Thesis
昨年10月、中国の国家主席が初めてアメリカを訪れ、世界中の注目を集めた。これは、中国がすでに国際政治の場でアメリカに並ぶ存在であることの証明である。そして、同じ頃、東南アジアでも中国の力を伸張する外交が展開されていた。
10月21日から2週間、中国経済代表団がバングラデシュとASEAN4カ国を訪問した。呉邦国副首相を主席責任者に、黄鎭東交通相のほか官僚、企業家と総勢40名にのぼる大規模なものである。呉副首相は、上海党書記を経た経済通で江沢民主席と朱鎔基政治局常務委員に続く、政治局内のいわゆる上海閥の第3位の実力者である。経済専門官僚で、また中国を実際に動かす上海閥の実力者が江沢民主席の訪米と同時期に東南アジアを訪問したというのは、いろいろな意味を感じる。
当時、東南アジア諸国は深刻な通貨危機に陥っており、第2次大戦後最悪の経済状況にあった。ASEANの独自路線を好ましく思わないアメリカと、バブル崩壊の後遺症から立ち直れない日本はこの危機になんら有効な策を打ち出せないでいた。このような状況の中で、中国の東南アジア訪問は行われた。
中国経済代表団はバングラデシュを振出しにベトナム、ラオス、ミャンマー、タイと訪れた。表向きは地域での鉄道整備とメコン河開発計画の推進となっているが、実際は東南アジア経済圏に対する中国の影響力拡大と、12月中旬に開かれた第2回ASEAN非公式首脳会議への地ならしという意味合いが強い。
この東南アジア歴訪の中で、最も注目すべき点はミャンマーとベトナムに対する中国の関心の高さである。もっとも、中国はバーツ急落による通貨危機のため、タイに10億ドルの支援を約束し、タイ政府から大々的な歓迎を受けるという場面もあった。しかし、訪問の核がミャンマーとベトナムであったのは間違いない。
ベトナムは75年以来、最近まで経済制裁を受けていた。ミャンマーはいまアメリカからあらゆる制裁を加えられ、北朝鮮と並んで世界で最も孤立している国である。国家法秩序回復評議会議(SLORC)という長い名前を持つ軍事政権が、アウン・サン・スー・チーに代表される民主勢力を弾圧し続け、国際社会から人権弾圧国として知られている。もともとミャンマーと中国の関係は水と油である。宗教を否認する共産党は、仏教国であるミャンマーから見ると悪の象徴である。しかしこのような関係は90年に入り変わり始めた。きっかけは、中国が人権弾圧国と非難されているSLORC軍事政権を支持したことである。ミャンマーのASEAN加入をマレーシアと共に一番積極的に支持したのも中国である。中国経済代表団のミャンマー訪問は、SLORCに対する中国政府の肯定的な立場を経済面からも表明するという大きな意味を持っていた。中国が今回の訪問期間にSLORCに渡したプレゼントは1500万ドルの借款提供である。金額の面からみれば大きなものではないが、孤立状況にあるSLORCにとっては「ミャンマーは決して一人ではない」という自信と安心感につながる。そのためSLORCも中国経済代表団の訪問を単なる経済的次元の出来事とはとらえていない。
ミャンマーに続いて中国経済代表団が熱い思いを持って訪問したのがベトナムである。ベトナムは中国にとっては裏切り者である。「中国は75年のベトナム解放まで一食節約運動を展開してベトナムを支援したにもかかわらず、結果は反対に銃を向けられた」というのが一般的な中国人の対ベトナム観である。しかしこのような旧怨は互いの利益のために忘れなければならない。96年の中国・雲南と北ベトナムをつなぐ鉄道の開通は、90年代に入って好転してきた両国関係を非常によく表している。鉄道開通以後、中国―ベトナム間で行われている国境貿易の規模は1年間ですでに10億㌦を超えた。面白いのはこの地域が密貿易の拠点となっていることである。ハノイで見かける中国製コカコーラと中国産電子製品の大部分は、密貿易の産物だと思って間違いない。いま、安い中国製品がベトナムも含め、東南アジア全域を覆っている。
中国経済代表団が今回ベトナムに贈ったプレゼントは、北ベトナムのタイグエン製鉄所の改良社業のための1億7000万ドルの借款。元々タイグエン製鉄所はベトナム―中国蜜月期に中国の支援によって作られた北ベトナム最大の製鉄所であるが、95年以降、海外からの投資が減り、アメリカからの投資も期待したほど伸びていない現状では、中国からの経済支援はベトナムが使えるもう一つのカードである。
現在5千人が駐屯している南ベトナムのカムラン港は、中国とアメリカが共に注目している戦略要衝地である。中国海軍総本部のある海南島からは直線で1000Km。ベトナム戦争時には米軍が使った。今回の中国経済代表団のベトナム訪問は、経済的な狙いと共にベトナムのアメリカ傾倒を止める軍事的な目的も含まれている。
呉邦国副首相が引率した中国経済代表団の訪問は、中国がついに東南アジアという中国の前庭に進出し始めたということである。中国は現在、東南アジア各国での投資順位が20位内にも入っていない。しかし遠くない将来、中国が東南アジアの最大の海外投資国になるのは間違いない。このような予測は、今、東南アジア一帯で吹いている中国語ブームからも感じられる。いよいよ中国の「ユエン(元)」が東南アジアに向かって動き始めた。
(ユー・ミンホー 1962年生まれ。延世大学卒。ソウル大学行政学研究科修了。)
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