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私は、障がいの有無や特性にかかわらず、誰もが<生>の充実を感じられる社会を実現したい。
この想いの原点には、知的障がいのある兄の存在と、兄と共に葛藤してきた母の姿がある。また、社会人時代に、頑張っているのに精神を病み、仕事を離れざるを得なかった同僚たちの姿も、私を突き動かす存在だ。
障がいのある人にとって生きやすい社会は、障がいのない人にとっても生きやすい社会ではないか。そのような環境を、働く現場から実現できないだろうか。
これが、私が人生をかけて向き合い続けていきたい問いである。
包摂性のある組織づくりのカギはソーシャルファーム(social firm)にある、というのが、私が研修を通して感じている仮説である。実践課程一年目の2025年7月、私はソーシャルファームの先進事例を学ぶため、イタリアとドイツに約3週間滞在し、11法人・19施設を訪問した。本報告では、その学びと今後の研修の方向性について述べる。
社会的包摂を実現する手段の一つとして、私はソーシャルファームの可能性に注目している。ソーシャルファームとは、労働市場で不利な立場にある人々(障がい者、難病患者、高齢者、母子家庭の母親、引きこもり、刑務所出所者、薬物依存症、ホームレスなど)に有給雇用の機会を提供する社会的企業である(Social Firms Europe(CEFEC)[1]による定義)。すなわち、「障がいの有無や特性にかかわらず、誰もが共に働ける場所」だ。
その特徴の一つは、市場志向の事業を展開し、ビジネスとして社会的使命を達成する点にある。一般的な慈善活動や公金頼りの福祉事業とは異なり、収入の半分以上を収益から得ることを原則とし、経済的自立と社会的包摂を両立させる。二つめの特徴は、障がいの有無にかかわらず同一の雇用条件で働くことだ。三つ目の特徴は、労働市場で不利な立場の人を雇用する割合の基準があり、例えばドイツでは従業員の25~50%が障がい者等であることが求められる。
ソーシャルファームは、1970年代のイタリア・トリエステで誕生した。背景には、精神科医フランコ・バザーリア[2]による精神医療改革がある。バザーリアは、劣悪な環境に置かれていた患者の尊厳を回復するため、精神科病院を廃止し患者を地域に戻すことと、労働の正当な対価を支払うことを柱に改革を進め、1972年、元患者と職員による労働者生産協同組合を設立した。これがソーシャルファームの原型である。その後、公的支援が整備されると、ヨーロッパ各国にも広がった。
ソーシャルファームは、ビジネスと福祉の双方の視点を融合し、誰もが可能性を発揮できる包摂的な社会を実現するための有効な仕組みと言えるのではないだろうか。私は、現地でその理念や運営実態について学ぶため、ドイツとイタリアへ訪問した。次章では、各地の学びと気づきを報告する。
※写真に写っている方には掲載許可をいただいております。
【訪問先】 Mamre-Patmos-Schule(特別支援学校)、Public Relations Dankort(広報・寄付部門)、Künstlerhaus Lydda(アートアカデミー)
【訪問日】 2025年7月9日~12日
ドイツ・Bielefeldのキリスト教系コミュニティBethel[3]を訪問し、現地の特別支援学校、広報・寄付部門、アートアカデミー等でインタビューを行った。Bethelは「医療と福祉のまち」として約150年の歴史を持ち、病気や障がいがある人もない人も共に暮らし働くまちとして発展してきた。インタビューを通じて、市場競争よりも福祉を優先し、「私たちが私たちらしくいられる」環境づくりを重視する姿勢が感じられた。
Mamre-Patmos-Schuleで、生徒の障がい種別の割合を尋ねたとき、少し考えてから「その質問はあまり意味がない」と言われた。障がい特性で生徒を判断するのではなく、歩んできた人生のプロセスを総合的に見て個人を理解しようとしているのだと、Marga先生は話す。
Künstlerhaus Lyddaは、障がいの有無を問わず誰もがアーティストとして対等に創作できる場。市場から距離を置き、アートを純粋な表現の場として位置づける。「真にアートというプラットフォームに立つ限り、誰もが対等になれる」という言葉を聞き、アーティストとしての覚悟と自信が、ここにいる人達の目を輝かせるのだなと感じた。「病気はその人の本質ではない」という理念のもと、アシスタント(教師とは呼ばない。対等性を重んじている。)が伴走しながら制作を支援している。収益よりも創造の自由と尊厳を優先し、アートが商品にならないように意識しながら、必要十分な収入で運営されていた。
全体を通じて、Bethelは完全に福祉に振り切っているように見えた。「私たちは労働市場で勝負しない。そうすることで、私たちが私たちらしくいられる。(何かのふりをする必要がない)」と話す言葉を聞き、全てを手に入れられない前提に立ち、自覚的にコミュニティとしての取捨選択をし、その選択に自信と誇りを持つ姿がとても胸に刺さった。包摂性と心の豊かさについて深く考えさせられる経験となった。

