松下政経塾 The Matsushita Institute of
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2019年6月

塾生レポート

企業と藝術の関係に関して
重岡晋/卒塾生

自身の目指すビジョン「総合芸術国家」に基づく、3年次における活動を以下に述べる。

 

はじめに

 我が国は豊かな自然環境に恵まれ、長い歴史の上に築いた多様な文化を持っている世界的に見ても稀有な国である。優れた感性と高い美意識を持ち人間の生活の上にそれを生かしていく中で形成された藝術は世界的にも支持を集める魅力を持っている。しかしながら、近代を鑑みると経済優先主義の中でその価値は見落とされ、現代においては藝術と政治、経済、教育、地域といった生活のあらゆる分野と乖離し距離が生まれている。しかし、本来人間の生活と一体のものであった藝術が乖離し特殊なものと見なされる状況は果たして好ましい事なのだろうか。
 筆者はこれまであらゆる社会活動の中において、中心的テーマではなかった藝術を政策・地域・企業・生活において効果的に取り込み、再び人間の生活に結びつけた姿こそ文化国家として望ましい姿であると考えている。この様な社会を実現するアプローチの一つとして、企業経営に藝術の要素を取り入れていく事が効果的であると考え、入塾以来、様々な事例や実践者に学び、研究を重ねてきた。本稿においては企業経営と藝術の関係について本年5月に行ったフランスでの調査と国内の研修先である「人の森株式会社」での実践を中心に以下に述べて参りたい。

なぜ企業に藝術が注目されるのか

 私たちを取り巻く環境は日々めまぐるしく変化しており、人工知能やIoT、ロボット等のテクノロジーの進化により第四次産業革命が予測され、2045年にはシンギュラリティによって多くの職業は人工知能にとって代わられることが予測されている。[1] 単純労働のみならず知的労働も競争に晒され、代替可能な仕事は淘汰されていくと考えられるのである。加えて、訪日外国人の増加やグローバリゼーションのもと民族や文化の流動性が高まり、自国のアイデンティティの再認識が問われている。無論、これらの変化は企業経営においても大きな影響を及ぼす。この様な経営環境の変化が早く流動的な状態において、欧米追従のモデルを手本に進んできたこれまでのやり方のみでは持続性はなく、付加価値を生み出す事も難しいことが明らかになりつつある。企業がその存在意義を問われ変化を求められる時代において、藝術の「想像力と創造力」「直感と感性」「美意識」と言った力が着目されることは無関係ではないと考える。
 昨今、書店でビジネス書のコーナーにアート関連書籍が置かれる様になる等、ビジネスにおいて藝術に対する関心が高まっている。この背景には、論理的思考に加えて感性や美意識の重要性を感じ、大多数が納得する同質的な答えではなく、独自性のある新しい発想が求められていると言う事が関係している。ものあふれの時代において消費者の意識は変わり、魅力の無いプロダクトは淘汰される事はごく自然な現象だと言える。企業が存続するためには、生産性の改革が必要だが、その中でも技術、商品、組織、人材における新しいアイデアの導入や経営者、労働者の教育、また新しい事業の作成等が生産性向上と高い相関関係を持っており、改革の要諦になると考えられている。まさしくこれからの改革に求められる能力は一人一人の個の創造力であり経営における美意識なのである。

