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自治体経営者としての市長に求められる条件とは? 松下政経塾とPHP研究所が主催する首長キャリアサミット「LEADERS(リーダーズ)」では、東京都立大学准教授の佐藤信氏と松下政経塾塾頭で前・岐阜県関市長の尾関健治氏(松下政経塾 第17期卒塾生)を登壇者に迎え、市長の条件についてお話しいただきました。
※この記事は、2025年11月3日、松下政経塾とPHP研究所によって開催された「首長キャリアサミット『LEADERS(リーダーズ)』〜自治体経営者の仕事を学ぶ3時間〜」に基づいて作成されています。
(司会)ここからは、PHP総研で進められている松下政経塾出身の首長経験者のリーダーシップ事例研究プロジェクトについて、この研究プロジェクトを中心となって進められている東京都立大学准教授の佐藤信様より成果をご報告いただきます。 佐藤様、お願いいたします。
東京都立大学の佐藤信と申します。本日は、地方市長のリーダーシップについて、アカデミアの視点からお話をさせていただきます。

私の専門は、現代日本政治です。現在、PHP総研で進められている松下政経塾出身の首長経験者のリーダーシップ事例研究プロジェクトにおいて、オーラルヒストリーというアカデミックな手法を用いながら、政治的リーダーシップの知見を積み重ねています。まだ始まったばかりですので、途中経過としてお話をさせていただきます。
具体的にはリーダーシップを発揮している首長の方々のうち、理念を持って改革に取り組む首長に焦点を当てています。そこで、松下政経塾を卒塾して首長になった方々を対象に、「どのような場合に、リーダーシップがうまく機能したり、機能しなかったりしているのか」ということをヒアリングしながら、その実態を明らかにするために研究に取り組んでいます。

リーダーシップというと、「こういうことが良いリーダーシップである」「こういう資質があるとよい」「このような行動を取るとよい」などと言われがちです。

しかし、考えてみれば当たり前ですが、「ある資質が、ある場面では機能するけれども、他の場面では機能しない」「この行動がいいと言われても、他の人たちにとってはうまくいかない」ということもあります。また、場合によっては、強いリーダーシップがなくても、うまく動いてくれるフォロワーもいるかもしれません。
リーダーシップは、片側でしかありません。どのようなフォロワーシップを持っている人たちと向き合っているのか。この相互関係が重要です。その意味で、リーダーシップだけではなく、フォロワーシップも見る必要があります。

私は、国政を研究していることが多いのですが、地方首長は他のリーダーシップと違う点があります。
リーダーシップとフォロワーシップが一種の相互関係だとすると、リーダーが向き合っている集団は、どういう人たちに対してリーダーシップを発揮しなければならないのかというのが場面によって違います。
例えば、国会議員や地方議員の場合、それぞれの議員が自分たちの地方行政府を率いているわけではありません。一方、首長であるということは、行政府の人たちをリーダーとして引っ張っていかなければなりません。

また、首長はそれぞれの自治体の投票集団の内、場合によっては過半数の票を獲得しなければならないという立場に置かれています。これは、それぞれの議員が、その選挙区の定員に基づいて一定程度の票を得ればよいという状況とは随分違うわけです。
したがって、以下の4つの層を抱えているということが、地方の首長のリーダーシップの特異な点で、それぞれ整理しながら見ていくことが大事です。

このプロジェクトはまだ初期段階で、一人のオーラルヒストリーを取ったばかりです。
今回は、3期にわたって岐阜県関市長を務められた尾関健治さんからオーラルヒストリーを取らせていただき、その後、実際に関市に足を運んで関係者の方々にもヒアリングを実施しました。「どういう部分がリーダーとして機能しましたか?」ということを、尾関さんが対立していた方にまで話を聞いております。

では、尾関さんの場合、「どこが機能したのか」ということについて、私なりに簡単に整理させていただきたいと思います。
尾関さんの注目すべき点は、松下政経塾を卒塾されてから、早稲田の大学院に修士課程で入られて、また学びを深められたという経験があることです。さらに、国政の民主党の役員室での勤務経験があります。そして、関市の議員の経験もあって、その後、関市長になられました。

