Thesis
7月21日から25日まで淡路島の兵庫県立淡路夢舞台国際会議場で開催されたiEARN国際会議2003にスタッフとして参加をする機会を得た。今回で10回目となるiEARN国際会議には、突然の会場変更(注1)にもかかわらず世界55カ国から延べ1000人以上の参加者を得ることができ、大きな成果を収めることができた。今回はiEARNの目的や組織の概要などを紹介するとともに、国際会議の意義や派生した効果などについてまとめてみたい。
iEARNとはInternational Education And Resource Networkの略で、ICTと教師のネットワークを駆使して世界各国で国際交流学習を推進しているNPOである。ICTとはInformation and Communication Technologyの略で既存のIT(Information Technology 情報通信技術)の概念に「communication(コミュニケーション)」を加えたものである(注2)。各国の教師から提案された「世界中の子ども達が地球とその人々の健康や環境に意義ある貢献ができる」ようにデザインされた100に及ぶオンライン協働プロジェクトを実施しており、世界100カ国以上の約7,000校で700,000人以上の生徒達が参加している。日本では特定非営利活動法人格を有するJEARN(グローバルプロジェクト推進機構)がiEARN Japanとして活動を行っている。
iEARNは冷戦のさなか、「戦争でお互いが傷つけあうことのないよう、両国の高校間をオンラインで結び、子ども達と教師達が国際協働プロジェクトに取り組むことで相互理解を深めて欲しい」という創始者Peter Copen氏の平和への願いとともに生まれた。初めてのプロジェクトは1988年に実施。冷戦で対立するモスクワとニューヨークの高校をテレビ電話で結んで共同授業を行った。以来15年間にわたり、「Connecting Youth… Making a Difference in the World(子ども達のつながりが世界を変える)」というiEARNのスローガンのもと、世界各国の子ども達を結び続けている。
1996年に高木洋子氏(JEARN代表)がiEARNの活動を日本に紹介したことからJEARNの活動が開始された。現在では国内約100校が参加をしている。高木氏は1985年よりテレビ電話システムを利用した国際交流学習を進めるテレクラスの活用を行っており、1991年にはテレクラス・インターナショナル・ジャパンを設立し、国内の国際交流学習を推進してきた。1996年に日本人として初めて、単身iEARN国際会議へ出席、その後1998年にiEARN Japanを創設している。本年1月には内閣府より特定非営利活動法人格を認証され、さらなる活動の推進に向けて動いている。
JEARNは本格化するIT社会、グローバル社会の中で世界の学校間で協働して国際交流学習を進めることで、新たな時代に求められる情報や知識の「収集」、「発信」、「共有」をすることができるとした上で、JEARNの活動の具体的な社会的意義を、以下のようにまとめている。
iEARNの提供するプロジェクトは現在、「創造性や言語力を身につける文化交流プロジェクト」、「社会・人間性をテーマに交流するプロジェクト」、「数学や環境問題をテーマに交流するプロジェクト」という3つのカテゴリーに分かれている。先述の通り世界各国の教育者から様々なプログラムへの提案があり、現在では約100のプログラムが実施されている。ここでは代表的なプログラムを一つ紹介しておく。
The Teddy Bear Project (テディベアプロジェクト)
