論考

Thesis

国際化による地域の発展の可能性とその方法~イタリアの事例から考えること~

0. はじめに

Ⅰ. 国際化がもたらし得る影響

Ⅱ. イタリアにおける国際化を活用した地域づくりの取り組み

Ⅲ. 国際化に向けて日本の地域が抱える課題

Ⅳ. 世界に開かれた地域をつくる方法

Ⅴ. さいごに

0.はじめに

 2007~2009年、私はイタリア北東部フリウリ=ヴェネツィア ジュリア州トリエステのドゥイノという人口約1500人の村に暮らしていた。この村には中世に建てられたお城があり、アドリア海に面していることから観光客が多く訪れることもあったが、村人たちの生活や環境が荒らされることなく、昔からの暮らし方を保ちながら過ごしている。

 お年寄りが庭で歌いながら日向ぼっこをしている。村を歩いているとコーヒーに誘われたり、ドルチェをお裾分けしてもらったりする。気づくと何時間も立ち話をしたりしている。村人たちは私のように海外から来た人に対しても村の一員のように接してくれた。

 生まれた時からこの村に住んでいて外には出たことがないお年寄りが多く、彼らはこの村の生活を誇りに思い、「自分たちはDuinese(ドゥイノ人)」だと言っていた。

東京の都会からこの小さな村を訪れ、伝統ある暮らしを楽しみつつも、世界からの来訪者との交流を楽しみ、その誇りある暮らしを来訪者と共に楽しむ光景を見て、私は初めて地域の活気を感じ、母国である日本も同じような国にしていきたいという想いに至った。

 イタリアにはこのドゥイノ村のような小さい村が多く残されている。コムーネという自治体は8000以上も存在する。イタリアも日本と同じく高齢化や人口減少という日本と同様の課題を抱えている地域は多いが、「観光」という手段や様々な工夫で乗り越え、活性化を試みている。具体的には観光客の数を単に増やすというわけではなく、自らの持つ文化や歴史、自然を守った上で、その価値を来訪者と共に楽しむというやり方で小さな地域をのこしている。「観光」の語源は「観国之光」であるが、「光」である自らの地域の暮らしぶりを外からの来訪者に見せているのだ。

 松下政経塾創設者である松下幸之助氏は昭和29年、未だ訪日観光客が少なかった時代に (参考:昭和39年の訪日外客数は約35万人程度 JNTO HPより)、「観光立国の辞」を唱えた。「観光立国」の意義として主に以下のようなものを挙げている。

・価値ある日本の景観を相互扶助の精神で世界に開放することの平和的重要性

・観光による他産業のへの波及効果の大きさ

・視野が国際的に広くなる

 この考えはイタリアの行っている地域づくりの在り方に通ずるのではないかと私は考える。

 世界における交流人口は11億8400万人を超え、あらゆる場面において世界とかかわることが当たり前となっている。日本政府は訪日客数を2020年に4000万人、2030年に6000万人までに増加する目標を掲げ、各地で多数事業が行われ、国、地域が国際化し世界に開いていくことへの重要性が高まっている。そんな中、日本が進むべき方向性へのヒントがここにはあると考える。

 本レポートでは、私自身がこれまでの研修や体験を通して見聞きした学び、具体的なエピソードを交えつつ、日本の地域がその文化や資源を守りつつ、世界からの来訪者とその地域の誇りを共に楽しむことの意義とそのあるべき姿について自身の考えと志を述べていく。尚、本レポートで使用する「国際化」は広義の意味で「国際的な規模に広がること」(大辞林より)の意味、異なる文化や国が経済的、文化的に影響を与え合う意味で使用する。

Ⅰ.国際化がもたらし得る影響

 はじめに、国際化の現状と国際化が国や地域、人々にどんな影響をもたらし得るかを見ていきたい。世界の交流人口数は増加している。UNWTO(国連世界観光機関)のデータによれば2016年度の世界の旅行客数は約11.8億人。前年度に比べて4.6%の増加し、今後も増加が予測されている。この増加により、世界全体で1.5兆円の輸出収入(2015年度)につながったというデータもある。[1]

