松下政経塾 The Matsushita Institute of
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営林実習
2008年9月

研修レポート

営林実習レポート
冨岡慎一/卒塾生

 

 熊野川の流れもひと際輝く9月8日、私達は3週間に及ぶ営林・漁業実習のため和歌山の外れ新宮市は熊野川町を訪れた。

 熊野といえば古くから神話の舞台にもなり、その神々を祀った熊野三山で知られる由緒ある場所である。平安時代の貴族によって広められた熊野詣は、次第に民衆の間にも浸透し修験者が通う道となり、また江戸時代には、蟻の熊野詣と呼ばれるほどに多くの参拝者が列をなすようになった。近年は世界文化遺産に登録され、増加した観光客による恩恵も大きな反面、観光客による損壊や古道整備に伴う景観の悪化なども指摘されているようだ。

 今回の営林実習は、その熊野古道歩行(小雲取越え・大雲取越え)から始まった。幸いの好天に恵まれ、木漏れ日に暖かく照らされた苔生した石畳や石段、石仏は平安からの歴史を静かに語りかけてくる。ようやく大雲取を越え、船見茶屋から遠くに広がる穏やかな熊野灘を見渡すようになると、それまでの鬱蒼とした森とは対照的な視界に、まるで南国に出たかのような錯覚すら覚える。昔、多くの参詣者が覚えた熊野に対する信仰のひとつの象徴を垣間見たように思った。あの灘から多くの修験者が黄泉の国への思いを抱き、帰らぬ旅へと船出したことも不思議とは思えなかった。

 古道歩行の翌日より田中組合長引率の元、実際に手入れされた複層林を訪れてみた。実は「複層林」という言葉自体も熊野に来て初めて耳にしたが、組合長からお話を伺ってみると、CO2削減が頻りに叫ばれている昨今、CO2固定効果がある森林を継続的に運営することはとても重要で、持続的にCO2吸収を続けられる複層林はその実現の形であることを知った。さらに様々な階層の木々が営まれ、また下草などにより生物も多様に育む土壌が、結局は土砂崩れや風雪害などの自然災害をも未然に防ぐ効果があるようだ。その上、複層林は長い目で見れば、収入の面においても皆伐林には劣ることがないようである。

 次に、地拵え及び苗木植えのご指導を頂いた。急な斜面と枯木や雑草によろめき、足を取られつつも少しずつ地面に苗木を植えるスペースを拵え、作られたスペースに山桜やクヌギの苗木を植えていく。指導も受けつつではあったが、100本の苗木を植えるために塾生を含めた10人で丸2日間を作業に費やし、とても手間のかかる作業であると感じた。また、作業の合間に先輩達が2年前に植えられた苗木を見せて頂いたが、自分の予想以上に成長の歩幅は小さく、苗木の育成にはやはり非常な時間と野獣対策等の手間が不可欠であると思い知らされた。

 これから私達が植えた100本の苗木は、時に従い間伐されることになる。そしてこの間伐こそが、森林を育てる上で最も重要な作業なのである。その理由は、適切に間伐を行うことで枝葉や根の最適な密度を保ち、太陽光を取り込みやすい光環境を形成して、成長密度のバランスを保つことにある。苗木植え当初は、木々の垂直な成長を促すために間伐は行わないが、木が一定の成長に達すると逆に根や枝葉が競合してしまい、それ以上の成長は見込めなくなってしまうからである。そのため、最も自然林に近い理想的な森林環境=複層林を形成するには、最適なバランスを考えた間伐を行うことに全てがかかっていると言っても過言ではない。実際にチェーンソーをお借りして木を切り倒す作業も体験させて頂いたが、木を倒す方向を決め、その位置に確実に倒すためには、木の形状から重心を読み、枝葉の具合や幹の内部の性状、さらに傾斜の向きや風向きまで配慮する必要があり、殊更大きな樹木となると長年の経験がなければ価値ある木材として切り出すことも難しい。また、間伐のためにはまず効率的な作業道の整備が不可欠で、これも長年の経験が必要不可欠であると言える。これらの技術は、森の中で人から人へと伝播する。長年森と共にした職人達の技術が、林業においては非常に貴重な財産なのである。

 私はこれらの研修を通して、以前まで森林における人工的な手入れとは「経済効果の高い経済林にすること=皆伐」と考えていたのであるが、これは大きな誤りであることを知った。基本的に高度に発達した社会において、森林はやむを得ず破壊されることもあるであろうが、環境保全が叫ばれる昨今、そのような社会においてこそ、森林をいかに保全しつつ経済効果も得ていくのかを第一に考えるべきであると分かった。その中で田中組合長から拝聴したアルフレート・メーラーの言葉「最も美しい森林は、また最も収穫多き森林である」という言葉が強く心に残っている。美しい森とは人々の心を癒し、楽しめるような環境と高い経済効果とを同時に実現した森であると言えるだろう。森林の現状を把握して、適切に森林資源を管理するという人工的な作業はそのために欠かすことができない。

 ではこれからの日本の森林経営とは、どのような理念の元に行われるべきであろうか。まず、日本の森林率は67%で国土の凡そ2/3が森林であるが、この数字は世界の森林率30%と比しても高く、また特に森林が多い欧州や南米でも、50%に達していないことを考えると、日本はまさに森林国家と言っても過言ではない。しかし、日本は人口が多い割に国土自体は狭いため、木材の生産量自体は少なく、実際に80%以上をカナダ・オーストラリアはじめ多様な国からの輸入に頼っている状況である。今後も世界のグローバル化は進む一方であることを考えると、木材自給率も当分は、これ以上増えるとは考えにくい。従って、以前そうであったように林業そのものにより経済的な利益を上げようとするより、別の価値を求めることに重きをおくべきではないかと思われる。

 日本人は紀元前から森林に囲まれ、森林に育まれていた。そのような文化をもつ日本では、やはり気軽に森林に触れられるという恵まれた環境をもった国土の特徴を生かし、森林を通して人を育むことは、これからもひとつの重要な手法であり続けると思われる。私も幼い頃から遠足で森林公園に足を運んでは、鬼ごっこやかくれんぼをやり、また家族みんなで林道を登る山登りなどをよくやったものだが、その当時に森から学んだことは多大であったと回想される。すぐに経済効果などの数字に結びつく訳ではないが、長期的な国家経営を考えるならば人を育む森林の整備を続けることは重要であろう。

 また日本の高い森林率と人口密度は、人と森が共生する環境をうまく実現しているためであろう。他方、世界に目をやると森林総面積は途上国における急激な伐採により、年々減少の一途を辿っている。つまり日本は、環境に憂慮した森林経営先進国として、森林資源を適切に管理する技術を他国に輸出する努力が必要であろう。そう考えると、世界で減り続ける森林資源を食い止める技術を開発するという使命が日本には与えられているのかも知れないとも思える。

 最後に、私自身今回の営林実習を通して、大自然の中で暮らすことで見えてきたことがたくさんあった。

 特に携帯電話もインターネットも使えない中では、都会では想像できないほど大自然に依存した生活を送ることになった。また近くに何もなく、陽が落ちて何もすることがない時間は、時に苦痛に感じられた。しかし、時間が貴重であることには変わりはないが、その中でも時にはジタバタとせず、自然の流れに身を任せることも大変重要であると再認識した。自分の小さな努力ではどうにもできない大自然の大きな力、天の大きな力を再び実感する研修期間であったと思う。

2008年9月 執筆
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