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経済・産業・通商
2019年6月

沖縄の自助論 ー基本理念の探求と現場での実践ー
比嘉啓登/卒塾生

沖縄県出身。首都大学東京大学院 都市環境科学研究科修了後、三井物産株式会社に入社。アジア諸国向けインフラ建設プロジェクト等に従事。2016年より松下政経塾第37期生。2018年より沖縄県名護市にある観光施設ネオパークオキナワ(名護自然動植物公園)の経営企画部長として、衰退が進んだ施設再建に取り組む。

 

<目次>
 
1.私の志
1-1 沖縄の貧困課題と補助金への依存
1-2 アジア躍進に対する危機感
1-3 根本解決の方法を考える
1-4 沖縄産業の方向
1-5 沖縄の産業課題の深層
 
2.ネオパークオキナワについて
2-1 巨大ハード整備事業のその後
2-2 ソフト=経営面の苦戦
 
3.実践での取り組み
3-1 ソフト課題の本質的解決
3-2 掃除から
 
4.変化
4-1 変わり始めたこと
4-2 気づかされたこと
4-3 自助の先にある衆知と事業の公器性
 
5.沖縄の自助(Self Help)

1.私の志

1-1 沖縄の貧困課題と補助金への依存
 沖縄県は本土復帰以降、島嶼の経済的不利性克服と一人当たり所得の向上に向けて県土開発と産業基盤形成を推進してきた。しかし復帰から47年を経た今日においても未だ多くの課題が残されている。
 特に「所得格差」は県民生活において大きな課題となっている。沖縄県の一人当たり県民所得は216.6万円で国民平均所得305.9万円と比べても非常に低く、有業者のうち5人に1人は100万円未満、2人に1人は200万円に満たない状態*1にある。また非正規雇用率は40.4%と全国最高値*2。さらには子供の貧困率は29.9%と全国平均(16.3%)の2倍*3と、次の世代にも貧困が引き継がれる悪循環を生み出している。
 所得が低く、雇用も安定せず、子ども世帯にも貧困が引き継がれる状況のなかでは、文化的で豊かな生活を送ることは容易ではなく、また若者が将来に対して希望を抱くことはできない。

*1:2014年、一般財団法人南西地域産業活性化センター「沖縄県の就業構造と失業に関する調査研究」
*2:2012年、総務省「総務省就業構造基本調査」
*3:2016年、沖縄県「沖縄県子どもの貧困実態調査」

 政府・県はこれまでさまざまな施策を講じてきた。「沖縄振興開発計画」(第1次~第3次、昭和47年~平成13年)及び「沖縄振興計画」(平成14年~23年)では、沖縄振興開発特別措置法に基づいて「本土との格差是正と自立発展の基礎条件の整備」を掲げた取り組みがなされ、またその後の「沖縄 21 世紀ビジョン基本計画」(平成 24年~)においても、政府・県を挙げての施策が続けられている。

 このような施策においては、政府は46年あまりで10兆円超の振興開発事業費を投入し、そのうちの7割超が道路、空港、港湾、ダムなど社会資本整備に投じられ*4沖縄の経済社会は着実に発展してきた。しかしハード整備による施策だけでは貧困を解決するだけの自立的経済の成立を成すことは出来ない。補助金が短期的に増額されようとも、外部のみに依存した産業ではいずれ立ち行かなくなる。

*4: 2009年、宮田裕ほか「沖縄「自立」への道を求めて―基地・経済・自治の視点から」高文研-所収(沖縄経済の特異性はどうしてつくられたか)

 1998年から2006年まで沖縄県知事を務めていた稲嶺恵一氏は、在任当時沖縄振興策に関して、「沖縄には釣った魚でなく釣り竿が必要」と沖縄のあるべき姿を打ち出していた。それまでの箱モノによる短期的な利益ではなく、長期的・持続的に利益を確保できる仕組みを釣り竿に例えた言葉である。
 持続的な発展を遂げていくためには、補助金だけではなく、内発的な産業の促進が求められているのだ。

