論考

Thesis

行政における知識創造の理論

政策は「知」である。その「知」が効率よく、しかも誰もが納得する形で創造されるためには何が必要か。行政、政治、住民参加を「知」の創造という視点から、理論的に考察する。

国の政策が実情にあっていない。我々の身の回りの問題が一向に行政へ伝わらない。このような憤りは、誰しも感じたことがあるだろう。民意が正確に政策形成に反映されるために、何が不足しているのだろうか。

暗黙知と形式知

本来、政策とは見方を変えると様々な経験に裏付けられた「知」である。しかし、この知が有効に創造されるためには、いくつかのプロセスが必要である。これに重要な示唆を与えるのが、北陸先端科学技術大学院大学の野中郁次郎、梅本勝博らの研究(例えば「知識創造企業」野中郁次郎+竹内弘高著、梅本勝博訳、東洋経済新報社、1996年)である。これは、個人の中に経験的に蓄えられた非言語的(伝達しにくい)知識「暗黙知」と、これが、明示的に言語化され伝達可能となった「形式知」という異なるタイプの二つの知に着目し、組織的知識創造について研究したものである。ここで、組織的知識創造の最も基本的な概念である、知の四つの変換モードについて簡単に説明する。

(1)共同化(暗黙知→暗黙知)
個人が経験的に蓄えた暗黙知を互いに共有し合う。
(2)表出化(暗黙知→形式知)
共同化された暗黙知が言語化された伝達可能な形式知へ変換、翻訳される。
(3)連結化(形式知→形式知)
表出化された様々な形式知が互いにその整合性を調整し合ったり、組み合わさることによって、よりレベルの高い新たな形式知を獲得する。
(4)内面化(形式知→暗黙知)
形式知に裏付けられた制度や施策などが実施されることにより、これを経験した個人の中に新たな暗黙知が蓄積される。

この四つの知識変換モードを絶え間なくダイナミックに循環する過程が、組織的知識創造の基本概念である。この理論は行政にも応用できる。政策という行政サービスを受ける側(個人)、行う側(行政)は共に経験的に蓄積された暗黙知を持っており、政策形成(「知の創造」)とは、この暗黙知が政策という形式知へと変換される一連の過程である。この政策が実践されて新たな経験を積むことにより、より豊かな暗黙知が再び形成される。しかし、現実にはこのような循環プロセスは機能していない。

知の所在

知の循環を考える前に、政策を生み出すもととなる知がどこにあるのかを考えてみる。これは政策のレベルにより異なる。例えば、家庭ゴミの問題のように暮らしに直結する問題ならば、その知は個人の中に蓄積される。他方、安全保障や、経済政策のような国家レベルの政策では、政治家や官僚の中に蓄積され、個人レベルの政策とは性格を異にする。
しかし、先のゴミの問題にしても環境問題として捉えれば、国家レベルの政策となり、その性質はまったく変わってくる。つまり、諸問題は個人から国家のレベルまで連綿とつながっているが、どういう断面で見るかによって様相は異なり、画一的な役割分担はできない。これを無視し、機械的に役割分担しようとすると、国と地方との間で政策の整合性が失われてしまう。実態に合わない政策を現場が押しつけられるか、政策本来の意図が現場に伝わらないまま実施されるかのどちらかになる。このように政策は様々な知のレベルに幅広くまたがっている。行政における知の創造を考える場合、個人から国家のレベルまで一体で知が循環するシステムを考える必要がある。

