松下政経塾 The Matsushita Institute of
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2020年5月

塾生レポート

ベネッセアートサイト直島研修2019
重岡晋/松下政経塾第38期生

神奈川県海老名市にある人の森株式会社における、アートを活かした企業研修プログラム「ベネッセアートサイト直島研修2019」の実施とその効果、今後の可能性について報告させて頂きます。

 

 昨今、ビジネスの分野においてアートに対する関心が高まっています。これには現在の社会経済環境がきわめて予測困難な状況に直面しており、事業経営を取り巻く環境は、変化が早く、かつ条件が複雑である為、従来の論理的思考のみでは課題解決が難しい状況が背景にあると言われています。
 この様な環境下において必要となる力は、対象をよく観察し細かい変化に気づく感性、物事を大きく抽象的にとらえる直感、定量化が難しく目に見えないものを知覚化する表現力、意思決定を行う際の美意識、未来を構想する想像力など「非合理的で不確実な世界を生きていく力」であると思います。藝術家の活動は不確実な世界を生きて来た歴史そのものですので、今後の時代に必要とされる力を学ぶ宝庫と言って過言ではありません。
 昨年12月から本年2月にかけて、筆者は神奈川県海老名市にある人の森株式会社の社員約120名を対象に、アートを活かした企業研修プログラムを実施しました。人の森株式会社は採石を中心に、不動産活用、地質調査、フィットネスジム、農業研究まで多角的な経営を行う企業です。企画の段階を含めると、昨年の初夏から半年以上をかけた取り組みとなりました。
 研修タイトルは「ベネッセアートサイト直島研修2019」。ベネッセアートサイト直島とは、瀬戸内海の備讃瀬戸地域に在る直島、豊島、犬島を舞台に、株式会社ベネッセホールディングスと公益財団法人福武財団が展開しているアート活動の総称です。“現代アートと自然の楽園”と評され、年間100万人以上が国内外から訪れる国際的に評価の高い場所です。研修内容を考えるにあたり、「出会いと対話を通じて未来を考える」と言うテーマを設け、ベネッセアートサイト直島と連携して2泊3日の企業研修プログラムを実施しました。


高松港の現代アート作品にて(2020/2/19、撮影者:大石真、著作者:重岡晋)

 直島、豊島、犬島の3つの島での滞在を通じ、ベネッセグループの企業理念である「ベネッセ―よく生きる」とは何かについて考え、アート作品鑑賞や他者と対話し、地域の社会課題や歴史と言ったストーリー(物語)を学び、未来において企業がどの様にあるべきかを考えるプログラムです。
プログラムを作る上で「本物を体験する事」「対話を行う事」を重視しました。研修において期待する効果としては、「相互理解・経営理念の浸透・美意識や創造性の向上」を目指しました。

 具体的なコンテンツの説明は割愛しますが、内容としては大きく言って4つの軸から構成されています。
(1) 現代アートの対話型鑑賞
(2) 「ベネッセ-よく生きる」という経営理念とベネッセアートサイト直島の事業活動を学ぶ
(3) 地域の歴史、近代化の社会課題について考える
(4) ワークショップを通じて「価値観」について考える

 それでは、今回の研修はどの様な効果が得られたのか?
研修後に参加者の方から頂いた声と共に、テーマを出しながら下記にまとめてみたいと思います。この様な取り組みは前例がなく、今回頂いた直接のご意見はとても貴重です。

美意識の向上

 研修プログラムにおいては、世界トップクラスのアーティストの作品や建築物などをたくさん体感し、良質なインプットをたくさん行います。やはり超一流に触れるという体験が大事です。そして、視覚的に身体的に感じると同時に、「なぜこの様な作品が作られたのか?」「なぜここまでのこだわりを持って作ったのか?」「どういったコンセプトに基づいてその作品は作られたのか?」「なぜ美しいのか? あるいは醜いのか?」など、たくさん想像力を働かせ、深く作品のコンセプトを考えながら鑑賞を行う事で、「感性の力」「美意識」を磨く事ができます。これはどの様な仕事においても自身が向上し、質の高いアウトプットを行う上で応用できるのではないでしょうか。