1-2 アジア躍進に対する危機感
 片や海外に目を向けてみるとNIES、BRICS、NEXT11と呼ばれる新興国は目覚ましく発展している。中国、韓国、台湾、シンガポール、インド、インドネシアなどのアジア地域は安価な労働力を梃子に先進工業化に成功し、今では国際性豊かに進んでいる。World Bankが発表している「国別一人当たり年平均GDP成長率(2009-15年)」からみても、2009年から2015年の一人当たりGDP成長率平均は中国・台湾の6%以上を筆頭にアジア勢の成長は目を見張るものがある。
 私自身、これまで中国、韓国、インドネシア、香港、シンガポール、フィリピンなどアジア地域を訪問する機会があったが、彼らは明日の発展を疑わず、日々努力を重ねて自らの生活を向上させようという気概を持っていた。旺盛なアジア市場を目の当たりにして、改めて故郷を振り返ってみると、アジアの成長から取り残されてしまうのではないかという強い危機感を持つに至った。

1-3 根本解決の方法を考える
 では、経済的自立を果たし貧困課題を根本的に解決するにはどのような方法があるのか。
 順を追って考えてみると、①一人当たり生産性が飛躍的に向上し、②生産性向上により企業収益が増加し、③増加した企業収益が労働者に適切分配される、④県内全体の消費につながっていくというサイクルが繰り返されることに他ならない。

 上記のような循環を促進していくには、生産要素(土地・資本・労働)を生かすための工夫が必要となる。言い換えれば、“経営”のちからが今以上に求められるということである。
 
 松下幸之助塾主は、“万物は自然の理法に従って生成発展しており、その考えに基づいた正しい経営理念を持っていれば、人も技術も資金もはじめて真に生かされてくる”という経営哲学を著書「実践経営哲学」をはじめ様々な場面で伝えていた。

 沖縄の県内総生産(実質)は2017年時点で4.3兆円となっているが、生産性の向上によって年間3%の増加を実現させることが出来れば、30年後には10兆円を目指すことが出来、企業所得の分配を通じて、216.6万円/年(2017年)から466万円/年(2047年)まで一人当たり県民所得を引き上げていくことも可能になる。

1-4 沖縄産業の方向
 では上記のような経済発展を成すには、沖縄はどのような産業に着手すべきなのか。
 マクロ環境をみてみると、付加価値や労働生産性を上げていくには工業高度化や技術水準を追求し経済発展を目指していくことが一般的である。先進国化を果たした発展途上国地域NIES(新興工業経済地域、Newly Industrializing Economies)においても、成長の前提となっているのは“工業先進化”である。
 しかし沖縄は海に囲まれているため、分業の進んだ効率の良い製造拠点を創ることが容易ではない。
 また大型受注のプロジェクトマネジメントを遂行する人材や、最先端技術を有する人材が十分ではなく、育成するとしても本土と同じような環境のない沖縄では極めて難しい。これは、製造業に限らず、次の先端産業であるIT産業なども同じことが言える。沖縄の特区政策(国際物流拠点産業集積地域・情報通信関連産業特別地区・金融業務特別地区など)が大きな成長の機会につながっていないことも、上記のような要因が強く影響していると認識している。
 一方で、沖縄の生産要素(土地・資本・労働)を考えてみたときに、ほかの地域にはない強みもいくつかある。「東アジア各国に近いという地理的優位性」「暖かな気候・風土」「非日常的な文化形成」などは観光立県の可能性を裏付ける大きな要素である。

 沖縄の観光産業はこれまで堅調に発展しており、観光収入、観光客数ともに4年連続で過去最高を更新している。2020年度には1兆1000億円、1200万人を達成する見込みで拡大しており、外国人観光客の割合増加など日本だけでなく海外からの需要獲得にも可能性が期待できる。観光産業は現状においては沖縄に最も馴染んだ産業といえる。

図表1:沖縄入域観光客の推移(Forcast含む)

