活動報告

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人を生かす

 正直言って辛かった。体力には自信があったのだが、それ以上に一日中繰り返される作業がきつかった。定時制高校に勤務していた頃、生徒たちはこんな作業を終えてから授業を受けていたのかと思うと、彼らの努力に頭が下がる思いである。眠たそうな姿が今更ながら思い返される。

 約2週間、パナホームの工場において住宅パネルの製造に携わった。担当した仕事は断熱材のウールを詰め込む作業だった。単調といえば単調だが、流れてくる仕掛品に次々と詰め込まなければならない。形大きさが違うものをピックアップし、詰め込む。ウールの小さな粒子が舞い、目や口に入る。腕にもこびりつきかゆみが止まらない。早く終わらないかなというのがその時の偽らざる心境であった。しかし、ある人との出会いが私の仕事への取り組みを変えた。

 私に対し、目線で次の仕事を指示。足もとに次運ぶものを置いてスムーズに作業できるようにする。半分やり残し、真似させるようにして作業手順を覚えさせるなど、語らずして教えてくれた。ちょっとした工夫と気配りから作業効率が高まり、日一日と少しずつできる仕事が増えていった。そうすると精神的に余裕ができ、周囲に気を配ることができるようになってきた。よく見ると単調でシステマティックに見えていた工場にはいろいろ問題が潜んでいることに気がつきはじめた。

 私が気になったのが作業の遅れである。ラインが一本しかないために、前後の工程が遅れると工場全体が作業を進めることができない。特定の工程で時間がかかれば、その間、全ての工程で作業にかかれなくなる。実際には、一番作業時間が遅いところを基準に全て同じ時間が必要ではないかと思われる。しかし、全体のバランスを図るということに現場レベルではなかなか思い及ぶ余裕がない。私は素人なりに考えてみた。もしラインにパネルが一枚しかなかったらどうか?待機時間はゼロになり、各作業は最大能力を発揮できるのではないだろうかと考えてみたりもした。つまりこういうことだ。各作業場での改善案として、作業工程の遅い場所では、すぐ後ろに余裕を持たせる。すぐ前には次のパネルが常に置いてある状態にし、場所が空けば、すぐに作業に取り掛かれるようにする。作業時間の掛る所の能力を最大限活用する。

 最後の製造実習の総括でこのアイデアを提案してみたが、もろもろの事情で取り入れてもらうことはできなかった。しかし、現場で作業している人たちが誰かを当てにしているよりも自分たちの頭で考えてみるということは日々単調な作業を生産的なものに変えてくれるというものすごい力を持つということを知ることができた。

 社員はこのような工夫・改善を班ごとに発表することになっている。作業場の一角に「よく見える化ボード」というものがあった。気がついた点、改善したほうがいい点について誰でも書き込めるようになっているものである。一部の管理者に任せることなく、現地現場において衆知を集めるというという姿勢である。こういった取り組みが社員一人ひとりを意欲的に仕事に向かわせる原動力となっているのだろう。

 塾主、松下幸之助は「松下電器では人をつくっております」ということをおっしゃられたことがある。もし、ただ辛いとしか思えない社員ばかりだとしたら、成すものも成せず、できることもできないだろう。松下電器の発展はこのような人間力の本質にかかわる部分を生かしてきたからではなかろうか。まさに経営とは、人を生かす営みのことなのであろう。ありふれた言葉なのかもしれないが、「人が生かされる」ということの意義は日々油まみれになりながら働く従業員にとっては生きることそのものなのであろう。

 かつて不登校やいじめられていた経験のあった定時制の生徒たちが大きく成長していったきっかけは、仕事で認められ始めてからであった。

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寺岡勝治の活動報告

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Shoji Teraoka

寺岡勝治

第28期

寺岡 勝治

てらおか・しょうじ

一般社団法人学而会 代表理事

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