参加者の声

「仕事の上では常に美しさを追及していこうと思います。現場の保安材料、構造物の出来栄え、細部にわたるディティールなど、拘ったもの創りを意識したい。」

「本研修で学んだ事から、今後に一番活かしたいと感じたものは作者の方々の熱意と行動力です。世界トップクラスの作品を作るには想像もできないほどの熱意と行動力が必要であり、作品を作るといった事に留まらず、人生全てをより良くするためにも重要であると感じました。」

相互の価値観の理解

 一つの企業あるいは組織の活動では、部署、年代、性別、バックグラウンド、実に多様な人と関わります。活動を行う中で、お互いの価値観を認め合い、生かし合うと言う事は、利害関係が生じるビジネスの意思決定や合意形成のコミュニケーションにおいては簡単ではありません。その点において、絵画や彫刻、建築など藝術作品の鑑賞を通じたコミュニケーションは、参加者に利害関係がなく、立場を超えて自由に発言を行う事ができます。なぜなら、芸術作品の見方には、唯一の正解が存在しないからです。もちろん、作家本人の意図はありますが、どの様に感じるかは個人の自由であり、自分が感じた事も、他者が感じた事も正解です。一つの作品を参加者全員で同時に鑑賞する中で、作品の持つメッセージや、時代背景、作られた素材や技法など、芸術作品に対する理解を深めながら鑑賞者に問いを投げかけ、対話を行う観賞を通じて多様な価値観を持った参加者がお互いの見方や感じ方を知る事ができます。価値観が違う事は当たり前である事を再認識し、互いを尊重する姿勢を、アートを活用した対話型鑑賞から学ぶ事ができます。これからの時代は国際化に向かい、ますます多様性の理解が求められるようになります。それに従い、相互理解の力は重要になってくるのではないでしょうか。

参加者の声 

「他部署の方とも同じ目的を持ち、同じ体験をした事でより交流できたかなと感じました。また、一つの作品に対する人それぞれの見方を共有でき、自分を客観的に見つめる事ができました。様々なアートと出会う中で、同じアートでも時間帯や一緒に観た人の違い、観た回数によって印象が異なったり、新たな気づきがあるという事を感じ、一つのアートが多くの異なる見方や考えを引き出す事ができるという事を学びました。」

「感性が人によって異なるという事は、人によって価値観も異なるという事だと再認識いたしました。考え方も感じ方も、何を良いと思うか嫌と感じるかも人によって基準があり、すべて全く同じという事など、限りなく無いに近いのではないかと考えます。そう考える事で、様々な方のあらゆるご意見を多方面の視点からとらえる事ができ、受容する事ができるようになるのではないかと思います。アートの感じ方に正解がないのと同じように、自分の中で正しいと思う事でも別の誰かにとっては正しくない事なのかもしれない、逆に自分では正しくないと思う事を別の誰かは正しいと思うかもしれないと、正解のない”人による正しさ”も存在するのではないかと思いました。人の意見に寛容になり、柔軟に対応できるようになると対人関係が良好になったり、人に信頼される事で円滑な業務につなげる事もできるのではないかと思います。」


野外の現代アート作品を活用した対話型鑑賞の様子(2020/2/13、撮影者:大石真、著作者:重岡晋)

既成概念にとらわれず、自分で主体的に考える

 正解がない世界は、ある意味においては「自由」ですが、またある意味においては「不自由」です。なぜなら答えを誰かが与えてくれる訳ではなく、自分で考え答えを見出さなければいけないからです。アートの世界はそういった意味において、鑑賞を通じて「なぜ?」と言う問いを繰り返します。作品の意味や背景、美しいあるいは美しくないと感じた理由を自分なりに想像し、考察し、他者と共有する時間は、多面的な見方を知りながら、そのフィードバックとして自分の考え方を知る機会となります。この考え方は、アート作品に限らず、物事の前提や常識、ルール、メディアの情報など、社会生活をする上で接するあらゆる対象に対し、疑問を持ち、本質を追求し、自分の考え方を探求する主体的なプロセスに応用できるのではないでしょうか。

参加者の声

「私が直島研修で得た、"物事を多方面から考える"という意識は店舗運営においても非常に重要な事です。小さな事でも、一見無駄に見える事でも考える・悩む。それが小さなサービスアップに繋がるはずです。固定概念に囚われず、柔軟な発想をもつ事で、顧客満足に役立ち、地域住民の方のお役にも立つ事ができると信じております。現状維持が難しい世の中で、今回の気づきは大きな財産であると思います。そしてこれは仕事だけでなく、生きていく上でも大きな出来事です。」