共同化されない暗黙知

個人に蓄積された暗黙知が、形式知へと変換されなければ、政策という知の創造には結びつかない。そこで、暗黙知を政策に生かす第一段階として、個々人の間、あるいは個々人と行政との間で、暗黙知を共有する必要がある。これが知の「共同化」である。具体的には、対話や体験を共有する「場」を持つことである。
しかし、個人は行政からサービスを受けるだけで、行政に働きかけそこに参加するという形は取らない。つまり、個人と行政とをつなぐ組織が欠落している。これを補い、場の役割を果たす触媒的な「仲介組織」が必要である。また、この仲介組織には、知的な概念を評価するマネージメント組織としての機能も要求される。この仲介組織の「ミドルアップダウン」の働きによって、個人レベルの暗黙知が言語化された形式知となる。これが知の「表出化」である。
ここでいう「ミドルアップダウン」とは、トップダウン(行政から個人への一方的な政策の押しつけ)でも、ボトムアップ(行政に対する住民エゴの無秩序な要求)でもない。両者の間にある仲介組織がトップ(行政)とボトム(個人)を巻き込み、ダイナミックな連続的・反復的プロセスによって知(政策のもととなる概念)を創出することをさす。そして今の政策形成に最も欠けているのが、この共同化から表出化に至る過程である。

行政における知識創造の理論

以上を鑑み、政策という知の創造について、その概念図を示した。基本的には6つの段階(フェイズ、図中(1)から(6))を考えなければならない。ここでは、行政レベルで2つのフェイズ((3)概念の正当化、(6)政策実践)を個人レベルと国家レベルが共有しながら、それぞれ個別のスパイラルを形成している。各フェイズは共同化、表出化、連結化、内面化という4つの場によってつながれ、この6つのフェイズの中を知が循環するにより、よりスパイラルの強いレベル(個人か国家かのいずれかのレベル)で政策形成がなされる。

行政における知識創造のスパイラル
▲行政における知識創造のスパイラル

(1)個人レベルのスパイラル

 個人レベルでは、(1)→(2)→(3)→(6)→(1)の順に知が循環する。
(1) まず「社会的慣行」によって「個人的経験」として暗黙知が個人の中に蓄積される。これが共同化されることにより、
(2) 「暗黙知の共有」「概念の創造」がなされる。そして概念が表出化(暗黙知から形式知への変換)が起こり、
(3) 「概念の正当化」、すなわち概念が政策となるための具体的な総合的調整が行われる。ここでは、生活に密着した個人レベルの政策であるから、
「概念の正当化」は地方自治体の管轄となる。これらの概念を連結化することによって、
(6) 「自治体レベルの政策形成」が可能となり、「政策実践」を行うことにより、個人とともに自治体内部にも新たな暗黙知が蓄積される。

これらの知の循環に対して、最も欠けているのは、フェイズ(2)に当たる部分である。仲介組織による「暗黙知の共有」と「概念の創造」を補うことである。

(2)国家レベルのスパイラル

 国家レベルでは、(6)→(3)→(4)→(5)→(6)の順に知が循環する。
(6) 国家レベルでは、政策の実施主体が、行政(官僚)であり、その中に「実践から得られる経験」による暗黙知が存在している。これが行政の内部で共同化され、
(3) 概念として正当化される。すなわち、「より広い概念の創造」が行われる。
(4) その後、政治レベルでの概念の「総合的な正当化」によって「原案の構築」がなされる。そして原案が連結化され、
(5) 「政策形成」を政治レベルで行うことにより、スパイラルが形成される。

この図から、国家レベルの政策形成には個人の意見が反映されにくいことがわかる。したがって、個人レベル、すなわち自治体での政策形成に、行政の仕事の大部分を移管する必要がある。これが地方分権である。その境界(中央官庁と地方自治体の役割分担)は、それぞれのスパイラルがより強く循環するレベルで考えるべきもので、政策案件ごとに自律的に決定される。よって、「大きな政府」か「小さな政府」かという二項対立命題にはもはや意味がない。

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大串正樹の論考

Thesis

Masaki Ogushi

大串正樹

第17期

大串 正樹

おおぐし・まさき

衆議院議員/近畿ブロック比例(兵庫6区)/自民党

Mission

ナレッジマネジメント、政策過程論、教育政策、医療・福祉・看護政策

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