松下政経塾 The Matsushita Institute of
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100km行軍
2004年10月

研修レポート

100キロ行軍感想文
田草川薫/卒塾生

 

 「松下政経塾に入塾したからには100キロ行軍を完歩しなければならない。」

 これは入塾説明会の段階から言われていたことであるが、100キロとは一体どの程度の距離なのか。恐ろしく長い距離であることは何となく理解していたが、「完歩をしなければ卒塾できない」という事実を告げられた時点の私には、全く想像もつかない世界の話だった。そもそも人間は100キロも歩けるのか。その先に得られるものは何なのか。100キロ行軍は、いつかは歩かなければならないという不安と戸惑い、そして移動の際には時間と距離を意識するという新しい癖を私に与えた。

 決行は9月末。年間スケジュールが発表された時に、まず確認したのが実施日程である。4月に入塾してからは約半年間の猶予がある。その間どれだけ特訓、準備が出来るのか。私にとっては、この準備の段階からが100キロ行軍との「闘い」の始まりだった。100キロ行軍は怖いし、到底完歩できるとは思えない。だから、出来る限りの準備をしておきたい。4月の私はそのように考えていた。

 幸いにして25期には大学時代に「100キロ歩行」(24時間ではないものの)を経験してきた長谷川さんと、自衛隊出身の日下部さんという心強い仲間がいたため、どうすれば100キロを歩き通せるのか、素直に質問してみることにしたが、なんと、二人から発せられたのは両極端の返答だった。

 「事前準備したくらいで歩けるものではない。最後は気力で歩くだけ。」という長谷川論に対し、「4月からトレーニングを積んで体を鍛えて、事前に30キロ、50キロと慣れておけば問題なく歩けるだろう。」という日下部論。

 全く解の違う二つの答えを前に混乱もあったが、とにかく体力に自信の無かった私は、毎朝のトレーニングと、事前準備を通じて肉体を鍛え、かつ100キロに耐えられるように精神面でのトレーニングを自らに課すことにした。

 運命の班分けの日、100キロ行軍の意義や歴史についてレクチャーを受けた後、厳正なるくじ引の末、私は安田さん、長谷川さん、何さんと一緒に、「イ班」に配属された。そして私たちは班長に安田さんを選び、当日を迎えた。歩幅や時間などを測定し、入念な準備をしていたにも関わらず、いざ歩き始めてみると、想定した通りには事は進まない。実際、出発直後のイ班は、三班中最下位、かつ、長谷川・國田ペアと安田・何ペアに別れて、完全に分離した状態での行軍が始まった。

 このままではいけない。仮にも同じ班に配属されたのだから、二手に分かれて歩き続けるわけにはいかなかった。だからといって、既に最後尾のイ班が、班内の一番遅い人のペースに合わせていたら、時間内にゴールできないかもしれない。何とかしなければならないという危機感が、私の頭を掠めた。結果的にはこの危機感こそが、イ班を一つにまとめるきっかけになったのだと思う。30キロから35キロに向けての上り坂、長谷川さんが何さんのカバンを持ち、安田さんが何さんを後ろから押す。ひたすら声をかけ続けて、ペースを刻む私。この時、イ班は初めて「班」として100キロを歩き始めることになった。

 残念ながら、何さんは完歩することができなかった。100キロを歩くためのペース配分に、どうしても付いてこられず、途中でリタイアして頂くことになった。何さんと離別後、イ班は驚異的なペースで他班の追撃を始める。5キロを55分で歩いて10分休む。機械的とまで言えるほどのペース配分で、サポートスポット毎の先輩たちから「余裕だな」との声をかけて頂く。しかし、決して余裕があったわけではない。前半遅れてしまった焦りと、体力が持続することの自信の無さが、とにかく歩調を乱すことなく、ペース通りに歩かせていたのである。実際、私は50キロ過ぎた時点から、歩き始めると右足が攣るという悩みを抱えていた。左足の爪が剥れかけてもいた。でも、一度でもペースを落とすと止まってしまう。だから、歩き続けなければならなかったのだ。

 100キロを何で歩き通せたのか。明確な答えは無い。自分でも歩き通せた事が、しかも、トップでゴールできた事が、奇跡のように感じている。途中の工程や全体のペース、時間的猶予などを客観的に見ると「余裕の歩き」に見えたのかもしれないが、内情はそうではない。ただ一歩でも前に進み、一秒でも早く「100キロを歩かなければならない」という強迫観念から抜け出したかった、というのが自分を突き動かしていた大きな理由だ。

 4月から半年間、私を悩ませ続けた100キロ行軍。歩いている間も、早く終えることばかりを考えていた。生涯において、二度、三度と繰り返したいものではない。しかし、絶対に一度は歩いたほうがいい。100キロを歩き抜くことで、言葉では説明できない自信が身に付く。また、自分自身が一人では存在できないことをしみじみと感じる。なぜならば、100キロ行軍は一人で歩いているものではなく、過去、現在、そして未来の塾生と、塾生を応援してくださる方々と一つになれる、由緒正しい行事だからである。これを経る事で、ようやく政経塾生と、胸を張って名乗れるようになるのではないだろうか。

 最後に、行軍前に詠んだ一句を持って本稿を結びたいと思う。

「我を立てず 常に仲間を思いやり 笑みを絶やさず 目指せ完歩を」

以上
2004年10月 執筆
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