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福祉
2019年10月

塾生レポート

誰もが働きやすく、生きやすい社会の実現
松木香凜/卒塾生

誰もが働きやすく、生きやすい社会の実現を掲げて活動してきました。様々な活動を経て、多くの学びを得た上で、改めてビジョンについて振り返りました。

 

私の考えるビジョンとは

 ビジョンとはなんだろう。夢か理想か、現在なのか、未来の話なのか、誰のためのものなのか、何のためのものなのか。果たして、本当に必要なものか、様々な疑問が浮かんでくる。しかし、ビジョンがなければ何を目指し、これから何をするべきであるのかを決めることはできない。多様な意見を持つ人々が協力をして、何かを作り上げるとき、そこには同じ未来の像を描く必要がある。このレポートで示すビジョンとは、私が考えるこれからの社会に向けて進む方向性を提示するものである。

誰もが働きやすく、生きやすい社会とは

 私が掲げるビジョンは「誰もが働きやすく、生きやすい社会」である。
 様々な立場の人がいて、皆それぞれの人々が自分の大切にしたい人やことのために日々努力している。少しでもその努力が報われるように、より幸せを感じられるように、「誰もが生きやすく、働きやすい社会」を私は実現したいと考えている。
 「幸福な国」として知られるデンマークを2年前に訪れた。家族の在り方について調査を行い、様々なカップル・家族に話を聞いた。そこで、誰もが「自分たちは幸せである」と言っていたことが非常に印象的であった。デンマークは北欧諸国として手厚い社会保障で知られており、国連の幸福度ランキングを表す「世界幸福度報告(World Happiness Report)」[1]の上位の常連である。訪れた際に、「幸せである」と何故思うのかを彼らに尋ねてみると、私たちが先入観を持っている「社会保障が充実していて安心だから」という理由ではなく、「自分または自分たちが決めた暮らし、あるいは働き方ができているからである」というのである。デンマーク社会における自由と相互扶助・尊重の意識、人々の自分の人生への責任感などがその背景にあるのだろう。先述の報告によればデンマークが2013年に幸福度ランキング1位を取った際には「寛容度」と「人生の選択肢の自由度」が高く評価されている。すなわち、手厚い社会保障に加えて、国民一人ひとり、そして社会全体の多様性への寛容さが大きいことがわかる。
 現在、日本はこれまでに経験のない人口減少の時代に突入し、様々な課題が生じている。それは雇用や財政といった大きなものから、身近なものでは空き家の増加、まちの公共交通の節略などである。このような問題によって、地方だけではなく、国全体の経済の停滞や縮小も予測されている。今後、益々一人ひとりの意識と力が必要になるだろう。勿論、経済、GDP以外のもので、国の力を測る指標も必要であるという指摘もあるが、限られた人手や資源の中で、今を生きる人々の生活、そしてこれからの人々の生活を守り、よりよき方向に、何をどのように実現していくのかを改めて真剣に考える必要がある。そこでは人々の力を最大限発揮できるような環境や意識が重要になるだろう。
 日本とデンマークでは国民性も慣習も、社会情勢や文化的背景も全く異なる。しかし、誰もが働きやすく、生きやすい社会という私のビジョンを熟考した時に、デンマークで出会った人々の姿を思い出す。「たくさんの選択肢がある中で、自分で選んだから幸せである」と言った彼らの言葉の重みをひししひしと感じるのである。自信を持って、胸を張って、自分の選択ができる人々が生き、互いに支え合える社会こそ、本当に松下幸之助塾主の言う「物心一如の繁栄[2]」が遂げられるのではないだろうか。

なぜ、現在の日本はそうではないのか

 現在の日本が、誰もが働きやすく、生きやすい社会ではないと考えると、何が原因にあるのだろうか。それは私たちが「こうあるべき」という姿に捉われて、自分の自由に選択することができていないのではないだろうか。決して、日本に多様性や選択肢がない訳ではない。国内の経済的な格差がないとはいえが、国際社会において物質的にも、環境的にも恵まれ、職業や居住など様々な自由も保障されている。しかしながら、自由な選択が可能であるにも関わらず、自らの希望よりも周囲に望まれる自分の像に照らし合わせて、自分の将来をつくりあげようとすることがある。本当に自分に合った、あるいはやりたいと思えることを選択することができていれば、多少の苦労は乗り越えられ、モチベーションもあがるだろう。しかし、自分の希望でなく、親が望むから、皆がそうするから、自分も同じようにするという様に、周囲に流されて決めてしまい、最終的にそれに自分が適応できない、動機付けができない、あるいは閉塞感を感じてしまうことがおこるのである。
 閉塞的な意志による選択の理由としては、資産や時間などがある。日々の生活に追われて自分のしたいことができない、余暇に当たる時間も無い、今後の生活が心配だから新しい挑戦ができないということである。加えて、社会規範として、「こうするべき」「そうあるべき」と社会の成員としてあるべき姿、考えを求められる。つまり、理想となる人生のコースや姿がそれとなく教え込まれ、そこに従うことが一番安心、良いという空気がある。そのような社会規範の中には、大卒がいい、ホワイトカラーがいいというようなものや、男はこう、女はこうあるべきという性別に基づく役割意識もある。このような性別による役割意識は、家庭や会社での仕事と家事や育児などのケア負担の配分や誰が担当するのかという話の中で登場することが多い。意識の変化は経年のうちに徐々に起きてはいるが、その変化自体が男女で程度が異なっている。