リーダーとして有効だったことについて、三つ指摘させていただきます。一つ目は、何よりも「経験」です。二つ目が、「教養・知識・勤勉さ」。そして、三つ目に、「組織哲学と覚悟」です。

まず、経験についてお話しします。
誰しも、ある時、パッと思いついて、突然選挙に出て、うまくいくということはまずありません。選挙や政治に関する経験を持っていることは重要です。尾関さんの場合、やはり松下政経塾での経験は大きく機能したと思います。
松下政経塾にいらっしゃる方々は、それぞれ何らかのリーダーシップや社会変革への欲求を持っている方が数多くいらっしゃると思います。その中で揉まれることで、「自分はどういう立ち位置の人なのか」ということを学ぶチャンスがあると思われます。

リーダーになりたいと思っている人でも、他に強いリーダーシップを持っている人がいると、その中では自分がフォロワーシップに回ることもある。多様な経験を持つ機会があるわけです。
また、尾関さんは、在塾中に、関市役所でインターンをする機会がありました。一般的に、行政がどのように動いているのか分からないので、それを見る機会があったというのは貴重な経験だと思います。

そして、オーラルヒストリーを通じて生い立ちからお話を伺った中で大変面白いと思ったのは、尾関さんが高校時代にバスケ部のキャプテンをされていた時の「失敗の経験」です。
ご自身は勝ちたいという思いが強く、同級生や下級生に対して「もっとしっかりやれ」と強くリーダーシップを取ろうとしたということでした。しかし、「だったら、レギュラーだけ頑張ればいいじゃないか」と思った人たちに反発を受けてしまったと。この経験は、失敗例として学びが大きかったとのことです。

また、尾関さんは、民主党本部での勤務経験があります。その中で、高圧的な態度を取るような上司を反面教師として見ていた。また、小沢一郎代表が就任された時に、内部では「小沢さんが来るぞ」「すごい粛清があるんじゃないか」という危機感が高まる中で、結果的には前の代表からの居抜き人事だったと。そこからの学びは、実際に関市の運営の中でも活かされたということです。

尾関さんは、松下政経塾の卒塾後に地方財政を学ばれています。フォロワーの人たちや市役所の幹部の方々は、「やっぱり政経塾出身っていうのは伊達じゃない」「誰もこの人にはかなわんな」と話していました。
日々の行政業務の中で忙しい職員さんにとっては、「この人には太刀打ちできない」と思わせるような教養や知識があるということです。

それから、尾関さんは、毎日、ブログを更新されていました。しかも、かなり長文のブログです。市役所の幹部の方からは、「自分たち、毎日読んでいましたよ」「こういう考え方をする人なんだなと把握していた」とのことでした。毎日のブログ更新は、普通の人には容易にできるわけではありません。

このような「教養・知識・勤勉さ」は、尾関さんの場合にはうまく機能していたと思います。
そして、組織哲学と覚悟についてです。
ご自身の中で、あらゆる場面で敢えて「等距離」で人に接しようと心がけられています。自分を応援してくれる人たちだから有利に扱うということに対しては批判的であったということです。

覚悟に関する象徴的な事例として、危機管理の話があります。尾関さんは豪雨災害の対応について、かなり反省しているという話をされています。避難命令を出すのが若干遅れたのではないかということについて、ご自身はすごく悔いている。実際、避難命令の遅れに対して「全責任は市長の私にある」という発言をされています。
しかし、市役所幹部に聞いてみると、「いつも毅然として、責任は自分にあると考えている」「しかも、その時だけでなく、いつも本気でそのように考えているし、それが伝わっている」「それが尊敬している理由だ」とお話をしてくださった方々が複数おりました。

その意味では、リーダーの側は「失敗したかもしれない」と思っていたとしても、フォロワーの側は必ずしもそうは思っていない。つまり、「その時に、どう対応するのかを見ている」ということです。
この覚悟は、一朝一夕に身につけられるのではないと思いますが、人柄も含めて重要な点だと思われます。