Mamre-Patmos-Schuleの先生と共に(筆者:右から2番目)
(撮影日:2025年7月10日、撮影者:学校の生徒、撮影地:Mamre-Patmos-Schule)

Künstlerhaus Lyddaのアーティストと共に(筆者:手前右側)
(撮影日:2025年7月12日、撮影者:カフェスタッフ、撮影地:Neue Schmiede, Freizeit- und Kulturzentrum)
【訪問先】 Felicitas Kresimon氏 (General Secretary of Social Firms Europe CEFEC)、小村絹恵氏(元地域精神保健センター スタッフ)、WHO Collabrating Centre
【訪問日】 2025年7月14日~17日
イタリア・Triesteは、アドリア海に面した港町で、旧ユーゴスラヴィアとの国境に接している。現在はイタリア領だが、第一次世界大戦終結まではオーストリア領であり、オーストリア・ハプスブルク家の気品が感じられるような美しい街だ。歴史的には、1970年代にイタリアで初めて精神科病院を廃止した都市であり、ソーシャルファームの発祥地でもある。
現地でのインタビューを通して感じたのは、「『病気』ではなく『その人自身』を見る」というバザーリアの理念が、今も変わっていないということだ。Bethelとの違いを感じたのは、「社会的弱者を包摂する組織であっても、質を担保し、一般市場で負けない存在であるべき」という価値観だった。そのためには法整備も不可欠で、会社単体の取り組みでは限界がある。法律によって「組織の民主性」や「地域社会に根差した事業展開」が示され、コミュニティとの強い連携と相互支援によって、包摂性を実現しようとしていた。
一方で、築き上げられた制度や文化が揺らぎ始めている現実も強く感じられた。ときの政策方針によって精神保健サービスの予算がじりじりと削られ、もはや理想とは言えない現場の実態も知ることができた。頑張っても疲弊していく。助けたくても助けられない。積み上げてきた文化が揺らぎつつあるのが、まさに今なのかもしれない。また、イタリア全土で精神科病院を全廃したとはいえ、実態は州によって様々で、中身が追い付いていない地域も多い。制度やスローガンだけでは人は動かないのだとわかった。
ここトリエステも初めから地域移行に寛容だった訳ではない。改革当時、患者が町に出た当初は問題だらけだったそうだ。ただ食いや夜中の奇声、そのようなトラブルが起こった際に駆けつけ、説明し、対話し、人間の尊厳とは何かを根気強く伝えてきたのが精神保健センターの職員であった。理念や制度だけでなく、現場の泥臭く地道な努力が、今のトリエステを築いてきたことを知り、大きな勇気をもらった。
私見として、トリエステは「地域の社会関係資本が豊かであれば包摂は可能」という強い示唆を与えてくれた。日本の現状と比較すると、地域連携の弱さや福祉の「囲い込み」傾向が課題として浮かび上がる。日本において、「いかに福祉を地域にひらくか」の具体的な戦略が重要だと痛感した。

バザーリアの言葉「自由こそ治療だ!」の前でFelicitas Kresimon氏(筆者:左)
(撮影日:2025年7月14日、撮影者:通りがかりの学生、撮影地:旧サンジョバンニ精神科病院の敷地内)

