Thesis
本年、令和7年は昭和100年目の節目の年である。この100年の間、日本は軍の肥大化による戦争の道を歩んだ時期を経て、戦後は自由民主主義国家として生まれ変わり、一時は世界2位の経済大国と言われるまでに復興、先進国として世界をリードするまでに成長した。しかしながら、足元の日本は「失われた30年」という言葉に代表されるように、国全体の勢いが停滞気味ではなかろうか。
経済成長の観点で見れば、過去30年の日本経済は、海外投資(中国という世界的に安価な供給力活用)と非正規活用(非労働力だった女性・高齢者を非正規という安価な労働力として活用)の増加等により、国内への投資・資金還流が減少し、実質賃金は停滞、結果としてGDP推移は横ばいとなり、他国に後塵を拝している。その背景には、人口問題(都市一極集中と地方過疎化の加速、少子高齢化の進展)や前例踏襲の経済運営・企業運営(安定はするが成長はない)といった課題が挙げられる。
松下幸之助塾主(以降、塾主)もすでに半世紀以上前に、上記のような課題が今後更に顕在化・深刻化するということを見越した上で、それらを抜本的に解決する国家ビジョンの一つとして「廃県置州」を掲げていた。本レポートでは、この廃県置州を読み解き、そこから現代日本の処方箋となるポイントを押さえつつ国家ビジョンを提言したい。
ここで、改めて廃県置州について説明したい。廃県置州は今から半世紀以上前の1968年に出版された、『PHP』誌7月号の「日本の繁栄譜」の中で塾主が提言した国家ビジョンである[1]。この廃県置州はいわば「道州制」と同義であり、塾主の構想としては、現在の都道府県制を廃止し、全国を10程度の新たな州に分け(分け方は①都道府県集約方式、②新境界設定方式)、これらの州に国内政治の主体を置くようにするというものである。具体的には、中央政府の仕事を大幅に各州の政庁に移譲し、徴税も全て州が行い、中央政府は日本全体に共通する国防や外交、治安や教育行政、あるいは基本的な国土建設といった事象を担当する。それにより、現在の日本の実質的に中央集権的な色彩の強い政治制度を根本的に改め、各州が自主性に基づいて日々の政治活動を営むようになる、というものである[2]。
当初、塾主は府県を集めた広域行政で道州制を捉えていたが(廃県置州)、1969年の日刊工業新聞のインタビューでは、県という行政区域は簡素化して存置する「置州簡県」という考えで道州制を捉える形に変化した。具体的には、中央政府と県を簡素化し、その簡素化した両方の仕事を州が担い、かつ政治の主体を州に置くことで首都を作り、あたかも独立と同じような状態を州に取らせるというものである[3][4]この考えの変化に至った背景として、塾主の北海道訪問のエピソードが挙げられる。塾主は北海道を訪問しながら、同じく緯度が北にあり、人口規模も近しい北欧諸国の発展・進歩を引き合いに出し、もし北海道が北欧諸国のように独立国として国家経営を営んでいれば、より一層の発展、繁栄の姿が生まれたのではないかと感じたと述べている[5]。この廃県置州と置州簡県は、県を置くか置かないかという意味では、確かに異なる考えではあるが、それ以前に「中央政府から地方へ権限を移譲し、州を政治の主体にする(地方分権)」という根底部分は共通していることが分かる。
塾主がこの廃県置州を掲げた背景には、大きく2つの問題意識が挙げられる。1つ目は、都道府県制度の硬直化である。現在の都道府県制度は、明治期から現代に至るまで大きく変化していないのだが、塾主はこの硬直化した制度を、様々な側面で進化・発展した現社会の実情に即応した、より経済性の高いものに改変させていくことが、国家国民の繁栄、発展のために極めて大事であり、絶えず検討を加え、刻々に修正を加えていかなければ、どんどん時代に合わないものになってしまうと述べた[6]。2つ目の問題意識は、過疎過密である。1968年当時、塾主は高知県で過疎の現状を、一方、都市部では人口が集中することによる、住宅難・交通問題・青少年犯罪等のプラス面よりマイナス面が多くなりつつあるという、過密と過疎の現状をそれぞれ目の当たりにする。そして、このアンバランスな日本の状態を、塾主は北海道を船首とした「日本丸」という船が右舷に傾きつつあると表現し、このままいけば転覆、沈没もしかねないありさまだと考えられると述べた[7]。
とはいえ、塾主もこの廃県置州が一朝一夕に成し遂げられるものではないことを認識しており、制度実装するためには、「リーダーの強い意志と決断実行」、「財界がイニシアチブを取る」、「国民の理解・協力の醸成」等が必要であると述べた[8][9][10]。
