論考

Thesis

超高齢地方都市・福山市の移職住-和をもって地方創生となす-

今までの活動とこれからのビジョンを述べた総括レポートです。

はじめに

第一章 福山市の目指すべき都市像

第二章 福山市の解決すべき課題

第三章 移職住による定住促進

おわりに

はじめに

 故郷の広島県福山市は、広島県の東部に位置し、市の東側は岡山県と接している。瀬戸内海の東西の潮の流れがちょうどぶつかるのが、生まれ育ったまちである福山市鞆町の沖合であり、タイやサヨリ、ネブト(テンジクダイの別名)など魚が多く集まる場所である。人口は約46万人、面積は約518平方キロメートルで、広島県で広島市に次ぐ第二の都市である。鉄鋼業を中心産業とし、隣接する広島県尾道市や府中市、岡山県井原市、笠岡市などを含めた備後都市圏の中核を担っている。

 福山市に関し、危惧していることは、福山市の人口減少と超高齢化による産業衰退、地域共同体の希薄化である。合計特殊出生率は全国平均より高い約1.7の数値(注1)であるものの、人口動態は社会減、自然減である。高校の数は国公私立を合わせて20校と充実しており、高校卒業まで福山市で過ごす若者が多いものの、その多くが大学進学、就職を機に他市に移ってしまう。私も例外ではなく、大学は福岡県、就職は神奈川県だった。一方で、鉄鋼業や造船業が盛んなので、その産業は、多くの外国人の労働力に支えられている。

 人口は、福山駅に近い地域では微増しているが、周辺部においては著しい減少が進行しでいる。人口が減少しはじめ、大型店が次々に撤退している。2019年に入ってからも、中・四国唯一で最西端の店舗であったイトーヨーカドー福山店が閉店し、大きな反響を呼んだ。このまま人口減少と超高齢化を放置した場合、福山市の消滅可能性はいっそう高まり、備後都市圏全体の衰退、消滅は避けられない。鞆町では人口がピーク時の三分の一以下(注2)となり、小学校と中学校はそれぞれ独立したものであったが、2019年に一貫校として再スタートせざるを得なくなった。

 福山市には計画として「コンパクトシティ」(注3)構想があるが、周辺部での人口減少への対策も進めなければならない。藤田雄山・前広島県知事が「人が住んでこその鞆のまち」とおっしゃられた(注4)ことがあるが、鞆町だけではなく他の周辺地域にも当てはまることである。誰しも自分の故郷は失いたくない。穏やかな海や、雄大な山があり、地域ごとに多様性があってこその福山だ。ただ単に、中心部にマンションやアパートが増えて、数字の上で人口減少や高齢化に歯止めがかかったとしても、多くの周辺地域が無人になってしまったのでは、福山市とは呼べないのではないか。

 住民にとっては、市全体の人口の増減以上に、居住している地域の人口の増減が重要である。地域共同体の存続がかかっているからだ。私は自己紹介をするときには多くの場合、「広島県福山市鞆町の出身です。現在は南本庄に住んでいます」と言う。自分が育った地域、住んでいる地域に愛着があり、まちの人々を愛しているからである。私は福山市民である以前に地域共同体の一員として生きている。お祭りや地域の行事など、福山市の多様性を支える事柄の多く、つまり地域の伝統や文化は、それぞれの地域でその土地の人々が育み守ってきたものである。そしてともに協力し合って地域での活動を行ってきたからこそ連帯意識、絆が生まれているのだ。地域の行事に顔を出していない人や、近所で見かけなくなった人がいると、「あの人、元気かな。どこか具合でも悪いのかな」と互いに気にかけ、困りごとがあれば助け合ってきているのだ。私自身にもそういった経験がある。小学生の時の授業参観日に、両親が仕事の都合で来られなかったことがあった。祖父母を早くに亡くしていたので近くに親戚もいない。私は同級生の親たちが続々と教室の後方へ入ってくる中で気が滅入っていた。しかしながら、私の家の隣に住んでいる親戚でないおじさんが来てくれたのだ。仕事の都合もあっただろうに、なんとか時間をやりくりしてきてくれた作業着のおじさんは、ニコニコと笑って後ろで見ていた。私は両親が来た時以上に嬉しかった。近所のおじさん、おばさんは忙しい両親に代わってよく面倒を見てくれた。時には叱ってくれることもあり、時には褒めてくれることもあり、大学受験に合格した時は両親以上に喜んでくれた。地域共同体の輪が強いと、決して孤独などにはならないと確信している。

