論考

Thesis

新しい「政治教育」を目指して~公立中高での実践研修記~

どうすれば、日本の公立学校で政治教育を行っていくことができるのか―。私は、松下幸之助塾主も訴えた政治教育を実現する方策を探究するべく、松下政経塾の門を叩いた。戦後65年、民主主義社会を支えていくために求められる教育のあり方を探して、学校現場での挑戦が始まった。

1.立志から入塾、そして実践へ

 松下政経塾に入塾した背景と立志については、以前執筆した『政治教育で日本を立て直す~素志と実践~』に詳しく述べた。重複する部分もあるが、改めて記すと、私は学生時代に、同世代の若者の政治参加意識が乏しい現実を目の当たりにして、「戦後日本には欠如していた政治教育のあり方を探究し、政治の立場で一つの枠組みとして制度化し、学校現場に定着させ政治参加意識の向上を図ることで、本来あるべき日本としての民主主義を確立しよう」と決意した。松下幸之助塾主も30年以上前から、若者を始め国民の政治参加意識が希薄になっていることへの警鐘を鳴らし続けており、そして、「政治教育」こそ、誰もが主権者意識を持ち「政治を大事にする」という自覚と責任を育むために最も必要な政策だと、次のように訴えていた。

「そもそも国民が、政治というものを自分のものとしてみずから大事にしなければならないということを、正しく力強く教えられていないからではないだろうか。お互いが政治をよくし、社会の繁栄、人々の幸福を推し進めていくためには、まず、政治の大切さを教えるいわゆる政治教育というものを、国民に正しく力強く行っていくことが肝要であろう。…(中略)…真に日本の政治をよくしようというのであれば、そのためになすべき現下の急務はほかにもいろいろ考えられるであろうが、しかし私は一見迂遠なことであるようなこの政治教育こそ、二十年後、三十年後の新しい日本を思うにつけても、まず第一に考えなければならない最重要事であると思う。」

 政治教育については、民主主義を国家の統治体制の基盤としている欧米の先進諸国では義務教育の段階から「有権者教育」として導入されているが、わが国では十分行われているとは言えない。そもそも「政治教育」とは、わが国の教育基本法で、「(政治教育)第14条 良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。2 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」と規定されており、同法制定当時の条文解釈でも「国民に政治的知識を与え、政治的批判力を養い、もって政治道徳の向上を目的として施される教育である」とされている。

 しかしながら、実際の初等ならびに中等教育においては、政治について、知識や制度理解が中心の授業内容となっており、上記のような政治教育が実施されてきたとは言い難い。その背景は複雑であるが、政治学者の中谷美穂氏は、「戦後、イデオロギー対立が深まる中で、教育の政治的中立が過度に強調され、政治教育の条文の第2項の方に重点が置かれてしまい、本来であれば『政治教育を促進するための中立性が、教育を非政治化するための中立性へと転化してしまった』ことがあげられる」と指摘している。いずれにせよ、戦後学校教育の中で実際の政治に関わるような授業内容に取り組むことが敬遠され続けてきた結果、日本人は「政治参加意識」を十分に育むことなく今日まで来てしまったのではないか。若い頃から政治を「わが事」として考え、積極的に参加していこうという意識を持つ努力を続けなければ民主主義は機能しないし、それが今日の政治迷走を生む原因になっていると考えるのである。

 それでは、わが国において政治教育が行われる可能性はないのだろうか。確かに、欧米のような「有権者教育」のような直接的な形では実施されていないし、そもそも教育現場において政治教育は忌避される傾向にあることも事実である。だが、私は政治教育を“日本に合った形”で実施していくべきだと考えるし、その方策を考えることが松下政経塾に入塾した目的である。政治教育の可能性について考える際の視座は、次の二点にあると考える。一つ目は、児童会もしくは生徒会活動に代表される「特別活動」の中で政治教育を実施していくこと。もう一つは、カリキュラムとして、学校の正規授業の中で政治教育を実施していくことである。この半年間、実際にこの二つの観点に立脚して、学校現場において、実践研修を行ってきた。本レポートでは、実践研修の中で見えてきた日本における政治教育の可能性について述べていきたい。