そして廃県置州が成し遂げられた暁には、日本各地方に首都がいくつもできることで、東京に行く必要も殆どなくなり、日本の人口は適度に各州へ、すなわち全国へ分散することとなる。また、今日の都道府県よりもずっと高い独立性を持った州ができ、日本全体としての統一をとりつつ、各州がそれぞれ独自の政治、経済、その他社会各面の活動を行う姿から、必ずや国家国民全体の繁栄、発展が生まれ、高まっていくに違いないと思うと塾主は述べた[11]。
前章までに述べた通り、塾主が廃県置州を掲げた背景には、都道府県制度の硬直化と過疎過密に対する問題意識があり、前者については現在も特に変化はないが、後者については、塾主の提言から半世紀以上経った現在はどうだろうか。現況を見ていきたいと思う。
令和2年国勢調査によると、我が国の全体人口は1億2,614万6千人(平成27年比0.7%減)と減少傾向にあるが、うち上位8都道府県(東京、神奈川、大阪、愛知、埼玉、千葉、兵庫、北海道)の人口を合わせると6,398万4千人で、全国の半数以上を占め、特に、東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)の人口は3,691万4千人と全国の約3割の人口が集中している。1970年代に東京圏人口が2,411万人だったことを踏まえると、半世紀経った今でも都市部への人口集中には歯止めが効いていないことが分かる。また、都市部の人口増に対し、全国39道府県では人口減少、うち33道府県で減少幅が拡大しており、都市部と地方の格差はみるみる拡大していく一方である[12][13]。つまり、現在の日本全体の人口は、塾主の提言当時と異なり減少しているが、都市部への人口集中については更に拡大しており、過疎過密は加速の一途を辿っている。「日本丸」の傾きは日に日に増しているのだ。
以上のような現状の背景には、塾主が述べているように、政治・経済等の中枢が日本唯一の首都である東京に集中し、東京圏への人口流入が加速していることが挙げられる。言い換えれば、日本社会・経済活動の多くを主導する中央官庁が霞ヶ関に集中していて、そこに全国各地の企業・人が情報を求めに来ているということである。私は、この中央集権体制を根本から変革することのできる政策として、廃県置州は意義あるものと考える。そこで、次章以降では、塾主にとっては廃県置州とほぼ同義である道州制に議論を拡張し、これまで一般的になされてきた道州制に関する議論の中身と、目下道州制を取り巻く課題について述べ、それをふまえて国家ビジョン提言に繋げていきたい。
道州制の確定した定義はないが、一般的には「現在の都道府県を廃止し、全国に10前後の道州を創設して、国の権限と財源・人材を道州や市町村に大幅に移す」という認識となっている[14][15]。歴史を遡ると、戦前から道州制の議論は行われており、戦前の道州制論は、主として国の行政機関としての道州制論、戦後昭和20年〜30年代になると、戦前と同じく国の行政機関としての道州か、あるいは中間団体(国の行政機関+地方自治体)としての道州が想定されていた。近年は、いわゆる「平成の大合併」と言われるような市町村合併の進展に伴い、再び道州制論議が活発化し、様々な提言がなされるようになった。そして、提言のほとんどは、都道府県に代わる広域自治体としての道州を設置すべきというものに変化している[16]。しかしながら、2018年に当時の岸田内閣が進めた政調改革の一環で、道州制推進本部は廃止され[17]、以後、政府内での道州制に関する積極的な議論はなされておらず、直近でも、今年6月に閣議決定された「地方創生2.0基本構想」において道州制という単語には一切触れられていない[18]。参考までに、道州制推進本部が廃止となる前に出された道州制基本法案(骨子案)には、基本理念として以下7つの事項が記載されている[19]。
(1) 国の役割および機能の改革の方向性を明らかにすること
(2) 中央集権体制を見直し、国と地方の役割分担を踏まえ、
道州及び基礎自治体を中心とする地方 分権体制を構築すること
(3) 国の事務を国家の存立の根幹に関わるもの、国家的危機管理その他
国民の生命、身体及び財産の保護に国の関与が必要なもの、
国民経済の基盤整備に関するもの並びに真に全国的な視点に立って
行わなければならないものに極力限定し、国家機能の集約、
強化を図ること
(4) (3)に規定する事務以外の国の事務については、国から道州へ広く
権限を移譲し、道州は、従来国家機能の一部を担い、
国際競争力を持つ地域経営の主体として構築すること
(5) 基礎自治体は、住民に身近な地方公共団体として、従来の都道府県
及び市町村の権限をおおむね併せ持ち、住民に直接関わる
事務について自ら考え、自ら実践できる地域完結性を有する
主体として構築すること
