論考

Thesis

総括レポート~途上国における女性の自立支援施策の可能性~

入塾からこれまでの実践活動についてまとめた総括レポートです。

目次

1.はじめに

2.データから読み解く実態

3.松下政経塾までの道のり

4.実践活動―前半―

 4-1.国際連合での経験

 4-2.国際NGOでのインターン経験

 4-2(1).認定NPO法人かものはしプロジェクト

 4-2(2).国際協力NGOジョイセフ(公益財団法人)

 4-3.インターン期間を通しての学び

5.実践活動―後半・ラオスでの活動―

 5-1 ラオスについて

 5-2 女性の自立支援活動・職業訓練

 5-3 手毬アクセサリー“花蓮”の誕生とファンドレイジングへの挑戦

 5-4  FranMuanブランドの立ち上げへ~少数民族村への調査~

 5-5 現在の課題と次への挑戦

6.終わりに

1.はじめに

 現在取り組んでいるテーマは、「女性の自立支援」である。「女性の自立支援」の大切さを説明するため、まず、このテーマと出会った経緯を述べる。 

 世界人口の半数を占め、全労働時間の3分の2に貢献し、そして世界中のほとんどの子供を育てているのは女性である。女性の多くは、家庭の中で家事労働を担い、人類史の中で多大な貢献をしてきた。しかし、女性達が社会の中で与えられる権利は、必ずしも男性と平等ではなかった。女だからという理由で、学校に通わせてもらえない、低年齢で結婚をさせられるなど、伝統や文化の名の元で、女性は自分の意志で自分の道を歩んでいくことが難しかった。上記の状況を知ったのは、『花嫁を焼かないで―インドの花嫁持参金殺人が問いかけるもの』(注1)という一冊の本であった。中学生の頃、何気なく立ち寄った学校の図書館が、国際協力フェアをしていた。集められていた本の多くが、途上国での生活の窮状や、それらに対しての支援を紹介していた。特に目を引いたのが、目を伏せているインド人女性のイラストが付された『花嫁を焼かないで―インドの花嫁持参金殺人が問いかけるもの』であった。この本との出会いが、国際協力、女性支援へと進む契機となった。

 インドやネパールの地域には、ダウリー(結婚時の持参金)制度がいまだに存在する。これは、新婦側が新郎側に支払うものであり、結婚式の費用や新居での生活用品費用などは基本的に女性側が支払うことになっている。2018年にインドに渡航した際に、インドで飲食店経営をしている知人に話を聞いたところ、インドの結婚式は数日から一週間ほど続くものが多く、富裕層だと一千万円以上かかることも多いとのことだった。(ただ近年都市部の富裕層は全額新婦側が負担するという傾向は少なくなっているとのことであった。)

 『花嫁を焼かないで』の本の中には、持参金の金額が少ないと花嫁は、嫁いだ先で虐待にあったり、最悪のケースでは殺されたりする場合もあるということが書かれていた。新郎側の身分や学歴、年収が高いとさらにダウリーの額は大きくなる。そのため、女子が生まれると一家が負担する持参金の重圧が大きくなることから、女子の誕生を忌み嫌う傾向が見られたり、女子を多く産んでしまった母親が家庭の中で冷遇されたりするなどの憂き目に遭うこともある。つまり女子の誕生は慶ぶべきことではないのだ。一度テレビで、女子が生まれたことを知った母親が泣き叫び、ショックのあまり気を失う映像を見たことがある。とてもショックだった記憶がいまだに残っている。

 本の中では、生きたままサリー(インドの伝統的な女性衣装)に火をつけられ殺される女性の事例が何件も載せられていた。しかしこうした事件が表に出ることは少なく、新婦側の遺族が裁判で訴えたとしても証拠不十分で不起訴となることが大半で、ほとんど泣き寝入りである。この文化的な制度や慣習が長く続くことで、男尊女卑の傾向は一層強まってしまう。この持参金の事例はほんの一例である。

 インド以外の地域、中東、アフリカ、南アジアや南米などの男性優位で女性の立場が弱い地域では、女性への暴力は深刻な問題となっている。「アシッドアタック(酸攻撃)」という、硫酸・塩酸・硝酸などの酸を相手の顔や頭部などにかけて火傷を負わせ、顔面や身体を損壊にいたらしめる行為はいまだに行われている。世界初のアシッドアタック被害者の救済支援団体「ASTI」(注2)によると、アシッドアタックは加害男性による嫉妬や交際や縁談を断られたことに対する逆恨み、果ては生まれてきた子が女だったからなどの身勝手な動機から、女性の外見を破壊し、苦痛を与える目的で行われているという。

 世界各地で長く続いてきた伝統、文化、慣習は、多くの人々の中に根付いてきた大切なものである。それを一概に否定すべきものではない。ただ、その根底の中に「男性優位」の思想があることで生まれる負の遺産は甚大なものである。このような状況の中で、私はまず女性が自立して社会で活躍していくことが一つの突破口になると考える。女性が社会で活躍し、女性の考えや思いを社会システムの中に統合していくことが、今後の世界をより良くしていく上でもとても大切なことである。その上で、女性が自分の意志を持ち、自立して人生を歩んでいくためには何が必要なのか、どうすれば自立できるのかを考察していきたいと思う。

2.データから読み解く実態

 現在、女性を取り巻く環境はどうなっているのか、データから考察していきたい。

2018年7月11日に、世界銀行は、国連が定めた7月12日の「マララ・デー」に先駆け発表した「失われた機会:女子の教育機会の欠如が招く巨額の損失」と題された報告書(注3)の中で、女子の教育機会の欠如や「中等教育(12年間)」の修了が妨げられることによる生涯生産性と生涯所得の損失は、15兆ドル~30兆ドルに上ると指摘した。同報告書によると、低所得国では初等教育を修了する女子は3分の2に満たず、「前期中等教育」にいたってはわずか3人に1人となっている。平均すると、「中等教育」を受けた女性は全く教育を受けていない女性と比べ、職に就く可能性が高く、収入も約2倍となっている。女子が「中等教育」を受けることで、教育を受ける本人、そしてその子供やコミュニティに様々な社会的・経済的恩恵がもたらされる。たとえば、児童婚はほぼ根絶され、人口の伸びが著しい国で出生率が3分の1低下し、子供の死亡率・栄養不良が改善するのだ。

