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2002年5月

塾生レポート

問題意識の原点に戻る~ヒースローから10年~
白岩正三/卒塾生

 
 先月2年ぶりにイギリスの地を踏んだ。母校エディンバラ大学で開催される「CAS(Centre of African Studies) International Conference on African Development」に出席するためである。気づけば初めて渡英してから今年でちょうど10年目を迎える。よく人からも尋ねられることだが、なぜ私が現在、国際協力や国際交流に携わっているのか。今回は月例報告の機会を利用して、自分の問題意識の原点をまとめてみることにする。

 10年前の1992年夏、生まれて初めて乗った飛行機で、生まれて初めて外国に飛び立った。降り立ったのはロンドンのヒースロー空港である。現在の活動内容などから、私はよく周りの人々に帰国子女と間違えられたりするが、この1992年に16歳で初渡航をするまで、私は大阪で生まれ育ち海外とは縁遠い生活をしていた。家族とて国際的な家族とはとても言えない。父が仕事で数回海外出張をしたのを除けば、誰も海外に出たことがない。もちろん家族で英語を話す者など誰もいない、ごくごく一般的な家庭で育ったのである。

 当時私は大阪府立千里高等学校(大阪府吹田市)の国際教養科の2年に在籍し、イギリスへの交換留学のプログラムに参加していたのである。国際教養科は大阪府が1990年に府立千里高校と府立住吉高校に設置した公立高校の専門学科で、外国語や国際理解、情報教育に力を注ぐカリキュラムを提供している。(ちなみにその後、翌年には府立佐野高校で、1992年には大阪府下の各学区に一校ずつ国際教養科が設置されている。)

 英語が好き、知らないことを知ること、体験することが大好きという好奇心旺盛な私に対して、国際教養科はまさに理想的な環境を与えてくれた。留学生や帰国子女、外国人教諭との日常的な交流、海外からの訪問客との交流などを通して、異文化と接することのおもしろさ、海外比較を通して日本の姿を見つめることのおもしろさを体験することとなった。

 もっとその世界に飛び込んでみたい、体で体験をしてみたいと思った私は海外留学を決意する。私にとっても、送り出す家族にとっても大きな決断ととまどいであった。2年間イギリス人の家庭にホームステイをし、現地の高校に通った。もちろん様々なカルチャーショックを体験し、多くの失敗も経験した。留学当初は右も左もわからず赤ん坊に戻ったような気がしたものである。学校からどのバスに乗って帰ればよいかわからない、どのバス停でおりればよいかわからない、バス停から家への帰り道すらわからない。学校初日もそのような問題の連続であった。英語もできない、友達もなかなかできない、勉強もまったくついていけない、その様なつらい体験や、失敗から学んだことは非常に多い。若さもあって日々新たなことを吸収していく毎日でもあった。

 最大の成果は良い意味で「なんだ海外ってこんなものか」という意識をもてたことであろう。海外渡航経験のなかった私は、「外国」というものに対し、ただ漠然とした恐怖心を抱いていたように思う。言葉が通じない生活ってどんなものだろう、自分の常識が通用しない生活ってどんなものだろうと不安に思っていたのを覚えている。しかし1年が過ぎ、2年が過ぎる間に、海外生活も「なんだ大して日本と変わらないではないか」という意識が生まれだしたのである。確かに言語も文化も生活習慣も異なるかもしれない、しかし人種や国籍が違えども所詮人間である以上、基本的な考え方や人間性はどこの国でも大して変わりはしないものである。そう気づいたときに私の世界は一気に広がったのである。留学中、様々な国の人たちとも出会い、ますます世界は小さいものだと感じるようになった。今までの「日本でどうやって生きていこうか」という小さな枠での考えから、「世界という舞台でいかに夢を叶えるか」を考えるようになった。いわば私の生活圏が大阪という小さなコミュニティから世界へと広がったのである。世界が近くなるということは、自然と世界の様々な問題に対して興味を持つようになるということである?私の地球市民としての意識はこうした経験から育まれたのである。