図1 「夫は外で働き、妻は過程を守るべきである」という考え方に関する意識の変化
(出典)内閣府(2018)「男女共同参画白書平成30年版」

 上の図では、性別役割分業意識とも呼ばれる「男は仕事、女は家庭」の意識の変化を示している。年齢層を分けていないため、一概には言えないが未だに女性は35%、男性は40%程度の人々がこの意識に対して比較的賛成と答えていることがわかる。さらに、意識の残存からもわかるように、未だに育児や家事などの家庭に関する事柄の多くは女性によって担われている。そして、その意識はかつての「男は仕事、女は家庭」から、さらに「男は仕事、女は家庭プラス仕事」と変化している。男性よりも女性は収入が低い分家事を担うというケースを見かけることが多いが、同じ仕事をしても、女性の賃金は大方の男性のそれよりも低いままであることを把握している人は多くない。
 このような性別役割意識などを基礎として、社会的規範、こうあるべきというコースが作られ、それによって選択肢はあっても、自分の好きなように自由に選ぶことができなくなっているのではないだろうか。私はさらにこの性別役割意識、特に家庭における仕事と家事・ケアの分配という点について着目して、これまでの活動を実施してきた。その分配における性別役割意識を変えるためのポイントとして3つ、個人の能力、意識、そして社会システムの転換が必要であるということが見えてきた。特に、性別役割意識については、家族内において仕事と家事・ケアに関する葛藤を生じることで意識が顕在化されることが多く、この3つのポイントの影響をより強く受け、それをその後に伝えていくきっかけとなる子育て世帯、特にDEWKs(共働き子育て世帯)に向けたサービスやサポートについて多様な現場から学び、考えてきた。

どこで何を変えることが求められるのか

 では、何が変化していけば、ビジョンの実現に近づいていくのだろうか。2つの面について環境・社会サービス、意識・能力に分けて考えていく。

1.環境・社会サービス
 まず初めに、環境・社会サービスについて見ていく。
 DEWKsに関して見ていくと、そもそも子どもを育てやすい環境とは何かという問いが生まれる。共働きの家庭が専業主婦世帯を上回り、大多数となりつつある現在、夫婦が働きながら子どもを育てることへの課題を抱える人も増えている。当然、その夫婦間の働き方のバランスや収入については様々である。しかし、働く女性が増える中で、生じてきた子育てに対する課題もあれば、時代の変化によるものと思われるものなどもある。例えば、昨今話題になっている待機児童をはじめ保育園などの環境的なものもあるが、それよりも経済的な不安や人間関係など精神的なものなど多様である。それらを次の図にて、示す。