(6) 国及び地方の組織を簡素化し、国、地方を通じた徹底した
行政改革を行うこと
(7) 東京一極集中を是正し、多様で活力ある地方経済圏を創出し
得るようにすること
つまりは、「国 − 道州 – 基礎自治体」の階層をベースとして、国家存立に関わる事務以外は全て国から道州へ権限移譲し、道州及び基礎自治体中心の地方分権体制を構築し、結果として東京一極集中の是正と、多様で活力ある地方経済圏の創出を目指すという内容となっている。では次に、なぜ道州制の議論が足元停滞しているか、その原因について検証していきたい。
前章で述べたように、この道州制は戦前から議論されているにも関わらず、現在も平行線を辿っている。提言を行う前に、まずはこの原因を明らかにしなければならない。今回は、2013年に全国知事会が取りまとめた資料「道州制に関する基本的考え方」内にある、以下9つの具体的検討課題を参照した[20]。(詳細説明文については一部簡略化したものあり)
(1) 国のあり方及び国・道州・市町村の役割分担
立法府のあり方、中央府省の解体再編、国の出先機関の廃止を含め
た国の組織・機構の具体的なあり方、国が担うべき具体的な
事務事業のあり方をどうするか。また、新たな行政需要が生じた
場合、国、道州、市町村のいずれが担うかについての調整を
どうするか。さらに、国の巨額の債務をどう扱うか等が課題である。
(2) 税財政制度のあり方
自主性・自立性が高く、道州間の大きな財政力格差を
生じさせないような税財政制度のあり方及び道州間の財政調整制度
のあり方をどうするか。
(3) 大都市圏との関係
道州制の下での基礎自治体としての大都市のあり方をどうするか。
特に、大都市地域における特別区の設置に関する法律の成立や
多様な大都市制度の議論を踏まえながら、現行の政令指定都市等の
大都市制度との関係を整理する必要があるのではないか。
また、道州と首都圏をはじめとする大都市圏域との関係
をどう考えるか。
(4) 市町村との関係
市町村の役割はどうあるべきか。また、市町村の行財政基盤をいかに
強化するべきか。特に、その役割を担いきれない小規模町村に
ついて、その事務の補完のあり方をどうするか。
(5) 住民自治などのあり方
住民との距離が遠くなるといった懸念が指摘される道州における
住民自治のあり方をどうするか。その際、郷土への愛着や誇りを
維持する観点も踏まえて検討すべきか。
(6) 首長・議会議員の選出方法
道州の首長の選出は、どのような方法がふさわしいか
(住民の直接選挙、議会において選出等)。また、道州の議会議員の
選出は、どのような制度がふさわしいか(道州単位の比例代表選挙、
道州内をいくつかの選挙区に分割した選挙区選挙等)
(7) 自治立法権の確立
道州が、その担う事務に関して、広範な自治立法権を確立するため
には、どのような課題があるか。国法と道州の自治立法のあるべき
関係をどう保障するか、道州と市町村それぞれの自治立法の関係を
どのように整理すべきか。
(8) 道州の組織・機構のあり方
道州の内部組織のあり方、行政委員会制度及び議会制度のあり方を
どうするか。また、その際、道州の各機能を道州内で地理的に
一極集中させるのか分散させるのか。
(9) 道州制特区及び都道府県を越える広域行政の状況と課題の検証
現在、広域自治体のあり方の検討として、道州制特区推進法に
基づく北海道でのモデル事業、関西広域連合の設立等が
行われている。広域自治体のあり方の一つである道州制の検討に
あたっては、道州制特区における権限移譲の状況、それに伴う
財源移譲の状況、国の関与の変化などについて、
また、関西広域連合等における国の出先機関の原則廃止と
その機能の丸ごと移管の状況と課題についても、併せて
検証を行うべきではないか。
以上の課題を簡潔にまとめると、道州制の導入は単なる行政区分の変更ではなく、「階層・組織構造」、「選挙制度」、「税財政制度」等を一体的にかつ抜本的に解決しなければならないという総合的かつ複合的な課題を抱えていて、一朝一夕に変えられる話ではないことが、道州制議論が先に進まない原因の一つであると言える。とはいえ、このまま守りに入って日本は何も変わらないままでいいのだろうか。昨今のイノベーションの目まぐるしい進化により、世界情勢は日々刻々と変化しているのに対し、日本は過去の成功体験や、目の前の権益に囚われていないだろうか。私は、この状況にメスを入れ日本の大手術を行わなければ、未来日本の子供・孫世代が世界で生き残れないのではという危機感を感じている。そこで、次章以降では、まず本章で述べた道州制の課題を克服するための方策を述べ、その方策を踏まえ、私の郷土である九州地方(九州地方整備局管内の九州7県)で道州制を導入したと仮定した場合、どのような新しい未来像を描けるか、「新郷土創成論・九州版」と題しビジョンを述べたい。