国際化への対応として、SNSの発達やLCC等航空インフラの充実、各国がビザの緩和や輸出入の関税緩和等、官民で様々な取り組みがなされている。

 国際化がもたらし得る影響は主に経済、文化、教育においてだと考える。

①経済的影響

 国際化は交流人口(その地域に訪れる人の数)の増加につながる。交流人口が増加することにより、経済的なプラス効果も期待できる。観光庁のデータによると定住人口1人当たりの年間消費額は、旅行者の消費に換算すると、外国人旅行者10人分にあたると言われている。[2]訪日客数が4000万人、6000万人と増加すれば、その分消費額も増え、経済的な影響は大きく出ることは自明である。

 後述するが、地域において観光客受け入れ態勢の整備に不足があるという現状がある。このような課題を抱える中で、訪客数を増加させ、消費を促すことだけが主軸に置かれ、地域が受け入れできる限度以上のものを受け入れようとすると、地域の文化や資源などが荒らされたり壊されたりすることも考え得る。このバランスをどうとるかが今後の課題である。

②文化的影響

 国際化は文化にも影響を与える。歴史をみても、シルクロードを伝わって、モノや思想など東西文化が交わっている。文化や地域の発展にはこうした交流は重要であり不可欠なことと考えられる。

 長野県白馬村に訪れた際、白馬村では外国人が多く訪れ、事業への参入も増えたことで、「カフェ文化」が新たに出来上がったという。白馬村には現在でも古くからのコミュニティは残っているが、新たな文化が加わったそうだ。交流人口が増えることで多様な文化が交差することで、それぞれの文化の発展が生じると考えられる。ここでは、新しく生まれる文化が古くから残される文化といかに共存させるかが課題である。

③教育的影響

 教育現場への国際化の影響も大きい。小学校における英語教育の実施や、海外の児童生徒が訪問し交流を行う「訪日教育旅行」の受入れ実施がその例であろう。国際化が子ども達に対してもたらす影響として、誇りの醸成や世界の存在に気づかせることができることなどが挙げられる。こうしたプラスの影響の一方で、外国というインパクトの強い影響を受けることで、自国の文化をないがしろにしてしまう可能性があるというマイナス面も考えられる。

 参考にJNTOが掲げている訪日教育旅行の意義を示す。[3]

「外国人の訪日機会増加」「リピーターをつくり、地域での消費拡大を目指す」「外国人との交流で外国語に触れることができる」「異文化を体験することでグローバルな視野を持つ人材を育てられる」「若いうちからの国際交流で国際相互理解を増進、未来の国際関係を築く」

 訪日教育旅行の受け入れ人数は、2020年までに2013年の約4万人から5割増にするという目標が定められている。[4]今回長野県において訪日教育旅行の現場に立ち会うことがあったが、5年前に比べて1.5倍ほどの団体数が訪れていることからも、地域においても世界とかかわることの教育的意義や需要の高まりが見て取れる。

 ただ、実際は継続性に欠けていたりや相互交流になっていない等の課題もあると伺った。また国際化による教育的な影響は現状主に小中高生等学生に対して与えるものが多い。その影響は将来的に重要であるが、結果は長期的で実態が見えづらい。国際化の教育的意義を高めるためには20代~50代等労働力人口世代等広い層に影響が与えられるような仕組みが必要と考える。

 今回長野県を訪れた際に企業や農産物生産の方等から「国際化、世界に開いていくことの意義」について話を伺う機会があった。

 一貫していたのは、国際化には多くのハードルやコスト、リスクが伴うが、世界と関わればで新しいアイディアや文化、選択肢が生まれること、またハードルを乗り越えることによってその分野における発展やイノベーションが起こるという話を伺った。このことからも、世界に開いていくことには広い層にとって影響が大きく、今後の国や地域、産業の発展にとって意義のあることだと考えられる。

Ⅱ. イタリアにおける国際化を活用した地域づくりの取り組み

 Ⅰでは国際化がもたらしうる様々な影響について述べてきた。本章においては、国際化のもたらすプラスの影響を活かして地域づくりを行っているイタリアの事例を見ていきたい。小さな地域が歴史や文化を残しながらも、世界の来訪者とそれを共有している国、イタリアではどのような工夫が行われているのだろうか。

①地域を守りつつ観光振興を目指すネットワークの存在

イタリアには村同士を繋ぐネットワークが多数存在する。下表に現存する連携を洗い出した。

 ネットワーク名ネットワークの目的・URL
I Borghi Piu Belli D’Italia

 