図2 子育てに関する具体的な負担・不安の内容
(出典)厚生労働省(2015)「人口減少社会に関する意識調査の概要」より筆者作成

 上の図の調査は共働き世帯に限ったものではないが、現在の日本における子育ての不安を見ることができる。割合が大きいのは経済的な負担、そして疲弊などがある。加えて、自分の自由な時間を持つことができないというのも特徴的である。これらを踏まえて表面化したものが少子化であり、その背景には、晩婚や非婚というライフコースの多様な変化がある。また、影響しているのが若年層の貧困化、非正規労働などによる経済状況の悪化である。加えて、子どもにかかる環境や教育費などが決して軽くない負担となり、日本の状況そのものが子どもを持つことに対しての抵抗を生じている。日本で子どもを持つことは、精神的にも経済的にもハードルが高いことである。
 しかし、一方で企業や行政などの努力によって子どもを育てやすい環境づくりも少しずつ進められている。少子化に伴う人口減少によって生じる様々な課題に対応するために、それらが急ピッチで進められている。環境整備やサポートの充実が整うことは、持続可能な社会を目指すには不可欠なものである。また、穏やかな減少あるいは現状維持を保つことで社会の様々な制度やシステムを調整対応させることができるかもしれないのである。
 子育てを基軸としてまちや社会システムを考えた時、重要となるのは多分野にわたる仕組みづくりである。子どもといえば保育や教育、福祉分野に焦点が当てられやすいが、実際に子どもを育てる親にとっては福祉分野も大切であるが、生活や子育て費用を賄うための雇用分野も重要である。その他にも医療や都市設計など、多様な分野が実は連携していくことが求められている。一つの側面から見て対応するだけでは、中長期的な問題を解決することはできない。それは、個人の生活や人生についても同様であるだろう。多少の予定外があっても自分自身の人生のどの段階でどのような形で進めていくかということをライフスタイルやプランに合わせて計画することが必要である。全てが計画通りに行くことはまずない、しかし、当初の計画の中にしっかりとしたビジョンがあれば道に迷うことはない、変更が生じれば計画を修正すればよいのである。ここで重要なことは複数の分野にまたがることによって複雑になってしまうものをいかにスリムにしていくかである。スリムにするということは、複雑にするよりも難しいことではあるが、限られた資源を最大限に活かすためには必要なのである。
 また、そのような社会システムによって整えられる環境によって、社会に安心が生まれる。安心できるようになれば、心に余裕ができチャレンジが容易となり、意欲が向上するだろう。

2.意識・能力
 続けて、意識・能力について考える。
 デンマークの人々は皆が揃って、夫婦であれパートナーであれ「互いに自立し、対等な関係」であると話していた。そして、彼らにとって重要なことは「自分で自由に選択する」ことであった。その背景には、「(自分自身に)どんなことがあっても安心」な公的サポートの実現できている国への信頼と監視、個人の多様性と集合体としての多様性の尊重、選択を自分で考え選ぶ力を幼いころより意識し会得しているというようなポイントがあるだろう。確かに、どのような状況になっても安心できるサポートがあることは心強い。そのサポートを途切れることなく行うためにも国や政治への関心は高い。しかし、その土壌があるからこそ、それぞれの人が失敗やリスクを恐れずに果敢に自分のやりたいことにチャレンジすることができているのである。加えて、個人の多様性として様々な生き方や考え方を広く認め合う社会的意識によって、相互の支え合いも生まれていた。
 自分の人生、様々な選択肢を誰にも何にも縛られることなく選ぶことは非常に難しい。おそらく、今の日本でそれだけを可能にしたところでおそらく選ぶこと自体が難しいことになるだろう。しかし、流れに身を任せて周りと同じように選択しても問題がなかった、あるいは問題は小さかった時代とは、グローバル化された現代は異なる状況になっている。
 ただ、選択肢が多い分、自分で決めることへのストレスを感じている人も多いということが、実はデンマークの社会問題になっている。しかしながら、それでもデンマークには学ぶところは多くある。例え自らの選択が失敗したとしても、多くの人が再度挑戦をしやすい環境があることであり、それによって意欲的な雰囲気が社会全体に醸成されるのである。であるからこそ、人生の自由度の高さを維持する個人の意識が涵養するだろう。
 そのためにも、それぞれが自分で決める能力を持つ必要がある。その一歩が、自分の考えをはっきりと相手に伝えるということである。自分たちで決めなければならないからこそ、意見を持つことは重要である。デンマークの教育でも基礎的な義務教育機関においては、ディスカッションやグループワークが授業の重きをおいている。様々なテーマについて自分で考え、相手の話を聞く。このようなところからも、デンマークの人々が選択する能力を身につけるべく努力していていることがわかる。日本にも、人々の、選択を自分の意志と責任によって選ぶことのできる力を持てるようになる教育が重要となる。
 「誰もが働きやすく、生きやすい社会の実現」を目指し、多様な選択肢の中から、自分で選ぶことのできる能力を養い、また自由に選んで失敗したとしても何度でもやりなおすことのできる環境を、日本においても整え、さらに浸透させていく必要がある。

