論考

Thesis

第1部 財政再建序論としての行政改革 ~ 第6報 「郵貯民営化論争(4)~郵便局の未来像」

§0.はじめに

 郵貯民営化論争,シリーズ最後に,これまでの論点整理とその議論の総括をふまえて,今後,郵便局を国民の暮らしの中でどのように役立てていくべきかをまとめて,一応の完結としたい。ただし,これまでで書き足らなかった点や新しい論点がでてきた場合は,以降,補稿という形でフォローしていく。従って,本報には,かなり私見的要素も混じるが,一つの可能性として決して無駄にはならないと確信するものである。
 ここで,その前提となる郵貯民営化論争に対し,前報までの総括をふまえて,本報での立場を再度確認する。郵貯は,明らかに民営化するべきであるが,それは民間の金融機関が今の郵貯の利便性を凌駕するに至った時点に行うべきで,いたずらに国民の不利益になるような形で民営化を焦るべきではないこと。さらに,補稿で触れるが,簡保の民営化は(将来は考えるとしても)全くの時期尚早,郵便は現状維持の立場をとる。

§1.郵政省の挑戦

 省庁の保身,民営化論争をかわす目的といわれながらも,郵政省は様々な新しいサービスを試みている。本報ではこのような郵政省の挑戦を前向きに評価していく。少なくとも行政の立場で,以下に述べるような,実験的な試みを積極的に行っている官庁は他に見あたらないし,このことはもっと正しく評価されるべきである。その姿勢は決して三流官庁などではないし,サービスに対する意識も民間が見習うべきほどに高いことは以前に触れたとおりである。いかんせん,PRの仕方が下手であることと,郵便局を行政システムの中できちんと位置づけたビジョンがないことが,昨今の郵政省たたきに拍車をかけている。従って,本報ではこのような郵政省の積極的取り組みを紹介するとともに,郵便局が今後,日本の行政システムの中でどのような役割を果たしていけるかを簡潔にまとめてみたい。

§2.ひまわりシステム

 ひまわりシステムとは,一言でいうと,高齢者や独居老人等にあらゆる面で生活のサポートを行うサービスである。すなわち,一人暮らしの高齢者に対して日用品や雑貨等の買い物,あるいは薬の受け取りなどを代行して宅配するものである。従って,郵便局だけでなく役場,病院,農協,警察等の関係機関が協力しあう,まさに町ぐるみのシステムといえる。その具体的手順は以下の通り。
 (1) 対象者にあらかじめ郵便受,旗,福祉ハガキを渡す。
 (2) 対象者は,用事があれば郵便受けに旗を立てる。
 (3) 外務職員は,旗を確認して立ち寄って福祉ハガキを受け取る。
 (4) 外務職員は,福祉ハガキを役場福祉課に配達する。
 (5) 福祉課は福祉ハガキを分類して,農協,病院等へ依頼する。
 (6) 農協,病院等は依頼のものを届けて料金を受け取る。
 (7) 対象者が,配達と同時に代金を払う場合,郵便振替を利用する。
現在,このシステムは非常に好評であり,今年度(平成9年度)で45市町村で実施される予定。さらに,来年度からはこの対象を300地域に拡大する方針を決め概算要求を行う予定である。
 実はこの基本的システム以外にも,毎日の声かけによって生じるお年寄りとの「心のふれあい」という目に見えない重要な機能がある。もちろんコストに対しては今後徹底したフィージビリスタディを行っていく必要があるが,急速に高齢化を迎える日本の福祉政策に大きな選択肢をもたらすことは間違いない。

§3.ワンストップ行政サービス

 もう一つの試みとして,このワンストップ行政サービスがある。これはアメリカでもWINGSという名前ですでに実験が開始され,日米共同で推進されているものである。内容は郵便局の情報端末から,様々な公的サービスにアクセスして,行政手続きがその場で受けられるようにする。具体的には,各種の行政書類を申請して郵送で受け取ることができたり,他にも介護サービスや職業紹介の申し込みから,図書の貸し出しまで多岐にわたる。郵便局で住民票の申し込みができて,自宅で受け取ることができれば便利であることは容易に想像がつく。これらはまさに,これまで述べてきたように,最も身近な公共機関であり,かつ,オンラインで結ばれているという郵便局のメリットを国民の資産として積極的に活用していくことに他ならない。また,これ以外にも,来年度から都市部で「子育て支援サービス」と呼ばれる,多忙な主婦のための育児支援サービスの提供も計画されている。まさに行政のコンビニエンス・ストアを目指すものである。

