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松下政経塾では、2年次の研修として、半年間ほど民間企業等に身を置いて経営の要諦を学ぶ「経営実践研修」がある。「経営の神様」として知られる松下幸之助塾主は生前、「政治は国家の経営」との言葉を残していた。松下政経塾の名前の由来でもある。政治の道を志す者こそ、経営を学び、経営の視点で国家を運営せよという塾主の考えに則って、塾生は経営の要諦を学ぶことが求められる。
私は今年度が2年次のため、5月から経営実践研修が始まった。私の研修先は、沖縄の新テーマパーク『JUNGLIA OKINAWA(ジャングリア沖縄)』[i]の開発・運営を行う株式会社ジャパンエンターテイメント(以下、ジャパンエンターテイメント)である。同社は、大阪のテーマパーク『USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)』再建の立役者として知られる森岡毅氏及び加藤健史氏らが2018年6月に設立し、「沖縄から日本の“未来”をつくる」をミッションに日本の観光産業の変革を目指すベンチャー企業である。開業日は2025年7月25日だ。私は5月から11月までの半年間、沖縄県名護市に居住し、同社の事業開発本部の一員として開業前から開業後の幅広い仕事に携わっている。同部は、佐藤大介副社長直属のチームとして、事業推進、行政・地域住民との関係構築、新規事業創出などを担う部署だ。いわばテーマパークの外で働く渉外チームである。私は中でも主に「地域連携」に関する業務を担当している。
私がジャパンエンターテイメントを研修先として志望した理由は二点ある。第一に「文化の経営」を学ぶためである。私はわが国の次なる国家ビジョンとして「文化大国日本」を掲げている。文化こそが、長い歴史の中で培ってきた日本の知であり、技であり、心であり、最大の宝である。経済大国としての地位が揺らぐ中でも、私たち日本人が持てる文化の力を発揮すれば、日本独自の強みが花開き、経済や外交など多方面で世界の次なる時代を切り開いていくことができるに違いないと確信している。
文化の力を発揮する方法の一つとして、「文化の経営」がある。文化の経営とは、個人の天才たちが生み出した文化を経済的な価値に換えること、あるいは、地域の民衆たちが作り上げた文化を経済的な価値に換えることだと考える。大まかに産業として捉えれば、主に前者が「創造産業」、後者が「観光産業」といえよう。私は両者をまとめて「文化産業」と定義している。音楽、映画、ゲーム、漫画、アート、ファッション、スポーツ、建築、飲食、伝統工芸、伝統芸能などを含む。日本は物事を突き詰める「職人の国」であり、これまで磨き上げてきた有形無形の様々な文化を持つ一方で、その経済的な価値を十分に発揮しているとは言えない。逆を言えば、ここに日本の大きなポテンシャルがある。見習うべきは欧米だ。欧州のLVMH[ii]、米国のWalt Disneyが「文化の経営」の世界最高峰であろう。他方、日本において「文化の経営」に課題を見出すとともに、その可能性にダイナミックに挑戦するベンチャー企業が出てきている。まさしくジャパンエンターテイメントであり、同社を設立した株式会社刀(以下、刀)である。刀の代表取締役CEOで、ジャングリア沖縄の仕掛け人である森岡氏はメディアのインタビューで次のように語る[iii]。
「沖縄のテーマパークは、日本のエンターテイメント事業を日本の成長産業にするためのプロトタイプなんです。(中略)ジャパンエンターテイメントという会社を、クリエイティブの天才たちが生み出したさまざまな傑作を輸出していくプラットフォームにしたいんです。(中略)日本はクリエイティブの天才が、いろんなアイデアを生み出す国でしょう。でも、それをマネタイズする力がない。これまで私のような仕事をしてきた人間たちの力不足のせいです。クリエイティブの天才が大勢いるのに、それをGDPに変える力がない。(中略)つまり日本が生み出したソフトパワーによってGDPを稼ぎ、稼いだお金が日本に入ってくる構造をつくりたい」