(1)道州制の課題克服
①国のあり方及び国・道州・市町村の役割分担
・従前まで論じられてきた道州制と同様、国は国家の存立に関する
こと(外交・安全保障・マクロ経済政策、年金や医療保険などの
国民基盤サービス等)に機能集中させ、社会実装サービス(産業・
観光・医療・教育・エネルギー・防災・農林水産・物流等)は州で
完結できる水準へ権限と財政を移し(中央府省の出先機関の廃止等を
検討)、住民直結サービス(保健福祉、教育、生活インフラ、
地域交通、都市計画等)は市町村やNPO等が担う階層構造を取る。
・上記に際しては、既存の行政組織や立法組織の再編(や解体)は
不可避であり、中央省庁や国会は非常にスリム化することが
想定される。事務権限の移行については、道州制導入時にスムーズに
行えるよう、事前に自由度拡充(自治体が現に有している
事務権限についての裁量を拡大する)をし、自治体の事務対応能力を
ビルドアップさせる必要があると考える。
・道州の中央機能をどこに置くかについては、物理的要因(施設等)や
地理的要因を鑑みて検討。また、道州内で一極集中が起きないよう、
各地域に「ポリセントリック省庁」を配置し、他地域に対し
比較優位性を持つ分野に焦点を当て、百花繚乱の地域体制を目指す。
・余談にはなるが、ファンの多い全国都道府県対抗のスポーツ大会
(高校野球、サッカー等)については、旧都道府県の扱いを
「〇〇地区」といった形にし、従前と同規模での開催を想定。
②税財政制度のあり方
・「自治の原則」が基本。上述した構造における、「社会実装サービス」
と「住民直結サービス」については、地域の自己決定と自己負担の
原則に基づいて供給されるものとする。各道州・市町村に徴税権を
与え、国におんぶに抱っこの姿勢ではなく、自律的な財政運営を
行えるようにする。自律的な財政運営のためには、
首長のリーダーシップ・経営判断、行政職員の政策立案能力が
求められるため、新たな人事体系・人材育成の検討が必要である。
また、自治の原則においては、住民の自助努力によりサービスが
決まる部分も増えるため、住民の政治参加意欲も自ずと高まる
のではなかろうか。
・地域間格差については、水平財政調整基金(人口・高齢化・
地理コスト等を鑑み配分)にて是正を行う。既存の国ならびに
自治体が背負っている、多額の債務については、既存国債は国管理、
道州は統合地方債(既存地方債の一本化)を引き受ける。
利払いのみ行い、元本返済については道州の資金繰りに余裕が
見えるまでは一時猶予といった対策も考えうる。
③大都市圏との関係
従前までの政令市は「特別自治市」として格上げし、この特別自治市に
府県業務のほとんどを移管する。その上で、国から移譲されてきた
業務等を融合させる形で、道州を成立させる。
④市町村との関係
市町村は①で述べた通り、住民直結サービス(保健福祉、教育、
生活インフラ、地域交通、都市計画等)の役割を担う。事務補完の
方法として、民間(NPO、地域コミュニティ等)への委託や
デジタル活用による遠隔からの支援等が挙げられる。
⑤住民自治などのあり方
・市町村がこれまでの都道府県が担っていた業務を担うこと、加えて、
自治立法権や徴税権も市町村に与えられることで、自律的な
市政運営が必要となり、これまでより格段に住民との協力体制の
構築が必要となる。また、投票、政治との接点、民意反映等の
新たなあり方についても、住民との密なコミュニケーションの中で、
確立していく必要がある。
・上記の体制が構築され、浸透されていくことで、住民達の中に
自分の町は自分達で改善していくという気概が生まれ、
更に住民自治の好循環に繋がることが期待される。
⑥首長・議会議員の選出方法
道州の首長は住民直接選挙(決選投票制)。
道州の議会議員については、比例代表制と小選挙区制の
ハイブリッド型を想定も、単純にこれまでの県の議席数を足すと
規模が大きくなりすぎるため、最終的には定数を削減する方向。
首長・議員の多選は禁止し、しがらみが入らず、適切な民主主義が
行われることを目指す。
⑦自治立法権の確立
・広範な自治立法権を確立するための課題は、
「国法上位意識の根強さ」、「平等性の観点」、
「中央省庁の権益を損なう」、「自治体の人員や財源不足」等
が挙げられる。これらの課題解決に際しては、相当な抵抗が政治家、
官僚、民間等から出てくるであろうから、そこは首相が国民生活・
社会のため、子ども・孫世代のためにという信念を持ち、
大きな決断をすることが必要と思う。
・区分された役割の領域においては、道州ならびに市町村は、