フランスにおける企業と藝術の関係性

 本年5月、筆者はフランスにおいて”フランスと日本の比較から考える文化藝術の戦略的活用”をテーマに約3週間、現地で各機関を周りヒアリングや視察を通じて調査を行った。
 ADMICALと言うフランスの商工業メセナ推進協会では、フランスの企業がどの様に文化藝術を支援しているかについてヒアリングを行った。ADMICALは企業の藝術文化支援を推進する民間連合組織として1979年に設立された。機関紙の発行、調査研究、顕彰事業、セミナー、コンサルティングなどを行っている。フランスにおける「企業メセナ」は、文化藝術に限らず、環境、社会、スポーツも含むフィランソロピー全般を指す。同国では伝統的に藝術や公益に関することは政府管轄の事柄と捉えられてきたため、民間の文化支援といえば資産家などの個人によるものが主流だったが、80 年代に寄付税制等の法改正が進み、企業によるメセナ活動が活発化した。加入企業は、2018年ベースで約82000社の内、フランスの企業メセナでは96%が中小企業である。支出額の割合においては大企業が全体の57%を占めているが、日本の企業メセナ協議会を主に大企業が構成している現状と比較すると裾野がとても広い。予算は近年減る傾向にあるが、メセナ実施企業全体の総予算は3〜3.6億ユーロ(≒4000億円)。メセナの対象となる分野は 1 位:ソーシャル28%、2 位:文化藝術/遺産25%、3 位:教育23%、4 位:健康11%となっており、企業メセナ参加企業において文化藝術に対する意識が高いことがわかる。[2]
 フランス文化省(Ministère de la Culture et de la Communication)の組織の一つである藝術創造総局(La Direction générale de la création artistique (DGCA) )では”Artist in Enterprise”と言う取り組みについて伺った。これは藝術家が行政の資金援助等のサポートを受け、一定期間企業に滞在し、企業による素材や場の提供の元、制作活動が行われるプログラムだ。2016年から始まりフランスにおいても新しい試みであるが、これまでに多数の企業が実施している。企業としては、プログラムを通じた社内の人間関係の潤滑化、対外的な企業イメージの向上、新しい視点やイノベーションのアイデアが得られるといったメリットがある。行政のプログラムとは分離しているが、フランスの代表的なブランド企業であるHERMESもアーティストを自社の生産工場において滞在させ、現場の職人と共に作品を制作する試みや、アーティストとコラボレーションして代表的なプロダクトであるカレ(スカーフ)のデザインを行うなど、ブランドの進化を続ける上で藝術の要素を持続的に企業活動に取り込み創造的発展に生かしている。藝術家と共に価値を共創するという新しい関係性として”Artist in Enterprise”の取り組みに高い可能性を感じている。
 また、滞在期間中にパリの文化施設において開催された”Art Thinking Conference”というシンポジウムにも参加した。”Art Thinking”とはアーティストが作品を生み出すプロセスをビジネスのイノベーションに取り込み、新しい価値創出を行うメソッドである。パリの老舗ビジネススクールESCPのSylvain Bureau氏がアーティストのPierre Tectin氏と10年前に始め、これまで世界各地の企業でワークショップを開催し、日本においても昨今注目を集めつつある取り組みだ。パリのポンピドゥーセンターで行われた企業の成果を発表するレセプションでは、実際にプログラムに参加したボルドーの地方銀行の方と対話を行い、感想を伺った所、これまでにないアプローチでとても新鮮だったと生き生きと自分たちのプロジェクトについて話していた。人材採用の難しさという課題をテーマに一つのビジュアル作品を制作し、ギャラリースペースで発表し、自身もその作品のアクターとして参加した経験が彼を雄弁にさせたのだと感じた。
 以上の調査から、フランスにおいては企業と文化藝術のつながりは様々な形で展開されており、また双方をつなぐ中間支援組織の充実と全国的なネットワークが形成されていることが分かった。また、企業に限らず、地域社会においてもフランスではあらゆる都市で藝術が生活の中に根付いており、生活環境の中に自然に存在していることを感じた。この様な環境において教養が自然と形成され育った人間があらゆる経営の現場を担う世代になったので、文化藝術を重要視する価値観が形成されているのではないかと考えられる。

企業研修の実践

 現在、国内の研修先である「人の森株式会社」[3]において企業研修の企画に取組んでいる。企業において経営理念やビジョンの伝達は重要な事であるが、多くの企業がその実践に課題を感じている。本研修先においても経営方針と未来ビジョンを社員に伝えたいと言う思いがあり、それは社員エンゲージメントや生産性に関わることでもある。一般に、これまでのインナーブランディング伝達手段としては経営者からの直接的な言動、企業理念を表記したハンドブック、コーポレートムービー等のツールが作成されてきた。しかしながら、将来の目指す世界観を目に見える形で提示し、社員と共有し、参加型で共に重ね合わせて作ると言う事はまだ一般的ではない。
 筆者は全社員を対象として、個人を起点に未来を想像し、他者と共有しつつ、一つの作品を形にするワークショップ等を行い、未来ビジョンのビジュアル化(具体化)、社員の企業活動における参加意識、感性と対話力の向上を目指す研修を企画している。経営理念を一つの藝術作品にするプロセスに社員に参加して頂き、自分の手で作る事で能動性を引き出し、全員で同じ方向を向く象徴を作る。ただ表面的に綺麗にまとめたデザインではなく、恒常的に物質と共に記憶が残るものを作りたいと思う。また、本研修では2年次にインターンシップを行ったベネッセアートサイト直島における研修旅行の企画も行っている。普段とは環境の異なる自然の中、森や海、人の生活、一流の藝術と向き合い自問し、企業活動や経営理念について考える時間を作って参りたい。

おわりに

 日本における文化藝術の課題は実に膨大であり、為すべき事が多くある。しかしながら、現在の中央政府においては予算も限られ、政治においては決して関心が高くないと言った現状がある。文化藝術の価値は目に見えず、数値化しづらく、形成に時間がかかる。しかしながら、もし日本が文化藝術の価値を重んじる事をせず、機能的、合理的な経済システムのみを追求すれば、無味乾燥で実に魅力のない国になり下がると思う。21世紀においては、文化国家という新たなフェーズを私たち一人一人が目指し、筆者も一人の実践者として尽力して参りたい。

[1] アメリカの発明家 Kurzweil, Rayらが提唱している「2045年問題」(別名)のこと。AIのベースとなる技術が人間の知力を上回り、いずれはAIが意識や感情まで備えるようになっていくとされている。彼以外にも各界の著名人も同様の警告を発しているが、様々な見方がある。( Kurzweil,Ray(2007)『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』NHK出版 pp. 10-15を参照)
[2] フランス商工業メセナ推進協会ウェブサイト (参照2019年7月10日)
http://admical.org/sites/default/files/uploads/admical-le_mecenat_dentreprise-infographie.pdf
[3] 1940年(昭和 15年)神奈川県海老名市にて相模興業株式会社設立。2003年人の森 株式会社へ社名変更。骨材、レディーミクストコンクリートの生産販売、地質調査、植物工場研究開発事業、不動産開発事業、フィットネス事業等、多角的な経営を行っている企業。

2019年6月 執筆
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