文化が栄え、文化で稼ぎ、文化で豊かになり、文化で世界に貢献する「文化大国日本」を目指すべく、ジャパンエンターテイメントで「文化の経営」の要諦を学びたい。
第二に「沖縄の心」を学ぶためである。ジャパンエンターテイメントは、仕掛け人たちこそ本土の人間であるが、本社を沖縄県名護市に構え、資金をオリオンビール、リウボウ、ゆがふホールディングス、琉球銀行、沖縄銀行など多くの地元企業から集めるなど、沖縄に根差した会社として発足している。人材についても7割程度が沖縄県出身者だという。同社は会社の大義として「沖縄北部地域経済への貢献」「沖縄県観光産業への貢献」「観光立国日本経済の貢献」を掲げており、ジャングリア沖縄をテコに様々な形で地域連携や地域貢献に挑戦している。ジャパンエンターテイメントは「沖縄の沖縄による沖縄のためのベンチャー企業」と言っても過言ではない。
自分にとって「沖縄」はかねてからの念願の地であった。沖縄がこれまで歩んできた歴史や、今まさに負担を抱えている現状などを考えれば、国家経営を志す者として、また日本国民を愛する者として、沖縄という地に思いを馳せることは当然である。本土の人間が沖縄を考える際に最も重要なことの一つとして「沖縄戦」が挙げられるであろう[iv]。。生活する場所が戦場になるとはどういうことか、周りの4人に1人が亡くなるとはどういうことか、沖縄がなければ本土はどうなっていたのか、沖縄に報いるために本土は何をしてきたのか、何をしてこなかったのか、これから自分に何ができるのか、生涯を通じて考えていきたい。私が尊敬する本土の政治家は「沖縄の人の心になって、沖縄の人の目でものを見なさい」と語っていた[v]。「沖縄の心」を学ぶためには、実際にその地に住むことが一番であろう。だから私は沖縄に来た。この半年間の滞在中、ジャパンエンターテイメントのもとで精一杯働きながら、仕事の内外で沖縄の人と触れ合い、沖縄の文化を味わい、沖縄の自然を感じ、「沖縄の心」を自分の心の中に養っていきたい。
この原稿を執筆する今まさに目の前で前夜祭が行われている。本日の日付は7月24だ。いよいよ明日はジャングリア沖縄のグランドオープン。やんばる[vi]に、沖縄に、日本に、そして世界に貢献するジャパンエンターテイメントの未来に少しでも貢献できるよう尽力したい。日本から沖縄の未来を作るのではない。沖縄から日本の未来を作る番だ。
[i] ジャングリア沖縄 公式ウェブサイト
https://junglia.jp/ (2025年8月31日 閲覧)
[ii] LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)は、フランスに本社を置く世界最大の高級品コングロマリット企業。ルイ・ヴィトンとモエ・ヘネシーが合併して1987年に誕生し、ファッション、レザーグッズ、香水、化粧品、ワイン、スピリッツ、時計、ジュエリーなど、幅広い分野で高級ブランドを傘下に抱える。
[iii] NewsPicks「【森岡毅】マーケティングができるゴールドマン・サックスを目指す」
https://newspicks.com/news/4922586/body/ (2025年8月31日 閲覧)
[iv] 沖縄戦は、太平洋戦争末期の1945年3月26日から約3ヶ月間、沖縄本島を中心に日本軍とアメリカ軍の間で行われた地上戦である。この戦いは、日本本土決戦に備えるための時間稼ぎを目的とした日本軍と、日本本土攻略の拠点として沖縄を制圧しようとしたアメリカ軍の思惑がぶつかり合った結果、民間人も巻き込んだ凄惨な戦いとなった。
[v] 山中貞則著『顧みて悔いなし─私の履歴書』日経事業出版、2002年、15頁
[vi] やんばるとは、沖縄本島北部、特に名護市以北の山々が連なり鬱蒼とした森が広がる地域を指す言葉である。
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Sadamasa Yamanaka
第45期生
やまなか・さだまさ
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文化大国日本の実現