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ビジネスにアートを生かすアートシンキングの調査

ビジネスにアートを生かすアートシンキングの調査

昨今、ビジネスの世界においてアートの持つ創造性や美意識への関心が高まっている。巷で広がりつつある「アートシンキング」に着眼しリサーチを行ってきた。本稿においては国内外の事例の調査報告を行う。
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背景
 
 書店でビジネス書のコーナーにアート関連書籍が置かれる様になった。ビジネスパーソンの抱える課題に対して藝術が深く関係している事への関心の高さの現れと言えよう。この様な現象は、明治維新以降近代化を進めた日本の変換点における時代の要請の様に感じる。教育においては要素細分化主義や定型業務処理能力の人工知能による代替可能性によって補えない能力を、企業においては供給が需要を上回る時代における消費者の価値観の変化(何が豊かか?)の中で既存のやり方では上手く行かない複雑な課題解決の糸口を、創造性や美意識を育むアートに求めているのかもしれない。
 実際、日本においてだけではなく、むしろ世界において経営に携わるビジネスパーソンがアートを重要視している。例えば欧米のグローバル企業の幹部候補は研修にアートを取り入れている。この背景には、現在世界の諸課題が複雑化しVUCA[1]の時代であると言われている事と無関係ではない。現代の事業経営を取り巻く環境は静的ではなく動的な状態である為、往来の論理的思考のみでは問題の解決が難しいと言われている。山口周は経営において、これまではMBA(経営学修士)を取得すれば経営の現場において戦力となったが、今後はMFA(美術学修士:Master of Fine Arts)のニーズが高まると述べている[2]。なぜなら、現在アメリカではMFAを持っている人材の方が稀少性が高く、重宝され給料も待遇も高くなる時代になっているからだ。論理的思考に偏った発想では、大多数が納得する答えを出す事が出来ても、ありきたりな答えになる事が多く、企業においてその答えはレッド・オーシャン[3]を意味する。ものあふれの時代の戦略つまり、新しい商品や市場を先駆的に作る為には、藝術家の様に独自性のある発想が必要なのである。
 
アートシンキングとは?
 
 西欧を中心とするアートの文化は日本においても各方面で知られる様になった。美術館や地域の芸術祭やギャラリー、公共空間、商業空間などいたる所で藝術作品に触れる機会はある。これらの作品やプロジェクトはアーティスト(藝術家)によって作成されている。そのアーティストが作品の創造を行う思考プロセスに着目し、ビジネスのメソッドとして、独自性のある商品やサ−ビス等、新たな価値を生み出す発想をプログラム化した類のものがアートシンキングと呼称されているのである。
 しかしながら、現状では正確な定義は存在しない。2018年12月、京都大学主催のカンファレンスARTS ECONOMICS KYOTO 2018に有識者が集まった際も、アートシンキングとは何なのか?どういった可能性があるのか?と言った議論がなされていた。アートシンキングの前に、そもそもアートとは何か?と言う本質的な問いに答える事も容易ではない点を前提としなければならないと考えている。
 
アートシンキングプログラムの事例
 
 日本においては企業向けにアートを応用したプログラムなりワークショップを行っている企業が数社存在する。昨年東京において実施されたフランスのビジネススクールESCPで10年前に生まれたArt Thinking Improbable Workshopは中でも先進的事例である。アーティストとスタートアップの近似値を抽出し3日間で迅速にゼロからイチのものごとを想像する方法を体得するプログラムだ。レクチャーとワークショップを繰り返し「ありえない」を創造するスキルが身につくのが特徴である。3人一組のチームで3日間という時間をかけ一つのテーマに対してのアウトプットを生み出す。その中では、一度構築したものを破壊する事もある。また、全く考えていなかったアイデアと合わせたり、チームの中で対立が起きることもある。アーティストが新しい作品を生み出す際、葛藤し悩み自問自答を繰り返すが、まさにその様なプロセスをアーティストではない参加者が経験するのである。参加者は最終日のレセプションにおいて自身の作品を来訪者にプレゼンテーションし、どの様なプロセスで作品を作ったかとても生き生きと話をする。自分が苦しんで生み出したものを雄弁に人に語る、そういった姿は通り一遍のプレゼンテーションや演説を聞く以上に説得力があるのか、聞き手も関心を持って耳を傾けていた。
 
今後の展望
 
 今後、アートシンキングを導入する企業やプログラムも多様化する事が予測される。一方で、言葉としての定義は確立していない。また、確立しビジネスメソッド化すると、過去のメソッドと同じ様に導き出される答えがコモディティ化するというジレンマも抱えている。
 アートとは人間においてどういった存在であり、本質的な意味において経営にどの様に生かす事が出来るのか?を問いながら、多様化も認めつつ一つの軸となる基準(KPIの様な企業の価値を測る指標)や組織体制を作る事が重要である。また、国内国外のパートナーと協力し自身も独自のプログラムを作成する事に取り組み、経営に創造性や美意識の視点を生かす活動を行っていきたいと考える。
 
 
[1] VUCAとは「Volatility=不安定」「Uncertainty=不確実」「Complexity=複雑」「Ambiguity=曖昧」という、今日の世界の状況を表す四つの単語を組み合わせた、元々は米国陸軍が世界情勢を表現する為に用いた造語。
[2]山口周(2017)『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』光文社新書
[3] 競争の激しい既存市場(赤い海、血で血を洗う競争の激しい領域)のこと。対義語はブルー・オーシャン(青い海、競合相手のいない未開拓市場の領域)。INSEAD(欧州経営大学院)教授のW・チャン・キムとレム・モボルニュの著書『ブルー・オーシャン戦略』において述べられている。

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