「イタリアで最も美しい村連合」

人口1万5千人以下の村、各州にネットワーク有り

 

http://borghipiubelliditalia.it/

2

 

 

 

Associazione Borghi Authentici中小規模の地域の持続的発展、地域の価値向上

 

外に開かれたコミュニティ作り、各州にネットワーク有り

https://www.borghiautenticiditalia.it/

3

 

 

Bandiera Arancione地域の文化や歴史、遺産を楽しめるだけでなく、旅行者への高い質のおもてなしをしている地域にオレンジの旗が与えられる

 

http://www.bandierearancioni.it/iniziativa/

4Borghi Italia Tour Network「I Borghi Piu Belli D’Italia」と連携したツアー会社

 

http://www.borghit.com/

5EcceItalia「I Borghi Piu Belli D’Italia」の村の生産物・加工品のプロモーション企業

 

http://ecceitalia.com/

6Borghi-Viaggio Italiano村の旅を提案する企業

 

http://www.viaggio-italiano.it/it/

799 borghi in reteプーリア州99の村の観光誘致

 

https://www.puglia.com/99-borghi-in-rete-la-puglia-allarga-lofferta-turistica/

8Borghi in Rete人口減少の課題を抱える村の発展

 

http://www.borghinrete.it/

9Rete Regionale dei Borghi Abbandonati della Campania荒廃した村、文化遺産の復活、ストーリーの重視

 

http://www.irpinia24.it/wp/blog/2017/02/17/senerchia-fa-parte-della-rete-regionale-dei-borghi-abbandonati-della-campania/

http://www.orticalab.it/Rete-Regionale-dei-Borghi

10  Il rete nazionale dei Borghi della Saluteウェルネスをテーマとする

 

古い町、地元の食材、アクティビティを通した旅への誘客

http://www.borghidellasalute.it/presentazione.html

11Borghi di Cultura文化をテーマとする

 

https://www.facebook.com/borghidicultura/

12Borghi della Lettura文学をテーマとした地域の価値向上

 

http://caserta.zon.it/marzano-appio-aderisce-alla-rete-dei-borghi-della-lettura/

13Borghi e Terre d’Ofanto文化的、歴史的遺産、風景の保護

 

http://www.barlettalive.it/news/Attualita/354981/news.aspx

14LA RETE DEI PARCHI LETTERARI文学をテーマにする

 

http://www.basilicataturistica.it/evento/la-rete-dei-parchi-letterari-si-riunisce-ad-aliano/?lang=it

15Borghi SRL文化、歴史、地域の保護、価値向上を目指す企業

 

http://www.iborghisrl.it/new/

16Borghi da Ri…Vivere環境保護、遺産、地域の価値向上、ストーリーの重視

 

http://borghidarivivere.it/associazione/

17Borghi Alpini地域の価値向上

 

http://www.borghialpini.it/dettaglio.aspx?id=91492

18Borghi sostenibili del Piemonte村の自然保護、持続性のある地域づくり

 

http://www.comune.bergolo.cn.it/DettaglioPrimoPiano/tabid/25818/Default.aspx?ID=313

19Borghi Marinari海に面した土地における観光誘客

 

http://www.borghimarinari.it/territori/avola

 上記の例の中でも、ここでは特に「最も美しい村連合」についてより詳しく説明したい。「最も美しい村連合」はフランスにおいて1982年に開始された。(原名:Les plus beaux villages de France)この運動が近隣国のベルギーやイタリアにも広がり、現在ではフランス、ワロン(ベルギー)、イタリア、ケベック(カナダ)、そして日本にも連合が存在する。

 この連合がつくられた背景であるが、1980年代、フランスは財政逼迫のために38,000存在したコミューンの統廃合を進めていたが、そんな中、国に頼らない自立した村づくり運動をしようと始まったというものだ。当初は64の村で始まり、現在は155村が加盟している。地域の集合建屋や世襲財産などを観光資源として付加価値を高め、小規模な農村を保護する運動を広めるために設立された。こうした動きにより、コミューンを存続させることは「フランスの文化遺産」として、それまでの合併政策が転換されて、広域連携へと進んでいった。連合に加盟する村の特徴は、地域全体の建物の同質性、周囲の自然環境に同化した集合景観が共通的特徴で、美しさの保持に注目している。