 ここまで地域の人に良くしてもらったのは、私に特別な社交性があったからではない。寧ろ恥ずかしがり屋で、自分から懐いていくような性格ではなかった。野球が好きなので、中高生のとき、地域のおじさんたちに混じって草野球をしていたくらいで、お祭りのときもちょっと顔を出す程度で、あまり輪に入らないような子どもだった。

 自分の部屋と同じように、あるいは学校のときと同じように、地域の掃除をする。「こんにちは!」と挨拶をして他愛のない会話をする。友人たちも、草野球が好きなら草野球、釣りが好きなら釣りでもいいから好きなことを好きな人とやる。自分が能動的にならなくても、地域の人たちが自分を誘って、連れ出してくれるから、特に何かしなくてはいけないというプレッシャーもなかった。

 行事ごとで中心的な役割を担い、地域の役員を引き受け、会合に出席することだけが地域に生きるということではない。話し相手や遊び相手になって、自分もそれを楽しむ。小学校や中学校の休み時間のように、気の合う人を見つけて楽しく過ごすことが地域で生きるということなのだ。

 学校でのいじめ、職場でのハラスメント、家庭の中の諸問題が起きたときに、国や地方の行政、法律はそのすべてをカバーできるわけがない。私は、引きこもりの当事者の方の支援をしている活動に参加しているが、学校や職場での問題、家庭での問題ならなおさら、第三者が手を差し伸べなければ、前へ進めないということを思い知った。家族だからこそ打ち明けられない悩みもあるし、家族だからこそ当事者に言ってあげられないこともある。第三者が悩みを聞き、当事者に有益な情報を伝える。そして当事者同士で交流して情報交換をする。良いお節介を焼いてくれる人が、孤独から救ってくれる。

 共に悩み、共に喜んでくれる人たちが地域にいることで、不安が軽減され、安心を手に入れることができる。福山市の歴史や多彩な文化が誇りであるだけならば、私はここまで福山市について真剣に考えることもなかったろう。私が守りたいのは、住んでいる人たちの絆であり、笑顔なのだ。

第一章 福山市の目指すべき都市像  

 福山市は、前章でも述べたように、山があれば海もあり、工場地帯があれば高層マンションや商店街もあるといった地方都市である。市域だけでも十分広大なのだが、経済圏も含めれば更にその範囲も広がる。地域ごとの営みも多様である。そのような暮らしの中でも、やはりどの地域にも共同体がある。町内会の活動であったり、商店街の活動であったり、企業内での活動であったり、主体は違うだろうが、地域に根差して生きていることを感じられる活動がある。福山市が経済的にさらに豊かになって大きな企業や有名ブランド店を誘致できたとしても、大都会の便利さ、豊かさ、オシャレさには肩を並べられないだろう。しかし、人と心を通わせる輪や絆は、孤独でありたくないという人間の根源的な願いに通じるものである。それらは、便利さや物質的な豊かさからは得にくいものである。だから、「住みやすさ」ではなく「住み心地」ならば、福山市など地方都市も大都会に対しても勝算がある。物質的な豊かさには飽きが来るし、モノならばインターネットを通じて全国どこでも手に入れることができる。満員電車に揺られて高い家賃を払わなければならない大都会に住むよりも、「車さえあれば」移動も楽で、気心の知れた友人やご近所さんと和やかな時を過ごせる地方都市に住むほうが幸福ではないだろうか。

 「車さえあれば」というところが味噌である。高齢になると自動車の運転が困難になり、移動の不便がつきまとう。福山市は多くの地方都市にみられるように自家用車での移動が主であり、バスなどの公共交通機関の便があまり芳しくない(注5)。自動車を運転できる若いうちほど地方都市に住み、高齢になってから公共交通機関が整備された都会へ出るほうが楽なはずだ。ただ、自動車は購入や維持にコストがかかる(注6)。学校を卒業して就職するときの初期費用を考えると公共交通機関が発達した都会でアパートを借りた方が現実的かもしれない。もし、「自動車が無料に近い形で支給され、住むところも一軒屋を安く貸し出す地方都市」があれば、初期費用も家賃も気にせずに新生活をスタートさせることができる。

