松下政経塾 The Matsushita Institute of
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2020年6月

塾生レポート

ビジネスとアートの新しい形 ~新商品開発を通じた価値共創の実践~
重岡晋/松下政経塾第38期生

大分県国東市にある株式会社ナノプラネット研究所における、アートを活かした新商品開発プロジェクトの実施とその可能性について報告させて頂きます。

 

 昨年10月から、筆者は大分県国東市を拠点とする株式会社ナノプラネット研究所と共に新商品開発に取り組んでいます。当社は独自技術である光マイクロバブルを軸に、環境、水産、農業、ペット、福祉、食品など幅広い領域を対象に事業を行っています。
 元々、共通の知人であった経営コンサルタントの依頼によってプロジェクトはスタートしました。具体的にはヘルスケア分野のシャワーヘッドのデザインを、新しい形で作り独自のプロダクトとして世の中に出したいという依頼です。シャワーヘッドの商品は、世の中に数多く存在し、そのデザインも多様です。この様な状況を踏まえ、新商品開発を行うにあたり既存の商品と圧倒的な差別化を行うという事が前提にありました。

 株式会社ナノプラネット研究所の “光マイクロバブル技術”(超微細化な泡を発生させる技術)は国内外で特許を取っている独自のもので、化学物質を使わない高度な洗浄力、人体の血液循環の促進、水産農産品の成長促進など様々な効果があります。この効果はシャワーにも応用が可能であり、本来の水で体を洗い流す機能としてのシャワーを超え、人間を健康にする事が可能です。この素晴らしい技術の特性をデザインとしても最大限生かす事を考えると、従来の機能のみによる差別化では、新たな価値訴求は難しいと考え、アプローチを変えて取り組むことになりました。

 その為のヒントは、昨年フランスでリサーチを行った「Résidences d’artistes en entreprises」と言うユニークな取組みです。日本語で解釈すると「企業におけるアーティスト イン レジデンス」と言う意味です。アーティスト イン レジデンスとは、国内外からアーティストを一定期間ある異なった文化や環境に招聘し、滞在中の活動を支援する事業です。1950年代から60年代にかけて、欧米においてシステムが誕生し、日本においても様々な地域で実施されています。

 フランスの行政はアーティストが企業に滞在し活動する事業を行っており、企業はアーティストが滞在する間、場や素材、技術指導などのサポートを行いプロジェクトを進めます。(図1)「アーティスト イン カンパニー」と言い換える事も可能かもしれません。
 企業としては新しい視点やイノベーションのアイデアが得られるといったメリットがあり、アーティストとしては仕事の受託に加え、企業のサポートのもと新しい環境において制作を行う事ができます。アーティストと企業が制作プロセスを共有し、新しい価値を共創するという取組みに可能性を感じ実施の機会を伺っていました。


図1  Résidences d’artistes en entreprises関係図
出典:筆者作成

 筆者たちはこのアプローチを、新商品開発を通じて実行しようと決め取組んで来ました。既存のモデルと異なる点は、行政が介入していたポジションを経営コンサルタントが担うということです。高いレベルの科学技術(サイエンス)、商品に独自性と美意識を与える(アート)、ビジネス戦略とマーケティンング、ブランディングを担う(ビジネス)3者の共創です。(図2) 筆者は自身のバックグラウンドと専門性を活かしArtのポジションを担い、商品の五感に訴える美しさ、コンセプト等の情緒的価値の向上を担っています。


図2 アーティストインカンパニー 筆者実践モデル
出典:筆者作成

 開発にあたってまず初めに行ったことは、同社が拠点とする大分県国東市の環境や文化をリサーチすることでした。一見、新商品開発と関係がない様ですが、同じ体験を通じて経営者とアーティストが対話をすることは、商品のブランドアイデンティティを考える上でとても重要な取組みです。なぜなら商品のオリジナリティを訴求するためには、その商品が生まれる背景となる自然環境や文化背景に深い理解がなければならないからです。
 国東市は、大分県の北東部に位置しとても自然豊かな土地です。水産物も豊富で食資源に恵まれています。また、古くから仏教が土地に根付き、たくさんの古い仏閣が残っています。これらの歴史、自然、文化資源をチームで周り、その企業が根付く地域の魅力や文化背景をリサーチしました。