 過去20年間で、多くの国が「初等教育」の完全普及を実現し、途上国における女子の初等教育就学率は男子と肩を並べるようになった。これは周知の事実である。近年話題になっている『FACT FULNESS』(注4)の中にも最初に「現在、低所得国に暮らす女子の何割が、初等教育を修了するでしょうか?」という質問が出てきた。最初に出てきた質問なので、かなりインパクトがある。答えは「60%」。この質問に正解した人は、日本ではたったの7%しかいない。多くの人がいまだに、低所得国で暮らす女子は男子に比べて初等教育を修了できないと思い込んでいる。しかし今の時代、ほとんど男子と変わらない。次に同書の中に出てくる質問10が「世界中の30歳男性は、平均10年間の学校教育を受けています。同じ年の女性は何年間学校教育を受けているでしょう?」というものだ。答えは、「9年間」。男性とほとんど変わらない。著者はこの本の中で、一貫として「世界はどんどん良くなっている」というメッセージを投げかけている。実際1960年代と比べると著しく改善され、確かに世界は良くなっている。しかし私がここで問題提起したいのは、昔と比べて改善されたという「FACT」にどれだけ意味があるのかということだ。例えば、初等教育を受けることができ、9年間の学校教育(日本でいうと前期中等教育まで)を受けることができたとしよう。もちろんこの事実は言うまでもなく、素晴らしい成果だ。しかし、今の時代、小卒・中卒である人間がどれだけ社会にインパクトを与えられるだろうか。国際機関に就職する際は、最低でも修士号の取得が必須となる。日本社会においても、今は大卒が一般的になってきており、大学を卒業したからといって特段評価されるわけではない。つまり、昔と比べてどれだけ就学率が改善されたかよりも、どれだけ社会にインパクトを与え、社会の中で素晴らしいビジョンを示し、リーダーシップを持って活躍できる女性を増やせるかだ。そのために必要なことは何か、またそれがどれだけ達成されているのか、という「FACT」に尽きる。同書の中でも著者が記載している通り、

「男らしさ信仰は、アジアの価値観でもアフリカの価値観でもない。イスラム教の価値観でもない。東洋の価値観でもない。それはたった60年前のスウェーデンであたりまえだった頑固オヤジの価値観だ。社会と経済が進歩すれば、そんな価値観は消えてなくなる。」

(ハンス・ロスリング, 2019, p.230)

この社会と経済の中にどれだけ女性を進出させ、活躍させられるかが勝負なのだ。だとすれば、後期中等教育以上の教育が女性にとって必要になってくるのは自明ではないのか。

 実際、同書の中で著者は、アフリカの国際会議でアフリカ人女性の委員長から

「あなたはビジョンがないわね。極度の貧困がなくなるということはゴールではなく、ただの始まりに過ぎないのに、アフリカ人は貧困がなくなればそれで満足だと思ってらっしゃるの?」

(ハンス・ロスリング, 2019, p.234)

と切り返されている。彼女たちが思い描くビジョンはどこまでも大きい。貧困が無くなり、女子も男子と同等に教育を受ける機会が持てることは、ただの始まりにすぎない。ここからどうやって女性が飛躍していくかが大切なのである。

3.松下政経塾までの道のり

 私は中学生の頃に出会った一冊の本をきっかけに、女性の自立支援を行いたいと志すようになり、大学時代はアフリカ地域研究ゼミに所属した。そこでは、おもにアフリカにおける女性の慣習、FGM(女性器切除)などの問題を研究するようになった。このFGMの研究をしている時に分かったことは、このような慣習は、民族でも、宗教でも、地域特有のものでもなく、複合的に絡み合った要因から形成されているということだ。つまり、同じ宗教や部族であっても地域によっては、FGMをやっているところ、やっていないところがあったり、同じ地域でもやっている民族とやっていない民族がいたり、何がFGMの慣習を支えてきたのかを断定することは難しい。また、FGMを一種の成人儀礼、通過儀礼だと考えている人も多く、結婚する際にFGMをしていないと嫁の貰い手がないという理由で、女性側が施術を希望したりする事例もある。またアフリカからの移民が欧米に移り住むことで、FGMの施術が衛生環境が整った欧米で安全に行われるという件数が増えてきている。しかし多くの、途上国で行われるFGMの施術は、ぼろぼろになったカミソリが使われていたり、不衛生な環境であったりすることが多く、大量出血で死亡事例も多発するなど、非常に危険な状況下で行われている。本人の意思に反して恐怖と苦痛の中に幼い少女を放り投げることは、絶対に避けなければならない。私は大学時代のこの問題からも、少女たちがしっかりと教育を受け、社会で自立して働き、活躍することで女性の発言力が高まり、このような問題は少しずつ改善されていくと感じた。大切なのは、女性自身が社会を変えていく力を持つということだ。