 「日本で最も美しい村連合」は1998年に発足し、現在64(30町24村10地域)が加盟している。日本の連合の目的は人との繋がりや文化継承等がメインの目的となっている。

 前述の「イタリアで最も美しい村連合」(原名:I Borghi Piu Belli D’Italia)は2001年に発足した。イタリアの連合は特に地域活性化の柱としてのツーリズム産業に注力し、現在258の村が加盟している。加盟要件は1万5千人以下の村で、ブランド力強化に向けたプロモーション戦略や市場マーケティング、海外展開に力を入れている。[9]

 上表に挙げたように「イタリアで最も美しい村連合」等の大きなネットワークを中心に、各州や地方に様々な目的や規模のネットワークが広がっている。それらのネットワークの目指している主なポイントは、地域の文化や伝統、遺産や資源を保護・保全と、その上で観光振興、海外展開にも力をいれていくというところで、それが地域の持続的な繁栄を生み出すイタリアの特徴と言える。

②事例研究:エミリア・ロマーニャ州 ポルティコ・ディ・ロマーニャ村

 地域の文化や伝統、遺産や資源を保護・保全する動きが重要視され、その上で観光振興、海外展開にも力を入れていることが、地域の持続的な繁栄を生み出すイタリアの特徴であると前述したが、その具体的な事例として自らが実際に訪れたイタリアのある村を事例に、イタリアの地域における繁栄の秘密の要素を見ていきたい。

 2017年4月、イタリアのエミリア・ロマーニャ州ポルティコ・ディ・ロマーニャという村に訪れた。この村の住人は約350人。観光協会はなく、村の観光予算は年1000ユーロ程。村長は近隣3つの村を掛け持ちしている。人口減少や高齢化という課題も抱えているが、その小さな村に一軒だけあるレストラン兼ホテルがこの村の繁栄の中心を担っている。

 宿のオーナーのMarisaという女性とその家族を中心に、村で様々な企画がなされ、一日で2000~8000人もの観光客がこの村に訪れる。中でも1日で7000人もの人が訪れる「Chef in Piazza」というイベントでは、世界中からミシュラン星付きレストランのシェフが集い、世界各国の料理をという特徴的な企画だ。このシェフ達はMarisaの息子が海外に料理修行に行った先で出会った友人達だ。そうした人の繋がりを用いて、世界中からシェフ達がこの村に集結する。

 これらの取組によって、今まで宿がなかった近隣の村にもB&Bやアグリツーリズモ等ができたり、毎年この村に訪れるリピーターができたり、実際にこの村の人と結婚して移住した人もいる。1985年レストラン・ホテルがオープンした当初は、イタリア人しかいなかった観光客も今では20%が外国人で、外国人向けのイタリア語教室が運営されているほどだ。

 ポルティコ・ディ・ロマーニャ村で見たこの光景から、少ない観光予算や人材を最大限活用し、人の繋がりを通じて世界とつながり、大きな効果を生み出す、そんな地域の在り方の可能性を感じた。

 ポルティコ・ディ・ロマーニャ村の繁栄の秘訣を下記A~Hの8つの要素に分類してみた。

A.) 理念の共有

 理念の共有は企業や国など、あらゆる組織において重要と言われている。松下幸之助氏も「理念」を重要視していた。

「事業経営においては、たとえば技術力も大事、販売力も大事、資金力も大事、また人も大事といったように大切なものは個々にはいろいろあるが、いちばん根本になるのは、正しい経営理念である。それが根底にあってこそ、人も技術も資金もはじめて真に生かされてくるし、また一面それらはそうした正しい経営理念のあるところから生まれてきやすいともいえる。だから経営の健全な発展を生むためには、まずこの経営理念をもつということから始めなくてはならない。」

松下幸之助『実践経営哲学』(PHP文庫 2001年)より引用

 ポルティコ・ディ・ロマーニャ村で伺った話の中で「ストーリーの重要性」というものがあった。この村の歴史、伝承を今に紐づけていく。村に訪れる人にそのストーリーを伝えていく。そうした目的を持ったストーリーテリングのイベントも行われていた。

 ここでいうストーリーは「理念」だと考える。地域においても理念が重要で、そこに暮らす人たちが理念を共有することが、地域を守りたいという意識につながり、また外から来る人もその地域の背景にある理念を知ることで地域の文化や環境を尊重することを促すと考えられる。