プログラム名の由来となっている通り、「クマのぬいぐるみ」を「留学生」として海外の学校に相互に派遣するというもの。送り出す時には日本文化の紹介も兼ねることから、名前や服装、おみやげなどにも考慮、日本の大使となるように工夫する。こうしてそれぞれ受け取ったぬいぐるみを本当の留学生のようにして扱うことがこのプログラムの鍵となる。受け取り校の生徒は持ち回りで留学生をホームステイさせ、ぬいぐるみの立場になって日々の体験や所感を日記として記す。様々な訪問先や体験を写真をふんだんに活用しながら紹介すると相手校の生徒たちもイメージが沸きやすくなる。交流期間が終了すると、お互いにぬいぐるみを日記とともに返還し、交流の軌跡から相互の文化について学ぶのである。このプロジェクトにより相手国の文化や生活習慣を疑似体験できるとともに、生徒同士、学校同士の交流が継続的に進む。
iEARNプロジェクトの紹介や教師同士のネットワークを広げることを目的として、iEARNでは10年前から毎年国際会議を開催している(表1参照)。1997年からは並行して「ユースサミット」(今回は第7回目で20カ国117人の子ども達が参加)も開催されており、教師のネットワークだけではなく、普段はネット上でしか行えない子ども達の交流も進めている。
表1:これまでのiEARN国際会議の概要
開催年 | 開催国 | 参加国数 | 総参加者数 | 日本人参加者数 | |
第 1回 | 1994 | アルゼンチン | 9 | 120 | 0 |
第 2回 | 1995 | オーストラリア | 28 | 170 | 0 |
第 3回 | 1996 | ハンガリー | 32 | 192 | 1 |
第 4回 | 1997 | スペイン | 36 | 238 | 3 |
第 5回 | 1998 | アメリカ | 46 | 400 | 3 |
第 6回 | 1999 | プエルトリコ | 40 | 430 | 5 |
第 7回 | 2000 | 中国 | 62 | 460 | 16 |
第 8回 | 2001 | 南アフリカ | 68 | 413 | 17 |
第 9回 | 2002 | ロシア | 65 | 689 | 14 |
第10回 | 2003 | 日本 | 55 | 1000 | 700 |
さて、冒頭で述べたように今回の会議にスタッフとして参加させていただき、多くの気付きを得ることができた。iEARN自体の活動という枠ではなく会議を通して感じたことを論じてみる。
まずはiEARNの今後に対する可能性の大きさと教育的意義である。オンラインコミュニケーションは往々にしてコミュニケーションの質が対面に比べて「人間さ」を失ってしまうという批判がある。それは相手の表情や反応が見られず一方通行のコミュニケーションとなってしまうことが多いからである。しかしテレビ会議システムを利用した交流ではお互いの反応を見ながら交流学習を進めることができ非常に人間的となる。加えてお互いの与える情報が自らの生活に関する情報であり、相手国にとっても第一次情報となる「生きた情報」を伝えることができるのだ。国際理解という観点からしても、文献だけでは伝わらない情報が直接のコミュニケーションを通して送受信されるわけであるから、質の高い学習効果が現れる。しかも毎年の会議においてプロジェクトに参加する多くの教育者や生徒たちが集うことができることから、顔の見える交流がさらに進むこととなる。会議でもよく耳にした「iEARNファミリー」という言葉もお互いの交流の積み重ねが生んだ言葉であろう。
次にボランティアの働きについて言及したい。今回の国際会議では関西学院大学が特別協力者として名を連ねていた。そのために大学からの人的貢献も非常に大きかった。関西学院大学の事務室や広報室からのスタッフ参加や30人にものぼるユースサミットの学生ボランティアリーダー、また連日駆けつけてくれた大勢の学生ボランティアの参加をみることができた。特に今回のユースサミットは、ほとんどすべての企画や運営が学生の手によってなされており、学生達も世界中の仲間たちと手を組み、自分たちで作り上げる喜びを学んだようだ。