 私は、活動の拠点を神奈川県にある松下政経塾から福山に移した時に、自動車を保有していなかった。そして実家を離れて新しい住処を探す必要があった。新参者として福山に移住してくる方、あるいは大学は他地方へ出て、就職で帰ってくる方のような立場にあったのだ。幸運なことに母から車を譲ってもらえ、アパートも希望通りの家賃で借りることもできた。もし、自分で車を購入せねばならず、アパートが希望通りの家賃で見つからなかった場合、私は活動の拠点を移すことができただろうか。ローンを組むなどして資金を調達しなければ難しかっただろう。いまだ大学時の奨学金を返済中であり、ローンを組む余裕はあまりなかったので現実にはどうなっていたかは分からない。福山で活動するという特別な意欲があったからどうやっても福山に住もうと思っていたが、もしどの地方に住むかをフラットな目線で考えて、福山に特別な思い入れがなかったとしたら、福山を選ぶことはなかったのではないか。移動の手段と住処がかなり低コストで手に入れられるとしたら、まず住むところとして福山に興味を持ち、福山で働ける企業がないかと探す気になる。そして、もし福山で生まれ育った身だとすると、より一層福山で一生過ごそうと思うだろう。

 若者にとって福山が住みやすくなり、福山で働いて、結婚して子どもを産んでくれれば、市の税収も安定して増える。増加分を移動が困難になった高齢者のための移動や福祉に充てれば、福山での生活は、生涯、困難でなくなる。そして、若い世代が空き家の多い周辺部に住むようになれば、地域共同体も若返り、活発化し、より強い形で存続できるはずだ。

 福山を住処として選んでもらうためのメリットとして、相応のアミューズメント施設が揃っていて、自然を生かしたレジャーを楽しめ、新幹線のぞみがとまる駅があり、地域共同体の中で役割を担い、孤独を感じずに生活できるということなどを挙げることができる。一方で、デメリットとしては、周辺部に家や部屋を借りるとなると自動車を持っていなければ、市域が広大であるため移動に困難が生じ、メリットで述べたアミューズメントやレジャーなどが十分に楽しめないということがある。

 移動の自由が確保できると、映画にボウリング、食事、買い物も、満員電車に乗ることなく、楽しみたいときに楽しめる。高齢者が多くなった地域では地域共同体の担い手として期待され、愛情を注がれる。結婚して子どもが授かったら、子どもともどもなお一層可愛がられ、子育てがしやすくなる。若者が増えて地域共同体を盛り上げていけば、より若者が入ってきやすくなり、労働人口が増えて税収も増え、高齢者の福祉も充実する。このような好循環が続けば、福山市は広島市を抜いて広島県第一位のまちになれるかもしれない。また、他の地方都市の手本となって、日本全国の少子化を食い止め、国際的にも競争力がつくだろう。

 福山が目指すべき都市像は、移動に困難のない若者が住みやすい周辺部とコンパクトにまとまった高齢者の利用しやすい中心部を併せ持つ「ちょっとお節介なまち」である。「ちょっとお節介」というのは、「あれをやりなさい、これをやりなさい」、「休みの日は暇なのだろうから手伝いなさい」というのではなく、「今度こういう遊び、行事をするのだけど一緒に行きませんか」、「あら、お久しぶり。今日はお出かけ日和だね」などと、声をかけることである。こうして、誰もが、顔なじみで級友のようにコミュニケーションを取れる関係を構築するのだ。他人同士が、仕事や学校以外で関係を築くことは、個人を大事にする現代社会において、少しばかりお節介で、ともすれば不要なことだと思われるかもしれない。しかしながら、自分のやりたいことは自分だけでできることとは限らないし、孤独・孤立という救いのない状況を生じさせないためには必要である。

第二章 福山市の解決すべき課題  

 福山市は、市域が広大で公共交通機関では移動できる範囲は限られており、運賃も安くはない(注7)。90歳になり、頭脳明晰であっても、自分で自動車を運転できず、長い距離を歩くこともできないようになったらと想像すると、非常に不安になる。友人宅に行くにもバス停まで歩いていくのは大変だろうし、タクシーを呼んでいては出費がかさんでしまう。高齢者が増え続け、福祉サービスの供給が追い付かない事態になり、子どもたちが都会に出てしまっていたら、私の面倒は誰が見るのだろうか。