B.) 人口規模のコンパクトさ

 ポルティコ・ディ・ロマーニャ村をはじめとするイタリアに存在する小さい村々は、地域内の人材を活用したり、また後述する地域の理念を共有したりするには最適な規模をもっているのではないかと考えられる。国全体で行う観光戦略も重要ではあるが、市町村といったコンパクトな規模の中で人材や資源を活用することの効果は大きいのではないか。

C.) 理念を表すシンボルの存在

 Bandiera Arancione(オレンジの旗) は、前述のイタリアにおける連携の例にも載せたが、「地域の文化や歴史、遺産を楽しめるだけでなく、旅行客に対して高い質のおもてなしをする地域に与えられる旗」である。ポルティコ・ディ・ロマーニャ村もこの旗を与えられていた。

理念を表すような何らかのシンボルを持つことによりその地域の住民の誇りや地域を守り育てていきたいという意識の向上につながると考えられる。

D.) 持てる資源の活用

 Marisaの家族の運営するホテル・レストランではこの村にある資源を最大限に活用している。例えば、人口減少で人がいなくなった空き家を活用してホテルの居室や村の図書館として活用したり、生ハムやチーズ、ワインなどを自前で生産したりと、様々なものを地域内で賄っていた。また前述したような村で行われる様々な企画は村の住人や村で育てたもの作ったものを活用して行われている。こうした取り組みにより、地域の中の雇用が守られ、未活用の資源を活用することで、地域の保全や永続的な発展を可能にしていると感じた。

E.) 人の繋がりから始める地道なプロモーション

 ポルティコ・ディ・ロマーニャ村には前述のように観光協会がない。そのため、口コミや個人的な繋がり、SNSや自ら海外の旅の祭典に出店するなど個人的なプロモーションを行っている。

 地域を守ることと世界に開かれた地域にすることを両立させるにあたって重要なことはここにあると考える。マスに対してのニーズを満たす観光地ではなく、地域のストーリーを共有してくれる人や理解しようとする人に来てもらうことだ。

 前述のように「観光客の受入れ体制の整備の不足」という課題が日本の地域の現状としてあるが、地域のストーリーへの共感を重要視して誘客することで、その地域が受け入れ可能な最適規模の誘客が可能になり、そが地域の歴史や伝統、文化、環境も侵されずに保護することにも繋がると考える。

F.) 「この人たちにまた会いにきたい」と思えるヒューマンスケールの空間づくり

 前述した「人の繋がりからプロモーションをする」ことによって、その地域を訪れる理由が「場所」に加えて「人」になることが、リピーターをつくる一つの秘訣だと感じた。顔が見える関係性の重要性は、その地域の理念や価値を共有するにあたっても重要なことと考える。

G.) 長期滞在をしてもらうための工夫

 実際に訪れた観光客に対しては、理念を共有してもらい、長期滞在を促し、地域の中で消費してもらうことが地域の発展には不可欠だと考える。ポルティコ・ディ・ロマーニャ村では外国人観光客向けにイタリア語講座と地域内でできるアクティビティ等をセットにした滞在プランを提供している。また、ヨガなど自然や健康を目的にした客が毎年団体で長期滞在をしている。こうした特定のニーズを持った訪客と顔が見える人と人との関係性を作ったうえで継続的に受け入れることが、一時ブーム的な観光誘客ではない地域の持続的繁栄にとって重要だ。

H.) 輪を広げる近隣地域との連携・波及効果

 ポルティコ・ディ・ロマーニャ村は近隣の2つの村と合わせて3つで1つの農村共同体を形成している。ポルティコ・ディ・ロマーニャ村が繁栄するにあたって、結果的に観光客数が増加したことでB&Bやアグリツーリズモ等の宿泊施設ができる等波及効果もたらされている。自分の地域だけではなく、周囲にもいかに影響を与え、エリア、広域全体としての価値を高めていくかが重要なポイントだと気づかされた。

 以上のような要素でこの小さな村は繁栄している。イタリアにはこのような村が数多く存在する。

 日本ではまだ国際化を地域づくりのエンジンとして捉えるという点においてはまだ遅れをとっていると言える。イタリアにおいては国内だけではなく、外の国との繋がりも視野にいれ、地域づくりを行っていこうという動きが見られる。ここに日本が参考にできるポイントがあるのではないか。