昨年10月から10ヶ月の長きにわたり、ユースサミットの企画、準備を手がけてきたユースサミット代表の宮本真理子さん(関西学院大学総合政策学部3年生)は「会議では日を追うごとに参加者が仲良くなり、最終日前夜には一つになれた。喜びや感動は国境や年齢を越えても共有できる、やっぱり人間は同じなんだと実感した」とその感動を伝えてくれた。またボランティアリーダーの一人、関西学院大学総合政策学部2年生の林瑞穂さんは子ども達が言葉や文化の壁を越えて交流する姿を見て、「今、様々な国際問題が発生しているけれど、子ども達はこんなに無邪気にお互いを理解しようとすることができる。そんな子ども達が大人の利潤追求のいざこざに巻き込まれてしまう。凄く悲しい現実だな、そう実感しました」、とコメントを寄せている。多様な文化や価値観の中で時には大人の不合理さに憤りを感じ、時には人々の身勝手な言動に嫌気がさしたかもしれない。しかし実社会で大人との関わりの中で会議運営に携わることができたことは彼女たちにとっても得たものは大きかったのではないだろうか。
一方で林さんは、積極的に他の参加者に話しかけ新たな友達を作ろうとする海外参加者の中で、日本人同士で固まり、英語で話しかけようとしない日本人参加者を見て、日本人のコミュニケーション能力の欠如をまざまざと見せつけられという。「日本の子ども達は机よりも人と対面しなければならない」と教育改革の必要性を訴えていた。ユースサミット代表の宮本さんも英語に関しては苦手な子ども達にこうアドバイスする、「苦手な英語でも話しかければ何かしらの反応が返ってくる。その反応の繰り返しが楽しく、自信につながるはずだ」。また日本の教育に対しては「お互いに目を見てコミュニケーションを図る授業が必要」とユースサミットを通じて感じた問題意識を述べてくれた。それぞれに活動を通じて、日本と世界の課題、大人社会に対する複雑な思いと、そこに起因する将来に対する新たな改革の決意を得たようだ。こういった原体験こそが、何かに関心をもち行動を起こすうえで重要となる。実社会から学ぶこと、そしてその学びを問題意識として勉強を継続させることが今の日本の教育には欠けている。この会議に終止することなく、問題意識を持ち続けて日常の勉強にも励んでもらいたいと強く願うところである。
今回のボランティアの中でも目を引いたのが高校生や中学生のボランティア参加であった。三田市立藍中学校では新聞部の有志3名がボランティア参加し、会議の様子を取材し毎日インターネット上で速報を流していた。顧問の浅田寿展教諭は生徒に、「様々な国から来た参加者と交流し見聞を広めて欲しかった」と参加の経緯を説明してくださった。参加した生徒は一様に「とにかく多くの人と話ができて楽しかった」と感想を漏らしていたそうだ。会議中に知り合った海外参加者達との交流も続いている。
愛媛県から駆けつけた新居浜高専ローターアクトクラブの6名の生徒達は慣れない英語を駆使して物品販売や参加者誘導などを行っていた。新居浜高専では英語に苦手意識を持つ生徒が多い中で「国際的に通用する技術者養成」を教育目標として掲げている。クラブ顧問の吉川貴士助教授はボランティア参加から生徒達が何を得てくれるのか非常に楽しみだったという。人と接し、積極的にお手伝いをするという体験や環境によって生徒達は確実にコミュニケーション能力や行動力を身につけることができたと会議後に評価されていた。ボランティアの一人新居浜高専生物応用化学科1年生の星川由衣さんは「思った以上に英語が通じて良かった、でも会話が通じない時はすごく悔しかった」と当時を振り返る。また「外国人参加者がエレベーターで一緒になったときに話しかけてきた、日本だと見知らぬ人とはあまり話をしないので驚いた」と感想を漏らしていた。
印象的だったのはこうしたボランティアが一様に「もっと英語で話をしたい!中学の時にもっとまじめに勉強すれば良かった」という言葉を口にしていたことである。このボランティアの言葉にも、さきほどのユースリーダーのコメントにも共通していたのが日本人のコミュニケーション能力の欠如の問題である。英語教育の在り方については様々な議論がなされているが、英語を学ぶ意義はこういった「現場」を通してしか感じることができないのかもしれない。デジタルデバイド(情報格差)に加えて私は「言語格差」も国際教育を進める上で、また日本の国力を考える上で大きな問題となっていると考えている。国際教育にしても国際会議にしても世界の共通言語となっている「英語」をうまく使いこなせなければ吸収できる情報にも大きな差が出てくる。
