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Column
1996年10月

学習学のすすめ
本間正人/卒塾生     編集部

 
Learnology Institute(学習学研究所)を主宰する3期生の本間正人さんに聞いた。

――どんな活動をしているのですか

「本来、教育には教える、学ぶという2つの面があります。ところが現在の教育は、教 える側からの知識や人生に対するアプローチばかり強調されていて、学ぶ側からのそれ はな いがしろにされています。そこで学習学は、学ぶ側からのアプローチに力を入れ ようとい うものです。近代の教育学は『教』という字が表現するように、子どもをム チで打って、 無理やり知識を収得させるような側面がありました。だから『教育課程 』『教師』『教室 』となっています。それを『学習戦略』『学習室』『学習書』とい う形にしていきたいと 考えています」。

――「学習学」とは珍しい名前ですね。

「『教育』という言葉はラテン語の『educatio(引き出す)』という言葉が語源ですか ら 、学習学は教育の本来の語源の意味に帰るということです。人間には内から自然に わき出 る学習意欲があります。しかし、今の日本の教育は教えるということにあまり にもエネルギーをかけすぎて、これを潰しているのが現実です。この姿を変えたい」。

――農業の自然栽培のようなものですか

「そのとおりです。今の教育は、肥料や農薬をどんどん使って、無理に花を咲かせる教 育 です。知識も大切ですが、経験から得られる情報はもっとすごい。『教わる』とい う行為 だけでは学べないものを習得することはもっと素晴らしい。ですから、学習学 は、人生そのものから何をどのように学ぶかということです」。

――教科書、学校などはどうするのですか。

「教科書は無数にある情報源の1つに過ぎません。19世紀的な活字=テキストを通して 学ぶという方法を越えて、いくらでもメディアがあります。学校は生徒が集まる場です から 、知識の伝達というよりも、相互のコミュニケーションをはかったり、議論をす る、また 、共同作業をする場にすればいいのです」。

――学習学はどのような体系をもつことになりますか。

「『何を』『なぜ』『どうやって』学ぶかという実践的な体系になります。たとえば、 コンピュータの勉強はなぜしなくてはならないのか。それは、単に情報のツールの操作 の仕方という問題もありますが、コンピュータ言語の持つ意味、それが作る知的な体系 など、 コンピュータの勉強がおもしろくできるような動機づけもできるでしょう」。

――近代を越える教育学ですね


1996年10月 執筆
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