Ⅲ.国際化に向けて日本の地域が抱える課題

 前章ではイタリアが地域づくりのエンジンとして国際化をいかに用い、地域を発展させているかについて事例を踏まえて述べてきた。本章では以上の点を踏まえ、日本が現在抱えている課題を見ていく。

 前述したが、松下幸之助氏は、日本は「観光立国」になるべきと唱え、経済波及効果が大きく、自国の景観・資源を世界に開くという相互扶助の精神を体現でき、また人々の視野を国際的に広くする効果をもたらすことのできるものとして、「観光」を重要視していた。

 言い換えれば「観光」は国際化をするためのツールである。そこで本章では国際化のツールとして日本が取り組む「観光」政策に着目し、その現状と課題を見ていく。①予算・人材の不足 ②当年度成果主義の課題 ③連携における課題という3つに分けて述べる。

①理念の不明確さ

 その地域の理念が不明確である。ゆるキャラやB級グルメなどは各地で流行になっているが、その地域が本当に大切にすべき要素は何か、伝えるべき歴史や伝統はなにかを共有しなければならない。

②合併による規模感の喪失

 前章にて述べたように理念を地域の中で共有するには、ある程度の規模を保つことが大切だと考えられる。人口減少や行政の効率性という解決すべき課題もあるが、合併により地域の理念を共有することがだんだんと難しくなってきているのが現在の日本の現状のように思われる。理念を共有できる規模の見直しが重要ではないか。

③人と人とが繋がりやすい空間が壊されている

 理念の共有が不足していることと相まって、人と人とが繋がりやすい空間が壊されているのではないか。上記の規模の形成による理念の共有によって人同士が繋がりやすい空間をつくることが重要である。

④人と人とがじっくりつながるための長期滞在の工夫の不足

 ポルティコ・ディ・ロマーニャ村の事例では、来訪客に対して地域におけるアクティビティとイタリア語のレッスンをパッケージにして提供したり、村人との関わり合いが頻繁にあったりと、長期滞在してその地域の一員になったようにじっくりと関係を深められるような工夫がなされていた。それにより、毎年訪れるリポーターも多いということである。

来訪客に対して地域の理念をしっかり共有するためには、場を通した繋がりから人を通した密な繋がりに変えていくことが、持続的に地域に人を呼び込み、消費を促すためにも重要である。

以上に挙げた日本の抱える課題を原因づけているものは下記の3つの点だと考える。

(1)予算・人材の不足

 観光庁予算(2017年度)は約256億円と前年比+1.04%で増加している。[5]このことから、「観光」が成長産業として重要視されていることがわかる。

 一方地域に目を移して観光政策実施予算の現状を見てみると、各都道府県別の観光予算額についてのアンケートで観光部署の予算が「減少した」「大幅に減少した」という回答が合計で35%程度存在し、予算不足を課題としていることがわかる。[6]  

人材についても「不足している」との回答が大多数を占めていることがわかる。

予算が不足することにより、観光や交流事業を行うにあたって不可欠な人材の確保や育成に齟齬が生じてしまう。すると重要な部分が民間に委ねられ、長期的、持続的な事業が実現できなくなってしまう。

 以上のように「観光」という国際化に向けての一側面を見ても、地域レベルで人材や予算不足という課題を抱え、十分な事業を行うには困難な状況にあると言える。限られた予算や人材の中で、いかに前章Ⅰで挙げたようなプラスの影響を与えるような国際化を実現していくかが課題だ。

(2)単年度主義の課題

 行政で示される観光誘致計画等は当年度の結果・予算を重視する。これが持続的な事業を実現することを難しくしている。旅行代理店担当者によると、観光誘客において結果は長期スパンで出るため、少なくとも3年程度は時間がかかるという。また誘客する地域としても当年度だけの成果が達成されれば良いというわけではなく、継続的に安定的な収入となることが重要だ。国際化によって前章Ⅰで述べたような影響を持続的に定着させるためには、予算や計画を長期目線で設定し、イベント的な一時の効果に終わらないようにすることが重要である。

(3)連携における縦割りの弊害

 国際化に伴って主な話題になるのは訪日観光客の増加だ。観光客の増加をいかに促進させ、地域を発展させるか。そのために日本の地域も「観光圏」[7]や「DMO」[8]などを結成しあらゆる取り組みを実施しており、現在主軸となっている観光推進戦略は、「連携」の強化と言えよう。