 若い時分はどこにでも行けて、友人と会って食事をして、遊ぶこともできたが、高齢になってしまうと移動範囲は極端に狭くなり、誰かと会ってお喋りをすることもなくなってしまうのではないだろうか。

 寿命が延び、百歳まで生きることが当たり前になる「人生百年時代」はもうすぐそこまで来ている。健康寿命が延びて、足腰が多少弱くなっても脳は元気で誰かと話し、活動したいと欲しているのにもかかわらず、どこかへ行こうにも行ける場所が限られている。主な移動が自動車である地方都市の福山でこのような思いになるのならば、すぐそこにある地下鉄や、行き先が豊富で安価なバスに乗ってどこへでも行ける都会に住んでいたいと思うのではないだろうか。

 若者に車が必要だと述べたように、高齢者にも移動の手段は必要である。高齢になると自動車の有無に関わらず、誰かにどこかに連れて行ってもらわなければならない。日中であれば、家族は仕事に出ているかもしれないし、ご近所の方も都合がある。夜間もそれぞれ都合があって送り迎えとなると誰かに無償で頼むことは困難である。公共交通機関も、バス停が遠かったり、便の数が限られていたり、運賃が高くて頻繁に利用することができない。どれだけ地域の人が優しく、家を訪問してくれるといっても自分が行きたいところに行けないというのは辛いだろう。

 もし、バス停まで楽に移動できて、バスの料金も安価であれば週に一度にしていた外出も週に三度にできるかもしれない。今までの移動にかかったコストを考えるとタクシーを使ってバスを使うと行きづらいところまで行けるようになるかもしれない。地方に住む上で幸福感を持て、孤独にならないことが都会での生活に対抗できることだということは前に述べたが、高齢になるにつれ都会での移動の容易さに押される形となっている。

 地方で、バスが利用しづらくなっている背景には、利用者がもともと少なく、運賃で運営をしていくためには、客一人あたりの単価を高く設定しなければならないことにある。さらに運転手の給与や燃料費などを勘案すると大勢を輸送することのできないバスは非効率である。

 もし、バスを始発から終着まで運行するのにかかるコストが1万円だとすると、乗客が20人だとして一人500円必要である。もしコストが1千円であるならば50円で済む。もし、運賃を安く抑えることができれば、利用者が増えて一人あたり20円や10円で済むかもしれない。運行コストが下がれば運賃が安くなり、さらに利用客が増える可能性がある。物資を極限まで安価にして多くの人に行き渡らせるということは、松下幸之助塾主の水道哲学に通じるものがある。ではどうやって運行コストを下げるのか。

 それは完全自動運転化である。完全自動運転にすることによって、運転手にかかるコストを割愛できる。運転手は、毎日同じ時間勤務しているわけでなく、当然休日があり、勤務日にも休憩時間がある。免許の取得費用をも会社が負担せざるを得ない場合もある。一台一台に搭載する自動運転装置の導入コストは初期費用として高くつくかもしれない。だが、運転手の実働時間・バスの運行時間と支払われる対価を考えると、一つのシステムで運行する車両を管理できる完全自動運転システムは、長い目で見ると安価になる可能性が大である。

 完全自動運転のもう一つのメリットは人手不足の解消である。バスの運転手は乗客を乗せている以上、絶対に交通事故を起こしてはいけないというプレッシャーの中で慎重な運転を求められているが、給与の額は、生命をあすかっている職業にしては、決して高いとは言えない。そのためかバスの運転手は恒常的に不足している。運転手が少なくなれば、当然減便せざるを得なくなり、減便した分運賃を上げなければならず、使い勝手が悪くなれば、利用者も減ってしまうという負のスパイラルに陥ってしまう。この負のスパイラルは、完全自動運転になれば解消できる。

