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虫の目・鳥の目から見た自衛隊:自衛隊への体験入隊で得たこと

概要

 安全保障上重要な役割を果たす自衛隊について強い関心があり、2022年7月、陸上自衛隊富士学校が研修という形で宿泊研修を受け入れてくれた。静岡県の富士駐屯地での2泊3日の研修を通して、どんなことを得たのか、何を考えたのかを報告したい。

 座学として、富士学校の学校長の講話があった。そこでは、指揮の要訣を教えていただいた。自衛隊は、上官から部下への指揮・命令で部隊が動く。上官、とりわけ幹部(旧軍での将校)は、部隊の生殺与奪の権を握っている。指揮で重要な点は、「歯切れのよい発声」であると教わった。
 実際の訓練としては、「気をつけ」「休め」「回れ右」などの基本的な動作を学ぶ基本教練を行ったあと、天幕設営(キャンプ設営)、歩哨外哨(警戒や偵察のため屋外での見張り)、山道を13㌔㍍行進する徒歩行進などを行った。また、敵との接近戦を想定した格闘訓練を行った。それぞれの訓練では、技量が判定される「練度判定」がなされる。普通科部隊(歩兵)は、背嚢(リュック)を含め、通常の装備を身につけると20㌔㌘にもなる。そうした装備品についての説明も受けた。
 学校長以外にも、幹部自衛官からは長時間にわたり、衛生に関する講義や歩行訓練などで、あるいは懇親の場で、さまざまなことを教えていただいた。
 本レポートにおいては、私自身が体験したこと、あるいは現場の自衛官から教えていただいたことを基に私が考察したことを「虫の目」として、主に幹部自衛官や元自衛官の現職・元職議員の自衛隊や防衛をめぐる認識などを「鳥の目」として表現したうえで、自分の考えも述べたい。

虫の目:訓練の体験と現場の声

 自衛隊の過酷な訓練の一端を体験した。殊に行進では、隊列を保ったまま山道を13㌔㍍、それも重い隊服と戦闘靴に身を包み、5㌔㌘の背嚢を背負って歩行する。身をもって訓練の大変さを体験した。隊員によれば、普段の訓練ではもっと重い装備品や物資を身にまとうとのことで、実際にレンジャー隊員の背嚢を背負わせてもらったところ、腰が抜けそうになるほど重く感じた。レンジャー隊員は40㌔㌘の背嚢を背負い、1か月間も山中で訓練を行うという。国を守る自衛隊の、平時からの過酷な訓練に、ただただ頭が下がる思いだった。

 訓練を担当してくださった複数の自衛官によると、労働環境は以前より改善されたとのことだった。
 第一にいわゆるハラスメント対策への対応だ。この点は、過去と大きく異なるそうだ。隊員によると、10年ほど前には体罰が多いのが実態であり、それゆえに除隊する者が後を絶たなかったそうだ。つい最近でも、郡山駐屯地配属の元一等陸士の女性が演習場での訓練期間中にセクハラを受けたことが問題となった。この件では、複数の隊員がセクハラをしており、処分を受けている。パワハラ、セクハラがなくなったわけでないが、それをなくす努力も行われている。 
 ハラスメント対策にも関係するが、隊内の上下関係の在り方も大きく変わり続けているという。訓練を指揮されていた二等陸尉によると、現在では入隊者に指導する際、命令や指導の際を除いては敬語で丁寧に応対するという。
 第二に処遇の面においても改善が見られるそうだ。自衛官の初任給を引き上げるとした改正防衛省職員給与法2020年に施行され、これにより給与待遇が改善された[1]。実際に現場でもそのような声が聞かれた。
 一方で解決すべき問題として自衛官から指摘されたのは、施設の老朽化であった。防衛省によると、全国の自衛隊関連施設23,254棟のうち9,875棟は建築基準法が見直された1981年以前の古い耐震基準で建てられている。そのうち耐震改修を終えた建物が339棟のみ、約8割は耐用年数を過ぎていて、雨漏りによる天井の腐食や壁のひび割れ・破損などが確認されているという[2]。実際に現地においても前述の様子が見て取れたほか、下水道の漏れや便所の不具合等が深刻であった。

鳥の目:変わる自衛官の意識と政治との関わり方

 現場の自衛官においては先述のとおりの意見があった。これに対して、主に佐官以上のクラスは、自衛隊の現状をどのように認識しているか。
 時代を経て自衛隊をめぐる環境が変わった点として基地設置における住民理解が進んできつつあることが、陸将補より挙げられた。例えば、沖縄県与那国島においては、住民投票によって僅差で自衛隊基地の設置が決定されたが、現在は陸将補の肌感覚としては、基地の設置について異を唱える島民は以前より少なくなったという。私自身も2022年に研修の一環として与那国島に滞在したが、行政関係者から同様のお話をうかがった。
 その一方で、現状の問題点としては、前述の陸将補その他の幹部自衛官ならびに元自衛官の現職・元職議員から以下のようなことが指摘された。

