論考

Thesis

歴史観 ~日本の伝統精神~

日本の伝統精神を考察し、真の国際人として世界に出ていく上で理解しておくべき要諦ついて考える。

 私は、広島県の県央地域の盆地に生まれ育った。瀬戸内海と中国山脈にはさまれた自然豊かな土地である。地域には寺檀制度が残っており冠婚葬祭などの隣ご近所との付き合いも色濃く残っている所謂“田舎”である。私には地元に帰ると必ず行う幼い頃から続けてきている習慣がある。先祖への墓参りである。物心つく前から両親に連れられ、いつしか当たり前のように帰郷する度に欠かさず墓前参りを行う。私にとっての日本的なものとしての知識と行動は恥ずかしながらこの程度なのだが、松下幸之助塾主の示された三つの日本の伝統精神に即して考察を深めてみたい。

 松下塾主は、

日本とはどういう国であり、日本人とはどのような特質、伝統を持った民族であるかということを知った上で、それにふさわしい政治のあり方、経済のあり方、教育のあり方を考えていくことが大切である*1

と述べられている。

1.衆知を集める

 松下塾主は、やはりその時その時、その場その場に応じた姿においてできる限り衆知を集めつつ、最善の道を求めて共同生活の運営をしていくということが行われてきたと十七条の憲法、武家社会、封建時代、明治の五箇条の御誓文などの事例を挙げ、“衆知によって事をなす”ことの伝統性と重要性を説いている。*2

 いかにすぐれた人といえども一人の人間の知恵には限りがある。そしてそれぞれの持ち味に応じてすべての人間が余すことなく活用されたときに非常に大きな働きをするということである。この衆知を集めることが日本の伝統精神に挙げられていることには、日本の稲作文化に密接な関係があるのではないか。私の仮説は以下の通りである。

 米作りにおいては、田を耕す、苗を育てる、田植え、栽培(草取り)、稲刈りと通年での工程がある。現在こそ、各工程における機械化が進み人手がかからないようになっているが、言わずもがな古来稲作ではこれをすべて人の手のみで行っていた。そのため、同集落の仲間たちでそれぞれの田に対して、協力して一斉に作業をしていたのだろう。実際に私の田舎でもそうである。声を掛け合い協力し、知恵を出し合って大雨や台風にも備えるのである。さらに、米作りが決して一人ではできない決定的な理由として“水”の存在がある。水田に水を引く際には必ず川上から川下へ用水路を伝って順々に水が引かれるようになっている。このことが示すことは、川上民と川下民がコミュニケーションをとり、協力一致しなければ稲作は成功しないということだ。衆知を集めて、知恵を出し合うことで成果を出してきた日本人の伝統精神がここに見られる。

2.主座を保つ

 前述の衆知を集めるという伝統精神は国内だけでなく、明治以降は“知識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし”と五箇条の御誓文にあるように広く海外の衆知を吸収し、今日の日本の姿に成長した。松下塾主は衆知を集めると同時に、“主座を保つ”ことの重要性を以下の通り提唱している。

 天皇にみられる、つねに主座を保つという姿、いいかえれば自分を失わないで、自主性、主体性をもって教えを受容れ尊びつつ、これを生かしていくということが、一つの日本人の国民性であり、伝統の精神だと思います。*3

 日本は古来より、漢字、仏教、儒教、産業、教育など様々な文化を海外より取り入れてきており、日本人が一から作り出した固有の文化は非常に少ないと言われている。しかし、決してただなんでも取り入れようというのではなく、他の文化を受容れつつも融合調和させ日本独自の文化を生み出すことを時の指導者は意識して行ってきたと考えられる。ここに、「寛容の精神」という日本人の持つもう一つの特性も見て取れる。

 ここで言う、主座を保つことの重要性は日本人の伝統精神の柱ともなる考え方であるが、同時に現在の政治、経済、教育などの各方面において実践されているかと問われればこれをお読みいただいている方々はどう思われるだろうか。誤解を恐れずに言うと、現在の社会全体においては自分の立場を明確にし、責任を負った発言をすることを極端に避ける傾向が見られる。

 私は前職において、学生から自分の親世代の方々まで幅広い年齢層と仕事をさせてもらう機会をいただいた。その中で強く記憶していることが、ある課題に対しての解決策を聞くと、ほとんどすべての人が同じ回答になるという不思議な状況である。それだけ認識の相違がなく現状把握が共有化されているという反面、模範解答的な一般論が多く、意見の多様性がないことに危機感を覚えた経験がある。塾主の言葉を借りると人間は「億差万別」であり、一人ひとりが感じ方も考え方も異なっていてよいはずである。日本人は寛容の精神を持つがゆえに、過度に他者との相違を避け同質性を保つことばかりに力を注ぐ傾向がみられ発意に創造性が乏しくなっているのではないかと感じる。主座を保てばこそ、あらゆるものを受容することができるのである。主座を保つことと寛容であることは表裏一体であるがゆえ、両者のバランス感覚が融合した時の結果に大きく作用する。