 福山市の路線バスの運営に関しては、市民の税金も使われている。2018年のデータでは、1億5千万円近い補助金が使われている(注8)。年々膨れあがる補助金を見るに、これから人口減少が進み利用者がさらに減れば、補助金は際限ないことになる。補助金は、すべからく赤字補填ではなく、赤字を生まず、市民が利用しやすくなるための投資として使うことが望ましい。現状のままでは、どれだけ税金を投入しても戻ってくることはないが、自動運転などの新技術による低コスト化が実現すれば、バス会社も黒字化できるし、さらに高齢者を中心に移動が容易になることによる経済効果などで市に税として還ってくる可能性がある。路線バスの自動運転技術は、公道での実証実験での結果(注9)を考えると、まだまだ改善の余地があり、特に完全自動運転バスの導入についてはまだ先になりそうだ。しかし、その時に備えて、補助金の一部をプールすべきではないか。

 また、バス停までの道については、グリーンスローモビリティというゴルフカートくらいの大きさの乗合いの電気自動車を利用するという手もある。これは福山市鞆町で全国に先駆けて実証実験が行われている。移動速度20キロ未満とゆっくりと、地域を循環して5人程度の乗客を乗せて運行するものである。車体が小さいので狭隘道路でも進めるという利点があり、二酸化炭素を排出しないので環境にも優しい。福山市にあるアサヒタクシー㈱が現在事業を行っている(注10)。生活者と観光客の両方の利用が可能である。

 現在は運転手が運転する形となっているが、もしこれが自動運転となり何台も地域に配備できるとしたら、自分の出かけたい時間に呼び出してバス停や病院、集会所まで運んでもらえる。タクシーと同じ金額で現在は運行しているが、バスと同様に運転手のコストが削減されて安価になる可能性は高い。

バスとグリーンスローモビリティの完全自動運転化を導入することによって、非常に安価で便利に移動ができるようになれば、高齢者、あるいは歩くことに困難のある方々が孤立せず、人生を楽しむことができるようになる。

第三章 移職住による定住促進  

 高齢者は自動車に乗れなくなり、若者は自動車が高価で手に入れられない。自動車が主な移動手段である福山市では、高齢者も若者も周辺部で生活することはきわめて困難である。自動車を手放さざるを得なくなった高齢者と、自動車での生活をこれから始める若者とで、自動車を融通することが可能であれば、この問題は解決するのではないだろうか。

 たとえば、高齢のOさんと、福山市に移住したい若者のYさんがいるとする。Oさんは免許を返納して自動車を持て余しているので、自動車を必要としている人に売りたい。Yさんはこれから就職をするのであまりお金を持っていない。そこで福山市がOさんから自動車を買い取り、Yさんに無償で貸与する。Yさんはこれから福山市で生活をするので福山市に税金を納める納税者になる。数年経ったら貸与していた自動車はYさんのものになる。Oさんは免許返納制度でタクシーの割引などが受けられるが、自動車をYさんに融通したことで貢献をしているので更にサービスを付加する。

 このように自動車を融通し合うことによって、高齢者はよりサービスを受けやすくなり、若者は福山市に低コストで移住できるようになり、福山市は納税者を獲得でき、地域においては共同体を持続するエネルギーを得ることになる。高齢者、若者、市、地域の四方よしの構図になるのではないだろうか。さらに空き家を若者に提供すれば、地域の空き家問題も解消に向かうだろう。衣食住ならぬ、移職住(移動の自由が守られ、職について納税者になり、地域に根差して住む)である。移職住システムと名付けることにする。

 移職住システムの良いところは、このシステムの導入をきっかけに免許を返納する高齢者が増えるかもしれないというところだ。免許の自主返納を考えたキッカケのうち、視力や身体能力の衰えを感じたが非常に多い(注11)。衰えを急激には感じることはないだろうから、想像するに、運転中、事故にいたらないまでも、“ヒヤリ! ハット!”があったからではないだろうか。いずれにしても、自主返納を検討するキッカケが増えることは望ましい。

 システムを稼働させるには、検討課題は多々ありそうだ。まずは、定住希望者に渡すまでの車両の保管方法である。Oさんが自主返納を済ませて、車を融通しても良いという申告が市にあったときから市が保管するとなると、非常に多くの車を保管しなければならない。さらに、その車とマッチングする定住希望者がいなかった場合、管理費が嵩さんでしまう。Oさんが申告後も、マッチングするまではOさんの管理とすると、Oさんに不要な費用がかかってしまう。以上を踏まえると、Oさんは「この車で良かったら融通してもいい」という事前申告をして、マッチングすればその後に自主返納と、移職住システムの本手続きに入るという方法がよいだろう。マッチングに時間を要する場合は、自主返納の上、売却をすればよい。

