論考

Thesis

『国防』に関する理念の再考

戦後の我が国の国防の理念として、①専守防衛、②軍事大国とならないこと、③日米安全保障体制の堅持による国家防衛が挙げられる。本稿では、それら戦後の国防の理念が、今日の世界情勢等を踏まえどの様な意義を持つかについて再考し、今日から将来にわたる我が国の国防の理念について提案することを目的とする。

【目次】

Ⅰ はじめに

Ⅱ なぜ国防に関する理念を再考するのか?

 1 戦後の国防に関する理念の概観

 2 今日の世界の流れ

 3 戦後の国防に関する理念が直面する課題

Ⅲ 『国防』に関する理念の再考

Ⅳ 理念の実現化に資する方策の提案(憲法改正の観点から)

Ⅴ むすび

Ⅰ はじめに

 『日本周辺の外交・安全保障情勢』について、近年、国民の関心の高まりが顕著である。例えば、最近まで核実験や弾道ミサイル発射などにより、北東アジア地域のみならず、世界を困惑させていた北朝鮮が急遽対話姿勢に転じて、文在演大統領との南北首脳会談の開催に至り、さらに6月12日においては、トランプ米国大統領と金正恩委員長の歴史的会談までに至ったものである。こうした朝鮮半島情勢の変化が日本の外交、経済、安全保障などにどの様な影響を及ぼすかについて、新聞やテレビなどにおいて、連日、専門家やジャーナリストなどが議論している姿が良く見られる。また、中国やロシアとの領土問題をはじめとする外交・安全保障上の摩擦についても、これまでになく報道・議論されている。冷戦の終結に伴って旧ソ連の北方方面の脅威は低下したものの、中国の南西方面での台頭は冷戦期の旧ソ連をも凌ぐ勢いである。例えば、平成28年度の航空自衛隊の緊急発進数(スクランブル対処)は、全体の1168回のうち、851回(約70%)が中国機に対してであり、過去最高回数を記録(1)していることからも、中国の軍事的成長は明らかである。

 朝鮮半島及び中国を筆頭に、これほど激しく変化する周辺情勢に対し、国民が無関心でいることは不可能であるし、政府としても我が国の安全や国益を守るため、その変化に対応するために多くの政策、外交交渉に取り組んでいると言えるであろう。

 こうした状況を鑑み、我が国は、自国と世界の『平和』を希求するには、そのための『前提』について今一度自問自答する必要があると考える。要するに、自国の安全保障(すなわち、国防)についての基本的な理念について再検討し、国家が国民・国土を守るためには、どうあるべきかを考えることである。

 本レポートにおいては、戦後の我が国の安全保障政策、世界情勢を概観した上で、将来の我が国の安全に資する国防に関する理念について考察することを目的とする。

Ⅱ なぜ国防に関する理念を再考するのか?

 ここでは、国防に関する理念を再考する必要性について論じたい。戦後、日本国憲法を制定し戦争放棄、戦力の不保持を決意した我が国であるが非武装を我が国の国是としている訳でなく、自衛隊と日米安保体制により国家安全保障を図っている。そうした体制下における国防に関する理念が、今日では、どの様な効果をもたらしているのかを踏まえた上で、現実に理念を再考する必要があるのかを考察する。

1 戦後の国防に関する理念の概観

 戦後における、我が国の国防の理念と言えるものは、①専守防衛、②軍事大国とならないこと、③日米安全保障体制の堅持による国家防衛の3つが挙げられるであろう。

(1)専守防衛とは、文字通り専ら守ることにより自国防衛を果たすことである。この理念は、戦前我が国が中国大陸や太平洋諸国を侵略することで多大なる被害を諸外国に与えた反省によるものである。もっとも、現在においては他国を侵略することは国連憲章により禁止されており、日本以外の多くの国家(例えば、ドイツやフランスなど)が侵略戦争を自国の憲法にて禁止していることから、専守防衛に類する国防の理念は現代においては普遍的なものといえる。我が国は、専守防衛の理念のもと、自国に対する侵略があった場合のみ、その侵略を排除するのに必要最低限の自衛力(すなわち、自衛隊)を持つこととしたのである。