皆さんのお手元にあるVOICEの中に、「それぞれのリーダーシップ、フォロワーシップの関係の中で、どのようなことが考えられるか」について書いております。

ご興味がある方は見ていただけたらと思います。ありがとうございました。

(司会)続きまして、事例研究で紹介された松下政経塾の尾関健治塾頭よりお話をいただきます。尾関塾頭、よろしくお願いします。

皆さん、こんにちは。松下政経塾塾頭の尾関健治です。岐阜県関市では、3期にわたって市長を務めておりました。

このスライドに写っている人物は、私です。大学を卒業して、新卒の23歳で松下政経塾に入塾しました。その時に撮影した写真です。

私が「市長になりたい」と思ったのは、高校時代です。主に、三つの要素があります。
まず、高校時代、どのような人生を送るのかと考えた時に、やはり悩みました。当時、会社で働くという自分の姿を想像した時に、心の中に全く燃えるものが見えませんでした。一方、世のため人のため公のために尽くす自分を想像した時に、ものすごく燃えてくるものがありました。これが、一つ目です。

当時、リクルート事件がありました。政治とお金をめぐる大きな事件でした。16〜17歳だった私は、本来、公平公正である政治がお金の力で歪められることに強い怒りを覚えました。これが、二つ目。
そして、三つ目に、生まれ育った岐阜県関市のために働きたいという思いがありました。
これら三つの要素をごちゃ混ぜにして、パソコンで言うところのエンターキー、電卓のイコールボタンを押したときに出た答えが「関市長」でした。それ以来、ずっとその思いを持って人生の選択をしてきました。

松下政経塾に入塾して、いろいろな研修をさせていただきました。今、振り返って、「松下政経塾での一番の学びは何だったのか」と問われれば、私はいつも「覚悟」と答えます。

松下政経塾は、志を非常に大切にしています。塾生は、塾に入ってから、何度も何度も、何十度も何百回も「お前の志は何なんだ」と問われます。
松下政経塾では、「志とは、公に生きる心」であると定義しています。これは、私心や私欲を否定しているわけではありません。私たちは霞を食べて生きていくわけにはいきませんので、生活ももちろん大切です。
しかし、松下政経塾に入塾して学ぶということは、公のために一生をかけるという覚悟を持って道を歩んでいくということだと思います。

本日この場には、将来、自分の街の市長や区長になりたいという方も多くいらっしゃると思います。市長経験者として、「公のために尽くす心」が重要だと思います。そして、何よりも必要なのは、やはり「公のために一生を尽くす覚悟」です。
首長を目指す皆さんの選択肢の一つとして松下政経塾を考えていただけるのであれば、塾頭という立場としては本当に嬉しく思います。改めて、本日は誠にありがとうございました。


東京都立大学 准教授 佐藤 信
Shin Sato
1988年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士後期課程中途退学。博士(学術)。東京大学先端科学技術研究センター助教を経て、2020年より現職。専門は現代日本政治・日本政治外交史。著書に『鈴木茂三郎 1893-1970』(藤原書店)、『60年代のリアル』(ミネルヴァ書房)、『近代日本の統治と空間』(東京大学出版会)などがある。

松下政経塾 塾頭 / 前・岐阜県関市長 尾関 健治
Kenji Ozeki
1972年岐阜県関市生まれ。96年早稲田大学商学部卒業。96年~2000年松下政経塾(第17期)。02年早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程修了。07年関市議会議員。11年から23年まで関市長を3期務める。24年4月に松下政経塾の塾頭に就任。【詳しくはこちら】
指導者の条件/決断の経営
松下幸之助(著)
2025年12月に刊行50年を迎えるロングセラー。累計100万部超を記録し、松下幸之助の著作で『道をひらく』に次ぐベストセラーです。経営者としての体験をもとに、古今東西の政治家や武将などの事例をひきながら、指導者のあるべき姿を102カ条で具体的に説いています。松下幸之助が自らの姿勢を正すために著し、常に座右に置いた一冊です。松下幸之助選松下幸之助選集1巻(PHP研究所)に収録。【Amazonで見る】
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