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100km行軍感想

 我々人間は、その物理的な肉体をもって、この世に生き長らえている。したがって、我々のあらゆる肉体的活動は、いわば物理的な制約を伴っているともいえよう。しかしながら、その束縛とは、本当に超越することができないものなのだろうか。実は、人間の潜在的な能力に、肉体的制約をも凌駕する力が秘められているのではないか。私の興味関心の一つはそこにある。そして、それを自分自身で見極め、会得するためには、肉体的活動の限界にまで自分自身を追い込むことが必要であろう。100km行軍は、まさにそれに適した機会であると、私は考えていた。

 100km行軍とは、その名の通り、100kmの道程を24時間以内で歩き抜くという、当塾の洗礼的な伝統儀式である。数名ずつで幾つかのチームに別れ、蛍光タスキを肩にかけて24時間歩き続けるその様は、傍から見れば極めて怪しく、限りなく内輪の地味なイベントである。さはさりながら、100kmを24時間以内で完歩するというのは、決して容易なことではない。たいていの者は、その道中において体力消耗の臨界点をみる。つまり、この100km行軍は、肉体的束縛の極地に到達するのに絶好の機会であるといえるのである。私は、2003年10月8日~9日にかけて行われた、第24回100km行軍に参加した。

 私の場合、80kmを越えた辺りから、脚の痛みが絶頂を迎えた。それまでの道程は、自分をこの境地に追い込むための下地づくりにすぎない。肉体的な限界に到達してもなお歩き続けなければならない現実に直面したとき、肉体を超越した力を引き出す境地に達する。人は、それを「気力」「精神力」「意志力」などと表現する。しかし、本当にそうなのか?そのとき、私の脳裏を過ったのは、実は、『マトリックス』のモーフィアスの言葉であった。「それは本当の痛みか?」― 所詮、肉体のあらゆる感覚は、脳内の電気的信号にすぎない。我々は、そのような束縛を超越し、自らを解放することができる。―

 この悟りを得た90kmポイント以降、私は肉体的感覚の超越を得たように思う。確かに、大腿や膝裏に痛みはあり、この肉体の疲労は臨界点を越えていたが、それは脳の安全装置が発する注意信号にすぎないということを認識したのである。そう思うと、痛みを感じることが意味をなさなくなる。この肉体の操縦士たる自分が、自らの肉体について、新たな制御体系を生み出せばよいからである。したがって、肉体的な痛みは超越できる。これは、気力や精神力というよりも、新たな気づきから得られた結果であった。事実、私は、残りの10kmを時速7km前後の高速ペースで歩き抜くに至ったのである。

 人間とは、不思議な存在である。この肉体を事細かに分析すれば、万物と同じ素材から成り立っているのであるが、唯物論だけでは納得のいかない事象もよく体験する。肉体的な限界の境地で体験するあの感覚は何か。私は、そこに強い好奇心を覚えるのである。100km行軍とは、肉体的な束縛と超越の狭間という、平素あまり体験することのできない貴重な境地をもたらす一つの機会であるといえるのかもしれない。

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谷中修吾の活動報告

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Shugo Yanaka

谷中修吾

第24期

谷中 修吾

やなか・しゅうご

ビジネスプロデューサー/BBT大学 経営学部 教授/BBT大学大学院 経営学研究科 MBA 教授

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