 今回実際に新たにDMOとして結成された組織で話を伺ったが、人材が3~5年程で異動していく組織においては連携を実態化させることは難しいということや、各々が様々な自治体から出向などの形で来ていることもあり、各々の地域の利害関係と広域全体としての利害関係を同時に満たすことにおける課題を実感した。縦割りではなく、役割分担の垣根を超えたところで受け入れをし、横ぐしの通った連携が重要だ。

 以上述べたような原因を取り除くことができきれば、国際化における地域へのプラスの影響を最大化することができると考えられる。

Ⅳ.世界に開かれた地域をつくる方法

 はじめに述べたように、地域がその文化や伝統、遺産や資源を守りつつ世界に開かれることで繁栄し続ける日本にしていきたいと私は考えている。それを実現する道はどんなものであろうか。

 日本の地域が世界に開かれるにあたって現状抱える課題は前章にて述べたが、それらの課題を乗り越えて元気な地域をつくっていくにあたり参考にできるのが、先ほどイタリアの事例研究で挙げた要素だろう。

 その要素を実現するにあたって今後必要になってくるのは、国を超えた小規模地域同士の連携、現存する「姉妹連携」のような連携の活発化と活用だと考える。

 「姉妹連携」についてを少々説明したい。自治体国際化協会のHPによれば、姉妹(友好)自治体の定義は法律上定められているものはなく、広辞苑(岩波書店)によると、姉妹都市とは「文化交流や親善を目的として結びついた国際的な都市と都市」とされている。[10]

 現状姉妹提携をしている件数は日本全国で1,714件(2017年8月現在。複数自治体合同での提携含む)。提携先の内訳は最多がアジア、次いで北アメリカ、ヨーロッパとなっている。

 姉妹連携先の探し方には特に定められた法律や方法はないが、

 (1)両首長による提携書があること

 (2)交流分野が特定のものに限られていないこと

 (3)交流するに当たって、何らかの予算措置が必要になるものと考えられることから、議会の承認を得ていること

が要件として挙げられている。

 連携の内容については教育交流や行政交流が多くを占めている。企業間取引や互いの地域における課題解決型の交流なども形態としてはあるが、利益を求める企業間の取引と親善・友好を目的とする姉妹連携を連携させることのハードルや、話し合いに終わってしまうという理由から、教育や行政交流が主な内容となっている。[11]

 今後目指していく姿は、こうした姉妹連携のような関係性を、より両国の地域間の課題を解決し、地域の発展に寄与するような継続的かつ強固な関係性にしていくことだと私は考える。

 特に、今後は小さな市町村等地域同士が連携を深めていくことが重要だ。その理由は姉妹連携のような関係性を形作ることで、前述のイタリアの村の繁栄の要素にもあったような「顔の見える関係性」ができ、「理念を共感」でき、また「長期的継続的な協力体制」を作り上げることができるなどの利点があるからだ。

 小さな市町村同士の連携の推進をしていくにあたっては、本レポートにて紹介したイタリアは日本が参考にし、影響を受けることは多いと考える。というのも、イタリアには繁栄する小さな地域が多く残っており、国全体でも地域同士がネットワークを形成し、「観光」というツールを通して地域を守りつつも世界に開けた地域をつくるという動きがなされているからだ。

 しかし現状ヨーロッパ諸国は、遠距離で費用や時間などの関係から日本との連携の継続性が実現されづらい状況にあり、連携相手の数としてアジアに対して劣っている。今後このハードルを乗り越えて連携を深めることができれば、滞在日数が長く、消費額も多いイタリアの観光需要を獲得することも可能と予想でき、長期的な目線で連携を深めていくことは経済的にもメリットは大きいと考える。

 参考に日本政府観光局JNTO[12]のデータを載せるが、現状イタリア人訪日客の滞在日数は外客全体に比べて長いが、リピーターは少ないことがわかる。連携を活用することで継続してリピートしてもらえるような工夫もできると考えられる。

 また、イタリア観光局によれば、休暇の消費額が最も多いのが日本人[13]というデータもあることから、連携によって長期的な交流が活発になることによって両国にとっての経済的メリットがあると言える。