出典:2018年,OCBV(沖縄観光コンベンションビューロー)、2030年までの沖縄入域観光客見通し

1-5 沖縄の産業課題の深層
 観光産業を通じて県経済をさらに躍進していくにあたっては、これまでのように政治や行政の力をもって環境や社会制度、インフラなどを改善するだけではうまくいかない。民間による働きがより重要になる。
 数々の税制減免措置や制度的な優遇措置がなされてきたにもかかわらず投下資本に対する成果が今一つ上がらない要因は、補助金による「人為的な」経済成長の方法に頼りすぎているからではないか。沖縄が貧困から抜け出すためには、制度や政策面だけではなく、心情的な側面として「自助」の精神を根付かせ成長の原動力としていく必要があるのではないか。この心情的な側面こそ、沖縄の産業課題の深層であると考える。

Samuel Smilesは自助論の序文*5
  *5 1985年、サミュエル・スマイルズ(竹内均・訳)「自助論」三笠書房

”天は自ら助くるものを助く “
”自助の精神は人間が真の成長を遂げるための礎であり、自助の精神が多くの人々の生活に根付くなら、それは活力にあふれた強い国家を築く原動力となる” 

と著した。また、

“国家の価値や力は制度ではなく国民の質によって決定される。法律を変え、制度を手直ししたからと言って、高い愛国心や博愛精神が芽生えるわけではない。むしろ、国民が自発的に自分自身を高めていけるよう援助し励ましていく方が、はるかに効果は大きい”

とも述べている。私はこの「自助」の精神こそが沖縄の産業を躍進させると強く信じており、貧困解決のための最優先事項と考える。

 民間の事業を通じて県民が自発的に自分自身を高めていけるよう援助し励ましていくことで、沖縄の産業課題を解決し、貧困を解消させることが私の志であり、実現させたい理想の社会像である。その理想を実現させるための実践の一つがネオパークオキナワの再建であり、次項にて紹介する。

2.ネオパークオキナワについて

2-1 巨大ハード整備事業のその後
 ネオパークオキナワは1987年に開園して以来32年が経過する施設であり、沖縄の観光を支える拠点の一つとして運営されてきた。22ヘクタール(東京ドーム5個分)の敷地に日本最大のフライングケージ(大きな網型の囲い)が張り巡らされ鳥類や保有類など100種類以上の動物が放し飼いにされており、園内には軽便鉄道など充実したハード設備が整備されている。
 しかし、経営の側面からみると順風満帆とは言えない状況があった。1986年に沖縄北部地域開発研究センターにより数十億円で建設着手された施設は1987年に開園してから5年間で経営難により閉園。その後政府・市の資本投入を受けて再建行われるも立ち行かない状況があり、2015年には沖縄で構想されていたUSJの建設候補地にもなった。
 その後、2018年6月に医療施設やホテルなどを運営するタピックグループが過半数株式を取得し経営再建に着手しており、筆者は経営企画部長として再建に関わる機会を得た。

図表2:ネオパークオキナワ概要

出典:新聞報道・行政資料などをもとに筆者作成 (写真著作権はネオパークオキナワに帰属)

図表3:ネオパークオキナワ沿革

出典:新聞報道・行政資料などをもとに筆者作成 (写真著作権はネオパークオキナワに帰属)

 過去20年ほどの推移で見ると、沖縄の入域客数が388万人(1997年度)から958万人(2017年度)に伸びているのに対して、ネオパークオキナワの入園者数は30万人(1997年度)から16.5万人(2017年度)に半減している。このことからもいかに施設が厳しい経営状況であったかが分かる。

図表4:ネオパークオキナワ入園者数推移

出典:OCVB,ネオパーク資料を基に筆者作成

2-2 ソフト=経営面の苦戦
 観光施設は、設立当初に大規模投資を行い、その後の入園料等の収入でその投資を回収するというビジネスモデルで成り立っている。すなわち、一定規模以上の集客が、投資回収と永続のカギとなる。そして、この集客には施設の魅力度と人の魅力度が重要になる。
 一方で、観光施設は開業時から徐々に経年劣化により施設の魅力度が低下していくため、一定年数でのリニューアルが不可欠であり、またそれなりの資本投入も必要になってくる。このような新陳代謝がうまくいかなくなると、利用客が減少し、経営上の様々な制約が生じ始める。
 具体的には、来てくれる人が少なくなると、①モノが売れないため商品点数が減少し、取引業者が少なくなる、②人件費を賄うことが困難になり従業員数を削減する・または一人当たり給与額を下げる(また昇給できない)、そして人手不足により園内運営が滞り始める、③金融機関・株主からの与信低下により資金調達コストが上昇する、または借入が困難になる等である。これら①~③の状態は観光施設の運営を困難にし、活気を失わせ、魅力を低下させていくことにつながる。