2.「生徒会活動」というアプローチ

 そもそも、生徒会活動とは何であろうか。一般に、生徒会とは、中等教育である中学校・高等学校・中等教育学校に置かれる生徒による自発的、自治的な組織のことを指している。文部科学省の中学校指導要領によると、生徒会活動は「特別活動」として規定されており、その内容とは「学校の全生徒をもって組織する生徒会において、学校生活の充実や改善向上を図る活動、生徒の諸活動についての連絡調整に関する活動、学校行事への協力に関する活動,ボランティア活動などを行うこと」とされている。生徒会そのものは、当該学校に入学した段階で生徒は自動的に加入させられるものだが、その生徒会が運営する様々な活動については、生徒個人の意思が尊重され、自発的・自治的に取り組むことが望まれている。他方で、教員は生徒会活動が適切に行われるための指導を行うことも明記されている。これは中学校のみならず、高等学校でも文科省の学習指導要領に同様のことが書かれている。

 生徒会活動の意義は、その歴史を振り返ってみると明らかである。第二次世界大戦後の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による民主主義を定着させる政策の一つとして、学校における生徒の自主活動が推進され、小学校、中学校、高等学校などに各種の自治会が設けられた。その後、小学校、中学校、高等学校などの自治会の活動は学習指導要領に規定され、小学校などでは「児童会」、中学校、高等学校などでは「生徒会」という名称に統一されたのである。つまり、生徒会活動を通して生徒は「民主主義」を肌で感じることが求められており、あくまで「特別活動」の枠組みであるとは言え、前述した我が国の教育基本法第14条にある「政治教育」を学校の中で具現化した一つの姿であることは間違いない。

 だが、実際の学校現場において、こうした生徒会活動が活発に取り組まれているのか、踏み込んで言えば、生徒会活動を通じて民主主義を体得することができているのかという点については、多くの人が首を傾げるであろう。私自身、初等教育から中等教育まで公立学校に通っていたが、必ずしも生徒会活動が活発に行われていたとは言い難い記憶がある。それは何故だろうか。複数の小学校・中学校・高等学校に伺って話を聞いてみると、その理由は大きく分けて2つある。一つ目は、教員が授業や部活動で忙しく、生徒会活動の指導まで手が回っていないということ。後述のように、私も学校現場で研修をする機会を頂いて初めて実感したのだが、教員は極めて忙しい。授業の準備や進路指導はもちろんのこと、各種書類の作成や教職員会議、保護者会の開催や学校行事などの業務のみならず、基本的に「学校現場は毎日何が起こるか分からない」という緊張感もあり、確かに生徒会活動まで十分な指導ができていないのが現実であるようだ。ただ、「民主主義」についてほぼ初めて学ぶであろう小学校においては、逆に教員が熱心に活動を指導する傾向があるとされ、本格的に生徒会活動が活発になるべき中等教育段階で教員の指導が行き届かなくなることは如何にも惜しいことである。

 生徒会活動が活発に行われていないもう一つの原因は、紛れもなく生徒会活動の主体である生徒のモチベーションが低いことにある。その理由は、当該学校内の生徒会組織や活動内容が長い歴史の中で硬直化し創意工夫を凝らす余地がなくなってしまうことへの諦めや受験勉強に役に立たないことへの忌避感もあるという。特に、生徒会活動の入口である「生徒会役員選挙」が形骸化して信任投票になってしまう学校が多く、生徒は「自分たちのリーダーを自分たちで選ぶ」という民主主義の原点を実感できていないのである。同時に、「皆のために自分が生徒会役員になって頑張ろうということは“ダサい”と思う生徒が多い」(中学校教員)ことも挙げられており、「民主主義を学ぶ」政治教育の一つの“舞台”である生徒会活動を活性化させるためには、生徒側の意識改革も急務であろう。