 私は大学を卒業後、民間企業に就職した。色々な理由があったが、民間企業に就職した理由は、自分のスキルを高めたいという想いが一番強かったように思う。社会人4年目の時に、世界銀行元副総裁の西水美恵子氏の著書『国をつくるという仕事』(注5)『私たちの国づくり』(注6)を読んで、感動し直接お会いできる機会を得ることができた。同書の中には、「マンドの奇跡」と呼ばれる一節(注7)がある。パキスタンで最も貧しい地域は、南西の片隅にあるバルチスタンという場所にある。そのまた片隅のマンド村に、小学校から高校までの一貫校、マンド女学院がある。女学院の偉業に感動した人々が、誰からともなく「マンドの奇跡」と呼びはじめ、定着した。この地域では、イスラムの慣習が重なって、マンドの女性達は近年まで生涯外出を禁じられていた。女子教育などもってのほかだった村の女学院は、長老ジャラル氏と家族一同の尽力の賜物である。クウェート留学を終えたジャラル氏の娘たちが教師となり、ジャラル家の家財を投じて1981年に塾を開いたのがその始まりだった。「良母は千の教師に勝る」と、村の男衆を説得したそうである。その原動力になったのが、マンド村内の経済格差だった。金持ちの子息はパキスタンの最大都市カラチや海外に留学し、女性や貧しい村人のほとんどが、代々非識字のまま取り残された。何世紀にもわたって貧富の差が拡大し続けるマンド村での経済格差の根を絶つすべを、教育格差の解消に見たジャラル氏。「教育は人生の選択域を広げ、未来への展望を開き、自助自立の貧困脱出を可能にする。」と話し、女学院を開いたが、効果はすぐに表れる。勉学に励む娘たちは、兄弟の学習意欲を挑発するどころか、非識字を恥じる父や母にも読み書きを教えた。村の識字率はあっという間に上昇し、衛生状態や栄養不良の改善を伴い、労働生産性の向上に直結した。小売業や、農耕機具の修理・整備業など、自営サービス業を起業する村人も現れた。著書の中で南アジア諸国の諺

「一人の男子に授ける教育は、一人の人間を教育する。一人の女子に授ける教育は、未来の世代をも教育する」

が紹介されていた通り、女性に教育を施すことは、当人だけではなく、その家族そして地域をも発展させる大きな鍵となるのである。教育の重要性やその効果は前述したとおりである。私はこの本を読んで、改めて女子への教育の重要性を再認識することができた。西水氏の著書を読んで、私が女子教育以外に大切だと感じたことは、「貧困の根本原因は悪統治である」ということだ。今まで国の根底を支える「政治」についてほとんど考えたことがなかった。どのような政治の仕組みがあれば、国や国際社会は戦争や貧困のない豊かな国を作ることができるのだろうか。私は政治についてもっと学びたい、自分のビジョンを大きくしっかりと描きたいという想いを強くして、松下政経塾の門を叩いた。

4.実践活動―前半―

 松下政経塾に入塾した後、最初は松下幸之助塾主の人間観を中心に学ばせていただいた。基礎課程(2年目の前半までの期間)の時間で、自分が今後何をしていきたいか、ビジョンを描きながら研修を進めた。松下政経塾では十分な時間を持ち、大局観を持って自分の素志を固め、実行に移すことができる。私はこの基礎課程の時間の中で、「困難に直面する世界中の女性が、自信をもって自分らしく生きることのできる社会の形成」を行うというビジョンを固めることができた。

 思い返すと私は持参金殺人、アシッドアタック、FGM、女子教育、貧困など女性達を生きづらくさせる問題にいつも心揺さぶられてきた。彼女たちが自由に生きたいと願う時、困難な事態が彼女たちの前を塞いでいる。どうしたらいいのだろうか。どうすれば彼女たちは、その困難な状態を自身の力で乗り越えていくことができるのだろうか。自問自答する中で辿り着いた一つの答えは、「自分はできる」という自信を持つことだった。途上国を訪れる際、年齢を問わず様々な女性にインタビューを行ってきた。そこで感じてきたのは、彼女たちの自信のなさだ。将来どうなりたいのか尋ねても困った顔をされてしまう。まるで「そんなこと分からないわよ。」と言わんばかりに。

 そこで私は、「困難に直面する世界中の女性が、自信をもって自分らしく生きることのできる社会の形成」を実行していくために、実践活動(2年目後半以降の期間)に入るにあたり以下3つの指針を立てた。

①現場の現状を知る(現場での問題把握をしっかりと行う)

②女性自立支援策の探求(現場における解決策を探求し、実践を繰り返す)

③ファンドレイジング(②に必要となる資金を集める)

 この3つの方針は、現場の課題を知り、その課題を乗り越える上で、どのような女性自立支援策を行えば、彼女たちが自信をつけることができるのか、トライ&エラーを繰り返す中から自分自身で見つけていこうと思った。また、この活動を支えるには、資金が必要だ。どのように多くの人に興味をもってもらい、巻き込み、資金を集めて活動を持続可能なものにしていくのか、ファンドレイジングにも力を入れていかなくてはと感じた。

この①から③までの指針を軸に、松下政経塾でどのように活動をしたのかを以下に述べる。

4-1.国際連合での経験

 まず、2017年3月11日から3月24日までの2週間の間、国連ニューヨーク本部で開かれた国連女性の地位委員会(Commission on the Status of Women, 以下CSW)に参加した。CSWは毎年テーマが異なり、私が参加した年は、「Women’s economic empowerment in the changing world of work(変化する仕事の世界での女性の経済的エンパワーメント)」というテーマであった。経済的エンパワーメントを通して女性達の自信を取り戻し、自立支援を進めていこうと思っていた私にはまさに最適のテーマであった。CSWには毎年、世界各国の人々が集まってくる。ほとんどは女性であり、女性の人権や、女性の活躍などに関する仕事をしている者が多く参加している。私は、市民セクターサイドから出席させていただいたが、世界各国の行政、市民セクター、民間企業の取り組みを知ることができ、非常に勉強になった。特にジェンダー先進国である北欧の国々の取り組みは面白く、日本では聞いたことがないものばかりであった。ジェンダーの問題に取り組むには、女性だけではなく男性に向けても啓発を行う必要があると改めて感じた。

