論考

Thesis

東アジアの展望:中国、そして日本

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松下政経塾

1997/12/29

新しい年はどんな年になるだろう。ベストセラー『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者で、クリントン政権のアジア政策に影響を与えたハーバード大学教授のエズラ・ヴォーゲル氏が松下政経塾を訪れた。教授に東アジアの見通しについて語ってもらった。

私は1993年から95年まで、アメリカ政府の国家情報委員会(American National Intelligence Council)に属していました。アメリカ政府には情報機関がいくつもあります。まずCIA、それに国防省のDefense Intelligence Agency と呼ばれる国防関係の情報を扱っているところ、それから国務省のIntelligence and Research 。国家情報委員会は、こうした部署から報告されてきた情報と分析にさらに総合的な分析を加えて国務省やホワイトハウスに提出します。そこで私が携わっていたのは東アジアです。

 冷戦後、アジアを安定させる方法をどうするかについては非常に曖昧でした。有事の場合はAPECは動きにくい。ヨーロッパでさえNATOがあってもユーゴスラビアの問題に対応できなかった。ですから実際に何か起きたときには、やはり2国間関係、たとえば日米とか、韓米のような関係に頼ることになります。
 私は日米安保の重要性を認めていて、昨年春、アメリカで日米安保の見直し論が展開されたとき、「国防費の面から見ると、日本と周辺諸国に当てられているのは2%にも満たない。しかし経済面では、93年の統計でも太平洋の貿易のほうが大西洋よりも5割ほど多い。したがってアジアの安定はアメリカにとっても重要で、それには日米安保は欠かせない」と主張しました。第二次大戦以来、同盟関係にある日本とこれからも安定した関係を保つことは、アジア安定の基本要素です。

 中国は1978年以来の改革・開放政策が見事な成功を収めて、急速に経済発展しています。しかし、長く閉ざされていたので、技術面でも情報面でも人材面でも十分な対応がとれていません。新しい技術を導入すると新しい組織や法律制度をつくるのに非常に時間がかかる。さらに利権をめぐって不正が行われる。例えばある政府の官吏が自分で企業を持っていると、外から来た企業に対し公平な態度をとらないことが多い。開放・改革政策のおかげで急速な経済成長を果たし生活水準は高くなったけれど、一方でその急成長に組織や制度や人間が付いていけない。中国はそういう状況です。

 民主主義に関しては、数年前から農村で選挙制度が採られています。共産党は独裁政権は国民が長く支持しないことを理解しています。ただ国が大きく、まだ不安定な要素がたくさんあるので治安にはものすごく気を使っています。ですから、一歩歩いてうまくいけばまたもう一歩、そんな漸進主義になるでしょう。しかし経済成長には知識が必要です。自由に情報が流せないと経済もうまくいかない。問題なのは秩序を維持しながらそれをどう進めるかです。

 次に日本ですが、私は「あなたは20年前に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を書いたけれど間違っていたじゃないですか」と言われることがあります。私はそうは思いません。あの本の中で、私は日本を世界一の経済大国とは言っていません。ただいろいろな点から見て日本はナンバーワンだと書いたのです。教育水準の高さ、犯罪の少なさ、長生きとか健康状態とか、総合的に見て日本は組織として非常にうまくやっていると。今でもそう考えています。

 では日本の問題とは何か。ここでは4つあげます。一つは高度成長時代が終わったという認識に欠けること。日本と4小竜(シンガポール、香港、台湾、韓国)は、だいたい20年間、約10%前後の高成長が続いて、それから低くなった。日本の場合、石油ショック以後5、6%に落ちて現在は他の先進国とそれほど変わらない。台湾、韓国も同じ方向に向いています。2番目はバブル経済の後始末。バブルがはじけたのが90年ごろなのに今だに不良債権とか当時の問題を抱えている。3番目は縄張り意識。官庁だけでなく企業もそうですが、高度成長の時代には非常に前向きで縄張り紛争といったものは激しくなかった。ところが「追いつき追い越せ」が成功して低成長期に入ると自分の利害ばかりを考えるようになった。4番目は新しい仕組みの必要性です。経済成長のためにはいわゆる55年体制というものは必要でした。しかし今はそういうシステムは適切ではない。

 しかし、日本経済が全然駄目だとは思っていません。92年から96年までの成長率を通して見ると日本もアメリカも同じ約11%です。その一方で、85年に1ドル240円だったのが今は120円前後となりました。言い換えれば、日本の輸出にとって国内のコストは倍になって、アメリカの国内のコストは半分になったわけです。それでも日本の輸出はまだものすごく強い。どちらの経済制度が成功したかと言えば、私はアメリカではないと思います。日本にももちろんいろいろ欠点はあります。金融の競争力はそれほど強くありません。けれども経済全体としてみれば、日本はまだしっかりしてる。
 ただ、日本に最も欠けているのは国際政治です。世界の中の役割を十分に果たしていない。政治家は自分の選挙区で忙しくて、視野が狭くなっている。全世界のことを考える余裕がなくなっている。視野が広く、高い理想を持ってそれを全世界のために実現しようとする人。そんな政治家を日本は育てるべきです。そういう意味で松下政経塾出身の政治家に大いに期待したいと思います。


<Ezra F. Vogel(エズラ・ヴォーゲル)氏 略歴> ※いずれも執筆当時
1930年オハイオ州生まれ。58年ハーバード大学で社会学博士号取得後、67年より同大学教授。同大学東アジア研究所長など役職多数。

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