国からも互いにも干渉されず、自律的に条例を
制定できるようにする(地方交付税や補助金は廃止)。
⑧道州の組織・機構のあり方
議会制度について、道州に大きな権限が与えられている以上、
議会のあり方を再検討すべき。事前通告や答弁書といった
形骸化したやりとりではなく、議員と首長が骨のある議論を
する場にし、真剣に議論をするためにも、議会の討議拘束を
外すことや、超党派の委員会等を設置し、知見を深めた上で
議会に臨むといったやり方が考えられる。
道州の各機能については、①で述べた通り。
⑨道州制特区及び都道府県を越える広域行政の状況と課題の検証
道州制特別区域基本方針が初めて策定された2007年比では、
権限移譲した数は確かに増えてはいるが、内容としては分野が
分散していてまとまりがなく、根本的に国から北海道へ行政運営が
移されるようなクリティカルな内容は見受けられない。
道州制モデルに最も近いとされる北海道の状況を踏まえると、
関西広域連合等の進捗状況も同程度のものと考えるのが
妥当ではないだろうか。
(2)九州の新しい未来像「AIE構想 〜農・産・電でアジア先進地域へ〜」
九州地方は、四方を海に囲まれ自然豊か、本州の最西端に位置しアジア圏との距離が近い等、ポテンシャル溢れる地域だ。これらのポテンシャルを最大限活用すべく、私は道州制の導入を踏まえた、九州の新しい未来像「AIE構想 〜農・産・電でアジア先進地域へ〜」を掲げる。まず、この「AIE」には大きく2種類の意味を込めている。
1つ目は「農林水産・産業・電力」の頭文字として、
2つ目は「Asia Innovation Epicenter-アジアのイノベーション中枢」
の意味である。
上述の通り、九州は恵まれた自然環境から育まれる農林水産業が盛んなのは言うまでもないが、昨今、九州を盛り上げている話題といえば、「半導体(産業)」と「再生可能エネルギー(以降、再エネ)による発電」
である。前者については、周知の通り、台湾のTSMCが熊本県菊陽町に進出し、2024年12月から第一工場にて量産開始されている[21]。加えて、つい先日10月1日」にはこちらも熊本県菊池市に三菱電機の
パワー半導体の新工場が完成し、EV向けの販売を想定している[22]。後者については、九州地方は日照時間の長さと積雪の少なさを活かした太陽光発電、活発な火山活動を活かした地熱発電はさることながら、長崎県五島市における日本初の浮体式洋上風力発電や、北九州市での洋上ウインドファーム開発等、「海の力」を活かした電源開発が足元動いており、九州地方の電力供給に占める再エネの割合は25%と全国比率を上回る[23]。
以上のように、九州は「農林水産・半導体・再エネ」が非常に盛んであるが、道州制の導入により更なる発展の可能性があると考える。1つ洋上風力を例で挙げると、洋上風力発電を領海内で行う場合、現在は法定協議会フェーズにおいて、国(経産省、国交省、農水省)、自治体等の複数の利害関係者間での調整が必要となる。しかしながら、道州制を導入すれば、社会実装サービスの項目であるエネルギーについては、道州が権限を持つため、道州と市町村間だけでの調整で済む。このように、道州制を導入することで現行の国の縦割り行政の影響を受けず、地域住民により近い道州が主導する実装可能性の高い事業が、農林水産、半導体事業においても可能となるのではなかろうか。他にも道州制導入で考えられるメリットとして、「許認可や税体系が一本化されて手続負荷が大幅軽減し、事業全体のスピード・スケールが格段に上がる」、「公共事業入札の広域パッケージ化により、スケールメリット、コストダウンにつながる」といったものも挙げられる。また、州独自の権限の下、アジア諸国との玄関口として福岡空港・北九州港湾をハブとし、台湾、韓国、東南アジア等と自由貿易協定を結べば、労働力、資本の移動が自由化され、今よりも更なる経済的発展や、九州が東アジアのイノベーションの中心地となることも、決して夢物語ではないと考える。
まとめると、九州は道州制導入することで、日本全体では弱いとされるエネルギー・農林水産分野が更に発展し地域住民の生活安定に繋がり、加えて、最先端産業の集積地やアジアのイノベーションハブとしての特徴が生まれることで、九州地域の繁栄・発展に資する人、物、金、情報が集い、更に発展の好循環に繋がるという明るい未来が待っているのではなかろうか。今回は九州に的を絞った提言となったが、このように道州制導入により、地域特性を活かした独立性の高い自治体経営を行う州が集うことで、日本全体の繁栄、発展が期待できると強く思うのである。