 ネオパークオキナワにおいても、入園者減少により、施設内売店での商品点数が限定的で取引業者が以前に比べて減少し、従業員数が以前に比べて半減(最少人数で運営していている、現場はいつも忙しい)、金融機関からの与信は決して高くないなどの状況を垣間見ることがしばしばあった。

3.実践での取り組み

3-1 ソフト課題の本質的解決
 再建に着手した当初から時間に都合がつく限り現場に足を運び続けた。施設の中を回っていると、目についたところがいくつかあった。
 例えば、ごみだらけの園内である。訪問客が回遊するルート上は少ないスタッフで何とか清掃しているものの、バックヤードを見てみると、日々の業務に追われて着手できていないのか事務所は書類で溢れかえり、倉庫に段ボールや使われていない備品が散乱していたり、園内ごみ施設が整頓されていなかったり、飼育施設周辺にもバケツなどが放置されている状態があった。従業員に聞くと「忙しくて対応しきれなかった」「あのエリアはAさんが担当している」など、自分ごとで対応しているとは言えない状況もあった。
 それから、お客様に扮して園内を歩いていると、従業員から顔を背けて挨拶を交わさない状況もあった。士気が下がり、挨拶する雰囲気が整っていないと気分も乗ってこないのだろうと容易に想像が出来た。
 また、会社として年次目標や月間目標は存在せず、従業員にも共有されていなかった。毎日実施している朝会でも、担当者が入園者数を棒読みしている状態で、改善に向けた取り組みが進んでいない事に非常に驚いた。
 そのほか、行政出資を受けている第3セクタ―にもかかわらず、行政サイドとの連携が十分ではなかったり、労使間での関係性にも改善の余地があるなど、潜在的な課題も多々あるように見受けられた。

図表5:園内の当時の状況

出典:筆者作成

 上記のような状況の中で、一か月ほど再建の方向性について現場のスタッフと相談していくなかで、イベントや広告など短期的に入園者数と収益を増やす戦略だけではなく、「組織づくり」と「事業計画づくり」に取り組もうという結論になった。
 この2つは、劇的に変化を及ぼすというよりも、むしろ時間がかかる、長期的な取り組みとなるが、ネオパークオキナワが社会的な意義を持ち、継続して事業運営をしていくためには必要なことであるとも考えた。

3-2 掃除から
 再建着手から一か月の2018年7月あから、「組織づくり」「事業計画づくり」という再建の2つの柱を掲げ、次のような取り組みを開始した。

①掃除
 先ずはバックヤードがゴミだらけになっている施設を地道に掃除することから始めた。倉庫内は30年間分の書類や備品、在庫などがたまり、足の踏み場のない状況があり、また大型什器、家電の廃棄であったり、紙ごみの整理・仕分けなど際限のない作業量があった。地図と写真をもとに現状を可視化し、現場職員との情報共有を図り、また掃除を習慣化して行く中で次第に理解を得られ、園内環境の良好化につながっていった。

②挨拶
 挨拶についても、皆で意識付けしていけば変わるだろうということで、毎朝欠かさず朝礼を実施して、「おはようございます」「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と声を出して業務のスタートをし、現在も習慣化している。

③経営理念の再確認と組織体制
 ネオパークには創業者である故 近藤典生 東京農大名誉教授が残した「人と動植物との共存を実現する」という経営理念がある。会社が「何のために何を行うのか」を示す経営理念は、従業員、お客様、あらゆる関係者を結びつける要でもある。管理層への経営理念の浸透を徹底し、また自社ウェブサイトにも経営理念を確りと掲載するようにしている。それから組織体制についても、所掌が曖昧になっていた部分が明確になるよう機能部制を導入し再構築を行った。