 具体的には、この小規模地域同士の連携に両国地域における幅広い層がかかわれる状態が望ましい。現状の「姉妹連携」の交流のように学生や行政機関だけが関わるのではなく、例えば地域の産業を担う事業者が両国間でプロジェクトを実施する等、双方への観光送客や研修、教育、ビジネス様々な分野で包括して協力できる関係性を強化していくこと、また地域課題の解決ノウハウの共有と協力についても強化していくことが理想的と考えている。

 この方策によって長期的に、顔が見える関係性の中で、両国の地域の繁栄をお互いに助け合いながら実現し、互いに影響をもたらすことができると考える。

Ⅴ.さいごに

 訪日外客数増加に向けた施策をうつことや、訪れる数の外客に合わせて受け入れ態勢を整えることは重要だが、同時に、前述したように地域が国際化するにあたって抱えている課題に目を向け、現状からどうすれば長期的に地域が繁栄していけるようか、どうすれば地域それぞれに最適な状態で世界とつながることができるのか、方法を考える必要がある。その際に、世界に開かれることが地域にとって国にとってどんな意義を持つのかをまず考え、共有することも重要である。

 はじめに述べた松下幸之助氏が唱えた「観光立国」。

・価値ある日本の景観を相互扶助の精神で世界に開放することの平和的重要性

・観光による他産業のへの波及効果の大きさ

・視野が国際的に広くなる 

 これは単に訪日客数を多くしようという意図ではないだろう。日本の価値ある景観を長期的に守った上で世界に開放し続けること。そして世界とのかかわりによって新たに誇りや発見、文化の発展が生み出されること。それが、日本が「観光立国」となる道だと考え、私はそれを実践する人となっていきたい。

<脚注>

[1] UNWTO HP http://www2.unwto.org/

[2] 観光庁HP  http://www.kantei.go.jp/jp/singi//jjkaigou/dai8/siryou1.pdf

[3] JNTO日本政府観光局 http://education.jnto.go.jp/

[4] 文部科学省HP  http://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/hounichi/1362294.htm

[5] 観光庁HP http://www.mlit.go.jp/common/001156875.pdf

[6] 日本交通公社HP https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2016/10/nenpo2016_5-3.pdf

[7] 観光圏とは、「自然・歴史・文化等において密接な関係のある観光地を一体とした区域であって、区域内の関係者が連携し、地域の幅広い観光資源を活用して、観光客が滞在・周遊できる魅力ある観光地域づくりを促進するもの」で、現在下記13の観光圏が設置されている。

[8] DMO(Destination Management/Marketing Organization) 観光地域づくりのかじ取り役として日本にも導入されてきている。観光庁HP http://www.mlit.go.jp/kankocho/page04_000054.html

[9] 「日本で最も美しい村2 オフィシャルガイドブック」

[10] 一般財団法人 自治体国際化協会HPデータを元に作成http://www.clair.or.jp/j/exchange/shimai/ans01.html

[11] 国際交流基金日米センター「日米地域間交流活性化プロジェクト

-姉妹都市交流の事例から- 」 https://www.jpf.go.jp/cgp/exchange/event/sistercity/pdf/report.pdf

[12] 日本政府観光局JNTOより出典

[13] ENIT – Agenzia Nazionale del Turismo http://www.enit.it/it/studi.html

以上

<参考資料・データ>

・清水愼一教授「日本版DMO講座」 大正大学地域構想研究所発行 月刊「地域人」内連載

・「文藝春秋」1954 年 5 月号 掲載「觀光立國の辯―石炭掘るよりホテル一つを―」

・松下幸之助『実践経営哲学』(PHP文庫 2001年)

・日本政府観光局JNTO

・国連世界観光機関UNWTO

・自治体国際化協会

・ENIT – Agenzia Nazionale del Turismo http://www.enit.it/it/studi.html 

・I Borghi Piu Belli D’Italia http://borghipiubelliditalia.it/

・Associazione Borghi Authentici https://www.borghiautenticiditalia.it/

・Bandiera Arancione    http://www.bandierearancioni.it/iniziativa/

・イタリアと姉妹提携を結んでいる自治体

自治体国際化協会HPより http://www.clair.or.jp/j/exchange/shimai/kibou-j.html#yamanouchi

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津曲陽子の論考

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Yoko Tsumagari

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