 また木や石、水といった自然の造形物に直接触れ「自然物の形はなぜ美しいのか?」と考えたり、石仏彫刻や現代アートの対話型鑑賞を行い芸術に関するインプットを行いました。これによって経営者の美意識を高めると同時に、デザインについて深く考えるベースを作りました。


国東半島の自然文化(2019/10/14、©重岡晋)


両子寺の石仏鑑賞(2019/10/14、©重岡晋)


国東半島に400年前から伝わる地元のケベス祭り(2019/10/14、©重岡晋)


地元の仏教と湧き水(2019/10/14、©重岡晋)

 そして、次に行ったことは、“粘土”を使ったプロトタイピングです。通常、ラフスケッチ、3DCGや図面などによって、デザインは作られていきますが、今回のアプローチとしてはより直感的に考えることから始めました。特に、シャワーヘッドは人間が手に触れて持つプロダクトであるため、触覚はとても大切な要素です。その点、筆者が専門的に学んできた“彫刻”は人間の手によって形を作り出す技術ですので、この様なデザインにおいて応用が可能でした。

 粘土は、絵とは異なり高度な技術がなくてもサイズや形、バランスといった具体的な事柄を誰でも感覚的に表現をすることができる優れたメディアであるため、お互いにアイデアを具体的な形にしながら、対話型でモデリングを行い、いくつもアイデアを作っていくことが可能です。実際に、経営者の方に、今考えるシャワーヘッドのイメージを粘土で使って形にしてもらいました。何より言語という抽象度の高いコミュニケーションではなく、目の前に実在する物について対話を重ねるので、イメージのズレが起きず、意思決定が早いことがわかりました。そして、作っては壊し作っては壊しを、恐れることなくその場で行える為、初期のプロトタイピングではとても効率的です。


粘土を使った対話型プロトタイピング1(2019/10/15、©重岡晋)


粘土を使った対話型プロトタイピング2 (2019/10/15、©重岡晋)

 デザインを行うと同時に商品のコンセプトを考える作業においても、既存のアプローチとは異なった思考を行っています。例えば、「そもそもシャワーとはどういった存在であるのか?」と言った根本的な問いを立て、歴史的文脈や、自然界における存在意義、人間とシャワーの関係性などについて議論を行いました。すでに身の回りに存在しているものの定義や意味を前提から考え直し新しい提案を行う事は、芸術作品を作る上において用いられる手法です。この考え方を新商品のコンセプトを使う上で応用しています。
 また、レオナルドダビンチやミケランジェロの作品など、優れた芸術作品と既存のシャワーヘッドの比較を通じて、「なぜ、既存のシャワーヘッド商品は美しくなく、彫刻は美しいのか?」などの問いを考えました。その結果として、シャワーヘッドは“プラスチックで出来ていて、安っぽく、美しくもないもの”という既成概念を変え、“芸術作品として成立するシャワーヘッド”を作るという方向性を目指す事になりました。商品のデザインや機能のみならず意味のイノベーションを試みています。


松下政経塾にて松下幸之助の経営理念を学ぶ(2019/11/11、©重岡晋)

 プロダクトは“物”ですが、価値は機能的な価値だけではありません。製作を行う中で、経営者のビジョンや想いについて深く対話を行い、そのコンセプトやメッセージ、美意識をプロダクトに乗せて届けるという事が重要であると思っています。プロダクトを通じて何を伝えたいのか? 根本となる経営理念について考えを深める対話を行っています。松下政経塾にも来て頂き、松下幸之助氏の目指した世界観や経営理念に触れて頂き、現代において事業活動を通じて成すべきことやその意義について話しました。シャワーヘッドというプロダクトを通じて、生命の健康を向上させる、そして美しさを通じて精神的豊かさや美意識を生活に取り込む。“物”であっても“心”を届けるプロダクトを目指しています。

 この様な多角的なアプローチを通じて、経営者とアーティストが互いに学び一つの新商品という作品を共創するモデルは、有効なものであると日を重ねるにつれて感じています。これからはアートとビジネスがお互いの特性を生かし合って、価値共創を行っていく時代ではないかと思います。今後、技術は持っているがオリジナリティあるプロダクトを生み出す事が課題である企業との共創を広げ、新たな市場創造、美意識と創造性を高める事、企業の成長に寄与していきたいと思います。

2020年6月 執筆
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