④事業計画(5か年計画)と個別戦略
 事業計画についても再建着手の早い段階で準備を進めた。目標は大きく2つで、
・入園者数を5年間で倍増させること(2017年16.5万人⇒2022年33万人)と、
・売上高を5年間で4倍にすること、である。     
 目標に関しては、入園者数は過去の来園実績と周辺施設の動員をもとに割り出し、売上高についても再建に伴って園内の付加価値と収益性向上が見込まれたことから、このような形で設定した。
 入園者数については、既存のお客様の属性分布がどのようになっているのかを知るために2018年7月に来訪者調査を実施したところ、国内が半分(県内25%、県外25%)、海外が半分(台湾18%、中国19%、香港9%)という結果が出た。これに基づいて、国内・外向けにそれぞれ集客方針を定め、Webマーケティング(ウェブサイト・SNS・口コミサイト活用)と観光エージェントの起用を進め、集客増加につなげている。
 売上高については、既存のアトラクションをより一層利用して頂くために稼働率目標を定めて利用促進を図った。また入園料の適正化や、入園者数の減少に伴い休止していたレストラン機能の回復、ギフトショップ改装などを計画し、それぞれの投資計画に見合った資金調達をして経営再建の見通しを立てそれぞれ実行に移した。
 事業計画は、就業員の安定雇用と利益再分配が行うためには欠かす事が出来ない。また事業計画は取り巻く関係各者を巻き込む貴重な情報でもある。計画づくりによって社内外に理解を得て協力してもらうことが非常に円滑になった。

4.変化

4-1 変わり始めたこと
 先に述べたことに加え、事業会社のバリュエーション(経済性評価)や、民間株主の集約化による意思決定の即時化、名護市への大規模改修依頼、金融機関との融資交渉、事業承継後の組織体制・マーケティング強化等のハンズオン支援など自分が出来ることから着手した。取り組みから1年を過ぎて振り返ってみるといくつかの変化があった。

 一つ目の変化は来訪者数である。ネオパークはここ数年間、来訪者数の伸び悩みがあった。“来訪者数”は観光施設としてどれだけ利用頂いているかを示す重要な指標の一つだが、この来訪者数が2018年4月から13か月連続して前年度対比でプラスになり、昨年度(18年3月期)の年間来訪者数は+2万人になった。また直近(4・5月)の来訪者においても、前年に対して140%を超える来訪者があり、国内に限らず海外から来訪者が益々増加し(全体の40%超)、弾みがついている感がある。
 二つ目は売上高の増加である。以前は売上高の伸び悩みがあったが、昨年度決算では好調に推移し税後利益でも黒字着地、直近5月には前年に対して売上高180%となり、お客様一人当たりの消費単価も以前に比べて格段と向上した。以前にも増して事業の経済性が高まっている。
 三つ目は従業員のベース給与改善と成長に向けた再投資である。ネオパークでは県内他施設同様に従業員待遇の改善が必要な状況があった。事業経済性の高まりを踏まえて、4月からベース給与改善や福利厚生面の充実化を図る事が出来、働きやすい居場所づくりにつながっている。さらに老朽化した施設についても次なる成長に向けて修繕を行ったり、休眠していたレストランの再開を進めている最中である。

4-2 気づかされたこと
 再建に当たり、こうすれば上手くいくというようなマニュアルはどこにも存在せず、試行錯誤を繰り返してきた感がある。そのような中で、自らの未熟さであったり、無力さ、時間の物理的な限界に直面することも多々あり、“一人では何もなすことが出来ない”ということを身をもって体感した。ネオパークという事業が発展に結びついているのはやはり事業に携わる関係者の衆知と協力が事業に向かって一点に集まっているからであると、現場にいてつくづく気づくことになった。

 例えば、お客様がなければと売り上げが上がらず、従業員の意欲がなければ施設を日々運営することもままならない。

 集客に当たっては、自社のノウハウだけでは十分とは言えず、地元の広告代理店やWeb会社に多大なる協力を得てはじめて、メディアミックス戦略を続ける事が出来る。

 園内設備の改善や、レストラン開業に当たっては、インテリアデザイナーや地元施工会社、さらにはレストランのオペレーションノウハウを有する事業者との協調も欠かすことは出来なかった。

