松下政経塾 The Matsushita Institute of
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2002年7月

塾生レポート

タイ山岳民族の現状 ~観光ブームの陰で~
白岩正三/卒塾生

 
 タイ王国チェンライ県にある、さくらプロジェクトを昨年に引き続き訪問してきた。さくらプロジェクトはタイ北部において、寮の運営により141名(2002月6月現在)の子ども達の教育支援を行っているNGOである。併せて山間部では山岳民族の生活環境改善のためのインフラ整備、物資援助、教師派遣による公教育支援も行っている。日本、タイ両国においてその活動は認められており、日本では郵政省ボランティア貯金等の支援を受け、またタイ政府からは三輪代表が優秀ボランティア賞も受賞している。寮の出身者には優秀な成績を収め、大学、大学院へと進学する者も多くなってきており、その実績も確かなものだ。

 そのさくら寮でのボランティア経験や三輪代表との懇談、また目を通してきた数点の資料を通じて山岳民族の置かれている現状というものを少しずつ理解してきている。人なつこいかわいい笑顔の裏にある彼らの現実。今回はその一端に触れ、論じてみたい。

 タイの福祉局は、現在タイ国内に12部族、74万5千人(1995年現在)の山岳民族が居住していることを認めている。山岳民族は中国、ミャンマー、ラオスなどから民族対立や政治的対立のために、ここ1~2世紀にかけて移住してきた。この移住に対し、タイ政府は山岳民族をタイ国民として正式に認めることもなく、曖昧な態度をとり続けてきた。

 山岳民族は山地にて農業に勤しみ、自給自足の生活を営んできた。伝統的焼き畑農業で移動を繰り返し、特に土地の所有権を求めることもなく調和の中で生活してきたのである。その生活を脅かすことになったのが政府の森林保護政策と貨幣経済の蔓延である。タイ政府は環境問題や森林保護のために焼き畑農業を禁じ、定住政策を進めることになる。また貨幣経済の氾濫は山岳民族のタイ社会への文化的、経済的統合を余儀なくした。黄金の三角地帯としてアヘンが有名な北部タイだが、ケシの栽培も現在では厳しい取り締まりにあっており、現金収入の手段も減っている。現在では観光客からの現金収入に期待を寄せている現状である。

 このような外部圧力のために、山岳民族のタイ社会への統合化は進んではいるが、環境が変わってもその環境の変化に耐えられるだけの支援を受けられずにいるのが現状である。多くの山岳民族はタイ国籍を持たない。こうしたいわば「無国籍」の民族達は、山岳民族だということを証明する特別の市民権があるか、または証明書が皆無かのどちらかだ。これには先に述べたように、タイ政府が公式に山岳民族を認めていないことに加えて、この市民権(国籍)取得のためのプロセスが難関を究めることも一因となっている。

 山岳民族が市民権を取得するには、地域の公的機関に申請書を提出することになるのだが、大前提として事前に村長の認可を得ることが必要なのである。そして残念ながら、一連の取得プロセスへの潤滑油として村長への「お茶代」(わいろ)が渡されることが多いのである。非常に閉ざされたコミュニティーの中で公共事業やインフラ整備等でも絶大なパワーを持つ村長に刃向かうことは生活をも脅かすことになるのである。最近では若者が団結してNGOを運営したり、デモンストレーションを行ったりと一部若者層でこの現状に激しく対抗する動きもある。

 さて、市民権のない生活は様々な面で人権を侵害されることとなる。就職や教育もその一面である。就職時には不法就労者となるため、まともな仕事には就けない。また就けたとしても低賃金、重労働の悪環境で酷使されることとなる。また公教育を受けていても、証明書が得られないというケースもある。また市民権のない人々は、公的パスが無ければ居住地である山の村からの旅行も制限されてしまう。そしてこの旅券なしでの旅は逮捕、ミャンマーへの送還を意味するのである。または別の選択肢、つまりわいろとなる。(女性の場合は性的な要求も多い)。

 国籍もなく、公教育も受けられず、タイ語もろくに話せない(山岳民族は民族ごとにそれぞれ独自の言語を保有する)ということはこの貨幣経済社会の中では生活権さえも脅かされることとなる。生活していくためには娘を売ることも多くなってきている。山岳民族を売春宿に売り飛ばすブローカーも増えてきている。そして言葉巧みに騙されて、売り飛ばされるケースも多い。薬物のディーラー、山林の破壊者、性産業従事者、そして無知。普段からこのような様々な差別を受けている。

 昨今のタイ観光ブームにより、タイ政府は山岳民族を観光産業強化のために利用している。利用できるところは利用しながらも、国籍問題に対しては積極的な進展はない。頻繁になる大規模な農民デモや若者達の闘いによって、徐々にではあるがタイ政府もこの使い分け政策を改め、改善の態度を見せてはいる。子ども達の未来のためにも、積極的な共生政策が採られることを期待したい。

<参考文献>

2002年7月 執筆
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