 多忙であるため生徒会指導に十分手が回らない教員とモチベーションの低い生徒。双方の問題を解決し、生徒会活動を活性化させるためには何が必要なのか。それを考えていた時、一つの依頼が舞い込んだ。埼玉県鶴ヶ島市立西中学校に勤務している旧友から「生徒会選挙を活性化させるための知恵を貸してほしい」というものだった。同校では毎年9月に生徒会選挙が行われ、一定期間の選挙活動と立会演説会を経て、生徒会長と副会長を全校生徒による投票で選出するという、オーソドックスな生徒会選挙が設定されていた。しかし、多くの他校と同様に、生徒の生徒会活動へのモチベーションが低く、教員側もどのように指導を行っていくべきなのか試行錯誤が続いているということだった。そこで、私が提案したのは「生徒会役員への立候補受付が始まるその日に外部の人を招いて講演をして頂くのはいかがですか」というものだった。忙しい教員に代わり、熱意をもって生徒会活動の意義を話すことができる人を外部から招聘し、「講師」として“生徒の心に火をつける”ことができれば、生徒会活動は活発化への道を辿るのではないか―。その後、学校側の検討を経た後、結果的に今年度は私が外部講師として招いて頂き、同校の全生徒約300名の前に立ち、『生徒会役員選挙から考える“私たちと社会”』というタイトルで講演をさせて頂いた。その内容の一部をここで紹介したい。

「(前略)…皆さんに、ここで一つ質問をします。「生徒会」とは何でしょうか?「生徒会」というと、これから選挙で選ぶ会長や副会長のような役員を指すんだ―。皆さんの中にもそう思う人、いらっしゃいませんか?私も生徒会長になる前までそう思っていました。生徒会とは一言でいえば「生徒会室」の中にいる人たちで、自分とはあまり関係のない人たちだろうと。しかし、生徒会長になってから、「生徒会お疲れさま」とか「生徒会大変だね」とか言われるようになって、これは違うのではないかなと思うようになったのです。そう、生徒会とは会長とか副会長みたいな「役員」を指すのではないんです。皆さんです。中学校にいる生徒みんなが「生徒会」の一員なんです。皆さん一人ひとりがいて初めて「生徒会」は成り立つ。いわば生徒会は「小さな社会」ということです。つまり、生徒会長は「生徒会」という社会の中のリーダーであり、西中みんなのリーダーというわけです。

みんなのリーダーになる生徒会長は、誰でも立候補することができます。もちろん副会長も同じです。何か特別な力が必要なわけではありません。でも、生徒会長になる人には、ぜひ持ってほしいものが2つあります。一つ目は、「パッション」(情熱)です。「私が生徒会長になったら、みんなのために頑張りたいんだ」という情熱です。これがリーダーである生徒会長にはとても大事だと思います。二つ目は「ビジョン」です。これは「生徒会長に当選したら、西中を○○な学校にしたいんです」と訴えることです。例えば、私が生徒会長になった時は、「ボランティア活動が盛んな学校にします」というビジョンを訴えました。当選した後には、実際に「ボランティア委員会」を作って学校の周りのゴミ拾いをしたり、近くの工事現場の落書きを消して、地域の方々と一緒に綺麗な絵を描く活動などをしてみました。これは、人によって違っていいんです。「自分だったら西中をこんな学校にしたい!」と考えて、選挙に立候補することが大切です。

「パッション」と「ビジョン」。生徒会長になる人に大切なこの2つは、同時に、生徒会長に立候補しない人も含めた、生徒会選挙に投票する人全員にとって大切なものです。選挙に立候補する人がたくさん出てきた時、誰が自分たち西中のリーダーに一番ふさわしいのか、一人一人の「パッション」と「ビジョン」を比べて選ぶことができるからです。自分が一番共感する「パッション」と「ビジョン」を持つ人、「ああ、この人だったらリーダーになってほしい」と思う人に投票することが大切なのです。

そして、皆さんが20歳になって選挙権を得て、鶴ヶ島市議会議員選挙や衆議院選挙などに投票に行くようになった時も、「パッション」と「ビジョン」を聞いて、どの候補に投票するか判断することが大事なんです。それはもちろん議員に立候補する人も同じです。「社会に生きる人たちのために頑張りたい」というパッションと「自分が議員になったら、こんな社会、あるいは国にしていきたいんだ」というビジョンは、政治家になる人には何よりも必要だと思っています。

要するに、「生徒会役員選挙とは、西中の未来をみんなで作っていく“はじめの一歩”である」ということです。立候補する生徒会長や副会長だけのものじゃない。選挙はみんなが参加するからこそ意味があるんです。「投票なんて面倒だな」なんて言わないで。「生徒会長なんて大変そうだからやりたくないな」なんて言わないで。みんなのために頑張ろうという気持ち、ほんの少しの「勇気」をもって、投票も立候補も挑戦してみて下さい。失敗したっていいんです。私だって、生徒会長の時にたくさん失敗しました。でも大丈夫。そんな時は、周りのみんなが助けてくれます。だって、みんなが選挙で選んだリーダーなのだから。どうか、西中の皆さん、生徒会選挙に挑戦してみて下さい。きっとこれまでやったことがない新しい経験ができると思います。何より、みんなのために頑張ることはカッコいいことだと信じています。…(後略)」