以上、塾主の国家ビジョン「廃県置州」に基づき、道州制をテーマに私なりの国家ビジョンについて述べてきたが、非常に大まかな構想を並べたものであり、また、専門的見地に立ったものではないため、多々問題があろうかと思う。しかしながら、非常時において抜本的政策を取るために特に大切となるのは、いわゆる国家百年の大計、100年、1000年という長きにわたって、我が国をどのように発展させていくかという構想を打ち出すことではなかろうか。まさに、この国家百年の大計を創り、実践することは、我々塾生の使命であり、時代の流れが早く、先行きが読めない現代社会だからこそ、目の前の事象に囚われない大局的視点も肝要と思う。
私自身、今後も引き続き、道州制に限らず幅広く知見を深め、我が国に存在する全ての地域が個性を生かして輝くことができ、結果としてバランスの取れた豊かな日本社会を作るための方策を創り、実践して参りたい。
[1] 松下幸之助「松下幸之助発言集13巻-報恩の時代」PHP研究所、1991年、P385-P387
[2] 松下幸之助「遺論 繁栄の哲学」PHP研究所、1999年、P122-P124
[3] 松下幸之助「松下幸之助発言集17巻-七〇年代の国つくりと道州制」PHP研究所、1991年、P267-
P268
[4] 松下幸之助「松下幸之助発言集7巻-真実を訴える政治」PHP研究所、1991年、P360-P363
[5] 松下幸之助「遺論 繁栄の哲学」PHP研究所、1999年、P139-P141
[6] 松下幸之助「遺論 繁栄の哲学」PHP研究所、1999年、P120-P122
[7] 松下幸之助「遺論 繁栄の哲学」PHP研究所、1999年、P129-P132
[8] 松下幸之助「遺論 繁栄の哲学」PHP研究所、1999年、P125-P128
[9] 松下幸之助「遺論 繁栄の哲学」PHP研究所、1999年、P144-P145
[10] 松下幸之助「松下幸之助発言集17巻-七〇年代の国つくりと道州制」PHP研究所、1991年、P272-P273
[11] 松下幸之助「遺論 繁栄の哲学」PHP研究所、1999年、P151-P153
[12] 総務省「令和2年国勢調査 人口等基本集計 結果の要約」(参照:2025-10-14)
https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2020/kekka/pdf/summary_01.pdf
[13] 内閣府「戦後の首都圏人口の推移」(参照:2025-10-14)
https://www5.cao.go.jp/j-j/cr/cr11/chr11040101.html
[14] 自由民主党 道州制推進本部「道州制のイメージ」2012年6月19日(参照:2025-10-14)
https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/pdf077_2.pdf
[15] 神奈川県HP「地方分権 − 道州制」(参照:2025-10-14)
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/gz8/dousyusei/top.html
[16] 全国知事会「第4章 広域自治体のあり方 – 特に道州制について」(参照:2025-10-14)
https://www.nga.gr.jp/item/material/files/group/2/8_honpen_1_4.pdf
[17] 産経ニュース「自民政調改革、総裁直属5〜6機関廃止へ 外交戦略や道州制」2018-10-11(参照:2025-10-14)
https://www.sankei.com/article/20181011-3AEMLOUM6VKT5G2RH4AEXQDT5Q/
[18] 内閣官房「地方創生2.0基本構想」2025年6月13日(参照:2025-10-14)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_chihousousei/pdf/20250613_honbun.pdf
[19] 自由民主党 道州制推進本部「道州制基本法案(骨子案)」2012年9月6日(参照:2025-10-14)
https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/pdf077_1.pdf
[20] 全国知事会「道州制に関する基本的考え方」2013年1月23日(参照:2025-10-14)
https://www.nga.gr.jp/item/material/files/group/3/25123dousyuusei dousyuusei.pdf