①自衛隊の任務についての認識
 自衛隊はその役割について、自衛隊法第3条により「主たる任務」(第1項)と「従たる任務」(第1項及び第2項)を規定している。わが国の防衛するために行う防衛出動が「主たる任務」であり、「必要に応じ、公共の秩序の維持に当たる」のは「従たる任務」とされている。「従たる任務」で代表されるのが災害支援である。
 この災害支援は自衛隊法第83条に定められているとおり、主として都道府県知事の権限により、天変地異その他災害に際して人名又は財産の保護のため必要があると認められる場合に自衛隊の派遣を防衛大臣に要請することができる。また第83条の2及び3ではそれぞれ地震防災派遣、原子力災害派遣についての規定があり、これらは防衛大臣権限によって部隊等を派遣できるとしている。昨今では入隊動機に、こうしたいわゆる従たる任務である災害派遣等への従事を挙げる若者がほとんどであるという。また後述するが、こうした災害派遣等が民業圧迫に繋がることも懸念事項とされている。

 こうした付随的任務が実際の出動の多くを占めていることが二つの帰結を招いている。一つ目は先に述べたとおり、新入隊員がこの「従たる任務」を目的として入隊することによる幹部との志向のギャップである。幹部自衛官は自衛隊のオペレーション可能な範囲の拡大を求めている一方、現場の自衛官は「業務を増やさない」ことを求めていった声が聞かれた。実際にこの志向のギャップは幹部の中では懸念事項として共有されるところであり、より対外的にオペレーションを行いたい幹部はそうではない現場の自衛官との考え方の違いに思い悩んでいるようだ。政治に対して求めるものが自衛官の中でも一枚岩ではないだ。
 
 二つ目として指摘される点として「従たる任務」の拡大による民業圧迫の懸念である。軍、わが国においては自衛隊に必要とされるのが自己完結性である。災害対応においても自衛隊出動が求められるのはこの自己完結性ゆえである。中でも道路整備は自衛隊がオペレーションとして行う場合には無償にて建設することとなる。
 自衛隊法第100条において「土木工事等の受託」として、自衛隊の訓練の目的に適合する場合における国、地方公共団体その他の定める土木工事、通信工事等の事業の施工の委託を、防衛大臣権限で受託、実施することができる。また、先述の第83条の規定では災害派遣に係る自衛隊の救援活動について、その主体は「都道府県知事その他政令で定める者」と記されているが、この際に都道府県知事に主な判断が委ねられることにより、自衛隊の撤退のタイミングが難しく、民業圧迫となる危険性が指摘される[3]。
  
 防衛省の広報誌「MAMOR」によると、自衛隊の災害派遣は年間で延べ100万人近くに上り、最も多いのが離島などからの急患輸送、次点で消火活動、鳥インフルエンザ対応などが続く[4]。弁護士の田上嘉一氏は同誌において次のような問題点を指摘する。すなわち自衛隊の災害派遣の法的根拠として「公共性」「緊急性」「非代替性」の三要件を満たすことが求められるが、これら三要件の基準が曖昧であるということだ。加えて自衛隊が災害派遣によって疲弊し、そのうえ民業圧迫のそしりを受けることに懸念を示している[5]。
 国や地方公共団体としては殊に災害時において無償で受託・実施する自衛隊による公共事業の実施は大変魅力的に映る。その一方、本来民業で行うべき公共事業に際し、条件付きながらも無償で自衛隊が実施できるとなれば民業圧迫となり、これは自衛隊の中でも課題として認識されているのが現状である。

②政治との関わり方
 有事の際に自衛隊が円滑にオペレーションを行うためには平素より地方自治体との関係性の構築が不可欠である。殊に災害時の対応については行政と自衛隊が密にコミュニケーションをとり、計画を策定していく必要がある。しかし実情として、自治体によっては自衛隊とのこうした協議を拒否し、対応策が練れず、やむを得ずその地方への災害対応が遅れたという事例があったという。現在は東日本大震災での経験からそういったケースは見られなくなってきたというが、依然としてわずかながら存在する。

 また逆の問題も存在する。政治家が自衛隊を自己の政治活動のPRに利用するケースである。例えば災害派遣の際に、食事の配給の時間だけに現れ、隊員とともに配給を行うようなパーフォマンスを行う政治家もいるという。また実際のオペレーションについて地元選出議員が指示を行い、支障をきたすといったことも事例もある。

