車のプレス型は日本車の旧車種をそのまま利用しているようだ。製造技術に関しては 、日本が一歩も二歩も先」ということである。

 加えて韓国は、WTO・OECD加盟という大きな課題を抱えている。大宇グループ会長秘書室から1年間の期限で松下政経塾に派遣されている鄭喜在特別塾生は、この問題について「OECD加盟には反対です。韓国にはまだ早すぎる」と否定的な見解を見せている。

◆さらなる繁栄を求めて

 急成長を遂げている韓国だが、製造現場はさらに上をめざした生産性の向上に取り組んでいる。大宇グループは、95年の1年間だけで技術開発に8800億ウォンの投資を行っている。それぞれの工場が、製造技術、モラールを含めて日本企業の長所を受容しようと努力 している。「韓国はある種の階級社会だから、大卒の技術者は現場で汗を流したからといって尊敬されることもないし、また、本人もやりたがらない」と聞いていたが、塾生が派遣されたどの工場でも、新入社員は学歴を問わず、現場経験を積んでいた。ある工場では 、女性新入社員が事務服のままラインで働いているのを見かけた。

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桑畠健也の論考

Thesis

Kenya Kuwahata

桑畠健也

第9期

桑畠 健也

くわはた・けんや

国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)本部NARO開発戦略センター 主席研究員

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