 私の講演はまだまだ拙く未熟だったと痛感している。ただ、自分の経験も踏まえ、生徒会活動や選挙の社会的意義について話をさせて頂いたつもりだ。実際、話を聞いた生徒の中から初めて複数の生徒会長立候補者が現れ、その後さらには生徒会活動を活性化しようという生徒による委員会も新設されたという。同校の生徒会活動の活性化に向けた第一歩に寄与することができたのではないかと思っている。今回は私が講師を務めさせて頂いたが、他にも生徒会活動や政治教育の重要性を認識し、社会に訴えているNPOや市民活動家は多い。そうした人たちが、忙しい教員に代わり生徒の前で講演指導をすることで、生徒のモチベーションはある程度は高まるであろうし、「生徒の心に火をつける」ことは十分できるであろう。同校のような試みが、各地各校に広がることを期待したい。

3.「政治参加教育」というアプローチ

 学校で政治教育を実践していくもう一つの方法は、カリキュラムの中に組み入れて、正規授業の中で行うということである。この試みについては、2011年7月から半年間、神奈川県立湘南台高等学校の依頼を受け、「政治参加教育」という形でアドバイザーとして学校現場で実践をさせて頂いた。政治参加教育は、神奈川県が2010年度から県内の全ての県立高校で実施している「シチズンシップ教育」の一環である。「シチズンシップ教育」とは、神奈川県教育委員会によると、「よりよい社会の実現に向けて、規範意識をもち、社会や経済のしくみを理解するために必要な知識や技能を身に付け、社会人としての望ましい社会を維持、運営していく力を養うため、積極的に社会参加するための能力と態度を育成する」というもので、「政治参加教育」「司法参加教育」「消費者教育」「道徳教育」を併せた4本柱から構成されている。このうち、「政治参加教育」は、「『模擬投票』等を通じて、政治意識を高め、主体的に政治に参加する意欲と態度を養う(3年に一度の参議院選挙の機会の活用)」という授業プログラムである。

 県立湘南台高校は、神奈川県から2011年度の「シチズンシップ教育」の教育活動開発校に指定されており、特に「政治参加教育」を重点的に開発している。私は同校のシチズンシップ教育アドバイザーとして、「3年に1度の模擬投票」以外の“日常的な政治参加教育”の立案に取り組んだ。松下政経塾という、学校外部の組織に所属する人間でありながら、実際に担当教員の会議に陪席し、新たな授業形態の検討・実践・検証・総括に関わるという貴重な機会を頂いたのだが、そこで私がカリキュラムとして企画することになったのが「模擬議会」である。「総合的な学習」の時間4コマを使って、国や地方、あるいは身近な地域に関わる様々な施策をテーマとして設定し、実際の県議会を模して条例案を委員会で審議し、最後に各学級で本会議を開会し採決まで行うというもので、1年生約280名が約2か月に亘って、この「模擬議会」を正式な授業として経験した。

 授業は毎回、生徒に宿題を出し、自主的に考えさせてから授業に積極的に参加してもらうような工夫を随所に配した。取り上げるテーマもタイムリーなものを選び、「太陽光発電の推進」「消費税の10%増税」「ゴミ袋の県内全域有料化」の三つの議案をそれぞれの委員会(「エネルギー特別委員会」「財務委員会」「環境委員会」)で審議・採決し、最終的に「模擬本会議」で全員採決(党議拘束なし)をしてみるという、地方議会の手続きをできる限りリアルに再現した形にした。取り組んだ生徒からは、「正直、内心は増税反対だったけど、違う立場の考えを調べるうち、社会保障費の問題や国の借金額など、いろいろ知った。頭の中で矛盾がありつつも、考えをまとめるのは初めてで、いい経験。20歳になったら選挙にいかなきゃなって思った」(神奈川新聞2011年10月20日付朝刊)などの声が多く聞かれた。