[21] 熊本銀行法人営業部「TSMC進出に伴う熊本【九州】への波及効果について」2025年1月22日(参照:2025-10-14)
https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2024/naigai202501_5.pdf
[22] 読売新聞オンライン「三菱電機のパワー半導体新工場が熊本県菊池市に完成」2025年10月2日(参照:2025-10-14)
https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20251002-OYTNT50005/
[23] 日経オンライン「九州再エネ率25%、海を舞台に電源開発 国内初の「浸透圧発電」も」2025年9月15日(参照:2025-10-14)
https://www.nikkei.com/nkd/company/article/?DisplayType=1&ba=3&ng=DGXZQOJC08A5U0Y5A900C2000000&scode=9502
・佐々木雄一「近代日本外交史(電子書籍版)」中央公論新社、2022年
・江口克彦「地域主権型道州制」PHP研究所、2007年
・磯崎初仁「立法分権のすすめ 地域の実情に即した課題解決へ」ぎょうせい、2021年
・佐々木信夫「いまこそ脱東京! 高速交通網フリーパス化と州構想」平凡社新書、2021年
・松下幸之助.com「置州簡県」PHP研究所(参照:2025-10-14)
https://konosuke-matsushita.com/proposals/politics/chishukanken.php
・経済産業省「第3次中間整理で提示する 2040年頃に向けたシナリオについて」2024年3月(参照:2025-10-14)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/021_03_00.pdf
・財務省HP「日本の財政を考える−10 経済成長の停滞の要因と課題」(参照:2025-10-14)
https://www.mof.go.jp/zaisei/economy-and-finance/economy-and-finance-02.html
・全国町村議会議長会「道州制の導入には断固反対〜道州制の問題点〜」2014年3月(参照:2025-10-14)
https://www.nactva.gr.jp/html/research/pdf/doshu_system_problem.pdf
・農林水産省「構造−九州農業の特徴−」(参照:2025-10-14)
https://www.maff.go.jp/kyusyu/kikaku/attach/pdf/mirusiru_2024-82.pdf
・九州農政局「統計で見る 九州林業の概要」(参照:2025-10-14)
https://www.maff.go.jp/kyusyu/toukei/hensyu/attach/pdf/kyusyu_gyogyou-67.pdf
・農林水産省「農地をめぐる状況について」2025年9月(参照:2025-10-14)
https://www.maff.go.jp/j/keiei/koukai/attach/pdf/wakariyasu-73.pdf
・環境省「再エネ海域利用法の一部を改正する法律案について」2025年3月13日(参照:2025-10-14)
https://www.env.go.jp/council/content/i_01/000298154.pdf
・首相官邸「道州制特別区基本方針、別表1、別表2、別表3」2021年2月5日一部変更(参照:2025-10-14)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/doushuu/kettei/r030205housin.pdf (基本方針)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/doushuu/kettei/r030205hyou1.pdf (別表1)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/doushuu/kettei/r030205hyou2.pdf (別表2)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/doushuu/kettei/r030205hyou3.pdf (別表3)
Takeshi Ishikura
第46期生
いしくら・たけし
Mission
100年後も生き続ける地方の在り方の探究