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今年3月、北海道旭川でいじめにあったとみられる14歳の少女が、雪の中から遺体となって見つかるという痛ましい報道があった。深刻化する「いじめ自死問題」や児童虐待、子どもの貧困などの脅威から子どもたちを守るには、学校体制の現状を見直し、福祉や医療などとの連携を深めていく必要がある。本稿では、「学校プラットフォーム」などの考えに基づいて包括的支援体制の在り方について考えていきたい。
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“旭川14歳女子凍死”―。そのあまりに穏やかでない言葉がSNS上で大きな波紋を呼んだのは今年4月のことである。『文春オンライン』が報じたのは、今年2月、旭川市で自殺をほのめかして自宅を出たまま行方がわからなくなった14歳の少女が、およそ1カ月後、雪の中から遺体として発見されたという痛ましい出来事。そして、その背景には彼女を死に追いやるまでの壮絶ないじめがあったという衝撃的な記事だった。[1] 親族や友人、いじめの加害者とされる生徒たちからの発言で明らかになった、想像を絶するほどの凄惨ないじめの内容に筆者は思わず目を覆いたくなった。
こうした「いじめ自死問題」は、近年ますます深刻さを増している。文部科学省によると、2019年度のいじめの認知件数は61万2,496件で、5年連続で過去最多を更新し続けている。[2] さらに、このうち子どもが自殺するなどの「重大事態」の件数は、前年度から2割増加の723件にのぼった。校内での暴力行為は7万8,787件で、主に小学校で急増している。児童虐待などと同様に、いじめの問題が以前にもまして重大視されるようになり、教育現場が早期に介入するようになったという前向きな捉え方もできるかもしれない。しかしいずれにしても、子どもたちが心身に負った取り返しのつかない傷や失われた命は取り戻すことはできない。このような報道を見聞きするたび、それぞれの未来のために学び、ともに育つ場である学校でこのような惨事がおこっていること、未然に防ぐことができなかったという事実にひどく胸が痛む。
このような悲劇を繰り返さないために、子どもたちが抱える様々なトラブル、課題を早期に発見し、未然に対処することのできる実効性のある仕組みづくりが急務である。そこで本稿では、前述の“旭川14歳少女凍死事件”の事例をみすえ、筆者が研究テーマとして取り組む「社会的包摂」[3] の観点から、いじめや貧困などの問題から子どもたちを守るために必要な対策、特に教育と福祉の連携に焦点を当てて考えていきたい。
冒頭に挙げた記事を読みながら、インターネットという極めて対応の困難な閉鎖空間で起きるいじめの恐ろしさや、加害少年たちの罪の意識が薄いことなど様々なことを感じたが、中でも特に筆者が問題意識を抱いたのは学校側の対応や認識である。
少女が中学に入学した直後から始まったいじめは次第に過激化していき、6月には精神的に追い詰められた少女に自殺を煽り、高さ4メートルもある土手から川へ飛び込ませるという、警察が出動する事件にまで発展した。この事件について、当時在籍していた中学校の校長は以下のように話している。[4]
”「(ウッペツ川に飛び込んだ事件について)お母さんの認識はイジメになっていると思いますが、事実は違う。爽彩さん(亡くなった少女)は小学校の頃、パニックになることがよくあったと小学校から引継ぎがあり、特別な配慮や指導していこうと話し合っていました。爽彩さんも学級委員になり、がんばろうとしていた。でも川へ落ちる2日前に爽彩さんがお母さんと電話で言い合いになり、怒って携帯を投げて、公園から出て行ってしまったことがありました。何かを訴えたくて、飛び出したのは自傷行為ですし、彼女の中には以前から死にたい気持ちっていうのがあったんだと思います。具体的なトラブルは分かりませんが、少なくとも子育てでは苦労してるんだなという認識でした。ただ、生徒たちが爽彩さんに対して、悪い行為をしたのも事実です。その点に関してはしっかり生徒に指導していました。我々は、長いスパンでないと彼女の問題は解決しないだろうから、お母さんに精神的なところをケアしなきゃない問題だって理解してもらって、医療機関などと連携しながら爽彩さんの立ち直りに繋げていけたらなと考えていました」”
筆者はこの発言を読み、子どもや家庭と向き合う学校体制の在り方を考えなおす必要があると感じた。まず前提として、目の前に存在するいじめの可能性から焦点を外し、少女自身の問題として扱おうとする姿勢が、教育者として不適切ではないかということがある。常に子どもたちの利益と安全を最優先し、彼らの身に危険がないか注意深く確認するのが教育者としての務めであり、その義務を怠った責任は重い。
だが何より、子ども支援や社会福祉を学ぶ身としては「以前から死にたい気持ちがあったのでは」、「子育てで苦労しているんだな」という家庭内の問題に対する対応が消極的であることにやるせなさを感じるのである。同様の発言は加害少年たちの保護者からも挙がっており、少女の家庭環境には問題があり、家出などを繰り返していた、少女が自殺を図った理由にはいじめ以外の要因もあったと主張している。その言い分を理解できるわけではないが、仮にそのような背景があったとすれば、なおさら放っておいてはいけなかったのではないだろうか。