 結論から書くと、この「模擬議会」の試みによって、高校生の政治参加意識は向上し、「これからの政治や社会は自分たちが担わなければ」という主権者意識も芽生えたと言える。実際に「模擬議会」の授業前後で全生徒にアンケート調査を行ったところ、1)「政治を身近に感じているか」は、「感じる」「どちらかというと感じる」が22%から51%へ、2)「政治に関して興味や関心を持っているか」は「持っている」「どちらかというと持っている」が37%から67%へとそれぞれ上昇した。さらに、3)「政治に自分の意見を反映させることができると思うか」は、「思う」「どちらかというと思う」が18%から43%になり、もともと政治は遠いものだと思っていた人も模擬議会を通じて、政治は自分たちの生活に身近な存在であり、主体的に関わっていく必要性を意識するようになったということである。

 「模擬議会」を実施する教室にも毎回立ち、素顔の高校生と接しながら、試行錯誤を重ねながら授業を運営したのだが、一つ大きな気づきがあった。それは、多くの高校生は実に鋭い問題意識と感性を持っており、私が提起した「政治参加教育」の必要性についても、的確に反応してきたということである。一般的に、若年層は政治に関心が希薄であると言われるし、私自身もそれを前提に「模擬議会」の企画を行ったが、実態はそれは先入観であり間違っていたと反省した。事後アンケートにも書いてあったのだが、「これまでこうした政治や社会の問題を授業で考えたことがなかった」という、やはり学校の授業で政治教育を実施して来なかったことに問題があり、「模擬議会」の取組は、そうした機会さえ学校の中で設ければ、生徒に主体的に政治や社会に関わる意識や態度を育ませることが可能であることを示すことができたと私は考えている。

 ただ、一方で、この試みは限定的であるという指摘もある。確かに、「模擬議会」終了直後は、政治や様々な社会問題についての意識や関心が高まっていると思うが、1ヶ月月、2ヶ月、半年、1年と時間が経つにつれて、徐々に政治への参加意識が薄れていってしまう可能性があるということだ。そもそも、投票権もなく受験勉強や部活動も忙しい高校生が普段から政治について考え続けることは難しいことであることは確かである。そこで、「模擬議会」終了後、前述の鶴ヶ島市立西中学校のような講演会が設定され、若い世代が政治参加することの必要性や意義について、私が松下政経塾に入塾した背景やアドバイザーとして湘南台高校に関わることになった経緯を交えながら語ることとなった。その中で、来年度の同校での政治参加教育として新たに提案したことがある。本章の最後に、その一部を紹介したい。

「(前略)…政治参加教育のネクストステージは、皆さん自身が「未来をデザインする」ということです。自分は、これからどんな人生を送りたいのか。どんな社会に生きていきたいのか。その「未来」を描いてみることです。もちろん、まだ漠然としていてもいいんです。例えば、「将来は保育士になって子供たちの笑顔をいっぱい見たいな」という未来を描いてみたとします。でも、今どこの自治体も保育園や幼稚園が足りず、いわゆる「待機児童」が年々増えています。もしかしたら、将来保育士になっても働く場所が少なくなるかも知れないんです。これを聞いて「あ~そんな状況なら無理かも」って、自分の「未来」をあきらめないで下さい。この問題を解決するためには、どうすればいいんだろう。「保育士になって子供たちの笑顔をいっぱい見れるような社会」を作るためには、これからどんなことが必要なんだろう。これを考えてみることも、政治に参加するっていうことの一つなんです。

全ての政策は、必ず解決すべき社会問題が背景にあって、そしてその社会問題を解決した後の「未来」を描くためにあるんです。皆さんが「模擬議会」で取り組んだ3つの政策もそうですよね。例えば、3.11の大震災が起きて、これまでのように電力の供給を原発だけに頼るわけにいかなくなった。そうした社会問題を解決するために、自然エネルギーを導入することで、「クリーンで安全で安心な未来」を作ろうと考えた。だから「太陽光発電の推進」という政策が出てきたわけです。要するに、政治について考えるのは決して難しいことではなくて、これから生きていきたい「未来」を皆さん一人一人がデザインするところから始まるんです。そして、皆さんの「未来」を阻むような問題、特に自分一人では解決できないような社会問題はないか、ぜひ調べてみて下さい。問題解決にはどんな政策が必要なのかも、ぜひ一緒に考えてみて下さい。

