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女性不在の地方創生
―地元に期待しない若年女性たち―

 2024年4月24日に、『自治体4割「消滅可能性」、30年で女性半減 人口戦略会議』という記事が日経新聞に掲載された[1]。民間有識者でつくる人口戦略会議は、子どもを産む中心世代である20~39歳の女性人口に注目し、対象の若年女性人口が20年から50年までの30年間で半減する市町村を「消滅可能性都市」として定義している。今回の報告書では、全国の市区町村のうち4割超にあたる744自治体が消滅する可能性があると発表した。この報告書に対しては、女性が当たり前に子どもを産むものだと思っている、女性は子どもを産む道具ではないという批判もあるが、現実として地域を存続させるには子どもの絶対数が必要であり、子どもを産むことができるのは女性だけであるという事実は客観的に受け止めなければならない。しかし、ここで指摘するべきは「若年女性増加施策≠子育て施策」であり、「若年女性増加施策=ジェンダーギャップ解消」ということである。
 若年女性が地方から都市部に移り住む理由の上位にはやりがいのある仕事の不在がランクイン[2]している。この統計だけを見ると、若年女性の転出は地方の雇用の問題であり、したがって、自治体が起業支援や雇用創出に力をいれるべきであるという論調へと着地することが可能である。しかし、同日に日経新聞から出た記事の中で、消滅を避けるために求められることの中にジェンダー平等の実現が指摘されている[3]ように、この課題の本質は雇用の有無ではなく、環境の質にある。
 「若者回復率[4]」という独自の指標で課題を分析し、ジェンダーギャップ解消を前面に押し出した自治体がある。兵庫県豊岡市である。豊岡市では若者回復率の男女差に注目し、仕事やエンターテイメントの不足など従来の若者の人口流出原因では説明できない、若年女性特有の転出原因があるという課題認識から、2021年に「豊岡市ジェンダーギャップ解消戦略[5]」を策定している。その中で豊岡市は、豊岡市職員の職歴と経験業務の男女の比較を行い、男性が多様な職務につく一方で女性は庶務や窓口など類似の職務に配属されていることから、人事異動時に無意識のうちに性別による職務配分を行っており、加えて多様な経験が少ないことで女性特有の自信のなさに強く影響を及ぼしている可能性がある、と分析を行っている。こういった例のように、地方には慣習によって無意識のうちに男女の役割が偏り、女性の能力が正しく評価されない環境になっているのではないだろうか。
 ただ、この課題の解決へのアプローチは非常に難しい。なぜなら、そういった事例は全くもって「無意識」の中で行われており、行っている当事者が自発的に気づくことが難しいからである。近年話題になるセクシャルハラスメントやパワーハラスメントなどと同様に、端的に言えば、今まで良いと思っていたことが悪くなる、といった急激な価値転換が求められているのである。
 その困難性を理解した上で、消滅可能性都市の未来への糸口は、地域コミュニティにあると考えている。具体的にいえば、町内会や消防団と呼ばれるような地域を長年支えてきた組織の変革である。地域を長年支えてきたコミュニティは、地域の価値観を形作る組織でもある。無意識の価値観を変えるには、価値観を形作る組織を変える必要がある。
 しかし、現在町内会や消防団は多くの地域で男性しかおらず、女性がいる場合でも、組織の中での役割は意見を出すことではなくお茶くみやサポート役である。また、女性部や女性消防団として存在しているため女性不在ではない、という主張も時折みられるが、意思決定過程を見れば明らかであるように、男性のメインコミュニティとは区別されており有する権力にも差がある場合がほとんどである。女性はお茶くみ、サポート役、ひっそりと支える役…、その仕事に価値がないわけでは決してないが、SNSが主流になった令和において、「女性だから」という理由で特定の役割が割り当てられるのは当たり前だ、と納得できる若者はどれぐらいいるのだろうか。特に女性にとって与えられるのは社会的地位も経済的価値も低い役割が多く、若者が、都市部で性別にとらわれずに自由に自分を開拓しよう、という考え方になるのは自然な発想だろう。
 「不満があるなら文句を言えばいいじゃないか」という声も聞かれるが、現状男性ばかりのコミュニティに対して苦言を呈するよりも、何も言わずに立ち去る方が簡単だと思われているという事実にも向き合う必要がある。前述した豊岡市の前市長である中貝宗治氏は「若い女性たちがすーっといなくなったんですね。帰らないという判断をするだけで消えていくんです。」と語っている[6]。生まれ育った地元への期待値が著しく低い若年女性に対して、この課題の解決責任を押し付けても現状は何も変わらない。
 では地域コミュニティはどう変わるべきだろうか。主に3つの要素が考えられる。1つ目は、数の側面である。1つの組織に30%以上、特定のマイノリティがいることでその組織の文化が傾くと言われている[7]。様々な面において少なくとも3割は女性が確保されているか確認してみると良いだろう。2つ目は、仕事の質である。具体的に言えば、特定の役割が女性(もしくは男性)に偏っていないか、ということである。全体の人数の割合を見たときに女性が増えていても、高位の役職が男性だけでは組織の変革に効果的ではない。そして最後に、組織のルールや仕組みの再検討である。男性だけで運営してきたコミュニティは、コミュニティのルール自体が女性の参入障壁になっている場合がある。例えばとある地域では、女性は夕飯を作る役割を担っているため、従来の18時からの会議では家事との両立ができず、声をかけられていても断らざるを得ないという話も耳にした。そもそもそのコミュニティに深くコミットするための障壁がないか、検討してみることにも価値があるだろう。
 求められる女性の回帰には、ドラスティックな価値転換が必要であり、その価値転換こそジェンダーギャップの解消である。今までは、どの地方創生の施策も多くの男性で構成される地域コミュニティが担ってきた。しかし、その地域コミュニティの主体に女性が参画することで、地方創生の主体に女性が追加される。この地域では女性も男性と同様に期待してもらえるんだ、という若年女性の実感は地元の未来への期待を回復させる可能性がある。
 女性は子どもが欲しいだろうから子育て施策を充実させれば女性が増える、という発想自体に全く効果がないわけではない。女性不在の長い政治の歴史を考えれば、今まで議題に上がりにくかったケア負担の軽減施策として、ケアのメイン従事者である女性に対し一定の効果があると考えられる。しかし、女性をケア役割として据え置く考え方であり、性役割分業といった根本的なジェンダーギャップの解消にはなっていないことに気を付けなければならない。
 今後、各自治体ごとにジェンダーギャップの現状を正しく認識し対処することが求められるが、そもそもこの課題を感じている女性は既に都市部に流出しており、課題解決の伴走者になり得る若い女性が地元にいないというのは避けられない問題である。地域で働くキーパーソンがおらず施策が進行しないというのは、地方創生の諸プロジェクトでよく聞かれる話である。したがって私は、若い女性の流入を施策のスタートに設定するのではなく、各自治体に現在住んでいる人々が地元の未来に想いをはせ、小さな地域コミュニティを起点に大きな価値転換を受容することをスタートに設定することを求めたい。
 現在、地方自治体の中には市町村内に分娩できる産婦人科がない、という地域も増えてきている[8]。地方創生でようやく女性に焦点が当たりだしたものの、既に若年女性を受け入れる土壌が崩壊してしまっていると言わざるを得ない地域もある。つまり、危機感をもって一刻も早く手をつけないともう間に合わないのである。ニッセイ基礎研究所の天野馨南子氏は、特に人口流出の激しい東北地方、四国地方、中国エリアに近い山陰地方の県は、このままのペースであればここから10年で20代人口の3割以上の女性を失うことを覚悟しなければならない[9]と指摘する。若年女性の流出は若年男性の流出よりも顕著であり、いまこそ地域の価値転換を軸としながら、女性に焦点を当てた地方創生施策が求められている。