実際、教師という立場だけでは対処することのできない課題が学校で見つかることは少なくない。しかし、福祉や医療など適切な支援につなげるなど、その時に取る対応の如何で、子どもたちを危機から守ることができる可能性は飛躍的に上がる。例えば上記の少女の場合、仮に「以前から死にたい気持ちがあった」とすれば心理的なケアが必要だ。またいじめの後転校した先でもフラッシュバックなどに苦しみ、学校に通えなくなってしまっていた時、彼女の心の支えは家族やネットを通じて知り合った友人だったという。その時、もしもスクールソーシャルワーカーなどが関与し、継続的に家庭を訪問するなどの精神的、あるいは包括的なサポートをしていれば少女や母親の苦しみをわずかながらも和らげることができたのではないだろうか。
また、被害者側だけではなく加害者側の子どもも支援を必要としている場合がある。問題行動を起こす子どもの背景には、発達上の課題や、家庭や生活環境等(虐待、両親の不和、経済的な困窮等)の問題が存在していることが多いと言われている。
したがって、福祉や医療、警察などとの連携ができるネットワークを作り、伴走者として寄り添いながらスピード感を持って適切な支援につなげられる仕組みづくりが急務であると筆者は考える。
では具体的にはどのような制度が考えられるだろうか。大阪府立大学の山野則子教授は、学校を基盤にした包括的支援体制として「学校プラットフォーム」という構想を提唱している。[5] 学校を重視する理由は、子どもや家庭にとって生活に密着した身近な存在であり、すべての子どもたちを把握することができるという性質にある。子どもたちの異変にいち早く気づくことができる学校が中心となり、様々な関係機関とこまやかに情報共有することでワンストップかつ伴走的な支援が可能になるのではないかという考えだ。
「そんなことをすれば、ただでさえ多忙な教師の仕事がまた増えてしまうではないか」という反対意見もあるかもしれないが、これは誤解だ。学校プラットフォームはあくまで学校という機能を活用するための役割であり、教員がそれを運営するというわけではない。実践者の意見によると、むしろ教員の負担軽減につながっているという。
筆者は昨年、実際に小学校配置型モデルとして教育と福祉の連携に取り組んでいる、大阪府泉大津市教育委員会の長谷川慶泰氏にお話を伺った。[6] 泉大津市では、小学校の跡地に「教育支援センター」という相談機関を常設しており、地域のボランティアの方による登下校時の声掛けや見守りのほか、支援を必要としている家庭に対するアウトリーチ(家庭訪問)を行っている。長谷川氏によると、行政などの関係機関とのネットワークが円滑に機能すれば、同じ内容を異なる機関や部署に問い合わせるといった手間が省略され、タイムラグを減らすことができるなどの効果を実感しているという。また、教員の負担という点に関しては、適切な役割分担によってむしろ業務外で抱え込む仕事を軽減することに繋がっているという。関係する部署などとネットワーク連携を進めてうちに、顔の見える関係として信頼が深まり、互いに協力がしやすくなったと長谷川氏は言う。また、地域内で声掛けやアウトリーチを行うことで、保護者や子どもに安心感を与えることができ、不登校や虐待などの重篤なケースに発展する前に未然に防ぐことができているように感じるそうだ。
異変が起き、事態が深刻化する前に行政や民間、地域などと一体となって包括的な支援を行うこと、すなわち子どもや子育て世代にとって「社会的包摂」のある地域を実現することで子どもたちを危険から守ることができる。いじめや貧困などの脅威から子どもを守り、すべての子どもが笑顔で暮らすことのできる社会の実現に向けて、実効性のある制度づくり、体制づくりに引き続き励みたい。
【注】
1. 文春オンライン「「娘の遺体は凍っていた」14歳少女がマイナス17℃の旭川で凍死 背景に上級生の凄惨イジメ《母親が涙の告白》」
https://bunshun.jp/articles/-/44765 (2021年4月19日アクセス)
2. 文部科学省(2020)「令和元年度 児童生徒の問題行動・不校等生徒指導上の諸課題に関する調査』
3. 社会的包摂:人と社会のつながりにおいて不利な立場に置かれる個人やグループを社会で支えるという考え。「社会的排除」(Social Exclusion)の対になる概念。
4. 文春オンライン「「イジメはなかった。彼女の中には以前から死にたいって気持ちがあったんだと思います」旭川14歳女子凍死 中学校長を直撃」https://bunshun.jp/articles/-/44869 (2021年4月22日アクセス)
5. 山野則子(2018)「学校プラットフォーム」有斐閣
6. 2020年8月8日訪間
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Shinju Nakayama
第40期
なかやま・しんじゅ
Mission
子ども・子育て世代を包摂する社会の実現