 日本は経済大国ではあるものの、2018年度のジェンダーギャップ指数(Gender Gap Index=GGI)(注8)では144ヵ国中、110位と後進国である。GGIとは、男性と女性の格差の指数で世界経済フォーラム(ダボス会議)が男女格差の解消が世界経済の発展につながるとして、格差解消に役立てる資料として、国別・地域別に、経済・政治・教育・健康維持の4項目を算出根拠として2006年より毎年公表している。国連でCSWに参加したからこそ、私は日本を含む世界中の女性達、特に困難な状況に置かれた女性たちのために何かしたい、彼女たちが自分に自信を持ち、自分の足で立って人生を切り開いていくためのサポートがしたいと感じることができた。

4-2.国際NGOでのインターン経験

4-2(1).認定NPO法人かものはしプロジェクト

 2年目の後半になってから、二つの国際NGOでインターンをさせていただいた。その一つが、「かものはしプロジェクト(以下、かものはし)」である。この団体は、村田早耶香代表が大学生の時に目の当たりにした人身売買、児童買春に衝撃を受けて立ち上げた団体である。「子どもが売られる問題」をなくし、世界の子どもたちが未来への希望を持って生きられるように今まではカンボジアで、そして現在はインドと日本で活動を行っている。この児童買春の問題で被害に遭う子の多くは女子である。売られる経緯は、家が貧しくて親に売られてしまったり、誘拐にあったり、職を求めて都会に出て騙されてしまったり、様々である。かものはしをインターン先に選んだ理由は、2つある。一つ目は、カンボジアにおける先進的な取り組みである。かものはしは、今年度カンボジアから撤退した。その理由は、カンボジアの児童買春の状況が大きく改善し、売春宿の仕事に従事させられている18歳未満の子の数が、2000年ころ20%~30%だったのが2015年には2%にまで減少したからだ。(注9)かものはしはカンボジアにおける児童買春を無くすために二つの観点から取り組んだ。一つは現地警察が加害者(売春宿オーナーやブローカーなど)を取り締まる環境を整備したこと。二つ目は、売られる原因となる農村の貧困を改善することである。最初の一つ目に関しては、地元警察を巻き込んでの児童買春撲滅キャンペーン、警察訓練支援による加害者の逮捕数の増加など、全ての取り組みが児童買春への撲滅へと繋がった。二つ目の貧困の改善のために、農村で特に貧しい家庭の女性を雇用し、モノづくりを始めた。今では「I love Cambodia」と「SALASUSU」という二つのブランドがある。この工房で働くチャンスを得たことで、大きく人生が変わった女性も多い。私は2017年の12月にこの工房を訪れたが、工房には託児所があり、子育て中の女性でも安心して働くことのできる環境が整っていた。ここで雇用される女性達の多くが、貧農の家庭出身である。高校を卒業していない子達も多い。この工房では月に何回か、キャリアセミナーなどを開催しており、自分自身のキャリア形成を考えるきっかけづくりをしている。さらに日本人のマネージャーの方が「私たちはこの工房で働くことができたことを自信にして、より大きなステップに進んで欲しいと思っています。」と話していたことがとても印象的であった。モノづくりの良さは、目に見える形で自分の成長が分かること。数ヶ月前はできなかったことが、技術をあげることで、できるようになっている。そんな成長を自分自身が感じることが自信に繋がっていくのだろう。さらにちゃんとした学校教育を受けておらず、日々村の農業に従事していると、都市部で求められる社会性、常識やマナーを習得することが非常に難しい。そういった中で、かものはしの工房は時間を守ること、労働時にはおしゃべりをせずにしっかりと働くこと、お給料は全部使うのではなく、将来や何かの時のために貯金をしておくことなども教えている。

 またインターンを決めたもう一つの理由は、ファンドレイジングの力だ。かものはしは、2018年の日本ファンドレイジング大賞(注10)に輝いた。現在、約9,400名を超える会員からの会費や企業寄付が毎年2億円以上あり、自己資金が83%を占めている。(注11)NGOの収入源には、会費・寄付・自主事業等の「自己資金」と、受託事業・助成金等の「非自己資金」がある。NGOデータブック2016(注12)によると、日本のNGOの財源の多くが、受託事業・助成金であり、非自己資金の割合は平均50%以上という結果が出ている。私はイベント開催やファンドレイジング業務を行うインターンに就任したおかげで、かものはしのファンドレイジングの強みを間近で体感することができた。かものはしでは、月に9回以上のイベントを自社で開催し、団体のこと、児童買春の問題、インドやカンボジアでの取り組みなどを伝えて続けている。イベントを行う目的は、団体のミッションや活動内容をできるだけ多くの人に知ってもらい、ボランティアや資金面でのサポートをより多く受けるためだ。私はこのようなイベント開催の手配、準備などを行い、会員でない人が、イベント参加後に会員となって活動を応援してくれるように声掛けをさせていただいていた。ファンドレイジングで大切なのは、日々の活動を定期的に外部に向けて発信していくこと、ファンを増やしていくこと、そしていただいた寄付金がどのような目的でどのように使われているのか、正確に、丁寧に報告することが大切だと感じた。

4-2(2).国際協力NGOジョイセフ(公益財団法人)

 同時期に、もう一つ別のNGOでもインターンをしていた。それがジョイセフ(公益財団法人)である。ジョイセフは、女性のいのちと健康を守るために活動している日本生まれの国際協力NGOだ。国連、国際機関、現地NGOや地域住民と連携し、アジアやアフリカで、保健分野の人材養成、物資支援、プロジェクトを通して生活向上等の支援を行っている。私がインターンでジョイセフを選んだ理由は、ファンドレイジングへとつながるキャンペーンの展開、外部発信の仕方がとても優れていると感じたからだ。ジョイセフにはアンバサダー、ジョイセフフレンズという形で、多くの著名人がジョイセフの活動に賛同の表明をしている。モデルの堂珍敦子さん、歌手の土屋アンナさん、スーパーモデルの冨永愛さんなどの活躍がとくに目覚ましい。彼女たちの応援により、今まで国際協力に興味がなかった女性層に向けて情報発信を幅広く行うことができている。