WHO Collabrating CentreのElisabetta Naviglio氏と共に(筆者:左)
(撮影日:2025年7月17日、撮影者:WHO Collabrating Centreの職員、撮影地:WHO Collabrating Centre正面玄関前)
【訪問先】 COpAPS
【訪問日】 2025年7月23日~24日
イタリア・Bolognaでは、国内最大級の社会的協同組合COpAPS[4]を訪問した。主に知的障がいのある人たちが農業を中心に活動しているが、近年は農業だけでなく、養蜂やB&B、レストラン、市内清掃など、幅広く事業を展開している。
COpAPSは、1979年に家族団体から独立した4名のメンバーにより設立され、現在は130名のスタッフが働いている。そのうち39名は、社会的に不利な立場にある人々である。
元代表のLorenzo Sandri氏は、講演会などで来日経験もあり、日本の事情をよく知る人物だ。インタビューの冒頭、「日本とイタリアでは制度や文化が異なるため、ここで見たことをそのまま持ち帰るのは難しい」と述べた。イタリアでは1970年代の人権運動を背景に、権利や平等の意識が根付き、インクルーシブ教育もその延長線上にあるという。社会的包摂の原点は「その人を知ること」であり、そのためには教育が特に重要だと語る。幼少期から多様な人と過ごす経験がインクルーシブな地域づくりにつながるのだと話していた。
成長し続けるCoPAPSの福祉と収益のバランスについて尋ねると、常に試行錯誤だと語る。市場動向に応じた柔軟な事業運営や、マネジメント体制が求められるため、一般企業同様の経営力は不可欠。45年の歴史の中で一定の経営基盤を築いてきたCOpAPSだが、近年では新規メンバーの急増に伴い、組織内のコミュニケーションや文化維持に課題もある。それでも「毎日ランチを共にする」など交流の機会を大切にし、互いを支え合う社風は健在だ。
今回の訪問で感じたのは、COpAPSの強みが単なる規模や事業の多様性ではなく、「人を中心に据えた運営」と「地域に開かれた姿勢」にあること。そして、日本において同様の仕組みを作るには、制度整備や教育・地域からの価値観醸成が重要であり、小規模からでも文化を根付かせる試みが必要だと学ぶことができた。

COpAPSのメンバーと共に(筆者:左から2番目)
(撮影日:2025年7月23日、撮影者:COpAPSのスタッフ、撮影地:COpAPS)

元代表のLorenzo Sandri氏と共に(筆者:右)
(撮影日:2025年7月23日、撮影者:COpAPSのスタッフ、撮影地:COpAPS)
【訪問先】馬場みのり氏(現地観光ガイド)
【訪問日】 2025年7月24日~26日
イタリア・Veneziaでは、現地観光ガイド馬場みのり氏にインタビュー。伝統的景観とバリアフリーの両立について、お話を伺った。
Veneziaには400もの橋があるが、そのほとんどが階段である。車いす利用者は橋を使えない為、水上バスが主な移動手段だ。現地のホテルは古い建物が多く、エレベーターがない場合も多い。また、ホテルの建物自体がバリアフリーでも、橋を渡らなければ(つまり階段を利用しなければ)ホテルにアクセスできない場合も多く、事前確認は必須。さらに道は狭く、石畳で歩きにくく、常に多くの観光客で混雑している。
そんなVeneziaで実感したのは、折衷案を導くことの大切さである。Veneziaでは、「車いす利用者に100%でなくとも70%のアクセスを確保」「主要な数個の橋のみスロープ設置」「水上バス割引」などの対応を通じて、伝統保全とバリアフリーの間の調整がなされていた。それでも補完しきれない部分を埋めるのが、助け合う人のつながりである。不完全ながらも暮らしや観光を支える人びとの姿に、コミュニティの力の重要性を再認識した。Veneziaは中世以来、独立した都市国家として政治を担い、地中海貿易を背景に繁栄してきた都市だ。その自治と商業活動の伝統が、市民の自立心や共同体意識を育み、今日に至るコミュニティ形成にも寄与しているのだろう。

Veneziaのスロープのある橋
(撮影日:2025年7月25日、撮影者:筆者)

Veneziaの街並み
(撮影日:2025年7月25日、撮影者:筆者)
【訪問先】Christine Nothacker氏(SPEKTRUM GmbH manager director)、Hoffnungstaler Stiftung Lobetal、Hotel Grenzfall
【訪問日】 2025年7月26日~29日
ドイツ・Berlinでは、ソーシャルファームの実態についてインタビューを行った。ドイツでは2001年にソーシャルファームに関する法律が制定された。法律によってソーシャルファームの意義や条件が規定されており、社会的包摂性という特別な使命を担う企業であることや、重度障がい者を25~50%雇用すること、彼らに対する必要なケアを提供することなどが定められている。
インタビューを通して、法制定や政府による支援の重要性を痛感した。「日本はまだそこまで進んでいない」という私の弱音に対し、Christine Nothacker氏は「法律は運動の20年後にようやくできた。法律は確かに助けになるが、その前には必ず尽力してきた現場の取り組みがある。」と強調し、40年以上の歴史と仲間づくりの重要性を力強く語った。ドイツでは、約1,000のソーシャルファームに30,000人が働き、その半数近くが重度障がい者だ。「包摂性を担保すると経営が成り立たない」という声が聞こえてくる日本との価値観の差を感じた。
一方、Berlinで出会った人々は口を揃えて、「ドイツの社会的包摂も道半ばだ」と語る。移民・難民問題が常に議論され、時に排他的傾向が強まる中で、「社会的包摂は同情やボランティアではなく当然の義務」「世界をより良くするために踏ん張らなければいけない」と全員が強調していた。
今回の訪問を通じ、ドイツの社会的包摂は法制度だけでなく「社会をより良くしたい」という情熱と工夫に支えられてきたことを実感した。現場で聞いた「幸せを分け合えば倍になる」「誰かを助けるほど自分も豊かになる」という言葉や、“senseful life(センスフルライフ)”という退屈の対極にある価値観は、私自身に新たな気づきを与えてくれた。

