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100km行軍を終えて

 「がんばれ」とよく言う。

 勉強も頑張れ、スポーツも頑張れ、とにかく頑張れ。

 この「頑張る」という文化は日本独特のものなのではないかと思う。頑張ることはこの社会では、常に肯定的に受け止められる。しかし、医療の世界では必ずしも良い言葉ではない。諏訪中央病院の鎌田実さんの著書に「がんばらない」という本がある。鬱病の患者さんに「がんばれ」という言葉が禁忌であることは医学の常識であるが、「がんばらない」「がんばらなくていい」という言葉が逆に救いになることもある。要するに、人は常に頑張れる訳ではないし、頑張っても結果は自分ではどうしようもないことも多くある。それでも、「頑張れる」ということは、非常に幸運なことなのではないかと思う。

 100km行軍の予行演習で30kmと50kmを歩いた経験も手伝って、60kmぐらいまでは、辛さはあまりたいしたことがなかった。80kmぐらいまでも耐え得る足の痛みだった。止まるとすぐに足が動かなくなってしまい、寒さも疲れも眠気も体を襲っていたが、まだ会話は可能で、同じチームのメンバーを励ますこともできた。しかし、夜が明け、90kmを超えてから、海沿いのとおりを鎌倉から茅ヶ崎に向かって歩いたとき、私の中で、精神的な一つの範囲を超えてしまった。あと10kmまで来たのに、歩いても、歩いても、ゴールは見えない。精神的なストレスが、足の肉体的な痛みを増強させた。休憩を取るとかえって痛むので、サポートポイントでの休憩時間もとらず、ただひたすら足を前へ、前へと出し続けた。

 本当につらいときには、自分が一番大切にしていることしか思い出さなくなる。私の27年間という短い人生でも、それなりにつらいことはあった。頑張っても、頑張っても、達成できなかった体験もあれば、ゴールが元からないにも関わらず、ただ全力で頑張らなければならなかった経験もある。そのときの体験での苦しみを思い返した。そして、医師時代に見た、「がんばれ」とさえ言えない患者さんの顔を思い浮かべた。頑張ればそのうちゴールにたどり着く100km行軍の辛さは、たいしたことはない。「頑張る」と言えるだけ幸せだ、と自分に言い聞かせた。

 その結果、最後の10kmで、私の頭の中には、この区間で塾の先輩方や同期や友人たちが私に送ってくれた「がんばれ」という言葉しか思い浮かばなかった。

 がんばれ、がんばれ。

 これまで頑張っても成し得なかった経験の分も、頑張れとさえ言えなかったあの患者さんの分も。

 この単純な言葉を、頭の中でずっと繰り返しているうち、ゴールが見えた。

 頑張ることもそれなりにつらいが、頑張ってできるものなのであれば、頑張ればいい。頑張れるものには頑張りたい。100km行軍が終わった今、思うのはそのようなことである。

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Mari Sakano

坂野真理

第26期

坂野 真理

さかの・まり

虹の森クリニック院長/虹の森センターロンドン代表(子どものこころ専門医)

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