 ジョイセフでの業務は主にイベント企画サポートであり、後援や資金の獲得を担当した。ジョイセフが開催しているイベントの中にホワイトリボンランというものがある。これは、「世界で1日830人の女性が妊娠・出産・中絶が原因で命を落としている」(注13)という現実を知ってもらうためのチャリティーマラソンである。このチャリティーマラソンに上記の芸能人にも関わってもらうことで、多くの人を巻き込んだ取り組みができ、クラウドファンディングを大きく前進させている。

4-3.インターン期間を通しての学び

 4の冒頭でも述べた通り、3つの指針に基づき、4-1かものはし、4-2ジョイセフのインターンを体験した。そこでは多くの学びと気付きを得ることができた。その上で感じたこと気付きと課題を以下で述べる。

①現場の現状を知る

現場で困っている女性達のために日本でできることは確実にあるが、実際に現地に行き、現場を見て、当事者と自ら交流してみないと本当の真実は見えてこない。特に困難な状況の女性のリサーチには、信頼できる現地NGO、政府の協力が必須であり、連携して物事を進めていくことが成功の鍵となる。

②女性自立支援施策の探求

女性自立支援には、経済的なエンパワーメントを伴った施策が必要。特に途上国における支援には、ものづくりが最適。ものづくりを通して、女性達は日々の成長の変化を実感することができ、自信を育むことができる。

③ファンドレイジング

団体を継続的に維持していく上で資金は絶対に必要である。団体のミッションや活動内容を日々細かく報告し(ホームページ、SNS、イベント等で報告)多くの賛同を得て、協力者を集めることが大切。

 以上の気付きと課題を踏まえて、実践活動後半に入っていった。

5.実践活動―後半・ラオスでの活動―

 インターン期間を通しての学びを得た後、私はラオスで女性の自立支援を行うSupport for Woman‘s Happiness(以下、「SWH」)の事務局長に2018年4月に就任した。代表は石原ゆり奈さん(以下、「石原さん」)。ラオスとネパールで学校の建設を行う国際学校建設支援協会の代表も務め、2014年第28回人間力大賞では文部科学大臣奨励賞も受賞されるほど、これまで国際支援分野において多くの活動をしている女性だ。SWHは、主にラオスで活動しており、支援対象者となるのは、障がい女性、少数民族女性、人身売買被害女性、 HIVの女性、薬物中毒女性など、困難な状況に陥った女性達だ。SWHは女性たちを雇用し、工房でモノづくりを教え、仕事を作り出すことで彼女たちの自立をサポートしている。

 私がSWHで事務局長として活動しようと思った理由は、4-3に記載した課題を現場でスピード感を持って女性自立支援施策を実践したいと思ったからである。事務局長就任のおかげで、ラオスにおいて女性自立支援の実行及びファンドレイジングの取り組みを権限を持って実行することができた。

5-1 ラオスについて

 まずラオスについてだが、正式名称は「ラオス人民民主共和国」。東南アジアのインドシナ半島に位置する共和制国家であるが、実態は社会主義の国である。(ラオスの憲法第3条では“ラオス人民革命党を主軸とする政治制度”と規定されており、マルクス・レーニン主義を掲げるラオス人民革命党による社会主義国型の一党独裁制が敷かれている。)タイ、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、中国に挟まれ、ASEAN加盟10カ国中唯一の内陸国である。外務省によるデータ(注14)及び2011年にアジア開発銀行が公表した資料(注15)によるとラオスの人口は約650万人であり、1日2ドル未満で暮らす貧困層は国民の60%を超える412万人と推定されている。海に面していない内陸国であるため、港がなく、輸出に不向きなことから、海外企業の参入が遅れ、また生活用品の多くを輸入に頼らざるを得ず、アジア最貧国の1つに挙げられている。また、ラオスには50の民族に分かれ、大半をラオ族が占める。また、ラオスは「人口1人あたり世界で最も爆撃を受けた国」である。UXO Lao Visitors Centre(注16)によるとベトナム戦争(1964~1973年)のさなかに落とされた爆弾は200万トン以上。ラオスの村の約25%は不発弾(UXO)で汚染されている。1964年から2008年にかけてのUXO事故の結果、5万人を超える人々が死亡または負傷しており、今でも1日平均1人が死傷している実態がある。

 不発弾だけではなく、ポリオが原因で手足に麻痺が残る方も多い。ポリオはポリオウイルスが脊髄神経前角の運動神経核を侵すことで四肢を中心とする全身の筋肉の運動障がい、いわゆる弛緩性麻痺(だらりとした麻痺)を起こす急性ウイルス感染症である。かつて小児に多発したために小児麻痺と呼ばれたが、免疫抗体をもたなければどの年代にも感染する。厚生労働省(注17)によると日本では、1960(昭和35)年に、ポリオ患者の数が5千人を超え、かつてない大流行となったが、生ポリオワクチンの導入により、流行はおさまった。1980(昭和55)年の1例を最後に、現在まで、野生の(ワクチンによらない)ポリオウイルスによる新たな患者は出ていない。しかしラオスにはまだ子供の頃にこのポリオに感染して、手足に麻痺が残り、大人になってから働き口を見つけるのが難しい人たちが多い。実際、SWHの工房で抱える女性達の多くが、このポリオに感染したために、手足に障がいが残り、地元では働き口を見つけられず、首都ビエンチャンまで職探しに来ていた女の子だ。