 施設への投資に当たっては自己資本に加えて、運転資金や投資資金を他人資本から調達することになるが、これも地元の金融機関から良好な条件での融資なしには成立しない。

 そして何より、名護市や民間から資本を預かっているからこそ、事業を継続することが可能になる。

 以前、税理士法人代表で或る全国組織の理事を務めている赤岩茂先生に「財務諸表を見るとその会社がどれだけの関係者に支えられているかが分かる。事業は多くの方々の努力の結晶である」と伺ったことがある。
 実践での取り組みを通じて、貸借対照表や損益計算書のそれぞれの勘定科目の数字の背景にある、事業運営に協力・連携している関係者の多さであったり、存在の大きさに気づかされた。

4-3 自助の先にある衆知と事業の公器性
 取り組みを通じて、事業は誰かに命令をされることで運営されるものではなく、多くの人の知恵と力が雲のように集まって、生み出されていくものであると痛感することになった。松下幸之助塾主が昭和35年(1960年)1月10日に松下電器社員への講和で発表した内容に、共感する点が多々ある。

「衆知によるところの経営が行われない限りはこの会社はやがて行き詰まるだろうと思っているのであります。個人の経営で発展してもやがて崩壊するでありましょう。賢人の経営に致しましてもやがて崩壊するでありましょう。衆知によらないところの経営以外にはほんとうの経営というものはないと思うんであります。衆知によるところの経営は、いわゆる真の民主主義の経営であります」。

 では、衆知はどこからくるのか、また事業に対してなぜ関係者は協力することになるのかだが、現場で多くの方と接する中で思い知ったのは、企業単体の利益最大化を追求することだけではなくて、損得勘定を超えた事業の“公器性”が事業の求心力の根本であるということである。社会発展につながるだろうという実感が、企業としての存在価値を高め、やりがい・関りがいにも関わってくるのではないだろうか。

5.沖縄の自助(Self Help)

 沖縄の貧困課題はすぐに解決するようなものではなく、島嶼という地政学的な環境が強く影響していて、どうすることもできないという意見もある。ただ、それが言い訳になり、国や補助金にすがり始めたときに、沖縄県の経済的自立の実現から遠のいてしまうのではないか。S.スマイルズの言う”Heaven helps those who help themselves.(天は自ら助くるものを助く)”という言葉は、自己責任論を正当化するような、厳しく冷たい印象を持たせてしまうこともあるが、沖縄の未来を構想した時には大切な指針になるに違いない。
 制度や政策といった、枠組みや外部からもたらされたシナリオだけでは沖縄の貧困課題を解決することは出来ない。県民による内発的で地道な取り組みにこそ、解決の糸口があることを痛感する。現状そのものを即時的に改善できなくとも、一つの事例から波及していくことに期待したい。
 事業の公器性は、あらゆる企業に備わっているものであると確信している。
「この事業は社会が良くしていくことにつながる」という事業本来の存在意義が沖縄県民に伝われば、県民の活力の源泉になり、あらゆる困難のなかでも問題解決できる強さであったり、新たな社会を形成する創造性に結びつくだろう。これらの積み重ねが生産性の回復につながっていくのではないか。
 その一連の変化が、結果として貧困を縮小させていくことを信じている。ネオパークでの活動が自助への取り組みの一助となるように、県民の一人としてこれからも尽力していきたい。

 
<参考文献>
2018年、沖縄県文化観光スポーツ部観光政策課「平成28年度の観光収入について」
2018年、沖縄県企画部「平成30年度経済の見通し」
2018年、国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(平成30(2018)年推計)」
2016年、樋口 耕太郎「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」沖縄タイムス
2016年、沖縄県「沖縄県子どもの貧困実態調査」
2015年、大前研一「沖縄から基地がなくならない隠された理由」PRESIDENT 2015年5月18日号
2014年、一般財団法人南西地域産業活性化センター「沖縄県の就業構造と失業に関する調査研究」
2012年、総務省「総務省就業構造基本調査」
2009年、宮田裕ほか「沖縄「自立」への道を求めて―基地・経済・自治の視点から」高文研-所収(沖縄経済の特異性はどうしてつくられたか)

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