JEARN代表の高木洋子氏は現在の日本における英語教育嘆き、今、教育現場に求められているのは、1)国際間ヒューマンネットワーク、2)徹底した英語コミュニケーション能力、3)明確な国際化の目的、であると訴えている。教師が積極的に国内外で新たな出会いを築き、授業に反映をさせていく努力が必要であり、英語教育においては徹底した会話力と表現力を身につけるよう図るべきだと訴える。また「皆のためのより良い世界の創造」を目指すために国際化を進めるべきだという明確な指針も掲げるべきだと高木氏は語る。
国際協働学習を進める上で、必要不可欠なのが教師の関心や能力である。教師に国際交流への理解や関心がない場合、関心はあってもIT技術やコミュニケーション能力に欠けていて、且つサポートが得られない場合。または双方が備わっていても学校や地域での理解が得られない場合、生徒は貴重な体験をする道を閉ざされてしまうのである。つまり当事者となる生徒の英語能力に加えて、教師の英語能力、学校のインフラ整備や技術支援、または学校や地域の理解が整っている学校ほど多くを学びとり、整備されていない学校はその機会さえも与えられることがない。教師の不安を取り除き、環境を整備し、サポートを与える。そうしてより多くの学校に教育機会を提供していくことも、今後のJEARNの大きな挑戦の一つとなるであろう。前掲の高木氏はこうした調整を進め、国際交流学習を推進するためにGP(Global Project)コーディネーターの育成と各地域への派遣が今こそ重要だと訴えている。今後の動向を期待とともに見守っていきたい。
私の母校である大阪府立千里高校国際教養科でもテレビ会議システムは早くから導入されていた。大阪府の府立高校に国際教養科が設置されたのが1990年。以来、特別学科として国際交流や国際理解教育のための様々なサポートを受けてきた。関心のある生徒が集い、能力の高い教師陣がそろえられる。また各種イベントが実施され、異文化や外国人との交流も学校教育の枠の中で日常的に推進される。こうした環境が整備されることで、生徒達はどれほど大きな恩恵にあずかっているか。一方で先述のように関心も無ければ、支援も得られない学校が多いということも事実である。文科省の様々な国際教育の指針も現場での人材育成や登用、環境整備が進まなければ単なるスローガンで終わってしまう。
iEARN国際会議に出席しての最大の学びは「情報」や「ネットワーク」、そしてそれらを合わせた「体験」の積み重ねにより教育は向上していくということである。情報の送受信、人とのつながり、そしてその活動の中で受ける体験。それこそが「コミュニケーション」であり、その「コミュニケーション」が教育改革の最大のツールとなるであろう。コミュニケーションの充実には単に語学力や技術力の向上を目指せば良いのではない。いかに人に理解してもらおうと努力するか、いかに人の発信を受け止めることができるかこそが重要となる。言葉は通じなくても、相手に熱心に何かを伝えようとする気持ち、相手を理解しようとする気持ちをどう教育で育んでいくのかが課題である。
iEARN国際会議2003に携わったすべての教育者とボランティアの方々のご尽力に敬意を表するとともに、国際交流学習のさらなる躍進のための引き続きのご活躍を心よりお祈りしたい。
【注釈】
注1:SARSの影響で開催一ヶ月前に開催地が兵庫県三田市から淡路島へと変更を余儀なくされた。会場変更により企画していたプログラムの多くはキャンセルとなり、多くのボランティアも参加不可能となった。SARSへの不安を最小限に抑えるため、カナダ、台湾からの参加者受け入れを原則停止し、日程も短縮した。
注2:海外ではITよりもICTの方が広く一般に普及している言葉である。日本ではまだ浸透していないのは単なる言語的な問題なのか、それとも「コミュニケーション」に対する意識の差も影響しているのだろうか。
Thesis
Shozo Shiraiwa
第22期
しらいわ・しょうぞう
大阪府豊中市議/国民民主党