どうやって変えていくのか

 私が「誰もが働きやすく、生きやすい社会」と掲げる背景には、人生の多くの時間を私たちは働く時間あるいはそのための準備などに当てられているためである。その中で、自分自身で自由にできる時間を可能な限り増やす、あるいはやりがいや達成感などをそれぞれが得ていくことができるようにしていきたいと考えてきた。
 そこで、着目したのが子育て中の女性の職住近接型のライフスタイルである。子育てによって時間の制約を受けつつも社会と関わりたい、何かしら貢献をしたいと働くことを希望する人も多い。そのようなスタイルを求めている女性もDEWKsに含まれている。そのため現在、私はビジョンの実現のためのチャレンジとして、子育て中、特に小学生以下の子どものいる女性が中心となり働く企業において、活動をしている。そこでは、子どものスケジュールに合わせてそれぞれの人が働き方を決定し、また子育て中だからこそ、できる使えるサービスを提供している。事務所のある所から車で15分から20分圏内に居住している人が多く、子どもの送り迎えのタイミングや休みなどに時間を合わせて仕事をしている。また、子育て中という条件は皆同じなため、子どもが病気の際などに対してもフレキシブルに対応をしている。これは子育てと自分のキャリアを両立したいと考える人には理想的であるはずだ。このような形態をとっているため、二人から三人で、フルタイム一人分と考え、仕事を回している。そのため、フォローをし合うことが必然的に様々な場面で求められ、複数の人で一つの仕事をするということでコミュニケーションも密となる。そういった点も踏まえ、単純作業や一人でやる仕事とは少し異なり、緊張感や張り合いが生まれることを目指している。しかし、理想だけでは上手く回らないのが現実である。
 仕事へのモチベーションの保持や向上はやはり人によってばらつきがある。また家庭の都合などに対して寛容である一方で複数の人で仕事を持つため担当者やその責任を曖昧にしてしまうなど、問題が生じている所もある。そのような状況を見ていく中で、重要であると感じるのは個人差があるが、女性と男性とで考える人生全体や日々の時間軸が異なるという事である。人生全体としては妊娠や出産といった肉体的な差があるため当然ではある。また、日々の時間の捉え方がすき間時間を有効に活用しているのか、あるいは片手間なのか、ある意味そこにも何となくの差があるように思われる。全ての人がそこに当てはまるわけではないが、違いが生じることがあるということを意識することも必要である。そして、それを踏まえた上でのキャリアやライフの設計や仕組みづくりが必要であると感じている。引き続きチャレンジしながら、問題解決や仕組みづくりなど模索していきたいと考えている。 

実現のために

 「誰もが働きやすく、生きやすい社会」が実現された時、人々は自立と多様な選択を求められる。そうなると誰もが好き放題にしてしまい、調和がとれなくなり、上手く機能しなくなるのでは、という疑問が生じる。しかし、本当に自分が好きなことを選択するためには、他者を尊重する気持ちが必要になる。つまり、人はひとりでは生きていけないということである。互いに尊重し合う気持ちがあれば、誰かと一緒に何かをやってみるのもいいだろう。意見を出し合い、新しい挑戦がどんどん生まれ、例え困難に遭遇したとしても、失敗しても、なんとかなると希望を持ち、成長していくことができる。その思いは世代を越え、将来に希望を繋ぐことになる。私は活動の中で様々な子どもたちと触れ合う機会を得ることができた。そして、その度にこの子たちには、社会や自分の未来に明るい希望を持てるように、今持っている夢が良い形で実現できるような社会にしたいという思いを抱いている。誰もが困難にあっても、他の誰か手を差し伸べ助ける、あるいは一緒に悩んでくれる人がいるような状況を実現するということは、一人ひとりが自立しながらも相互に助け合える環境を作ることである。そして、その先にある「誰もが働きやすく、生きやすい社会」への道になっていくだろう。そのための活動を一歩ずつ進めていきたい。

脚注
[1] UN Sustainable Development Solutions Network (2019)Word Happiness Report 2019  URL:https://worldhappiness.report/ed/2019/#read (最終閲覧日2019年6月30日)
[2] 松下幸之助(1991)『松下幸之助発言集9』PHP総合研究所研究本部松下幸之助発言集編纂室(編), PHP研究所, p.171
 

参考文献
筒井淳也(2016)『結婚と家族のこれから 共働き社会の限界』光文社
松下幸之助(1991)『松下幸之助発言集9』PHP総合研究所研究本部松下幸之助発言集編纂室(編), PHP研究所
松田茂樹(2013)『少子化論』勁草書房
厚生労働省(2015)「厚生労働白書平成25年版」
 https://mohipeasuke.com/archives/9270 最終閲覧日2019年9月1日
       (2015)「人口減少社会に関する意識調査の概要」
 https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/001_1.pdf 最終閲覧日2019年9月20日
内閣府(2018)「男女共同参画白書平成30年版」
http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r01/gaiyou/pdf/r01_gaiyou.pdf 最終閲覧日 2019年9月25日

2019年10月 執筆
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