活動報告

Activity Archives

宗家研修 感想

今回、京都の裏千家今日庵で茶道宗家研修をさせて頂いた。まずもって、業躰の中島先生、河崎先生、中塚先生、半年間私たちをご指導くださり導いてくださった紺谷先生、そして裏千家今日庵秘書部の山田さん、下川さんに心から感謝申し上げたいと思う。ありがとうございました。

三日間の研修で私は様々な事を感じ様々なことを考える機会を得た。最初の日の開講式において、千宗室お家元に直接お目にかかる事ができお言葉まで頂いた。この事は非常に「有り難い」事だった。「有り難い」というのは「有る」事が難しいというのが元々の意味だそうであるが(仏教の言葉から来ているのだと思う)お家元から直接お言葉を頂くというのは本当に有り難い事であった。私は以前にお家元の自伝『お茶をどうぞ』(日本経済新聞社)を読んでいた事もあり、また、京都に住んでいた事から、新聞の写真や何かでお家元のお顔を拝見する事が多くお家元の存在は存じ上げていたので一度機会があればお目にかかりたいと思っていたが初日の開校式にお目にかかれるとは思わなかった。やはり一つの道を極め頂点に立たれる方ならではの独特の迫力と雰囲気・気品をもたれているなと思った。

毎日、朝は茶道会館の建物と庭の掃除(作務)から始まった。紺谷先生の掃除をされる姿の機敏さ、体全体から出されている張り詰めた雰囲気にさすがだなと感じた。朝の作務の時間はまったく気が抜けないものだった。政経塾の研修のなかで松下塾主が早朝研修を重要な研修と位置付けをされた事の理由について改めて考えてみた。「掃除の出来ないものは何も出来ない」という事を塾主は言っておられたが茶道においても道を極めるためにはまずは日々の掃除をこなすところから始まるのだと思った。そう考えるとこの松下政経塾にはお茶の精神、ひいてはその茶道が影響を受けた禅の精神も少し入っているのだなと感じた。日常の早朝研修でそんな事を感じることはないが、塾主の頭のなかには、そういうお考えもあったのだろうなとこの時に思った。裏千家の若い方々の指導で石庭の掃除もさせて頂いたがこれも貴重な体験をさせて頂いたと思う。

お手前のお稽古は、最初は緊張していたが徐々に慣れていった。塾でお稽古をしている時とはまた違った雰囲気だった。宗家で研修をしている緊張感といつもとは違ったところでお稽古をしているということによる少し開放された気持ちが微妙に入り混じりちょっと違った感じだった。行く前から思ってはいたが、こんな事ならもっと練習しておくべきだったとやはり思った。

お稽古をつけて頂きながら、茶道の歴史や茶道の様々な仕来たりの意味を先生方から教えて頂いた。この事は私にとっては非常に興味深いことであった。直接そのようなお話を先生方から教えて頂ける機会はそうない事だと思う。茶道が禅宗のみならず中国の陰陽五行道・風水など様々な思想から影響を受けている事を知った。禅と茶の関係については比較的よく知られていると思うが茶室のつくりが中国の陰陽五行道・風水から影響を受けていることなどは一般にはあまり知られていないのではないかなと思った。

二日目の午後には宗家拝観で今日庵の中に入れて頂いた。常日頃は非公開になっている茶室を見学させて頂くという機会を頂いた。茶道の本山とも言うべきところに来たのだなと思い緊張しながらいろいろなお話を伺った。非常に貴重な経験をさせて頂いた。

最終日の午後からは大徳寺へ拝観した。最初に金毛閣を見学した。ここでも中に入れて頂くという得がたい体験をする事が出来た。金毛閣というのは、利休が自ら建てた木造の門である。この事が、利休が秀吉に切腹を命じられる直接の(表向きの)原因になったと言われている。勿論、今はこの金毛閣の上に利休の木造はないが(中に後に作り直された利休の等身大の木造が安置されており、その木造を直接見ることもできた)この上に木造が置かれていたのだなと思って門を下から見上げると感慨深いものがあった。この後、利休と千家代々のお墓のある聚光院も拝観をした。茶道の長い歴史について思いを馳せた。

最後に今回の研修で考えた二つの言葉について書いておきたい。二日目の夜に裏千家の方々のご好意で天ぷら『吉川』につれて行って頂いた後、中塚先生に飲みに連れて行って頂いた。ここで先生が「一期一会」ということについてお話をされた。私はこの時まで「一期一会」という言葉を浅い意味で捉えていたことに気付いた。今まで私は「一期一会」というのを人と人との一生に一度の出会いというような意味で捉えていた。だから、一生に一度の人と人との出合いを大切に・・・という程度の解釈でとどまっていた。しかし、「一期一会」の意味するところはもっと大きく広い意味であった。「同じメンバーでこの店に同じ時間にこういう感じで飲みに来ることはもうないのだ・・・」という意味のことを先生が言われたとき、はじめはピンとこなかった。また、同じ人間が集まって同じ店に食事にくることはあるのでは・・・などと、感じた。しかし、この瞬間はもう二度とないのだ、ということだと思ったとき、実は「一期一会」というのは、特別な出来事ではなく、常にどのような事でも一瞬一瞬が「一期一会」なのだと悟った。日々の研修においても塾生間の議論もその時その時が二度とない「一期一会」なのだという認識をもって今後の研修に勤しんでいきたい。

もう一つは「平常心是道」(びょうじょうしんこれどう)という言葉だ。この言葉は、茶道会館の茶室の掛け軸にあった禅語だ。「平常心」というのは本当に難しいものだなと何度も思った。お茶のお稽古の途中でも何度も緊張し次の動作が分からなくなったり動作は分かっても思うように出来なかったりした。どんなことでも緊張すると分かっていたことが分からなくなったり分かっていることが出来なくなる。そして、焦る。益々うまくいかなくなる。お茶ではこの事が顕著に出る。平常心でいる時というのはそもそも、今は自分は平常心だなどとは認識しないものである。平常心を心がけたり、今、自分は平常心だと認識するという状態は最早平常心ではない。結局、平常心でいる為には、常日頃からの精進、精神の修養が大事なのだと思う。お茶のみならずこれは様々なことに当てはまると思った。

今回、大変大きな機会を頂き、お茶のことは何も知らなかったにもかかわらず、茶道の中心の部分に少しだけ触れさせていただいた。今後共、日々の営みの中で自己観照をする時間を増やしお茶のこころにも思いを馳せていきたい。

Back

吉田健一の活動報告

Activity Archives

Kenichi Yoshida

吉田健一

第22期

吉田 健一

よしだ・けんいち

鹿児島大学学術研究院総合教育機構准教授(法文教育学域法文学系准教授を兼務)

プロフィールを見る
松下政経塾とは
About
松下政経塾とは、松下幸之助が設立した、
未来のリーダーを育成する公益財団法人です。
View More
塾生募集
Application
松下政経塾は、志を持つ未来のリーダーに
広く門戸を開いています。
View More
門