 他にも議論・検討すべき課題がある。たとえば、車両価格の査定、貸与から譲渡にする期間、既定日数未満に転居する場合、事故を起こした場合などである。保険や維持費の負担はどうするのか。また、従来から福山市に住んでいた若者と新規に移住してきた若者への対応は同様であってよいのか。

 まずは、このシステムの原案を提示し、種々の角度・多方面から検討すべきである。衆知を集めれば、精度が高く、使い勝手のよい制度になるだろう。

おわりに

 福山市における地方創生を一言で表すと、「移動の困難を抱える若者と高齢者のミスマッチを解消し、孤独を生まない地域共同体を生かしながら定住者を増やすこと」である。自分自身の体験や周囲の声などを踏まえると、福山を一度出てみて後の人生を考えたときに、友人や両親、ご近所さんの顔を思い浮かべて福山で暮らしたいと思うというパターンが非常に多い。やはり私は、生まれ育った地域、福山のまちに育てられた福山人であるのだとそう思うのだ。

 地域共同体も簡単にいえば、自分に人格や知識や誇りを授けてくれた学校、あるいは母体というようなもので、なくてはならないものであり、これからは自分たちが守っていかなければならないものである。昔と違って、ライフスタイルは多様化して選択肢も多い中で、都会での生活や、他の地域での生活を優先するということが増えてしまうことは仕方のないことである。しかしながら、それは都会生活の本質や地方都市での生活の本質を本当に理解して選ばれているかというとそうではないかもしれない。どんな暮らしを選ぶにしても「こんなはずではなかった」と思ってしまうことはあるだろう。選択をするときにメリット、デメリットは必ず存在する。

 ただ、政治家やリーダーと言われる人は、自分が正しい、良いと信じることを真剣に追求し、人々と共にその道を拓いて歩む人である。私は、地域共同体のある福山の持つ、孤独にさせない心の豊かさや、備後都市圏の中核としての物質的な豊かさの両面を信じ、このまちの発展が、日本中のまちに勇気と希望を与えることになることを信じている。

 私は、「移職住システム」を福山に取り入れ、誰しもが移動に不自由がなく、人間本来の孤独になりたくない気持ち、誰かと繋がって調和して生きていたいという心を満足させる福山のまちを守っていきたい。

 

(注1) 福山市人口動態統計2017年 福山市HPより: https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/hokenshosomu/12009.html (2019年7月30日閲覧)

(注2) 鞆町の現状 福山市HPより:

https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/uploaded/attachment/97403.pdf (2019年7月30日閲覧)

(注3) 福山市都市マスタープラン 福山市HPより: https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/toshikeikaku/2146.html (2019年7月30日閲覧)

(注4) 中国新聞備後版2008年10月21日 13面「鞆架橋『学者の意見必要ない』知事事業推進へ強い意欲」より

(注5) 統計ふくやま2018年度版、運輸・通信-バス運輸状況より: http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/uploaded/attachment/132971.pdf (2019年7月30日閲覧)

(注6) 中古車購入単価平均は120.9万円-カーセンサー中古車購入実態調査2017より: http://www.recruit-mp.co.jp/news/180516_01.pdf  (2019年7月30日閲覧)

(注7) 筆者が高校通学にほぼ毎日利用していた鞆鉄バス鞆線、「鞆の浦」、「福山駅」間が往復1020円(2008年から2011年当時のもの。現在は往復で1040円)

(注8) 平成30年度福山市予算参考資料51ページより

(注9) 日経クロステック2018年9月7日「江の島の公道で自動運転バス実証」: https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35098510X00C18A9000000/ (2019年7月30日閲覧)

(注10) 産経新聞備後版2019年4月18日 25面「潮待ちタクシー福山で導入」

(注11) シニアコム「高齢者の自動車運転に関するアンケート」 https://www.seniorcom.jp/regulars/view/330 (2019年7月30日閲覧)

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荒玉賢佑の論考

Thesis

Kensuke Aratama

荒玉賢佑

第38期

荒玉 賢佑

あらたま・けんすけ

広島県福山市議/無所属

Mission

地域コミュニティの活性化から福山市の持続可能性を高める

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