③幹部自衛官と若手自衛官のギャップ
 利益団体の集団での投票行動の是非は別として、現場の若手自衛官の政治的関心が薄いことによりまとまった行動ができないことが幹部自衛官ならびに退官した現職議員の方々からは政治のうえでの大きな障壁として理解されている。
 先に断っておくが、自衛隊は国家公務員であるうえ、その職務柄、非政治的であることが求められる。一方で高次で行政に関わる幹部自衛官や元自衛官の議員職にある者が、現場の自衛官の代弁者として機能することが難しい現状は好ましいとはいえない。ましてや自衛隊は労働三権が認められていない存在であることから、非政治的でありながらも政治に対して関心をもつことは重要である。またこれまで自衛官の中でシェアされてきた湾岸戦争での経験に由来する自衛隊の在り方論も、現場では全く聞かれない。
 かつては「主たる任務」である国の防衛を志して入隊する者が多かったが、現在の若手の自衛隊員は先述の「従たる任務」を志し、入隊してきた者が多いと、元一等空尉は話して下さった。それにより、以前はオペレーションの可能範囲の拡大を自衛隊は求めていたが、現在は既に記したとおり、現場としても「業務を増やさないでほしい」という意見も強いそうだ。そうした中で自衛隊がかつて政治へのコミットメントのうえで目的としていたオペレーションの範囲の拡大は現場レベルでは求めることがなくなった。

 公益社団法人・隊友会は自衛隊関係者の利益団体として存在はするものの、自衛隊が国家公務員であり、かつ非政治性が求められる事情から、正会員のほとんどが自衛隊退職者によって占められている。利益団体・政治団体はそれぞれの利益を追求するため、政治に働きかけを行うが、隊友会においてそうした行動は難しい。そのうえ現職議員と現場の自衛官の間で志向に差異があれば、自衛隊の在り方を当事者で決めていくことは、その是非は問わないが、難しくなっていくことだろう。

最後に

 以上のことから、自衛官、幹部自衛官、元自衛官の現職・元職議員のそれぞれの立場から問題意識が異なるかたちで出された。
 現場の自衛官からは給与待遇やパワハラ対策において改善が見られた一方、設備の老朽化の問題や、労働環境においては外国軍比でいまだ働きにくいのが現状の問題点として挙げられる。オペレーションの拡大については幹部自衛官とは異なり求めず、むしろ業務を増やさないことを求めているというところで、自衛隊内でも隊の在り方や方向性をめぐって一枚岩ではないことは既に指摘したとおりである。
 また災害派遣といった「従たる任務」のオペレーションが拡大することによる部隊の疲弊や民業圧迫が現状の問題である。政治アクター、殊に都道府県知事との関わり方はその観点からより慎重であるべきであるし、その他自治体の長にも政治利用をされない注意が必要だ。それと同時に災害派遣のために密に連携をとるべきであり、このあたりは非常にバランス感覚が求められるだろう。
 現在、世界の安全保障環境が乱れ、日本の安全保障について国民が関心を寄せている中にある。自主防衛機関の自衛隊はそうした中で日本の安全保障の主アクターとなる。現在、争点として挙がる敵基地攻撃能力や防衛費引き上げの議論と合わせ、やはり自衛隊そのものの在り方について国民が関心を寄せることも必要ではないだろうか。私自身、自衛隊の労働環境はどうあるべきか、自衛隊の災害派遣はどうあるべきか、行政との関わり方はどうあるべきか、対外活動はどうあるべきか、様々な争点があることを今回の研修において認識した。国民の間でもこれらの争点について議論することが求められる。

注)

[1]日本経済新聞「自衛官の初任給引き上げへ 改正給与法が成立」(2019年11月15日)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52205960V11C19A1EA3000/ (2022年8月1日閲覧)。

[2]NHK「自衛隊施設多くが耐用年数過ぎる 改修・建て替え加速を 防衛省」(2022年8月1日)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220801/k10013745161000.html (2022年8月1日閲覧)。

[3]朝日新聞DIGITAL「「業者に任せれば」届く批判 自衛隊の任務はどこまで?」2020年12月8日、https://www.asahi.com/articles/ASND151MFNCSUTFK00V.html (2022年12月2日閲覧)。

[4]MAMOR「災害派遣は自衛隊の「主任務」ではない…国防に支障をきたす可能性も」2021年9月18日、https://mamor-web.jp/_ct/17466014 (2022年12月2日閲覧)。

[5]同上。

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