5-2 女性の自立支援活動・職業訓練

 実際ラオスで困難な状況に陥った女性たちのリサーチをするには、現地NGOとの連携が必須となってくる。SWHは、Jaah Andersen(以下、「ジャーさん」)という地元のNGOソンパオ(障がい者のためのNGO)を作った女性と綿密に連携しながら一緒に仕事をしている。彼女は自分自身も幼い頃、ポリオに感染し、足に障がいが残っている。しかし彼女は誰よりもエネルギッシュで、人生に前向きだ。彼女は自分で車を運転し、自分と同じような障がい者のために何かしたいという意欲を持ってNGOを作った。英語にも堪能で、ラオス政府や、外国企業との交流会を企画、運営してラオスにおける人脈の広さには目を見張るものがある。社会主義のラオスにおいて、ジャーさんのような信頼できる社会起業家に出会えることは奇跡に近い。そんなジャーさんとの出会いがあったからこそ、私たちはラオスでの女性の自立支援が行うことができている。そんな彼女が作ったソンパオの女性メンバーはすでに20人を超えており(2019年6月現在)、SWHはメンバー全員が安心して暮らせる工房兼寮となる家を借りてサポートしている。ソンパオの工房で、メンバーは日々モノづくりをしている。工房に製造依頼をするのは、地元の方以外にも、日本からはAgatis(オーガニック布ナプキン)や株式会社CAN(以下、「CAN」。手毬アクセサリー“花蓮”)がある。ソンパオを支えるためには、何本もの柱があった方がいい。一つの会社に依存している場合、その会社から急に発注されなくなると、ソンパオの女性達はたちまち生活ができなくなってしまう。

 SWHの役目は、日々ソンパオや、女の子たちの活動状況をSNS(facebook、instagram、twitter、ブログ、HP)などで発信し続けること、そして現地での生産指導である。私はラオスに何度か渡航し、現地での生産指導にあたった。指導したのは、布ナプキンや手毬、ポーチやバックなどである。その他にも生産に関わる原材料の購入、管理、個人の生産数の管理、給与支払いなどの業務もラオスと日本で行っている。生産以外にも、ソンパオで作られた製品を日本で販売するために、イベントに出店したり、インターネットで販売なども行っている。ソンパオにいる女の子たちは、障がいの程度に差はあれ、みな手先がとても器用で、ミシンや手縫いなど日本人である私たち以上にとても上手だ。このモノづくりが彼女たちの生活を支えるだけではなく、自信にも繋がればと願っている。

5-3 手毬アクセサリー“花蓮”の誕生とファンドレイジングへの挑戦

 5-2でも記載したが、CANが手毬アクセリー“花蓮”の販売元であり、SWHに製造を毎月発注してくれている。実際“花蓮”という名前は、SWHの方で付けさせてもらった。手毬に刺繍される可愛い「花」のように、作り手も、身に着ける人も、全ての人が一人一人の個性を開花させてほしい。そして、泥の中から綺麗な花を咲かせる「蓮」のように、どのような困難や試練に遭遇しても、それを乗り越えて大輪の花を咲かせて欲しいという願いを「花蓮」という名前に込めた。(ラオスは仏教国でもあるので、蓮をイメージした。)元々、CANは、簿記・財務分析など企業研修・社員研修の教育サービス、柔道整復師など手技療法・代替医療業の人材紹介派遣・アウトソーシング、飲食店、インターネット放送局の運営など、多岐に渡る業務の中で、人を元気に、街を元気にすることがモットーの人材教育会社だ。その中で東日本大震災があってからは、社長の植村昭雄さん(以下、「植村さん」)が青森出身であることもあり、東北を応援する事業を始めた。事務所のある北千住では東北料理を提供する“プエドバル”が大人気だ。そんな中で、植村さんが秋田県由利本荘市名産の手毬に出会い、この手毬文化を今後も日本に残したいと思ったことが、手毬アクセサリー“花蓮”に繋がる一歩であった。今の日本では、手毬を作れる若者がほとんどおらず、60歳以上の高齢者の方がわずかに作っているだけである。しかし高齢者の方は、年々、小さいモノが見えづらくなるので、小さなサイズの手毬作りは難しくなっている。西洋化した近代の日本の家屋には、大きなサイズの手毬を飾る場所はなく、大きな手毬はほとんど売れないのが現状だ。さらに日本で作る場合、時間とコストがかかりすぎて販売価格が高くなってしまうこともあり、植村さんからラオスで生産できないかという話がSWHに舞い込んできた。元々ラオスは刺繍文化が色濃く、特にモン族の人達にとって刺繍は、お家芸である。

 早速ラオスに渡航し、ソンパオのメンバーに指導したところ、2週間ほどでみな綺麗な手毬を作れるようになった。実際、CANが毎月手毬の発注をかけてくれるおかげで、毎月まとまったお給料を彼女たちに渡せることができるようになった。今までは不定期に単発で発注をいただくことが多く、安定したお給料を渡せる状況ではなかった。こういった大口の受注先を見つけ、SWHの活動や理念に共感していただくことが本当に大切だと実感した。

 この花蓮手毬をビジネスの軌道にのせるあたり、一つの大きな問題にぶち当たった。それが「資金不足」である。クオリティーを保つためには、ラオスで定期的に原材料の管理、技術指導を行う必要がある。またブランドのロゴのデザイン、パッケージデザイン、チラシ、リーフレット、国内イベント出店料など、様々な場所でお金がかかってくる。そこでCANとSWHが共同で、“Readyfor”を使ってクラウンドファンディングを行うことに決めた。期間は、2018/7/1~8/31までの二か月間。目標金額は200万円で挑戦をはじめた。結果的に178人のサポーターの方から、ご支援いただき、なんと目標を超える「2,359,000円」もの資金を集めることができた。私は初めてクラウンドファンディングを主体的にやってみたが、この2ヶ月は定期的に活動報告を行い、自分の知人や友達を中心に声がけをした。200万円を集めることの難しさも当然感じたが、Readyfor のような単発的な集め方ではなく、団体を存続させるために継続的にご支援をいただくということの方が、はるかに難しいことだと感じた。とくにインターンでお世話になっていた、かものはしは約9,400名を超える方お一人お一人から毎月決まった額のご支援をいただいている。団体の理念と活動に深く共感してもらうだけではなく、ビッグファンになってもらうことが重要だと感じた。