[1] 日本経済新聞『自治体4割「消滅可能性」、30年で女性半減 人口戦略会議』2024年4月24日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA230SG0T20C24A4000000/
(最終閲覧 2024年5月26日)

[2]国土交通省 国土審議会第5回計画部会「地方における女性活躍」2022年
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001464940.pdf
(最終閲覧 2024年5月26日)

[3] 日本経済新聞『「消滅可能性自治体」避ける道 過度な悲観は無用』2024年4月24日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD244DC0U4A420C2000000/
(最終閲覧 2024年5月26日)

[4] 10歳代の転出超過数に対して20代の転入超過数の占める割合
豊岡市 「豊岡市ジェンダーギャップ解消戦略」p3 2021年より
https://www.city.toyooka.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/016/732/gg0401.pdf
(最終閲覧 2024年5月26日)

[5] 豊岡市 同上

[6] カンテレ ザ・ドキュメント「令和3年度文化庁芸術祭参加作品 女性がすーっと消えるまち」2021年
https://www.ktv.jp/document/211126.html
(2024年5月26日最終閲覧)

[7] JOC 日本オリンピック委員会  Sports Woman Career UP「黄金の3割」
https://www.joc.or.jp/about/women-leader/words/06.html
(2024年6月3日最終閲覧)

[8] NHK 「地元で赤ちゃんが産めないなんて…」2022年
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220201/k10013461661000.html
(最終閲覧 2024年6月3日)

[9] ニッセイ基礎研究所 天野馨南子『2023年20代人口流出率にみる「都道府県人口減の未来図」(1)-大半が深刻な若年女性人口不足へ-』2024年
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=78152?pno=2&site=nli#anka1
(最終閲覧 2024年5月26日)

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