SPEKTRUM GmbHのChristine Nothacker氏と共に(筆者:左)
(撮影日:2025年7月26日、撮影者:筆者、撮影地:Humboldt Forum)

ソーシャルファームのHotel Grenzfall
(撮影日:2025年7月29日、撮影者:筆者)

図1:ドイツ国内のInclusive Enterprisesの数の推移
(BAG Inklusionfirmenの2022年講演資料を元に筆者作成)

図2:ドイツ国内のInclusive Enterprisesの従業員数の推移
(BAG Inklusionfirmenの2022年講演資料を元に筆者作成)
今回訪問したドイツ・イタリアの事例に共通していたのは、「その人自身を見る姿勢」と「地域社会とのつながりを重視する姿勢」である。
「その人自身を見る」とは、病気や障がいを一旦脇に置き、「人間そのもの」「市民としての人間」を中心に据えた制度や仕組みに変えていくことだ。その前提には、人間は一人ひとり異なるという当たり前の価値観があり、「障がい者と健常者」「患者と医者」「外国人と自国民」といった区別を前提としない。ソーシャルファームでは、労働市場で不利な立場にある人々を「既存の職場に受け入れる」のではなく、その人自身を理解し、ニーズに応じた仕事を「創り出す」。このような姿勢が「私たちを私たちらしく」たらしめるのだ。
また、「地域社会とのつながりを重視する」とは、信頼に基づく人間関係を築くことだ。価値観の違いによる衝突やトラブルは避けられないが、それを学びの機会と捉え、好循環につなげていく。“危ない”人を排除するのではなく、多様な市民が互いに尊重し合い、社会的ネットワークを築くことが重要である。
これらの学びを日本社会でどのように活かしていくべきか。今後の研修では、より高い視座で日本社会の実情を把握し、「障がい」や「就労」に視野を狭めず、「いかに福祉を地域にひらくか」について考え、実践していきたい。
[1] Social Firms Europe CEFEC
(https://www.socialfirmseurope.org/),(最終閲覧:2025/12/11).
[2] Franco Basaglia。精神科医、イタリア精神保健改革の父と言われている。
[3] v. Bodelschwinghsche Stiftungen Bethel
(https://www.bethel.de/en/),(最終閲覧:2025/12/11).
[4] Cooperativa per Attività Produttive e Sociali
(https://www.copaps.it/),(最終閲覧:2025/12/11).
・石川准・倉本智明.障害学の主張.明石書店,2002,294p.
・矢田貝泰之,やさしい障害者福祉入門,中央法規,2023,219p.
・野口晃菜・喜多一馬.差別のない社会をつくるインクルーシブ教育.学事出版,2022,256p.
・NPO法人コミュニティシンクタンクあうるず.ソーシャルファーム〜ちょっと変わった福祉の現場から〜.創森社,2016,228p.
・橋本孝.奇跡の医療・福祉の町 ベーテル 心の豊かさを求めて.西村書店,2009,248p.
・大熊一夫.精神病院はいらない! イタリア・バザーリア改革を達成させた愛弟子3人の証言.現代書館,2016,189p.
・井手英策,どうせ社会は変えられないなんてだれが言った?,小学館,2021,255p.
・マルクス・ガブリエル.倫理資本主義の時代.早川書房,2024,304p.
・マイケル・サンデル.実力も運のうち 能力主義は正義か?.早川書房,2023,480p.
・西村佳哲.自分をいかして生きる.筑摩書房,2011,206p.
・近内悠太.世界は贈与でできている―資本主義の「すきま」を埋める倫理学.NewsPicksパブリッシング,2020,254p.
・青野 慶久.会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。.PHP研究所,2018,221p.
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