松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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100km行軍
2004年10月

研修レポート

100km行軍の感想
安田壮平/卒塾生

 

【はじめに】
 今回の100km行軍では、3組に分けられたうちの1つ、イ組のリーダーを勤めさせて頂いたので、リーダーとしての感想と、個人としての感想を書こうと思う。

【イ組リーダーとしての感想】
 今回、100km行軍の1つの組のリーダーを勤めることの難しさをつくづくと実感した。結果としては、何特別塾生を途中でリタイアさせてしまったが、私も含めて残り3名の塾生は時間内に完歩することができ、最善の結果こそ達成できなかったが、次善の結果を達成することができたのではないかと考えている。

 しかしながら、最善の結果を達成することは、決して不可能ではなかったと考える。何特別塾生は以前から足を痛めていたものの、一定のペースならそれほど無理なく歩くことができたからだ。そこで私は、時間内に完歩できる限度でのなるべく遅めのペースで歩こうとした。ところが、途中で他のメンバーから、遅すぎるので不安だからペースを上げてほしい、という意見が出て、強い葛藤が起こった。ここで自分の調整能力の不足を痛感した。結局、諸々の条件を勘案して、途中からペースを上げることにした。そのことが直接的に、何特別塾生のリタイアを招いてしまった・・・。

 それでも、次善の結果を達成できたことはよかった。大きなケガもなく、行軍中も明るく楽しくにこやかに歩くことができたのではないかと思う。ラスト、3名で手をつないで高々と挙げて、塾歌をうたいながら笑顔でゴールできたときは最高の瞬間だった!

【個人としての感想】
 まずは、このような「苦行」をあえて行ったときの、苦しみや楽しみを十分に味わうことができてよかった。普通の人間が何十kmも歩くと、やはり身体はボロボロになるものだ。痛みは足の裏全体に広がって、足は悲鳴を上げているのに、また、痛みは脳天を貫いて、脳細胞が活性化されるのではないかと思うほど頭の中をかけめぐっているのに、たとえば「あと20kmだ」とだけ考えて歩き続けようとするこのボロボロの身体。この真剣さ、一途さの中に、大いなる楽しさを味わっていたように思う。何ともいえないものだ!苦行とは、一般にこういうものなのだろうか。そうだとすれば、今後の人生において出会う苦行も、それほど恐れることなく乗り越えられるのではないかと思うのである。
(余談ではあるが、日常生活においてさえ20kmも歩くことはないのに、こんな身体で歩こうとしているところに、この行事の「狂的性格」を感じるのである。私は政経塾のこういうところが好きで好きでたまらない!!)

 次に、困難時ににっこり笑い、また困難時に相手を思いやることのよい訓練になったと思う。これは100km行軍の発案者、平野仁先生の示唆によるものであるが、このこともある程度は達成できたと考えている。今回はリーダーという立場もあったから、常に他のメンバーのことに頭が回るようになっていたのかもしれないが、今後もこの姿勢は続けていこうと考えている。

 最後に、ここまで書いてきて何ではあるが、私はまだ100km行軍の意義・目的を十分に体得できたとは考えていない。たとえば、最大困難時に人間の本性は表れるというが、私の本性はいかなるものであったのだろうか?いくぶん理性が残っていたせいか、本性を十分に発揮できなかったのではないかと思われるのである。来年、運営上無理がないのであれば、閉会式の際に宣言したとおり、もう一度歩こうと考えている。

 歩いて苦しみ、歩いて楽しむ、その中にこそ、政経塾で学ぶことのエッセンスがこめられていると感じる。政経塾設立当初から続く代表的な行事、血のつながりの感じられる政経塾であるためにも、100km行軍の重要性を再認識するのが望ましいと思う。 最後に、心をこめて、「100km行軍、バンザーイ!!!」

2004年10月 執筆
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