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誰もが生の充実を感じられる包摂的な社会を実現したい。障がいのある家族の当事者として、「人に喜ばれる」「人に認められる」ことが、人間の尊厳の回復には必要だと実感した筆者は、誰もが「ありがとう」を受け取り、与え合える社会の実現を目指し、現在松下政経塾で研鑽を積んでいる。
その一環として、2025年7月には、ソーシャルファームの先進事例を学ぶため、イタリアとドイツに約3週間滞在し、11法人・19施設を訪問した。帰国後には、それらの知見を基に国内のソーシャルファームを複数訪問し、“日本らしい”ソーシャルファームのあり方について模索してきた。本稿では、特に国内でのフィールドワークで重要な学びを得られた2つの法人について紹介する。
今一度、ソーシャルファームの定義について確認をしておこう。ソーシャルファームとは、労働市場で不利な立場にある人々(障がい者、難病患者、高齢者、母子家庭の母親、引きこもり、刑務所出所者、薬物依存症、ホームレスなど)に対して、対等な有給雇用の機会を提供する社会的企業である(Social Firms Europe CEFEC[1]による定義)。すなわち、個々の特性や困難にかかわらず「誰もが共に働くことのできる場」が、ソーシャルファームなのである。
訪問日:2025年10月25日
日本国内におけるソーシャルファームの先駆的事例として、奈良県を拠点に障害者福祉サービスを展開する「社会福祉法人青葉仁会」を挙げたい。同法人では約500名の利用者が共に活動しており、その多くが重度の知的障がいや強度行動障害を伴う人々である。「福祉」「支援」の枠を超えたダイナミックな職能開発を行っている。
最大の特徴は、「一人ひとりに合わせて仕事を創る」という人間中心の環境整備にある。既存の業務に個人を当てはめるのではなく、例えば「水を触り続けることが好き」という特性がある利用者には紙漉き職人としての道を拓くなど、本人の「やりたい!」を起点に創意工夫を凝らしている。
また、市場経済において「一流のものを生み出さないと、売れない」というプロ意識も特筆すべき点だ。HACCP[2]の取得や、石鹸を「雑貨・雑品」ではなく、あえて「化粧品」として販売する戦略など、業界で対等に勝負するための品質管理を徹底している。これにより、月額5~6万円という高い工賃と障害年金を合わせ、自立可能な所得水準を実現していた。
さらに興味深かったのは、労働だけでなく「余暇」の質にもこだわっていた点だ。テーブルマナー講座やファッションショー等を実施し、「稼いだお金をいかに文化的な経験に使うか」を共に考え、利用者の人生の充実をサポートしている。従来のノーマライゼーションの概念を超え、一人の人間として人生を豊かに謳歌する「真の包摂」を体現していることに、筆者は感銘を受けた。
訪問日:2026年2月3日
埼玉県で農福連携[3]を軸に活動する「埼玉福興株式会社」もまた、先進的なソーシャルファームである。同社は、障がい者や触法少年といった「労働市場から排除されやすい人々」が、農業を通じて当たり前に地域で豊かに暮らすことを支えている。
印象的だったのは、代表の新井利昌氏が提唱する「社会的健康」という概念だ。これは、単に個人の疾患を治すのではなく、社会そのものを「優しく寛容な状態」へと整えてゆくことで、社会的な困りごとを抱える人々をも、自然に受け入れるセーフティネットを構築しようとする考え方である。この「社会的健康」の確立には、多角的なアプローチが不可欠だ。地産地消による良質な食文化で心身の生命力を高めること、そして理念を共有する仲間が地域に点在し、困難が生じた際にも孤立せず相談し合える「相互扶助のネットワーク」があること。これらが包摂の基盤となる。
「地域に元気な奴らが100人いることが重要!」と話すその言葉通り、同社はこれまで人口減少地域に何人もの雇用を創出してきた。仲間と共に質の良い食事を摂り、朗らかに支え合う営みは、個人の健康と地域の活力を同時に再生させている。その実践として、イタリアの食習慣である「アペリティーボ(夕食前の軽い飲食)」の概念を取り入れている点も興味深い。夕食前にカフェで交流し、早い時間に心身をリラックスさせるこの習慣は、アルコール依存症や不眠に悩む人々への包括的かつ有機的なケアとして機能すると新井氏は話す。
筆者が特に刺激を受けたのは、同社が活動の視座を広く世界に据えている点である。国内ではソーシャルファームへの理解不足や制度的課題が残る中、同社は欧州のソーシャルファームと連携し、ツーリズムとしての可能性をも模索している。視野を世界に定めることで、既存の枠組みに捉われない新しいソーシャルファームの在り方を提示していた。
2025年7月、ドイツとイタリアのソーシャルファームを視察した際、私は二つの点に深く感銘を受けた。それは、障がい名などの属性ではなく「その人自身」を見る姿勢と、制度ばかりに目を向けるのではなく「地域社会とのつながり」を重視する姿勢である。こうした文化を日本にも広めたいと決意し帰国したが、国内での対話を通じて直面したのは、「社会的包摂は理想だが、現実は難しい」という現場の声であった。
こうした価値観が未だ根強い日本社会において、今回紹介した二法人が、何十年にもわたり現場での実践を積み重ねてきたことを想像すると、改めて深い敬意を表せずにはいられない。
「理想論」と言われるかもしれないが、私は「良い福祉には、社会を優しくする力がある」と信じている。誰もが生の充実を実感できる包摂的な社会を実現するために。現場で挑戦し続ける先駆者の方々の列に加わり、共に歩んでいけるよう、これからも精進を重ねていきたい。
[1] Social Firms Europe CEFEC
(https://www.socialfirmseurope.org/),(最終閲覧:2026/2/22).
[2] Hazard Analysis and Critical Control Pointの略称。食品等事業者が食品の安全性を確保するための国際的な衛生管理手法。
[3] 農業と福祉が連携し、障害者や高齢者が農業分野で活躍することで社会参加や生きがいを実現する取り組みのこと。
(紹介した法人)
・社会福祉法人青葉仁会(https://aohani.org/)
・埼玉福興株式会社(http://saitamafukko.com/)
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Kaori Yamashita
第45期生
やました・かおり
Mission
違いを受容し互いの可能性を最大限活かし合える社会の創造