松下政経塾 The Matsushita Institute of
Goverment and Management

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関西研修
2007年5月

研修レポート

関西研修レポート
宮川典子/卒塾生

 

 歴史の授業。パラパラと日本年表を開いて眺めていると、終わり近くになって「松下幸之助」という名前が出てくる。「松下電器を創設した人」と誰もが知っているようなことを頭に思い浮かべる―。

 以前の私にとって、「松下幸之助」はひと昔前の歴史上の一人物であって、一般的に伝えられている功績や人物像しか知り得ない存在であった。今は「塾主」と呼び、彼の日本の未来に対する思いを受け継ぎ、体現しようとしている私であっても、だ。在りし日の松下に会ったことがないから、その存在や人間性を実感として感じることができないのかもしれない。それでも、一目でいいから会ってみたい、松下幸之助塾主を感じられる方法はないものか。そんな思いを抱きながら、私は関西研修に臨んだ。

 松下幸之助塾主の生き様をたどるような旅、私はあることに深い感動を覚えていた。それは、松下の肉声が訴えかける力である。PHP研究所、松下歴史館、松下資料館、その他いろいろなところで松下が残した「声」にふれることができた。松下電器の創設について、事業部制導入について、命知元年を悟った思いについて、新しい人間観について、松下政経塾について。内容は多岐にわたるが、その声が伝える“何か”の力強さに、私は心動かされずにはいられなかった。あのえもいわれぬ感覚をなんと表現すればいいのだろうか。胸の奥をグッとつかまれるようで、しかし心にゆっくりと染みわたっていくような不思議な感覚―。松下の声に耳を傾けるたび、私は目頭が熱くなるのを感じていた。

 なぜ、松下幸之助は「声」でこれほどまでに人の心を揺さぶる力をもっていたのだろうか。会社を興してから毎日社員を前にして所感を述べるほど、松下は自分の思いを言葉にして声にして周囲に伝えることをとても大切にしていたと聞く。どんなことでも、頭の中に思い浮かんだことはどんどん誰かに話し、衆知を集め、それを練磨し、さらに大きなものへと生成発展させていった。軽々しく、独善的な言葉を発しない松下の口から紡ぎだされる言葉は、おそらく彼の強い覚悟を伝えるものだったのだろう。確固として動かない彼の思いは、その声に真実味をもたせ、彼しかもてない力を与えていたのだ。

 人間は、とかく飾りたてた言葉で人の心を動かそうとする。どんな言葉を選べば相手によく伝わるのか、相手を効果的に引きつけるにはどんな話をしたらいいのか、などと考えて悩んでみたりする。しかし、松下の声を聞けば答えは歴然だ。誰に伝えるにしても、どんな話をするにしても、私たちが「本気」を出していさえすればよいのである。いかなるものも、いかなる人も変えることのできない、深い深いその「本気」が、私たちの伝えたいことを本物にしてくれるのではないだろうか。難しい言葉もいらない。きれいな声さえもいらない。そこに本気があれば、必ず何かを伝えることができるのである。

 松下幸之助に関する資料や話はたくさん残されている。研修前、私は自分が松下のどんなところに興味をもっていくのか、と思っていた。確かに写真だったり文章だったり映像だったり、影響を受けることは多くある。しかし、私の心をつかまえたのは松下の「声」であり、本気がこもった言葉の数々であった。私がこれから歩んでいく中で、大切にしなくてはいけないことを彼が教えてくれた気がする。

 関西研修という旅は終わった。再び振り返って今、ふっと目を閉じて松下幸之助の声を思い出す。「私は松下政経塾で日本の未来を背負う青年たちを育成することに賭けている」と、腹の底から出るような落ち着いた声で語りかけた松下幸之助。その覚悟はいかばかりだったか。私は松下が残した思いを託された一人の人間として、その覚悟の本質を探る日々を続けていくのだろう。それこそが、私が政経塾での3年間という旅路の目的だと、今は感じてやまない。

2007年5月 執筆
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