 世界の人々と出会い、友情を育み、お互いの文化について学ぶ。2年の留学生活を経て、その楽しさや重要さを是非とも他の人たちと共有したいと思うようになった。また、帰国後留学を目指す後輩達を指導するにあたり、「国際社会」に一歩さえ踏み出せば、そこから広がる世界は無限であるということも伝えたかった。同時に、国際化の遅れた日本社会の中で、同じ人間として世界中の出来事に関心を示し、自分に何ができるのかを考えることの重要さを説く必要性も感じていた。 そのような問題意識から、帰国後1995年10月、私は国際交流団体CLUB GEORDIE [注1](クラブ・ジョーディー)を大阪で設立した。以来、高校生以上を対象に、草の根レベルの国際交流活動を行ってきた。我々の活動のモットーは「The First Step to the World」。外国語や異文化に興味を持っている人は非常に多いが、知識がない、経験がない、情報がないとなかなか参加に踏み出せない人は少なくない。このように躊躇している人々にきっかけを与えようというのがCLUB GEORDIEの活動趣旨である。現在でも遊びあり、勉強ありと様々な側面から草の根の国際交流活動を展開している(活動内容等に関してはホームページ参照のこと)。

 国際交流を通じて様々な国の事情を学んでいくにつれ、途上国の現状にも出会うようになった。同じ人間でありながら、貧困や紛争のために人間的な生活が保証されていない人々が世界中に多く存在するという事実に対して、私たちには何ができるのかを考えるようになった。

 私の学部時代の指導教官であり、CLUB GEORDIEの顧問 [注2] をしていただいていた田島幹雄教授は元国連経済社会委員会の官房長という職歴を持つ。彼との出会いもCLUB GEORDIEが途上国への国際協力を支援する方向へと進むきっかけとなる。(また別の機会で詳しくは触れたいが、田島教授が中心となって開催された国連研修ツアー[注3]、その後設立されたBLUE PLANET [注4] での活動も私の問題意識の原体験の一つであることにも言及しておきたい)。CLUB GEORDIEでは、直接途上国を援助することはできないが、国内での啓発活動や他の援助団体の広報などを支援することで、国際協力に対する国内の意識を高めることに寄与していこうと活動の幅を広げている。

 これらの体験を活かして、私は、政経塾における研究分野の一つに「国民参加型国際協力」を掲げている。学生だけではなく広く一般国民に貧困や紛争の撲滅のための国際協力の必要性を認識してもらい、そして実際に活動に参画してもらうシステムの確立を模索しようとするものである。国民参加型国際協力の担い手としては、地方自治体や民間企業の役割に大いに期待したいところである。しかしながら自らが学生時代に活動に関わった経験と、外部からのアドバイザーとしての立場で様々な学生団体の活動に関わった経験を踏まえて、私は以下の理由から、アクターとして、学生団体の活躍に特に大きな期待を寄せている。

 第一に学業と活動が密接な関係にあること、第二に活動に従事するエネルギーと時間があること、第三に将来的な継続への期待が大きいこと、第四に柔軟なかつ斬新なアイデアを保持していること、そして最後に大人社会と子ども社会をつなぐファシリテーターとしての役割が期待できることである。

 肩書きがものを言い、経験がもっとも重視されるという、新規参入がきわめて難しいこの日本社会の中で、どのように問題意識の高い若者をサポートしていくことができるのか、それが現在の私の挑戦である。

 ヒースローから10年。様々な出会いと体験が私の問題意識を常に強くし続け、現在の活動に至っている。人々との出会いは、自分の持つ世界を大きく広げてくれる。異文化との出会いは平和や幸せとは何かについて考えさせてくれる。そして、国籍や宗教は違っても、ともに語り、ともに笑うことで人間愛を感じ、世界の平和を望むようになる。「国際交流」、「国際協力」、「平和」。言葉にすると堅苦しく、難しく聞こえてしまうが、要はこうした一つ一つの絆を築くことに他ならない。私もまだまだ未熟ではあるが、同じ様な体験をする機会を増やすことができれば、一人でも多くの人が一歩目を踏み出せる環境を創り出すことができれば、自ずと平和への道が開けてくるのではないか。そう信じている。


[注1] GEORDIEとは筆者の住んでいたイングランド北東部(ニューカッスルやダラム地方)のタイン川周辺に住む人々やその文化、英語のアクセントを示す。自らがその地で学んだことを活かして、社会に貢献したいという思いから名付けた名前である。
[注2] 現在は村田俊一教授(元UNDPブータン事務所長)に顧問をしていただいている。
[注3] 関西学院大学総合政策学部(兵庫県三田市)が主催。国連ニューヨーク本部にて国連職員、日本代表部、NGO関係者などの講義を受けたり、会議を傍聴したりする。筆者は1997年の第一回に参加。
[注4] 第一回国連研修ツアーの参加者有志で設立した、国連広報及び開発教育を目的とする学生NGO。小学生などを対象に開発教育などを手がけてきた。筆者は元代表。

<参考文献>

2002年5月 執筆
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