皆さんの描く「未来」を阻む社会問題は、もしかすると一つや二つではなくて、たくさんあるかも知れません。でも、それを考えたり調べたりすることは、実際に皆さんが4年後、20歳になって選挙に行くことになった時、一体どの人を政治家にすれば良いのか、自分たちの代表者として相応しいのかを選ぶ「判断基準」にもなるんです。単にこの人はカッコいいからとか有名人だからとかではなく、この候補者はどんな「問題意識」を持って、その解決のためにどんな「政策」を考えていて、そしてその先にどんな「未来」を描いているのか。それを見比べて、自分が「あ~この人だな」と共感する人を政治家として選ぶことが大切なんです。こうして選ばれた政治家が、皆さんの代表として議会で政策を徹底的に議論し、本会議で採決して、社会問題を解決する。そして、皆さんが自分の描いた「未来」を実現していく。そのために、まずは自分が生きていきたい「未来」をデザインしてみることが何よりも大事だと思います。それが、「模擬議会」を経験した皆さんにとって、きっと新しい政治参加の第一歩になると私は信じています。…(後略)」

4.政治参加は「未来を“DESIGN”する」こと

 以上、中学校の生徒会活動と高校でのシチズンシップ教育の現場での取組について述べてきた。今回のレポートでは、各学校で私が講演した原稿の一部を転載するという異例の形式を取った。それには理由がある。これまで私は、政治教育の実現のためには、まず何よりも学校のカリキュラム改革や教員養成システムなどの「仕組み」を改善することが先決であると思ってきた。確かに、そうした「仕組み」の整備も必要であり、「政治教育とは何か、どのように実施するのか」という議論が文部科学省や各校でより活発に行われることは欠かせないだろう。しかし、今回の実践研修で重要であると実感したことは、どのようにして、「自分たちの未来を描くことを通じて、それを阻む社会の様々な課題を炙り出し、これからのあるべき社会の姿を考え、自分はどのように社会に参加していくべきなのか」について、生徒に恒常的に意識してもらうのかという点である。

 埼玉県鶴ヶ島市立西中学校では「ビジョン」、神奈川県立湘南台高校では「未来」という表現をそれぞれ使ったが、実は講演そのものは二つとも同様の意義を訴えている。つまり、政治教育を実現するための方策は、生徒会活動や模擬議会に限定されることではなく、他にも様々なスタイルの試みがあるだろうが、どのような形であれ、恒常的に行っていくためには、この「未来を“DESIGN”する」ことから始めることが良いのではないかということである。なぜならば、自分の未来を描くということは、“緩やかな”キャリア教育にもなり、それが高学年になれば進路学習にも繋がってくることから、生徒自身の「政治参加」へのモチベーションを維持することにも効果が期待されるからである。そうすれば、「正直に言えば、『模擬議会』の時間があれば進路指導に使いたい」(他県の高校教員)という学校においても、政治参加意識を高めることができる取組が十分可能になると考えている。

 本レポートでは、紙幅の関係で、今後の日本において政治教育が求められる背景やその理念については十分な分析を述べることが叶わなかった。それと併せ、諸外国での政治教育の事例やその実態についても研究を進め、現場調査を含めた記録を執筆したいとも思っている。海外での政治教育の今を日本に持ち帰り、さらに現場での多様な研修を踏まえ、新たな政治教育のスタイルを確立し提言していくことを目指している。本レポートが、そのための第一歩になることを願っている。

 最後に、講師やアドバイザーとして現場での研修、そしてヒアリング調査等をご快諾して下さった各学校に改めて厚く御礼を申し上げて、筆をおきたい。

参考文献

松下幸之助『政治を見直そう 日本をよくするために』 PHP研究所 1977年
PHP総合研究所 研究本部 松下幸之助発言集編纂室『松下幸之助発言集』 PHP研究所 1991年
鈴木崇弘ほか編著『シチズン・リテラシー 社会をよりよくするために私たちにできること』 教育出版 2005年
小峰隆夫『政権交代の経済学』 日経BP 2010年
明治学院大学法学部政治学科編『初めての政治学 ポリティカル・リテラシーを育てる』 風行社 2011年

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西野偉彦の論考

Thesis

Takehiko Nishino

西野偉彦

第31期

西野 偉彦

にしの・たけひこ

松下政経塾 政経研究所 研究プロデューサー

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