(2)軍事大国とならないことについても、戦前の我が国の侵略行為に対する反省である。軍事大国とは、多義的に解釈できるが、例えば外国に対して侵略行為を可能とする能力や、敵国の領域内を攻撃することが出来る能力を持つことを指すことがある。また、別の解釈では、兵器を量産し輸出する産業力・工業力を持つこと、さらに言えば核兵器を保有していることを指す場合もある。

我が国が専守防衛に徹する場合は、それを超える実力を持つ必要がない上に、軍事大国となると周辺国に不要な不安を与え、軍拡競争を引き起こすことになりかねない、との状況を危惧したのである。すなわち、我が国が軍事大国となることが、周辺の情勢が不安定となるという考えのもと、本理念が生まれたといえる。

(3)日米安全保障体制については、世界平和の希求や民主主義など共通の価値観を持つ日米両国が、アジア・太平洋地域の平和と安定が双方にとって国益に一致するとの理由から、日本と米国の安全保障戦略の基軸となっている。今日では、日米安全保障体制の存在は公共財として日米両国以外の国家(例えば、フィリピンなど)の安全保障にも利すると認識されている。

 これら3つの戦後での我が国の国防に関する理念について、大まかに確認した。いずれの理念についても今日にあっても有効かつ世界的に普遍化しているものであり、戦後一貫して維持されて来た意義についても理解し得る。しかしながら、最初に指摘した通り、我が国は国防面で周辺状況などに翻弄されることが多い。次章では、我が国を取り巻く周辺状況や世界の情勢がどうなっているかについて概観する。

2 今日の世界の流れ

 最近では、いわゆる時代の流れが早くなったと言われており、安全保障分野においても例外ではない。むしろ、安全保障に係る周辺状況・国際情勢の変化は特に顕著であると言える。その変化について、軍事費から見るパワーバランスと、最近の周辺諸国の活動(中国、北朝鮮)から確認しておきたい。

(1)冷戦終結後の約30年間において世界の総計は増加する一方であり、2017年では最高値(約1兆7890億ドル、前年比1.1%増)を記録した(2)。特筆すべきは、世界の中でもアジア・太平洋地域の伸び率が世界の中でも3.6%増と比較的高い水準にあることである。また、アジア・太平洋地域諸国の最近10年間推移であるが、中国(2280億ドル、世界2位)は2倍に増加し、韓国(392億ドル、10位)は3割の増加しており、東アジア全体では7割の増加である(北朝鮮については、正確な統計が無いため不明)。一方、日本(454億ドル、8位)は4.4%の増加であり、米国(6100億ドル、1位)は14%の減少である(3)。軍事費の定義や使途については、各国による違いがあり(例えば、兵器の研究開発費を軍事費と考えるか否かなど)、単純な額面上の比較に過ぎないが、アジア地域はもとより世界全体としては軍拡の一途を辿っている中で、我が国は比較的低い水準を維持していることが分かる。

 また、前オバマ政権については、米国全体の軍事費を削減しつつも米軍の戦力配備をアジア・太平洋地域に重点を置く、いわゆる『アジア・ピボット戦略』を発表していた。これら軍事費の観点からも、米国の軍事戦略からも、世界のパワーシフトがアジアに向かいつつあると言えるであろう。すなわち我が国は、そうした力が集まりつつある地域の中心に位置していることを認識しなければならない。

(2)軍事費の拡大から、周辺諸国(特に中国)の軍事的活動も具体的に活発化している。先月の2018年4月においても、沖縄本島と宮古島の間の海峡を中国軍の爆撃機や戦闘機が頻繁に活動していることが確認されている。また、南シナ海の海南島沖において艦艇46隻(空母『遼寧』を含む)、航空機76機が参加した中国軍史上最大規模の軍事演習を実施しており(4)、10年前の沖縄周辺の南西域の軍事情勢とは、全く異なる情況を呈している。これを受けて我が国においても、沖縄方面の戦力強化(与那国島への陸自配置、空自戦闘機部隊の増強など)を行うことで対抗している。