3.和を貴ぶ

 中国における司馬遷の「史記」やギリシャにおける「戦史」、ヘロドトスの「歴史」などに記されているように、世界の歴史は戦争の歴史だと言っても過言ではない。その中で日本でももちろん戦争はあったが世界に比べ少ないと言えるのではないか。これについて塾主は次のように述べている。

 まだ人知も進んでいない千三百年前に、それを国の憲法の第一条にはっきりとうたって、国家経営の指針とした国が果たして他にあるでしょうか。

 そういうことを考えてみますと、日本人には世界の他の国民にもまして、本来、平和愛好の念に強いものがあり、そういうところに、日本人としての伝統精神の一つの根底があるといえると思うのです。*4

 人間の歴史を振り返れば自分の欲望を満たすために互いに力をぶつけ合い殺戮し合うといった悲惨な状態を続けてきたのが常であり、そういった性質はいわば人間の本能によるものではあるが、日本の「和をもって貴しとなす」という伝統精神はそうした本能や欲望を抑え人々がよりよい方向へ導かれるようはたらいてきたものであると考えられる。

 ここで、哲学者の和辻氏の提唱した日本の「家」制度に関しての以下の主張に「和を貴ぶ」伝統精神への考察に重要な示唆を得られるものを以下に引用したい。

 家族制度が現代において徳川時代のごとく顕著に存せざることは何人も承認するところであろう。しかし現代の日本の人間の存在の仕方は、「家」を離れているだろうか。(中略)最も日常的な現象として、日本人は「家」を「うち」として把握している。家の外の世間が「そと」である。そしてその「うち」においては個人の区別は消滅する。(中略)すなわち精神と肉体、人生と自然、及び大きい人間の共同態の対立が主として注意せられるのであって、家族の間柄を標準とする見方はそこには存ぜぬ。かくてうち・そとの用法は日本の人間の存在の仕方の直接の理解を表現しているといってよい。*5

 和辻氏は日本人にとっての「家」は家族の全体性を意味し、このことは過去未来に渡り「家」の全体性に対する責任を負わなければならないと述べている。つまり、日本人の「家」は今でこそ欧米と似通ったものも多いが、元来、家族的な間柄において利己心を犠牲にすることを目指していたと指摘している。このことは日本人が持つ精神性は個人主義ではなくあくまで全体を考えることにあり、“私”ではなく“公”を意識した志向性を備えていると言え、和を貴ぶ精神に通ずるものである。

4.おわりに

 日本の伝統精神を考察する上で、松下塾主の提唱した“衆知を集める”“主座を保つ”“和を貴ぶ”の三点を切り口に私なりの考察をしてきた。この三点を考察することで見えたものは、日本人が持つ伝統精神には本来的に「あらゆるものを融通無碍に受容する寛容さを備え、独自に発展させ生活文化に浸透させることができる」、そして「“私”の為だけに行動するのではなく、“公”の為に尽くすことができる国民性が備わっている」ということである。

 ここ十年余で日本を取り巻く環境は一気に変化した。アジア経済の勃興の下で、米、中、欧を中心とした世界のパワーバランスに少しずつ変化が生じてきており、これまで日本を日本足らしめてきた産業競争力は相対的に低下していると言わざるを得ない。今後、日本はどこに主座を置きいかなる路線を選択するべきかについて、これまでの歴史、伝統が築き上げてきた有形無形の資産を生かしきり日本の強みを生かした具体的な提案をしていくことが求められる。同時に、私自身においても自国の歴史や伝統精神に向き合うことで、自らに問いかけ、自らを理解し、社会貢献に寄与できる人間になるべくさらなる研鑽を積んでいく所存である。

<引用文献>

*1 松下幸之助 『人間を考える 二巻』 PHP研究所 1982年 p1

*2 松下幸之助 『人間を考える 二巻』 PHP研究所 1982年 p23

*3 松下幸之助 『人間を考える 二巻』 PHP研究所 1982年 p28

*4 松下幸之助 『人間を考える 二巻』 PHP研究所 1982年 p34

*5 和辻哲郎 『風土』 岩波文庫 1979年 p214

*6 松下幸之助 『人間を考える 二巻』 PHP研究所 1982年 p31

 

<参考文献>

松下幸之助 『人間を考える 二巻』 PHP研究所 1982年

和辻哲郎 『風土』 岩波文庫 1979年

網野善彦 『「日本」とは何か』 講談社学術文庫 2008年

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恵飛須圭二の論考

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Keiji Ebisu

恵飛須圭二

第34期

恵飛須 圭二

えびす・けいじ

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