5-4 FranMuanブランドの立ち上げへ~少数民族村への調査~

 上記でも説明してきたように、当初はAgatisやCANにソンパオに製品の製造発注をしてもらい、ソンパオの女の子たちが技術を身に着け、生きていける手段を作ろうとしていた。CANと一緒に立ち上げた花蓮のように、SWH自身もラオスで観光客向けに売る商品を開発し、ブランドを立ち上げた方がよいという結論になり名前を「FranMuan」と名付けた。意味はラオスの国花であるプルメリアのフランス語名「Frangipanier」とラオスで「楽しい、幸せ」という意味の「Muan」を掛け合わせて作った名前だ。ソンパオの工房にいる女の子、一人一人の幸せを願って付けたものである。

 そもそも今回のオリジナルブランド「FranMuan」の立ち上げには、少数民族の方達の存在が大きい。ラオスには50の民族の方達が暮らしており、それぞれの民族ごとに言語や生活スタイル、文化、宗教、容姿など異なる。私は今年2019年3月にラオス北部に暮らす少数民族の村に調査をしにいった。私たちの団体は、身体障がい者の方たちだけではなく、困難な状況下に置かれた女性達の自立をサポートする団体である。ラオスで長く活動を続けていると、現地から少数民族の奨学金のサポートをして欲しい、など色々な要望が集まる。現地調査をすることができたのは、タイルー族、アカ族、レンテン族、ヤオ族、タイダム族、などの民族の村だ。実際に調査してみると驚いたことがたくさんあった。本当に昔ながらの自給自足を基盤にした暮らしを今でも続けている。古き良き生活がそこにはあった。大家族で暮らす木造の家屋、家畜小屋、手織り機、畑、田園がそこには広がっていた。それぞれの民族が文化や伝統を大切に引き継いで生活をしている。しかし調査して分かったのは、現金収入を手に入れる手段の少なさからくる貧困だ。いくらラオスの田舎であっても、資本主義と貨幣経済の波を止めることはできない。医療費や、学費、必要最低限のものを買おうと思うと、現金が必要になる。村では米の収穫期以外は、都市部へ出稼ぎに行ったりすることが多い。私たちがレンテン族の村に行った際、そこに住むお母さんたちが自分たちの家で作った生地をたくさん持ってきてくれた。レンテン族は、藍染めの民族であり、藍を育てて、自分たちで織った布を藍で染色している。何回も藍でそめられた布は綺麗な黒色に変化する。このように外国人に向けて生地を販売するのは、彼女たちにとっては貴重な現金収入を得る手段である。

 ただ最近は、買い手が中々現れず、布づくりをやめて働きに街に出てしまう人も多いと聞いた。私たちは大量に色とりどりの布地を購入し、この布を使って製品を作ることで、彼女たちの受け継がれてきた伝統的な織りと染めの技術を守ることに貢献したいと思った。そこでレンテン族のお母さんたちから買い取った生地で作った布製品を4月に完成し、販売にまでもっていくことができた。今ではランチョンマット、コースター、ペンケース、ブックカバー、クラッチバッグなど、どんどん製品の数が増えている。他にも、タイルー族のハンドメイドの織物を使って何か製品ができないか考案中である。

 また、少数民族の現地調査の中で、女の子の進学率がどれぐらいなのかも合わせて調査を行った。やはり冒頭にも述べたように初等教育の就業率は非常に高く、中等教育の段階になると途端に学校の数が少なくなり、山岳地帯で暮らす少数民族の女の子にとっては、通学が難しく、途中でドロップアウトしてしまいがちである。実際、調査したときも、小学校までは行ったという女性が多かった。奨学金の支援を始めるにあたっては、さらなる調査(どの地域、どの民族、何人の規模で行うかなど)が必要だと感じた。ただ、やはり貧困から抜け出し、知識や技術を身に着け、自立した生活を送るには、教育は絶対に必要だと感じた。

5-5 現在の課題と次への挑戦

 今のところ順調に進んでいるSWHとソンパオではあるが、課題も山積みである。課題は大きくわけて二つある。

 一つ目は、マネージャー層の欠如である。このソンパオを作ったのは、ジャーさんなのだが、このセンターを支えるために普段は別の会社でオフィスワークをしている。そのため、日中このセンターにおらず、別の女性がマネージメントをする必要がある。しかしマネージメントができる人材が育っていないのが大きな問題だ。これはラオスの国民性も大きい。ベトナムやタイでは資本主義、競争の原理が持ち込まれているため、人よりも豊かになりたい、努力して上にあがっていきたいという意識の高い人たちが多いのに対し、ラオス人は、いい意味で競争意識がなく、穏やかな国民だ。彼らにとって一番大切なのは、家族の存在であるため、田舎から米の収穫期だから戻ってきて欲しいと言われれば、彼女たちは迷うことなく帰省してしまう。例え帰省によって自分が得られる収入が少なくなってしまったとしても、家族の農業を手伝うことの方が彼女たちにとってはずっとずっと大切なのだ。