(3)北朝鮮に関しては、我が国は外交・安全保障両面において、最も影響を受けていると考えてもよいであろう。拉致問題、核開発や弾道ミサイルについても25年以上前から我が国は、これらの問題について当事者として取り組んでいた。2002年には日朝平壌宣言(日朝国交正常化への取組)、2003年には6か国協議(北朝鮮の非核化)など外交交渉に取り組んでいたところである。しかしながら、その後日朝国交が正常化することはなく、むしろ北朝鮮が核・ミサイル開発に邁進したことは周知の事実である。そのため、我が国は2003年に、弾道ミサイル防衛システム(BMDシステム)の整備に取り掛かるとともに、北朝鮮の圧力・制裁を国際社会と協調して実施してきたのである。

 一方で、本問題に関しても急遽、2018年3月の中朝首脳会談を皮切りに、4月には南北首脳会談が開催され、6月には米朝首脳会談が実現した。それに呼応する形で、我が国は5月に日中韓首脳会談を計画し、6月以降にて日朝首脳会談を計画しているもので、核やミサイルなどの、いわゆる北朝鮮問題及び日本人拉致問題について協議することを意図したものである。これまでの北朝鮮の行状を見るに、日本をはじめとする主要国の制裁などが結実し、対話の場に出てきたというより、本問題についても北朝鮮に主導権を取られ、今回の対話姿勢についても意表を突かれたと考える方が事実に近いであろう。

 この様に、世界は外交・安全保障面において急速に変化しており、我が国は限られた人的・金銭的資源の中で対応しているところである。しかしながら、予算的・人員的・法律的に制約が多い我が国にあっては、急速に成長・変化する周辺諸国に対応することが困難を極めることが現状と言えるであろう。

3 戦後の国防に関する理念が直面する課題

 我が国の国防に関する理念、即ち、①専守防衛、②軍事大国にならないこと、③日米安全保障体制の堅持による国家防衛について、現在の世界の流れと比較して、今日どの様な課題に直面しているかについて検討する。

(1)専守防衛とは、先述の通り攻撃された場合にそれを排除することを主たる防衛戦略とすることである。BMDシステムがその最たる例であり、弾道ミサイルが我が国に向けて発射された場合、それを排除する防衛システムであり、いわゆる敵の発射基地攻撃機能は含まれないものである。

 戦後、安全保障の舞台となる空間は、陸海空のみではなく、宇宙やサイバー空間を含まれ、むしろ最近では新たに登場した2つの空間の方が注目されている。新たな空間での安全保障の特徴として、時間的推移が早く、物理的距離にも影響されにくく、攻撃と防御の区別がつきにくいことが挙げられる。例えば、BMDに関しては、仮に北朝鮮・中国からミサイルが発射された場合、発射基地にもよるが10分~数十分程度で東京に着弾する。また、我が国の防衛システムに対し、世界中のどこからでもほぼ瞬時にサイバー攻撃は可能である。そうしたサイバー攻撃に対し、サイバー攻撃で応戦することは攻撃か防御のいずれになるかといった議論も発生し得る。

 我が国が専守防衛の理念を採用した日本国憲法の制定時には、こうした戦闘状況が予想し難く、時代が大きく変化した今日において国家安全保障を遂行する上で新たな課題が発生し得ることは当然のことと言えるであろう。現在にあっては、専守防衛の理念を受け継ぎつつ、後手の防衛戦略に回ることを防ぐことが新たに直面している課題であると言えるであろう。

