論考

Thesis

『すべてのわざには時がある(旧約聖書)』

 『さまざまのこと思ひだす櫻かな(芭蕉)』
 今年2013年春仰ぎ見る桜は、私にとってまた格別であった。政経塾を卒塾後すぐの春、27歳で生まれ故郷の熊本県八代郡宮原町議会議員に当選後4期13余年、地方議会人を体験。40歳を機に教育分野に転じ、しばらく塾に研究員として戻り後輩指導も兼ねて、と当時の岡田塾頭(1期生)から機会をいただいく。43歳で熊本県私立九州学院高校の社会科講師として、高校の教壇に立ってちょうど10年の今春、文徳高校から「高校教諭として採用する」という辞令をいただいた(この間、毎年1年契約更新で、10年間で私立3、県立3、計6校勤務)。

 東京ディズニーランドが開園した1983年4月、私は14名の同期生とともに第4期生として政経塾に入塾した。九州からは佐賀の原口一博君(元総務大臣)と2人。1期生の小野晋也さんが塾生として初めて選挙に挑戦され愛媛県議に当選された春で、小野さんと同期で後に総理大臣となられた野田佳彦先輩は、確か数ヶ月間、応援のため愛媛に滞在されていたと記憶する。
 あれから30年。今春政経塾は第34期生を迎え、卒塾生は250名を越えるという。この間、国会議員(内閣総理大臣)、知事、市長、各種地方議員をこれほど輩出する塾になろうとは、当時の関係者ばかりでなく、おそらく松下幸之助塾主の想像の範囲も超えていたのではないか、と思う。しかし、この30年で日本はよくなってきたのかという答えは、もう少し歴史の経過を見なければなるまい。

 私は現在、熊本県熊本市北部にある私立文徳高等学校の社会科教諭として、政経・倫理・現代社会・日本史などの科目を担当しつつ、特別進学クラスの副担任(昨年までは担任を2年間)、部員93名の硬式野球部の部長を務めている。
 この学校に来て、硬式野球部を担当し、ちょうど1年経ち、今春は県大会で初優勝。4月末、宮崎県での九州大会に県代表として出場、九州大会ではエースの本田建都が完全試合(あの北別府学投手以来35年ぶり)を達成、決勝は延長で久留米商業に敗れたものの準優勝、「今夏には18年ぶりの甲子園出場も夢ではない」と野球部後援会・保護者会は盛り上がりを見せている。
 社会科の授業では毎年7~8クラス、300名ほどの生徒と接する機会があるが、授業の初回に自己紹介を兼ね、次の2つの言葉を紹介し、講義をスタートしている。

『人間は生まれたときから、出会うべき人とは出会うようになっている。
しかも、一瞬も遅からず早からず(森信三)』

 私たちは人生の中で「絶妙のとき」に出会うことができた。いや、「出会ってしまった」というこのご縁を大切にしようではないか。森先生の言葉にある「人」を「本」・「教科」・「スポーツ」など置き換えても味わいがある。実際、政経塾は、「出会い」の宝庫であった。人生には何一つ無駄なものはないとこれまでの体験を通し思う。

『人間は人間に生まれたから人間なのではなく、一生かかって人間になる』

「完成された人間などいない。親も教師も人間。」ソクラテスのいう『無知の知』、そして知的『好奇心』を大切に、失敗しても前を向いて進んでいこうよ と。

 生徒たちとの「出会い」は実に楽しい。この10年間、数多くの生徒たちとの「出会い」が私を育ててくれた。また、素晴らしい教師仲間との「出会い」もあった。尊敬できる上司や先輩にも出会えた。
 そのお一人いわく、「政治家の役割は、愛国心を押し付けることではなく、国民が愛するにふさわしい国にすることではないでしょうか、香山さん。」

 入塾して同室の先輩、井戸智樹さんから、『一日一生』という言葉を教えていただいた。教師になって10年3650日余り、日々反省、日々努力、そして日々感動の歳月であった。
 これからも、一日一日を吟味しながら、天から与えられた今日一日が私の一生ではないかと思い、丁寧に生きていきたい。そして、自らの天命に従い、「出会いの妙」を楽しみながら、未来を担う青年たちとの語らいを大切にしていきたい。

『ふりかかる ものすべてよし 春の雨(如雷)』

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香山祥一の論考

Thesis

Shoichi Koyama

松下政経塾 本館

第4期

香山 祥一

こうやま・しょういち

こうやま祥一行政書士事務所所長

Mission

家族問題 コミュニケーション 教育 PTA関係 介護 福祉問題

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