§4.コンビニエンス・ストアと郵便局

 以上のようなサービスの提供は十分にニーズが高いので,ビジネスとしての旨みは十分に考えられる。その証拠に,最近ではコンビニが金融自由化をにらんで外貨の両替サービスを検討したり,一部では住民票の受け渡しサービスが既に始まっていたり,紙おむつの宅配まで行われている。それでは,郵便局でなくとも民間でできるのではないかと短絡的に思われるかもしれないが,郵便局の優位性をここで改めて考えてみる。国営であるが故に,同じシステムで全国にあまねく配置されている。最大手のコンビニのセブンイレブンでさえ7千店であるのに対して,郵便局は2万4千を越える。同一システムにおける数の優位性がある。さらに,郵便と郵貯が兼業であるために,外務員とオンラインという強力なネットワークを持つ。コンビニがサービスを拡大するのは大いに結構だが,郵便局がコンビニ化する方が利用者にとってのメリットは遙かに大きい。行政は郵便局の潜在的な価値の活用をもっと積極的に考えてもいいのではないか。

§5.地方分権論と郵便局

 一連の内容を吟味していけば,この郵貯民営化論争が,本来行き着く先は,地方分権をにらんだ郵便局の活用方法ということにはならないだろうか。その論点が見えてこないのは,ひとえに利用者の立場に立った議論がなされていないからである。最近すっかり影が薄いこの地方分権論は,もともとは財政再建に端を発した行政の効率化,すなわち,本報がメインテーマとする「財政再建序論としての行政改革」の最終目的地であったはずである。本報で述べている郵便局のさらなる活用は,地域行政の受け皿として,郵便局が行政の効率化に大きく貢献できる可能性を示唆している。さらに,郵便局のネットワークを意識した地方分権論は,これまでの縦割りの改革論議を一変する。すなわち,少子化・高齢化社会に発生する地域の様々な問題,老人介護や,医療・保険の問題,自由化後の金融サービスの問題,さらに,地域経営の効率化に始まる市町村の広域連合など,多岐にわたる問題が,具体的な消費者ニーズを掘り起こしながら,一体として議論の場に乗せることができる。ここに初めて,トータルシステムとして行政を見直すことができるのである。

§6.郵便局の未来像

 このように新しい行政システムを考える場合,郵便局が内包する可能性は計り知れない。そこで,最後に私見として郵便局の未来像を少し付け加えておく。地方分権の重荷をすべて郵便局が背負うのには,もちろん無理がある。しかし,先に述べた人的,機械的なネットワークを活用することにより,末端の行政サービスのかなりの部分が移管できる。そして,地方行政のサブシステムとしての郵便局がさらにNPOなどの地域組織をサブシステムとして取り込む(情報提供という意味での統括)ことにより,地域の実情や文化に適応した有機的なシステムのネットワークが完成するのである。(第1報,第2報でも触れた,この遺伝的に自己組織化,自己変革していくべき有機的なシステムのネットワークについては,いずれ報を改めて詳細に論じる。)

§7.おわりに

 昨今の議論で軽視されがちな,利用者の立場に立った郵貯民営化論を突き詰めて行くことにより,改めて地域における郵便局の位置づけと可能性が見えてくる。そして第1報,第2報において述べた「メタシステムとしての行政」の各論として,この「郵貯民営化論争」を取り上げた主旨が本報をもって理解いただけたかと思う。はじめは「郵貯」の問題がいたずらに政争の道具として扱われ,本来の利用者の利便性が失われることに危機感を抱いたのであるが,逆にその新たなる活用の方向性を探ることの必要性が相対的に強まったのである。システムをやめてしまうことも,新たに作り出すことも簡単であるが,我々が本当に考えるべきことはシステムを「進化」させることではないだろうか。

次回,第7報は補稿として「簡易保険事業の民営化問題」について記す。

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大串正樹の論考

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Masaki Ogushi

大串正樹

第17期

大串 正樹

おおぐし・まさき

衆議院議員/近畿ブロック比例(兵庫6区)/自民党

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ナレッジマネジメント、政策過程論、教育政策、医療・福祉・看護政策

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