(2)軍事大国にならないことについてであるが、周辺諸国が我が国を『脅威』と感じるかを基準とすることである。脅威についての定義も流動的であり、かつ相対的なものである。先程確認した通り、アジア・太平洋地域の軍事費の増加や戦力増強は我が国を除き顕著であり、例えば中国については近年空母を取得し、演習に投入することで実働段階に入りつつある。また、核保有国についても、中国とロシア、そして非核化を宣言しているが北朝鮮を含めると3か国存在することになる。終戦直後であっては、我が国は世界の中でも軍事大国であったが、今日においては、海外への攻撃能力を持たず、人口に比して人員・予算も抑制されていることから(例えば、NATOでは加盟国に対し軍事費を、自国のGDP2%を拠出することを求めている。また、世界各国の平均は2.2%である。一方で我が国は戦後約1%の水準を保っている。)、軍事大国には当たらないであろう。

 この点、本理念は達成されているが、そもそも文面上の『軍事大国とならないこと』を達成するだけで良いのであろうか。当初、この理念を掲げた理由としては、周辺国に不要な不安を与えず、無意味な軍拡競争などを抑制することであったが、本理念を我が国が達成しているところで、世界の趨勢は先に示した通り、軍事費は増加し、軍事的活動は活発化していることは事実である。いわゆる軍拡競争は、特にアジア・太平洋地域を中心として進行していると考えるべきであろう。

 その様な状況下で、戦後掲げた本理念の意味を深く推敲せずに、単純に字面のみを追っている国家の末路は、世界から取り残され、自国防衛が成り立たない国家に成り下がるであろう。『軍事大国』の程度は、時代と相手によって日々変化していることを認識し、本理念の意味するところを深く考察し、実行に移す段階に今日入ってきているものと考えられる。

(3)日米安全保障体制については、日本にとっての安全保障戦略の基盤となり、かつ米国のアジア地域への展開の軍事戦略上の根拠となっていることは事実であり、この点は今後も維持されて行くべきと考えられる。しかしながら、今後については、我が国の安全保障上の同盟国として、米国のみで十分であるかについては断言出来ないであろう。日米両国の戦力は、周辺国と比較して低下しており、また周辺国の成長率は世界的に見ても著しいため、日米安全保障体制は従来ほどの威力を持ち続けられるかについても検討の余地は残っているであろう。

 また、兵器の国際共同開発や国際共有化が進んでおり、我が国も否が応でもそのスキームに入っていくことが求められて来る。(例えば、航空自衛隊が新規採用したF35戦闘機については、米国、英国、ノルウェーなどを中心とした多国間開発である。)そのため、兵器を共有するなど、事実上の同盟関係となった国家との関係を構築することが今後促進されて来ると考えられる。そうすると、米国のみを安全保障上のパートナーとして考えてきたこれまでと異なり、現実的に集団安全保障体制の構築に向き合うことが今後の我が国に求められて来ることでないかと考える。

 これまで見てきた通り、終戦後、時代の流れを反映して掲げた以上の理念については、70年以上の時間を経ることで今一度時代に即した意味合いを持たせる必要があると思われる。そして、将来に渡り我が国の安全を保障する観点からも、現時点において再考する必要性があると言えよう。次章では、それら国防に関する理念の再考について、私見を述べる。

Ⅲ 『国防』に関する理念の再考

 我が国が戦後掲げてきた国防に関する理念については、終戦直後から高度経済成長期の世界情勢(軍事、経済など)や国内世論を反映しており、我が国の安全を保障する上で、大きな役割を果たしてきたと考えられる。しかしながら、時代の推移とともに、その理念が『現在』で意味するところや、『将来』に渡ってどの様な意味を持って行くものであるかについては、試行錯誤を繰り返して行く必要があると考える。当然、その理念に基づき、我が国の平和と独立を達成するための手段についても時代とともに推移して行くものである。