 そのため、率先して前に立ち、メンバーを率いるという意識と責任感を育むにはまだまだ時間がかかると思われる。(ラオスという国で、ジャーさんのような存在は稀有。)今後はどのようにマネージメント層を育てるべきなのか、試行錯誤していきたいと思う。今年の2019年6月に、かものはしから独立したSALASUSUが、カンボジアでどのように現地の人を責任者に育て、キャリア教育をしているのか二日間の研修に参加させていただいた。学校教育を受けたことがない子達は、家族の中で過ごすことが多く、他人とどのようにコミュニケーションをとって、共同作業をしていくべきか分からないことも多い。相手を尊重しながら、自分の意見を伝える方法を、ワークショップを通してどのように伝えるのか色々ご教授いただいた。カンボジアで起きている問題とラオスで起きている問題は類似点が多く、ここで学んだことを是非ラオスの現場で活かしていきたい。    

 二つ目は、キャリアや将来を思い描く力である。ここにいる女性達の多くは、田舎出身で周りは農業に従事している人が多い環境で育っている。つまり、周りにロールモデルとなる女性の数が少ない。ロールモデルとなる女性が側に一人いるだけで、キャリアの選択肢を広げることができ、かつ、本人自身が今後どのようにキャリアを形成していきたいか、考えるきっかけになるのではないかと思う。SWHは、彼女たちが一生ソンパオの工房にいて欲しいとは思っていない。彼女たちが自信をつけ、お金を手にした後、自分が本当に進みたい道へと進んでいって欲しいと願っている。そのためのサポートを全力でしていきたい。

 メンバーの一人である、シ・ファンさんがラオス人の日本語通訳者を初めて見て「かっこいい、私も日本語を習ってみたい」と呟いたことがあった。私たちは、彼女の夢を応援することで、彼女自身の可能性を拡げるだけではなく、周りにもいい影響を与えられるのでないかと思った。そこで日本のサポーターの方にご支援いただき、2018年12月からファンさんをJICAが運営している日本語学校に通わせることができるようになった。彼女は、日本語学校に通えるようになったことが、とても嬉しそうだ。そしてとても意欲的である。彼女のような女の子が今後どんどん現れてくることを願う。そして思惑通り、センターにいる他の子も、日本語を学びたいと、自ら意思を示してくれる子が数人現れた。現在、ラオス在住の日本人の方達にボランティアで日本語を教えてもらえないか、調整中である。

6.終わりに

 実践活動期間に入ってからSupport for Women‘s Happinessの代表の石原さんのおかげで、本当にたくさんの経験を現場で積ませていただくことができた。事務局長という立場でプロジェクトを企画し、実際の現場でそれを実施することができた。中学生の頃から思い描いていた女性の自立支援施策を社会人になった後に、現場で積むことができた意味は本当に大きい。当初は、青年女性の職業訓練、自立支援策が負の貧困連鎖を止める有効な手段だと思い、約1年半以上取り組み続けてきた。しかし現場では、問題は次から次に起きてきて、上手くいかないことの方が多い。こちらがどんなにサポートしたいと思っていても、それが伝わらずに工房を出て行ってしまう子もいる。そんな時に私にとって大切だったのは、「この一人一人の笑顔を守っていきたい」という想いを強くすることができたことだ。今まで漠然と女性のサポートをする仕事をしたいと思っていたが、よりリアルに感じられるようになった。目の前に起きている現状をしっかりと見つめ、課題の分析を行い、多くの人の協力とサポートを得ながら、私は今後も「困難に直面する世界中の女性が、自信をもって自分らしく生きることのできる社会の形成」を目指して活動を続けていきたい。

◆注釈

(注[1])謝秀麗(1990)『花嫁を焼かないで―インドの花嫁持参金殺人が問いかけるもの』明石書店

(注[2])ASTI(Acid Survivors Trust International)ホームページ(2019年6月22日確認)https://www.acidviolence.org/index.html

(注[3]) World Bank Group「Missed Opportunities : The High Cost of Not Educating Girls」

https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/29956   (2019年6月22日確認)

(注[4]) ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド(2019年)
『FACT FULNESS-10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣-』日経BP社

(注[5])西水美恵子(2009)『国をつくるという仕事』英治出版

(注[6])西水美恵子(2016)『私たちの国づくりへ』英治出版

(注[7])西水美恵子(2016)『私たちの国づくりへ』英治出版 P172

(注[8]) World Economic Forum「The Global Gender Gap Report 2018」(2019年6月22日確認)

http://reports.weforum.org/global-gender-gap-report-2018/data-explorer/#economy=JPN

(注[9]) International Justice Mission(IJM) 「Transformation:Cambodia」(2019年7月22日確認)

https://www.ijm.org/transformcambodia/

(注[10]) 日本ファンドレイジング協会が2010年から人々に感動と笑顔を与えたファンドレイジングを行った団体を顕彰している。

(注[11])認定NPO法人かものはしプロジェクト 2018年度年次報告書・財務 (2019年7月22日確認)

https://www.kamonohashi-project.net/wp/wp-content/themes/kamo/pdf/annual_report_2018.pdf

(注[12])NGOデータブック2016 【図表 5-2-1】NGO の総収入割合の経年変化(2019年7月22日確認)

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000150460.pdf

(注[13])2015年11月12日に世界保健機関(WHO)、ユニセフ、国連人口基金(UNFPA)、世界銀行、国連人口部により、『妊産婦死亡の動向:1990-2015(Trends in Maternal Mortality:1990 to 2015)』が発表された。

(注[14])外務省 ラオス人民民主共和国(Lao People’s Democratic Republic)基礎データ(2019年7月22日確認)

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/laos/data.html

(注[15])アジア開発銀行 「Poverty in Asia and the Pacific: An Update (No. 267)」(2019年7月22日確認)

https://www.adb.org/sites/default/files/publication/29051/economics-wp267.pdf

(注[16])UXO Lao Visitors Centre ホームページ(2019年7月22日確認)

https://www.luangprabang-laos.com/Visit-UXO-Laos-center

(注[17])厚生労働省「ポリオとポリオワクチンの基礎知識」(2019年7月22日確認)

https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/polio/qa.html

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