「私が普段している仕事では、考えるような仕事においても、ある程度法則があり、結論のパターンがなんとなく決まっているように思います。ただ、アートにはそれが全くありませんでした。初めてのものを見て、そのゼロの状態から自分の考えをもつという事がとても難しく、本当に脳の疲れを感じた良い体験でした。」

「最初は現代アートに正解はないとの話を伺い、正解がない事への不安を感じてしまいましたが、多くの作品を鑑賞するにつれ自由な発想を許諾される喜びを感じられるようになりました。今までは絶対正解しないといけないという固定観念にとらわれていたのかもしれません。何事も一つの視点だけでなく様々な角度から時間をかけて見ていく事と、そこから生まれるもっと自由な発想をしても良いという考え方を本研修で学びました。」

自己鑑賞の時間、生き方を考える

 研修では普段の生活の場から離れた島というゆっくりとした自然環境の中において過ごします。同時に3日間、現代アートと向き合い続けると言う体験は非日常であり、禅寺で過ごす様な時間かもしれません。ワークショップでは「自分にとってよく生きるための3つの条件とは?」と言う問いを参加者全員に考えて頂き、言語化を行い、他の人に共有をして頂くという取り組みを行いました。普段、私たちは仕事や目の前にある事に追われ、ゆっくりと人生について、自分の価値観について考える余白の時間を作る事は難しいのですが、研修の時間は自己を鑑み、対話する機会となりました。

参加者の声

「現地では自然や島の街並みにあるものと融合された様々なアートを見て、この芸術品からイメージされるもの、自己の発想等ゆっくり考える事ができました。普段、仕事では目の前の山積する業務に追われ、ただこなす繰り返しだと、ふと振り返った時、きちんと考えながらやっているのか? これでいいのか? と見つめ直す時間が必要だと改めて感じました。ゆとりを持って周りにもきちんと目が向けられるように意識していきたいと思いました。自分を見つめ直す時間を一番多く作る事ができました。」

「いつもは慌ただしい時間を過ごし、小さな事や当たり前の事を何も考えずに見過ごしてしまっている事も多くあると思います。しかしこの研修に参加させていただき、作品を観る際に心を無にして時間の流れも止まるような感覚から、ただその作品に向き合い考えるという時間を体験しました。これからは小さな事にも目を向け、じっくりと考えてみたり、どうしてそうなったのか理由を考えてみたり、当たり前の事にも目を向け感謝したり、自分で考えるという事にも時間をかけて取り組んでみたいと思います。」

「この研修を通じて自分が『どう生きたいのか』、『どう生きていくべきなのか』を真剣に考えましたので、今回得た出会いを今後の人生に生かせるよう、考える事、表現する事を忘れずに過ごしていきたいと思います。」


ワークショップ後、社員の皆様と集合写真(2020/2/20、撮影者:大石真、著作者:重岡晋)

さいごに

 冒頭にも記しましたが、現代の私たちは不確実性の高い世界に生きている事を、再認識しています。昨今の新型コロナウイルスによる急速な現状変化など誰が予測できたでしょうか? 統計情報やマーケティングに基づく情報のみでは、未来は誰にも正確に予測する事はできないと実感しています。また先述のウイルスの影響による外出自粛や、自宅勤務が増える時間は、私たちのライフスタイルに変化をもたらし、生き方に対して問いを投げかけられている様に思います。

 「経済活動が停滞する事によって、価値とは何か?」、また「自分の価値観とは何か?」をそれぞれが考える時間になってきているのではないでしょうか。この様な状況下においては、素直に物事を見るマインド、多様な気づきを得られる感性、柔軟に変化を受け入れる力、経営判断における自分の美意識、私たちがこれからどういった考え方に基づき未来を想像し、世界を創っていくかと言うクリエイティブな思考が大事なのではないかと思います。

 この様なアートを活用した研修は、自分の価値観と向き合ったり、多面的な見方を学んだり、感性を研ぎ澄ましたり、美意識を磨いたりする機会ですので、不確実性の高い世の中において生き抜く力を鍛える事に繋がるのではないかと考え至っています。これからの時代において、アートが果たす役割や、その価値について引き続き考えていきたいと思っています。

2020年5月 執筆
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