 これまでの章では、①専守防衛、②軍事大国とならないこと、③日米安全保障体制については、それぞれ分けて説明して来たが、いずれも深く連関している。即ち、専守防衛の定義とは、“相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その防衛力行使の態様も、自衛のための『必要最低限度』にとどめ、また保持する防衛力も自衛のための『必要最低限度』のものに限られる”ことである。『必要最小限度』とは、相手の攻撃の度合によって比例するものであることから、大規模な侵略には大規模な防衛力を行使する必要がある。従って、専守防衛はあらゆる攻撃や規模の侵略を想定し、対応出来る程度の軍事力を保持する必要がある。即ち、本来ならば軍事大国でなければ専守防衛は達成し得ない理念である。我が国は、その相反する専守防衛と軍事大国とならないことを補完するため、日米安全保障体制を維持し、米国の軍事力によって我が国において不足する防衛力を補ってきたと言える。これまでの世界と我が国周辺の安全保障情勢では、そうした戦略が適当であったが、今日の安全保障環境下では最早そうした戦略は通用しないと考えるべきであろう。

 専守防衛は、自国から戦争を引き起こさないとする意志からも今後も堅持して行くべき理念であることは間違いない。しかしながら、専守防衛を堅持するためにも、『軍事大国とならないこと』、『日米安全保障体制の堅持』はこのままで良いのであろうか。専守防衛を貫くには、強大な軍事力が必要であり、現状を見るには我が国自身も、日米安全保障体制自体も、軍事力をそのために必要な能力を増強する必要があると思われる。

 軍事大国とは、先述の通り、例えば敵国を攻撃する能力を持たないことなどが挙げられる。しかし、宇宙・サイバーやテロリズムなど推移が早く、攻勢と守勢の区別が不明確な現在の安全保障状況下では、相手の攻撃に呼応して対処する『受動的』の守りでは、そもそも攻撃の終結までに反撃は間に合わないであろう。このため、実効性のある反撃力や抑止力を持つ、『能動的』な守りを実現する必要があると考える。この実現のため、必要な軍事力(兵器、人員、法整備など)を準備していることは、今日においては、軍事大国とは言わないと思われる。むしろ、こうした独自の防衛力を持たない国家は『軍事小国』とも考えられ、例えば安全保障条約の相手国や同盟国としても、相手国からは価値を見出せない国家と成り下がる危険性すらあると思われる。そのため、独自の防衛力で自国防衛を可能とする必要最低限度とは何か、ということについて時代の趨勢や周辺国を含む世界の軍事力などを総体的かつ相対的に日々検討し、整備しておくことが『能動的』な防衛力を持つ国家となり得ることの第一歩であると考える。

 宇宙・サイバーなどの新しい安全保障空間の利用が顕著で、テロリズムなど国境のボーダレス化や非国家組織との対峙が顕著な今日であっては、多国間連携による安全保障体制の意義が一層深まっていると考えられる。また、技術革新も著しく一国での兵器開発も難しい状況である。こうした傾向は今後、将来に渡って加速して行くと思われる。我が国もそうした世界の潮流の中に存在しており、積極的こうした状況に対応し、潮流を牽引して行くことが自国の安全保障に資することであろう。そのため、日米安全保障体制の深化は、運用面でも装備面でも促進させて行くべきである。さらに言えば、日米両国以外のアジア・太平洋諸国も日米安全保障体制の枠組みと連携し太平洋版のNATOと言える多国間安全保障体制まで発展させることが、個別的な国家防衛ではなく、集団安全保障体制が通常となった今日では、日米のみならずアジア・太平洋地域の平和と安定により資すると考えられる。

Ⅳ 理念の実現化に資する方策の提案(憲法改正の観点から)

 前章では、21世紀における今日において、専守防衛を貫くための再考した理念を提唱した。すなわち、①軍事大国とならないことに関しては、時代の趨勢を鑑みた『軍事大国』の字義を考察し、自国防衛を担保する能動的・積極的な独自の防衛力を担保すること、②『日米安全保障体制の堅持』については、さらに推し進め日米安保体制を基軸とした、アジア・太平洋諸国を含む広域安全保障体制(いわゆる太平洋版NATO体制)の構築に発展させることについての2点である。本章では、それら理念の具体化に関する方策を日本国憲法の改正の観点から提案する。

 我が国の国防に関する議論では、常に憲法9条が連想される。しかし、最も議論すべきは『前文』であると考える。前文は憲法の理念、即ち、国の在り方を示す部分であり、本文はその実現への手段を示す部分と考えられるからである。

 前文のうち、国防に関する部分は、“平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。”であると考えられる。この部分では、単に我が国は性善説(平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼すること)の採用を宣言しているに留まり、どの様な理念で国防に臨むことを何ら述べていない。本来ならば、前文にて専守防衛などの国防の理念を述べておき、本文(9条)などでその手段を謳うべきである。現在においては、前文に国防の理念が無きまま、本文の解釈・改正を議論しているため、議論の焦点が不明確かつ枝葉末節の制度論に終始していると考えられる。

 ここで私見を述べるとすると、前記の前文部分を“平和を愛する我が国は、諸国民の公正と信義信頼して、諸国民と手を携え、共にたすけ合い、世界の平和を実現することにより、われらの安全と生存を自ら保持しようと決意した。(下線部筆者)”とすることを一案として提示したい。以上の様に修正することにより、人間の性善説を肯定しつつ、①前段の“平和を愛する我が国”から、自ら侵略は行わない意思を示し、②中段の“諸国民と手を携え、共にたすけ合い、世界の平和を実現することにより”から、広範囲での連携(国防面では、多国間での広域安全保障体制の構築)することで世界平和を実現する意思を示し、③後段の“われらの安全と生存を自ら保持しようと決意した”ことにより、自らの力で自国防衛をする強い意思すなわち、あらゆる手段により、積極的かつ能動的な守りを実現すること意思を、それぞれ導き出す事が出来る前文となる。このことにより、憲法前文に前章での再考した国防の理念を反映させることが出来る。前文を修正することで、我が国が国防面で何を具体的に実施すべきか導き出すことが可能であり、9条の解釈・改正の方向性も自ずと定まってくるものと考えられる。

 本レポートの趣旨からすると蛇足であるが、国家の理念(特に国防面)を再考するにあたり、いわゆる『国民的議論』を行う手段としては、憲法改正の検討に限られると筆者は考える。例えば、憲法解釈は政府によってのみでなされ、法令制定は国会によってのみなされる。いずれにせよ国民が直接関与し得る余地はない。一方で、憲法改正は国民投票により、直接民主的に国民が関われるものである。こうした状況を鑑み、国防の理念なき現状の憲法を持つ我が国にあっては、憲法改正が不可欠である。憲法改正の成否の結果に関わらず、改正の発議をすることは、国民に対する国会議員の義務であり、さらに国民投票することは、後世の子孫に対する現在の国民の義務であると考える。

Ⅴ むすび

 本レポートでは、戦後の『国防』に関する理念である、①専守防衛、②軍事大国とならないこと、③日米安全保障体制の堅持による国家防衛について再考した上で、その具体化の方法として憲法改正を提案した。

 すなわち、専守防衛を達成するために、現在の安全保障環境を踏まえ、独自の防衛力により自国防衛が可能な軍事力を保持すべきこと、日米安全保障体制をより深化させ、将来的にはアジア太平洋地域における多国間安全保障体制(太平洋版NATO)を構築する必要性を論じた。憲法改正及びこれらの理念に関わる戦略や、具体的な達成手段(組織整備、法整備及び外交交渉など)については、引き続きの調査かつ精緻な考察が必要である。今後については、自らがこの理念の提唱者として、様々な具体的な取り組みに邁進して行く所存である。

【脚注】

(1)平成29年度防衛白書

(2)ストックホルム国際平和研究所HP, “https://www.sipri.org/

(3)朝日新聞デジタルHP,“https://www.asahi.com/

(4)産経ニュースHP,“https://www.sankei.com/world/news/180420/wor1804200035-n2.html

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小甲顕史の論考

Thesis

Akifumi Kokabu

小甲顕史

第37期

小甲 顕史

こかぶ・あきふみ

弁理士

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